第三話 『全員』
それから約三十分後、友だちグループのメンバー九人は全員、俺の部屋に集まっていた。とはいっても、俺の部屋は物が少ない割りにそこまで広くないので、九人も集まるとなるとほとんど足の踏み場がなくなってしまっている。
地曳は相変わらず目を覚ますことはなく、今のところはベッドの上で寝かしてある。天王野はそんな地曳の枕元で心配そうにしており、海鉾も一緒になって看病していた。土館と金泉が椅子に座り、遷杜は床に胡坐をかいて座っている。逸弛と火狭はいつも通りの調子でイチャイチャしており、そんな中、俺は全員が何をしているのか見渡せる位置で立っていた。
「みんな、こんな夜遅くに呼び出してごめん。でも、全員来てくれてありがとう」
「冥加。それは構わないんだが、なぜ地曳がベッドの上で寝てるんだ?」
「冥加さんが地曳さんに何かをしたというのは分かりますけど」
「もしかして、地曳ちゃんと何かあったの?」
「ああ、それはだな……」
まずは何から話すべきだろうか。家に帰ってくるまで頭の中で説明しないといけないことを整理したはずなのに、いざみんなの前で話すとなると緊張して全部吹っ飛んでしまう。まあ、質問されたことから順番に説明していけばいいか。
「実は……地曳があんな風になってしまったのは、俺のせいなんだ」
「それって、どういう意味なの?」
「まあ、正確には俺ではなく、俺の中にあるもう一つの人格のせいなんだけどな」
「もう一つの人格……?」
「みんなは知らないと思うが、俺は幼い頃から精神的な病気で悩まされていたんだ。ただ、みんなと出会えたお陰でそれも完治したと思い込んでいた。だけど、実際には完治なんてしていなくて、一時的に治まっていただけだった。そして、今回暴走してしまったということになる」
「それで、赴稀ちゃんを傷つけてしまった、と」
「ああ……いや、違うな。俺はこの世界だけでなく、今までの全ての世界で、みんなを傷つけてきているんだ。それも、俺自身の意思に反して、みんなを殺してしまうことも多くあった」
「『殺す』って……冥加。あんたさっきから何を言ってるの?」
「今晩、何で俺がみんなを呼び出したのか、そして、この世界の秘密。それらについて説明する前に、みんなに頼みたいことがある。急に呼び出しておいて、その上さらに頼み事をするなんて図々しいのは分かってる。でも、これだけはみんなの身の安全にも関わるんだ」
「……言ってみろ」
「もし、今晩みたいに俺のもう一つの人格が暴走したら、そのときは『俺を殺してくれ』」
俺の台詞の直後、一瞬だけ場の空気が凍りついた。いくらみんなの身の安全を保障するためとはいえ、みんなからしてみれば、友だちである俺を殺すのは躊躇われることに決まっている。でも、そうでもしないと俺の罪は消えないと思うし、これ以上俺のもう一つの人格に友だちを殺させるわけにはいかない。だから、誰かを殺してしまうくらいなら、俺は俺のもう一つの人格を道連れにして死ぬ。
「みょ、冥加君……そんなこと、できるわけないよ……」
「そ、そうですわ……他に何か方法を考えれば……」
土館と金泉が俺のことを心配する言葉をかけてくれる。他のみんなも口々に思ったことを言い、何か別の解決策がないか考え始めた……ただ一人を除いて。その一人は、俯きながら腕を組んだ状態で、静かに呟いた。
「……分かった」
「ありがとな、遷杜。お前ならそう言ってくれると思ったよ」
「き、遷杜君……君は、自分が何を言っているのか分かってるのかい……?」
「そ、そうよ……何でそんな冷静に、頷けるのよ……」
「もし、冥加のもう一つの人格とやらが暴走し、誰かを殺そうとしても、お前らは何もしなくていい。そのときは、俺一人でかたをつけてやる」
「遷杜様……」
「俺は冥加の親友だ。もちろん、冥加を殺したくなんかないし、友だち同士で争うのも見たくない。だが、今晩冥加はこの件も含めて、何か大事な話を俺たちにしようとしている。親友の生死に関わる頼みであればなおさら断ることはできないし、ここで別の解決策を考えたところで、話が進まなくなる。だったら、ここでは俺一人がその役目を請け負い、後々別の解決策を考えればいい。そうは思わないか?」
