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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
最終章 『Chapter:The Solar System』
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第一話 『転機』

『全ての伏線は、ある一つの結論へと収束する。その結論は、俺たち十人の正体とオーバークロックプロジェクトの真相を意味する。この世界で、俺たちは幾度となくかけがえのない友だちのことを妬み、苦しめ、殺し合った。本来するべきことはそんなことではなく、むしろその逆だったはずなのに。今、俺たちは全ての問題を解決し、原点へと帰る。そして――』


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


 この俺冥加對(みょうがつい)には、仲の良い友だちが八人いる。水科逸弛(みずしないっし)金泉霰華(かないずみせんか)地曳赴稀(じびきふき)火狭沙祈(ひさばさき)木全遷杜(きまたせんど)土館誓許(つちだてせいきょ)天王野葵聖(あまおおのきせい)海鉾矩玖璃(かいほこくくり)。全員、かけがえのない友だちだ。


「クソッ……遷杜、何で……」


 たった一つの電灯が取り付けられているだけの薄暗くて狭い密室の中、俺は壁に両手をつきながらそう呟いた。ここは、前の世界の生き残りが『伝承者』として次の世界を惨劇から救うために入る『箱』の内部。四方の壁には隙間がほとんど見当たらないほど無数の文字が羅列されており、その全ては今までの世界のみんなの記憶や想いに他ならない。


 前の世界で、俺は次々と友だちを失っていった。最終日、俺は俺のもう一つの人格が全ての事件の犯人だったということを知り、前の世界で『伝承者』だった遷杜はこの世界の秘密を俺に伝えた。ただ、俺は自分のせいでみんなが死んだという罪悪感に押し潰されそうになっていた。


 そんな状態でこの世界の秘密なんていう突拍子もないことを聞かされても理解が追いつかず、結果として俺は事態を正しく認識できていなかった。どちらにせよ、俺は二人一緒に次の世界に行けば遷杜の命も助かるし、惨劇を回避しやすくなるだろうと考えた。しかし、『箱』の性質上、俺が考えるまでもなくそんなことができるわけがなかった。


 俺が親友である遷杜を見殺しにできるわけがない。だから、終焉が近づく世界に留まる以外に道が残されていないあいつをどうにかして助ける方法を考えた。でも、最終的に俺は遷杜によって気絶させられ、力づくで『箱』の中に入れられた。つまり、遷杜は自分が果たせなかった惨劇の回避を俺と次の世界に託したのだった。


 今は、おそらく世界の再編が始まっているのだろう。あの世界に残された遷杜がどうなってしまったのか、俺としてはあまり想像したくない。だからこそ、俺は遷杜の分まで生きて、『伝承者』としての使命を果たす必要がある。


 どうやら、この『箱』は世界再編に伴うビッグバンやビッグクランチなどの衝撃を防ぐことはできるものの、それ以外の面に関してはまさに言葉通りただの箱らしい。数分くらい前から、何度か大きく揺さぶられているのが分かるし、時折僅かではあるが気温が変わったのも感じられる。『箱』の壁に書かれている今までの世界の記録は電子式ではなく油性ペンで書かれたものらしいし、高性能なのか高性能じゃないのかよく分からない。


 再度、『箱』の壁に書かれている記録を読み進めていく。気絶した後『箱』の外に出るまで目覚めなかった俺、俺の手助けをしようとして陰ながら共犯者になった海鉾、地曳の復讐のために虐殺を繰り返した天王野、不可解な謎の解明に迫った金泉、この世界において最初の『伝承者』である土館、何度も幻覚に見舞われた逸弛。これ以外にも多くの世界があって、いくつもの命と想いが失われたきた。


 今、ここで、俺はようやくそのことを知った。この世界で幾度となく繰り広げられてきた惨劇と、この世界の、言葉通りの『無』に消えていったみんなの想いを。たぶん、あと何分かすれば、俺も『伝承者』として次の世界で惨劇を回避させるために動き始めるのだろう。そして、何らかの壁にぶち当たって、予期していない問題に直面して、そして失敗する。結果的には二人しか生き残らなくて、今度はその次の『伝承者』に今度は俺の想いを託す。それがこの世界のあり方であり、永遠に続く、終わりのない無限地獄に他ならない。


 ……果たして、それでいいのか?


