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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
最終章 『Chapter:The Solar System』
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第二話 『召集』

 俺は天王野の姿を確認した後、一度だけ小さく溜め息を吐いた。


 俺のもう一つの人格が地曳を殺そうとしたとき、そのすぐ近くに天王野はいた。天王野は義理の両親から言われて人工樹林に探し物をしに来ており、偶然にも俺たちがいるのを見つけていた。天王野は俺のもう一つの人格によって地曳が殺されるのを黙って見ているしかなく、俺が去った後、自我を保つために地曳の死体の四肢を切断した。今までの世界なら、そうなっていた。


 でも、今の世界は違う。俺は転移中に『箱』から脱出し、俺のもう一つの人格に地曳を殺させないことに成功した。だから、天王野は俺に対して復讐心を抱くことはない。それに、これから俺がしようとしていることに天王野は必要不可欠の存在になるため、この段階で呼んでおくのがいいだろう。


 ただ、天王野から見れば、俺は数十秒前に地曳を殺しかけた張本人であり、地曳は気を失ったまま動かなくなっている。そんな状況で、地曳と非常に仲が良い天王野はどう考えるのか。わざわざ明言するまでもなく、それくらいなら俺でも安易に予想がつく。


 天王野が常備持ち歩いていたらしいナイフを構えているのを見て、俺は天王野を諭すように言った。


「おいおい、そんな物騒なものをこっちに向けないでくれよ」

「……ジビキに、何をした……」

「ああ、見ての通り、地曳は気絶している。まあ、またあとで詳しく説明するから、とりあえず今は俺と一緒に来てくれないか? できれば今晩中に済ませておきたいんだ」

「……そんな言い分で、ワタシが納得できると思ってるの?」

「いや、天王野が地曳に関係することで、しかも地曳が気絶している説明をされたところで、簡単に頷いてくれるとは思っていない」

「……それじゃあ、何で――」

「俺は地曳と天王野の関係を知っている。もちろん、二人の過去に何があったのかということをはじめとして、天王野の家庭事情も、天王野がどうして夜遅くに人工樹林にいるのかということも、全てな」

「……何で、ミョウガがそのことを知っている……!? ……まさか、誰かから聞いた……!?」

「一応答えておくと、俺はそのことを誰かから聞いたわけではなく、ある場所で知ったんだ。その辺りも含めて知りたいなら、今は俺の言う通りにしてほしい。何、大したことじゃないんだ。一緒に俺の家に来てもらって、その後みんなと話し合いをする。ただそれだけのことだ」

「……分かった。……ただし、ワタシはどうなっても構わないけど、万が一にもジビキの身に何か起きたら――」

「何か誤解があるみたいだが、俺は二人をどうこうしようなんて思ってないからな?」

「……そうなの?」

「ああ」


 そんなやり取りの結果、俺は何とか天王野を説得することに成功したらしい。その後、俺は未だに気絶したままの地曳を抱え上げて背負い、天王野と一緒に歩き始めた。天王野は俺に背負われている地曳のことを心配そうに見ていた。


 しばらくして、俺は歩きながらPICを操作し始めた。その際、地曳を背負っているということもあって体勢が崩れてしまいそうになったけど、何とか持ち応えた。続けてPICを操作し、前方を少しだけ明るくした後、遷杜に電話をかけた。


「よっす、遷杜」

『何だ、こんな時間に……って、冥加……お前、今どこで何をしてるんだ?』

「そのことはあまり気にしないでもらえると助かる」

『そう言われてもな……俺としては、なぜ地曳を背負っているのかということについても聞きたいのだが』

「画面に映ってないかもしれないが、隣には天王野もいるぞ。あと、人工樹林の外には海鉾もいるはずだ」

『……もう一度聞くが、冥加……お前、今どこで何してるんだ?』

「その辺の詳しいことも含めてまたあとで説明する。だから、今から俺の家に来てもらいたい」

『今から? 俺はこれから今日の分の鍛錬した後、休むつもりだったんだが』

「鍛錬ね……ほら、毎日しても疲れが溜まるだろうし、たまには休むってのもどうだ? ああ、そういえば、火狭とか金泉も呼ぶ予定だぞ」

『……まあ、義務というわけではないが、もう習慣になってしまっているからな。だが、冥加がそこまで言うのなら、親友として断れないな。ひとまず、軽く済ませてから準備を始める。三十分後に行っても間に合うか?』

「ああ、充分間に合う。それじゃ、そういうことで」

『了解した』


 そう言って、遷杜との電話が終わった。『伝承者』ではない遷杜は初日の段階では、金泉と幼い頃に会ったのを忘れており、火狭に惹かれている。だから、少し気が引けたが、火狭の名前を出すことで手短に承諾してもらった。これからもこの手法は使えるかもしれない。