「確かに……木全君の言うことにも一理ある……かも……」
俺がみんなを説得するまでもなく、遷杜が場をまとめてくれた。遷杜は俺の親友として、事の重大性に気づき、俺がどうしてほしいと思っているのかを分かってくれたのだろう。みんなが俺のことを心配してくれたことについては嬉しかったけど、今の状況だと遷杜みたいに素直に頷いてくれたほうがいい。
遷杜の台詞の後、しばらくの沈黙が場を支配した。そして、遷杜以外のみんなは一人また一人と俺のほうを向き、一度ずつだけ小さく頷いた。俺はその頷きが遷杜の意見に賛成したものだと判断し、全員が頷き終わった後、そのまま話を続けた。
みんな、心配と迷惑ばっかりかけてごめんな。
「それじゃあ、話を続けるぞ。俺のもう一つの人格の話のときも言っていたんだが、みんなを呼び出した理由とこの世界の秘密について、俺からみんなに教えようと思う。とはいっても、さっきの話とこの世界の秘密について言うためにみんなを呼び出したってことになるんだけどな」
その後、俺はみんなにこの世界の秘密について話した。
この世界は今の世界を含めて九百六十回も繰り返されていること。どの世界でも俺たちは殺し合っていたこと。どの世界にも『伝承者』と呼ばれる存在が一人いて、唯一この世界の秘密を知っていること。『伝承者』は俺のもう一つの人格に異端者だと見抜かれないように慎重に行動する必要があり、自分以外で最後まで生き残った一人を次の『伝承者』に選ぶ必要があること。
他にも、判明している事実から考察されている仮説まで、俺は知っている限りの全てのことを話した。ただ、俺を含めたみんなの過去については話さなかった。俺を含めてみんなの過去は誰がどう見ても悲惨過ぎる。そのため、こんなにも突拍子もない話をされている中で何気なく言われると傷付いたり、辛い記憶を思い起こさせてしまうかもしれない。だから、今はあえて伏せておき、後々一対一で話す機会ができたら話そうと思う。
一時間近くにも渡って、俺は淡々と説明を続けた。時間はすでに日を跨いでおり、そろそろみんなも疲れてきた頃だと思う。だけど、あとほんの少しでいいから俺の話を聞いてほしい。そんな思いで、全てを話し終わった俺は全員の表情を伺った。
「みんな……信じてくれるか……?」
俺の質問に返事はない。『箱』の壁に書かれていた限りだと、『伝承者』が次の『伝承者』ではなく全員に事情を話したのは一回だけ。ただ、そのときはイレギュラーな事態が多く、打ち明ける前に問題が起きていたため、みんなは話を信じることができなかった。でも、初日の段階で打ち明けてしまえば、みんなは話を信じてくれるはずだ。
しばらくして、考え込んでいたみんなが口々に自分の考えを言い始めた。
「俺は……冥加の話を信じる。いや、それが事実なら信じる信じないの問題ではないだろう」
「わ、私も同意見ですわ……!」
「私も色々と思い当たる節があったからね。突拍子もない話ではあったけど、少しずつ理解していこうと思うよ」
「僕も。こう言っちゃなんだけど、何だか楽しそうじゃないか」
「あたしもー」
「みんな……ありがとう。えっと、あとは海鉾と天王野なんだが――」
「わたしは冥加くんの言うことなら、何でも信じられるよ。あ、葵聖ちゃんは疲れちゃったみたいでもう寝ちゃったから、また明日にでも聞いてみよう?」
「そうだな」
見てみると、ついさっきまで海鉾と一緒に地曳の看病をしていた天王野はベッドの端に頭を乗せてすーすーと可愛らしい寝息を立てながら眠っていた。やはり、時間帯が遅いというのもあるとは思うが、天王野も天王野で疲れが溜まっていたんだろう。今はそっとしておいてやろう。
それにしても、こう改めて見てみると、やっぱり高校生には見えない。
「冥加。二つほど質問してもいいか?」
「ん、何だ?」
「まず一つ目、冥加が言った『箱』というのは人工樹林にあるんだよな? だったら、今すぐにでもそれを調べに行かないか? 九百六十回も『伝承者』を送り届けた装置に何の秘密もないとは思えない」
「確かに、『箱』を調べることが事の解決になるのかもしれない。だけど、それは明日にしよう。今日はもう遅いし暗い。それに、俺に急に呼び出されたことでみんなも疲れてるだろ?」