 『箱』の壁に書かれている限りでは、現時点でこの世界は九百六十回も繰り返されている。それだけの世界があって、俺たちは一度たりとも惨劇を回避させることはできなかった。比較的平和な世界でも、イレギュラーばかりの世界でも、途中で何か問題が発生して、二人しか生き残れない結末へと収束してしまっている。それだけの世界を跨いで実質的に何人もの友だちを何回も殺してきた俺が、もうこの世界の法則として定着しつつあるそれを打ち破ることができるのだろうか。


 『誰も死なせない』。事件も事故も起きないとされている現代において、『伝承者』とそれに纏わる事態を知らない一般人にそう言っても、『何を言っているんだこいつは』と嘲笑されるのがオチだろう。でも、いつからこうなってしまったのか、俺たちにとっては何をするよりも難しいことだった。


 まず、全ての事件の発端は俺のもう一つの人格が地曳を殺してしまうこと。それは必ず初日に起こり、時間の経過とともに少しずつ忘れられていく。俺のもう一つの人格は何で地曳を殺したのか、何で地曳のPICを奪ったのか、何で地曳はこの世界の秘密を知っていたのか。それらは未だに分かっていない。地曳殺人事件は最初の世界と以後数回のイレギュラーな世界以外で起き、起きていないのはわずかに四十八回。回数だけ見ると、すさまじい発生率だ。


 ……あれ? でも、これっておかしくないか?


 世界再編が起き、『伝承者』がその世界に来た日を『初日』と呼び、それ以前に世界は存在していない。俺たちが記憶として持っていたのは、全て世界再編の際に作り出された偽りの記憶だ。そして、その初日に地曳は殺され、俺たち八人に『この世界は昨日から作られた』というメールを送り、俺のもう一つの人格がそれを打ち消すメールを再度送った。


 つまり俺が言いたいのは、この世界の構成と地曳のメールの文面が噛み合っていないということだ。地曳は、『伝承者』がその世界に来た日から見た『昨日』に世界が作られたと言っていた。もちろん、ただの打ち間違いの可能性もあるけど、そんな一言に片付けてしまっていいことのようには思えない。


 俺はこの世界の構成と地曳のメールの文面の関係性について気になり、再度『箱』の壁を見回して、それらしい記録を探した。しばらくして、まだ見ていなかった記録を見たことで、俺は新たな事実に気がついた。


 九百六十回も繰り返されてきたこの世界で、地曳は一度たりとも『伝承者』になっていない。そして、どうやら『伝承者』は前の世界から次の世界に行く際、記憶だけが抽出されて新しい自分の体に植えつけられるらしい。なるほど、だから『いつ「箱」から出たのか覚えていない』という文が二桁周目以降の世界の記録にあったのか。でも、怪我をしていたらそれも引き継がれることから、『箱』は俺たちの状態を可能な限り再現しようとしているのだろうか。


 まあ、それはさておきとして、他にもいくつか気になることがあった。それは、どれも土館に関係しており、何か重要な意味を持っているように思えた。


 最初の世界の『伝承者』が土館だというのは周知の事実だが、何でこの世界がループし始めたのかという記録がない。元々この世界がそうなるようにできているのか、それとも誰かがそうするようにしたのか、何一つとして書かれていない。ただ、最初の世界の土館はその世界で起きた少しばかりの出来事と『次の世界でみんなを助ける』という意思を書き残しているだけだ。


 あと、これは最初の世界の土館だけでなく、今までの世界の土館全員に関係することだが、ところどころに不自然な空欄がある。『箱』の壁にも限界があるため、記憶は空白がなくなるほど詰められて書かれている。それなのに、何でそんな空欄ができているのか。少なくとも、土館や土館について書こうとした誰かが意図したものではないことは分かった。