 友だちグループの中で最も肉弾戦に長けている遷杜は、俺の親友という意味でも、それ以外の意味でも重要な存在になってくる。だから、俺は一番最初に遷杜に電話した。もし俺が暴走してしまったときに、それを止める役割は遷杜にしかできないと思うから。


 さて、次は土館だろうか。土館が『十人目』と何らかの関わりを持っているのは明らかだが、その居場所も正体も目的も何一つとして分かっていない。でも、もし本当に『十人目』が最初の世界で『箱』を作った張本人なら、初日の晩の段階で土館のすぐ近くにいると考えるのが自然だ。


 だが、土館には父親と兄弟姉妹がおらず、頼れる親戚もいない。まさか母親が『十人目』なんて可能性は考えにくいし、それ以外で土館と近しい関係にある立場の人なんてそうそう思いつかない。そもそも、あんな『箱』を作り出せる特異な能力の持ち主がそんなに近くにいるとは思えない。


 と、そのとき俺はふと思い出した。


 そういえば、前の世界で俺が土館に電話したとき、土館ではない別の人物が電話に出たことがあったじゃないか。それは、一回目は金曜日に金泉の死体が発見される直前、二回目は土曜日に土館と遊びに行く予定を立てるとき。俺は、本名は分からないが土館と声がよく似ている、土館妹と確かに電話した。


 ということは、土館妹が『十人目』になるのだろうか。いや、土館妹が『十人目』になるのであれば、母親でも他の誰でも『十人目』に成り得てしまう。どちらにしても、世界再編の衝撃を耐えられるほどの『箱』を作り、この世界をループさせるほどの異能の力を持った経緯が分からない。


 ただ、『箱』の壁には母親の記録はあったけど、土館妹に関する記録は一切なかった。これはもう、土館のすぐ近くにいるであろう『十人目』に直接質問して確認してみるしかないだろう。俺は『十人目』に関してどんな結論が用意されているのか何となく予想できていたが、そのまま土館に電話をかけた。


『あれ? 冥加君? どうしたの?』

「悪いな、こんな夜遅くに」

『それはいいんだけど……っあ、こら、こっち来たら冥加君に見えちゃうでしょ――』

「ん? どうかしたのか?」

『あ……ごめん、気にしないで』

「そうか……? それじゃあ、突然の頼みで悪いんだが、今から俺の家に来てくれないか?」

『冥加君の家に? ……えっと、今日ってみんなで集まる約束してたっけ?』

「いや、そういうわけじゃないんだが、どうしても俺の家に来てもらわないといけない理由があるんだ。ああ、もちろん、他のみんなも来るぞ。まあ、詳しいことはそのときに説明させてもらうから」

『うん、分かったよ』

「それともう一つ、土館に頼みがある」

『……?』

「今、土館の近くに『土館妹』もしくはそれに近い何かを名乗る奴がいないか?」

『……っ!? な、何で、冥加君がそのことを――っあ』

「やっぱりな……とりあえず、そいつも一緒に連れてきてほしい。話はそれからだ」

『わ、分かった』

「ありがとな、土館」


 やはり、俺の予想通り、『十人目』は初日の段階で土館のすぐ近くにいた。しかも、土館が『土館妹』という言葉に反応したことから、俺の予想は十中八九当たっているのだろう。一緒に連れてきてもらうように言っておいたし、『十人目』から話を聞くのは俺の家に全員が集まってからにしよう。


 土館との電話の後、今度は金泉に電話をかけた。数秒後、PICの立体映像上に金泉の顔が表示される。


『何だ……冥加さんですか……』

「『何だ』とは何だ……っと、そんなことを言ってる場合じゃなかった。単刀直入に言うが、今から俺の家に来てくれないか?」

『……はぁ? こんな夜遅くにこの私に電話しておいて、その上自分の家に呼び出すとは……冥加さん、この私に何をする気なんですか?』

「いやいや、誤解だ誤解。夜遅くに呼び出すのは正直言って悪いと思っているが、そうしないといけないわけがあるんだよ。それに、来るのは金泉だけじゃなくて、友だちグループ全員だ」