「……まあ、それもそうだな。それじゃあ、二つ目だ。『地曳が何かを知っている』とは具体的にどういう意味だ?」
「地曳は今までの世界で『この世界は昨日から作られた』というメールを俺たちに送っていて、今の世界でもそうなるはずだった。そして、地曳のメールの文面が事実と矛盾している部分があることや地曳が一度も『伝承者』を経験していないことはもう知っていると思うが、なぜか俺のもう一つの人格は地曳を執拗に殺そうとしている。だから、地曳はこの世界の秘密以上の、それはまさしくこの世界の真相とでも呼べる何かを知っているんじゃないかってことだ」
「なるほどな。現段階では仮説に過ぎないが、地曳が目を覚ましてそのことを聞き出せば……」
「俺たちは九百六十回目の世界でやっと、この世界の真相に辿り着くことができる」
「無理やり起こすわけにはいかないのか?」
「いや、いくら大事なこととはいえ、それは地曳に申し訳ないだろ。地曳が気絶した原因の一端は俺にあるわけだし。ましてや、このまま一生眠り続けるなんてことはないだろうし」
さすがに、ただ一度だけ軽く人工樹木に頭を打ったくらいで、植物状態なんかになりはしないだろう。というか、もしそんなことになってしまえば、そっちのほうが大事になりかねない。まあ、現代医学は優れているから、時間さえかければたとえ植物状態になっていても完治できると思うけど、どうなんだろう。
すると、俺のそんな心配をよそに、うめき声のような声にもならない声が聞こえてきた。その声はベッドのほうから聞こえており、眠っている天王野以外の七人は一斉にベッドのほうを見た。
「……う、うーん……あれ? ここどこ?」
「赴稀ちゃん! よかった、やっと気がついた!」
「地曳ちゃん、ここは冥加君のお家だよ」
「……對の家? 何で私ここに……って、よく考えてみれば、何でみんなも對の家にいるの?」
遷杜と地曳のことを話していた矢先に、気絶していた地曳がついに目を覚ました。地曳は寝起きでまだ意識がはっきりしていないのか、状況をよく理解できていない様子だった。女の子たちはすぐに地曳のもとに駆け寄り、声をかけていた。数秒後、一人眠っていた天王野も地曳の声に気がついたのか、目を覚ますなり早々に地曳に抱き付いていた。
「こらこら、きーたん? 心配してくれてたのは嬉しいけど、みんないるから――」
「……よかった……地曳が目を覚ましてくれて本当によかった……ワタシ、地曳の身に万が一のことがあったらって考えると心配で心配で……」
「ありがとね、心配してくれて……でも、もう大丈夫だから泣かないで」
「……うん。……分かった」
地曳を心配するあまり涙を流しながら抱き付き、地曳の胸に顔を埋めている天王野。そして、そんな天王野を優しく抱き締めながら髪を撫でている地曳。何だか、二人の姿を見ていると仲の良い母子や姉妹を見ているみたいで穏やかな気持ちになる。まあ、実際には二人ともただのレズなんだけどな。
数分間女子たちの様子を眺めた後、俺はそろそろ地曳も意識がはっきりしてきた頃だろうと思い、未だに天王野に抱き付かれている地曳に歩み寄った。
「地曳。そろそろ目が覚めてきたか?」
「うん、まあね。まだよく状況が分かんないままだけど」
「それでいい。それじゃあ、早速だが質問だ」
「質問?」
「地曳はこの世界の秘密以上の何かを知っているんだろ? だから、それを伝えるために深夜の人工樹林に俺を呼び出し、俺のもう一つの人格に殺されそうになった。地曳は俺のもう一つの人格にそこまでさせるほどの、何を知っているんだ?」
「……? えっと……何の話?」
「え? いや、だから、地曳はこの世界の真相を知っているんじゃないのか?」
「この世界の真相って?」
「……っ! まさか、地曳お前……今さっき目を覚ます前、自分がいつどこで何をしていたのか覚えているか……?」
瞬間、俺は嫌な予感がした。真相を確かめるために必要不可欠な情報源が失われたのではないかという嫌な予感が。それは、最も早く最も簡単に真相を確かめられたはずのものだったのに。そして、俺の質問に対して、地曳はいたって軽い調子で答えた。
「確か、今日は十月二十日火曜日だよね……でも、私ってば、気を失う前は何をしていたんだっけ?」