 続けて記憶を見ていくと、『――人目』や『透明人間』や『土館の――』などの記録もあった。どれも、他の世界の記録と見比べてみても俺たち九人に対しての記録ではない。


 ということは、あくまで仮説だが、俺たちが認識できない『十人目』の存在がいるんじゃないだろうか。そして、その『十人目』はいわゆる『透明人間』みたいな状態で俺たちは見ることすらできず、土館と何らかの関係を持っている。加えて、それらしい記録がないことから、『十人目』は『伝承者』を経験しておらず、それなのに『箱』の中に入ることができた。そして、自分に関する記録の大半を消したのだろう。


 ただ、『伝承者』を経験していないのであれば、『箱』の中に入ることはできないはずだ。いや、『伝承者』を経験しなくても、『箱』の壁に書かれている文字を消すことくらいはできるだろう。『箱』をただの直方体の物体と思っているのなら、真っ先にそう考えるはずだ。『箱』の中に入るまでもなく、『箱』の外から手を伸ばして拭くなり上書きするなりして消せばいいじゃないか、と。


 『箱』はPICにあらかじめ内臓されている使い捨てパスワードを使用して開き、開いた人物のみが『箱』の境界内に入ることができる。もちろん、『伝承者』を経験していない『十人目』はその教会内に手を伸ばすことさえ許されない。それが、『箱』の不思議な仕組みだった。


 でも、もし『十人目』が『箱』を作った張本人であり、何らかの目的でこの世界がループするように仕組んでいたとすればどうだろうか。それなら、『十人目』だけが『箱』に関係している事象を好き勝手に改変できそうだ。そうすれば、『箱』がこの世界で唯一世界再編に巻き込まれても消滅しない物体になっていることも、『十人目』に関する記録がほとんど消えていることにも頷ける。


 『十人目』がどういう人物なのか、まったく見当もつかない。案外話し合いで解決できる人柄かもしれないし、逆に、今考えたことを話した瞬間に殺しにくるかもしれない。もっとも、どちらに転んでも途中で何らかの問題が俺が進む道を阻むのは確かだと思う。何にしても、まずは俺のもう一つの人格に地曳を殺させず、『十人目』を探し出すことが先決だろう。


 だけど、どうやって地曳を助ようか。俺のもう一つの人格が具体的にどういう存在なのか、俺自身よく分かっていないし、記録にも大したことは書かれていなかった。ただ、俺のもう一つの人格が表に出てくるのは誰かを殺そうとしたとき限定で、その間俺は意識を失うということだけは共通しているみたいだ。


「……はぁ……やるしかないか……」


 一か八か、この際覚悟を決めてやるしかない。それは今までの世界で誰もしたことがない初めての試みで、成功よりも失敗の確率のほうが高いであろうことだった。それに、もし失敗すれば俺自身もただでは済まないかもしれないし、以後『伝承者』を受け継ぐこともできなくなるかもしれない。


 それでも、俺のもう一つの人格が原因で惨劇が繰り返されているなら、その存在に最も近い存在である俺がどうにかしないといけない。可能性は限りなくゼロに近いと思うけど、万が一にも俺はその存在を制御したり話し合ったりできるかもしれないのだから。


 だから、俺は――、


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 『箱』の出入り口に相当する壁の上部には、アナログ式のタイマーのようなものがある。それについて記録にも様々な考察があったけど、たぶんあれは次の世界までの残り時間を意味しているんだと思う。


 『伝承者』が次の世界の自分に自身の記憶を植え付けるのは俺が地曳を殺した後。だったら、その前に『箱』から出てしまえばいい。そうすれば、俺のもう一つの人格が地曳を殺す前に次の世界に行くことができ、俺のもう一つの人格に殺意を芽生えさせなければ人格が入れ替わることもないはずだ。何か確信があるわけではないし、成功する保障もない。ただ、俺にできるのはそれくらいしかなく、この状況ではそれが一番有効だと考えただけだ。