『他のみなさんも来るのですか……ハッ! まさか、集団で――』

「言うまでもないとは思うが、遷杜も来るぞ」

『ぜひ行かせて頂きますわ』

「返答が早くて助かるよ」

『準備に少し時間がかかると思いますが、それでも宜しいかしら?』

「問題ない。ああ、あと……特殊拳銃も持ってきてほしいんだが、持ってこれるか?」

『え……? なぜ冥加さんが特殊拳銃のことを……? 話したことありましたっけ……?』

「そろそろそういう反応も見飽きたな……まあ、いいか」

『何の話ですか?』

「いや、こっちの話だ。それで、特殊拳銃は持ってこれるのか?」

『え? ええ、まあ、無理ということはないですけど……』

「そうか、それならよかった。それじゃあ、そういうことでー」

『あ、ちょっと、冥加さん――』


 金泉は心底驚いている様子で、俺にそのことを聞こうとしてきた。無理もないだろう。本来なら俺が知るはずのない特殊拳銃のことを知っていたのだから。とはいっても、あとで俺の家に全員揃ったときに説明するつもりだったから、今は途中で電話を切らせてもらった。これから俺は逸弛と火狭にも電話しないといけないしな。


 特殊拳銃(正式名称:特殊強制動作速度加速拳銃‐Overclocking Booster)。金泉の両親が実質的なトップであるFSPという、警察の代替として存在する特殊組織で使用される、弾丸を用いない拳銃だ。今までの世界では、その特殊拳銃が幾度となく殺人の道具として使われ、争いの火種を生んできた。


 FSPは他にも透明な強化ガラスの設定を変更できるパスワード(正式名称:多用可動仕切硝子起動措置‐System Alteration Password)や特殊拳銃の弾道予測ができるアプリなどを開発しており、金泉を通して数多の事件に関与している。他にも、警察が存在していないにも関わらず事件や事故が起きていないように見せるようにしていたりなど、俺たちだけでなくこの世界全体に大きな影響を与えている。


 今、俺が金泉に特殊拳銃を持ってこさせるように言ったのは、FSPの正体をみんなに明かすため。特殊拳銃を見せるだけなら、金泉から特殊拳銃などを受け取っている天王野でもできるが、やはり当事者である金泉から話をしてもらうのが妥当だろう。それに、天王野は地曳の傍にいたいと思っているだろうし、今から自宅に取りに行かせるのは可哀想だ。


 そんなことを考えた後、俺は続けて逸弛に電話をかけた。逸弛と火狭はすぐ近くにいるはずだから、同時に二人に連絡ができて助かる。数秒後、薄いシャツ一枚を着ただけの逸弛と、おそらく全裸で布団に包まっている火狭の姿がPICの立体映像の画面上に映し出された。


「あ、逸弛。今時間大丈夫か?」

『やぁ、對君。どうしたんだい?』

「今から、火狭と一緒に俺の家に来てほしい。話したいことがある。他のみんなも来るから」

『……? えっと、状況がよく理解できないんだけど……それに、僕はついさっきまで沙祈と――』

「あー、その続きは言わなくていい。まあ、時間がかかってもいいから、頼む」

『そんなに大事なことなのかい? 對君にそこまで頼まれたら、断りにくいじゃないか。じゃあ、着替えたらすぐに行くけど、三十分はかかると思うよ?』

「サンキュー、助かるよ」

『オッケー。ほら、沙祈ー。起きて――』


 よし、これで全員を俺の家に来てもらえるように言えたな。これくらいならメールで連絡してもよさそうなところだが、やはり顔を見合わせて直接言わないと伝わらないこともある。だから、俺はあえて電話で連絡する選択をした。


 四回の電話が終わったことで、俺はようやく左腕を下ろすことができた。地曳を背負った状態で歩きながら電話をするというのは中々疲れる。何にしても、無事にみんなを俺の家に集めることができそうでよかった。


 ふと、前を見てみると、人工樹林の外が見えてきた。地曳を背負っている俺とそのすぐ隣にいる天王野は会話を交わすことなく黙々と歩き、人工樹林前の街路に出た。すると、不意に一つの人影が俺の視界に入った。その方向を向くと、そこには俺の姿を見て心底驚いている様子の海鉾の姿があった。


「あ、忘れてた」

「みょ、冥加くん……!? それに、葵聖ちゃんと赴稀ちゃんも……!? えっと、これはその――」

「よし、海鉾。一緒に来てくれ」

「ちょ、ちょっと、冥加くん!? わたし、状況がよく分からないんだけど!? というか、何で赴稀ちゃんを背負ってるの!?」

「……カイホコ。……いいから黙ってついていく」

「ええええ!? 何で二人が一緒にいるのかっていうことも聞きたいけど、それ以上に何か葵聖ちゃんの目が怖いー!」


 海鉾は俺の後を追って、人工樹林の手前まで来ていた。『箱』の壁に書かれていた記録を見るまで俺はそのことを知らなかったが、俺に対する海鉾のストーカー行為は今までも続けられていたことらしく、俺は今まで一度たりともそれに気づかなかった。それどころか、海鉾の想いにさえ……、


 俺は状況を理解できずに騒いでいる海鉾の右手を掴みながら、半ば強引に俺の家に連れて行った。

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