 タイマーの針の一目盛りがどれくらいの時間を意味しているのか分からないまま、俺は勢いよく『箱』の壁に体当たりした。一メートルもない『箱』の端から端までの助走をつけ、全体重を乗せ、肩が外れそうになりながらも、みんなの想いを無駄にしないために、俺は力を加えた。


 直後、『箱』にあるドアの丁番からミシミシっという音が聞こえ、そのままそのドアごと本体から外れた。俺も全体重をそのドアにかけていたことで同様に『箱』の外に放り出された。『箱』の外がどのようになっていたのか、それを確認する前に俺の視界はがらりと変わった。


「……ハッ!」


 ふと気がつくと、俺は真っ暗な人工樹林の中にいた。そして、目の前には心底驚いている様子の地曳の姿があり、一方の俺は右手に持っているナイフを地曳の腹部に突き刺そうとしているところだった。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 俺の意思に反して動こうとする右腕を力強く左腕で押さえつけ、強引に引き戻そうとする。すると、右腕の支配権が俺に戻ったのか、ナイフの先端部が地曳の腹部に数ミリ突き刺さったところで右腕は俺の意思に従うようになり、そこで静止した。


 『箱』の壁に書かれていたから分かっていたことではあったけど、こうも突然の出来事になってしまうと咄嗟の判断ができなければ地曳を殺すことになっていただろう。俺のもう一つの人格も驚いているのか、しばらくは表に出てきそうにない(俺が気絶しそうにない)。


 心拍数が多くなり、冷や汗を流しながら、大きく安堵の溜め息を吐く。俺は地曳を助けられたと確信したことで、俺は内心ホッとしていた。気がつくと、ナイフを握っている右手から力が抜けて、ナイフを人工樹林の地面に落としてしまっていた。こんなものは最初から必要なかったんだ。


 その後、俺は目蓋を開け、そこにいる地曳の姿を確認しようとした。しかし、俺の目の前に地曳は立っていなかった。ただ、地曳は背後にあった人工樹木にもたれかかり、先ほどナイフの先端が突き刺さった腹部に赤い滲みを浮かび上がらせて目を閉じているばかりだった。


「地曳!」


 俺は地曳の名前を呼び、そのまま軽く体を起こして、怒鳴りつけるように問う。


「おい、地曳! 何でお前はこの世界の秘密を知っていたんだ!? あのメールで、俺たちに何を伝えたかったんだ!? この世界の秘密以上のことを何か知ってるんじゃないのか!? 答えてくれ――」


 しかし、地曳は返事をしない。一瞬、俺のもう一つの人格以外の原因で死んでしまったのかと焦り、咄嗟に生死を確認した。心臓は動いているし、息もしている。加えて、傷口は浅いらしく、気を失っているだけらしい。たぶん、俺が地曳にナイフを突き立てたことに驚いた矢先にその先端を少しだけ腹部に突き刺され、その拍子に躓いたことで背後にあった人工樹木に頭をぶつけて脳震盪を起こして気絶したとかそんなところだろう。


 とりあえず、地曳がいつ意識を取り戻すかは分からないし、このまま人工樹林にいるというのはあまりにも滑稽すぎる。ひとまず、地曳を背負って俺の家に運ぼう。初日に必要な情報を集めて、みんなに協力してもらえるように話をするのはそれからだ。


 と、俺は地曳を背負おうとする直前、ふと背後に生い茂っている草むらに声をかけた。草むらからは物音一つ聞こえず、逆にそれが不気味な雰囲気を醸し出していた。


「そんなところに隠れてないで、そろそろこっちに来てくれ。天王野」


 振り返ってみると、そこには明らかに俺に敵意を剥き出しにしている天王野が両手にナイフを構えて立ち竦んでいた。

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