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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第〇章 『Chapter:Sun』
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第二話 『後編』

 私が生徒たちに軽く自己紹介をした後、教室内に沈黙が訪れた。というよりは、誰も私の台詞など聞いておらず、まるで興味がないといった感じだろうか。何とも言えない悲しさと虚しさの中、とりあえず、生徒たちにも自己紹介をさせようとした。そのとき、突然短髪紫髪の生徒が大声を発した。


「あーーーーーーーー!!」

「……っ!? ど、どうしたんですか……?」


 てっきり、私の自己紹介には誰も反応してくれないのだろうと思っていたときに急に大声を上げられたことで、私は心底驚いた。確か、あの子の名前は海鉾矩玖璃(かいほこくくり)だったような気がする。さっきからずっと教室中をキョロキョロ見回していた落ち着きのない奴だ。


 私が聞き返すと、何かを思い出した様子の海鉾がやっと納得したという様子で答えた。


「思い出した! さっき、放送で何か言ってた人だ!」

「え? ああ、確かに、先ほど校内放送をかけて入学を祝ったのはこの私ですが」

「やっぱりそうだよね! いや~、さっきはいきなり放送がかかったから、オバケでも出たのかと思ってびっくりしちゃったんだよ! 思わず、近くにあった包丁を持ってドアまで行っちゃったし! あはははは!」

「そ、そうだったんですか」


 いやいや、いくらここが世界と切り離された場所にあるとはいえ、オバケなんて出るわけがない。まあ、元科学者として霊的なことはあまり信じられないけど、一説によるとそれに近しい存在もあるとかないとか。どちらにしても、私がここに来てすぐに施設内を回ったときは何もいなかったはずだ。


 それはそうと、包丁なんて持ってくるように書かれていなかったはずだし、そもそも、ここは凶器及び危険物は持ち込み禁止だ。本来の用途で使用するならまだしも、オバケ退治で使おうとしたのはいかがなものだろうか。あとで、一応注意しておく必要があるかもしれない。


 と、私がなぜか楽しそうにしている海鉾を席に着かせようとしたとき、何の脈絡もなく、海鉾は続けてまったく別の話をし始めた。


「ところでさ! 入学式とかっていつやるの?」

「入学式? それなら、さっき放送で――」

「何というかさ、わたしもやっと高校生じゃん? だから、せめて入学式くらいはきっちりしたいなー、とか思っちゃってるわけよ! 小学校のときも中学校のときも入院してて出られなかったからね!」

「……えっと」


 うわっ、言いにくっ! あんなにキラキラと目を輝かせている子に、『入学式ならさっきの放送で終わりました』なんて言えない! 言えるわけがない! というか、小学校のときも中学校のときも入院してたってことは、あまり体が丈夫なほうではないのか?


 どう答えれば海鉾を納得させることができるかと考えていると、不意に、海鉾の後ろの席でずっとカチャカチャと知恵の輪を弄っていた金髪ポニーテールの生徒が呟いた。その子は金泉霰華(かないずみせんか)という名前のはずだ。


「キーキーうるさいですわ。いい加減、黙るか死ぬかしてくれませんか?」

「えっ、初対面の人に『死ね』とか、何この人怖い……ってか、さっきから後ろでカチャカチャしてるほうがよっぽどうるさいと思うんだけど? んで、手に持ってるの何?」

「そんなこと、あなたには関係のないことですわ。それに、この程度の小さな音がうるさいくらいなら、補聴器を付けるか耳を千切るかしてくれませんか?」

「うわああああん! こんなのが後ろに座ってるとかヤダー! 早く席替えしようよー! ハッ! すっかり忘れてたけど、入学式のことについてまだ聞けてないじゃん!」

「入学式なら、あなたが心霊現象だと勘違いした先ほどの放送で終わりましたわ」

「え、マジ?」


 海鉾がまるで信じられないといった様子で私のほうを見てくる。いずれ言うことになるのは分かっていたので、私は海鉾に向かって一度だけ頷いた。すると、海鉾は明らかに驚いた様子で『そうだったんだ……』とか言いながら、静かに椅子に座って机に突っ伏してしまった。


 何だか、少し可哀想なことをしてしまった気がする。小学校中学校と入学式をしなかったらしいとはいえ、そんなに入学式をしたかったのだろうか。まあ、それなら、卒業式くらいは形だけじゃなくて大々的にしてあげるとしよう。ただ、三年後まで覚えていたらいいけど。


 気を取り直して、次に私は、生徒たちに順番に自己紹介をさせることにした。とりあえず、座っている席の順番(五十音順)で回してもらおう。というわけで、出席番号一番の天王野の自己紹介だ。


「……え、えっと……天王野、葵聖……です……」

「ほ、他には?」

「……ほ……他……!?」

「ほら、好きな食べ物でも趣味でもいいから。自分のことをみんなに伝えてみて?」

「……す、好きな食べ物……しゅ、趣味……」

「特になければ、それ以外のことでも――」

「――っ!」

「あ、ちょっと!」


 クラスメイトが見ている方向を向いて自己紹介するのが恥ずかしいのか、それとも怖いのか。天王野はつい数分前と同じように、教室の入り口のドアの後ろに隠れてしまった。引き戻すのも可哀想だし、この調子だと続けて自己紹介なんてできそうにない。ひとまず、名簿に『天王野葵聖→怖がり、小動物みたい』と書いておいた。


 次は出席番号二番の海鉾なんだけど……あの様子だと天王野みたいにろくなことを言ってくれなさそうだ。一応、順番が回ってきたということだけ伝えた。


「海鉾矩玖璃です……もう疲れました死にます……」

「どうしてそうなる!?」

「やっぱり、まだやり残したことがあるので生きます……よろしく……」


 うん。私には海鉾のことがよく分からないというのがよく分かった。『やり残したこと』というのは入学式ができなかったことだろうか。ということは、大学の入学式まで待つってことだろうか。『海鉾矩玖璃→活発、脈絡がない』とメモした。さあ、長いと疲れるし、どんどんいこう。


「金泉霰華。趣味は知恵の輪を解くこと。以上」


 『早っ』という言葉を発するまでもなく、金泉の自己紹介が終わった。何というか、どうも近寄りがたい雰囲気の子だ。こんなことは世間一般的な教師なら思わないのかもしれないけど、如何せん私は教師経験がないし、教え子たちの境遇が境遇だから仕方がない。『金泉霰華→毒舌、知恵の輪』。


 金泉の自己紹介の後、列が変わって一番前に座っているにも関わらず偉そうに腕を組みながら目を瞑っている生徒の番になった。寝ているのかと思いきや、私が声をかける前に緑髪の生徒が言った。


「木全遷杜」

「何でもいいので自己アピールを……」

「前の三人だってろくなことを言ってないだろ」

「そう言わずに……」

「そうだな……強いて言うなら、嫌いなものは父親と母親だ」

「はぁ……」


 『また捻くれた性格の奴だなー』と思っていると、木全の台詞を聞いた海鉾、金泉がそれに反応した。私は『木全遷杜→偉そう、両親が嫌い』と書きながら、彼らの様子を見ていた。すると、すぐに海鉾が木全に話しかけた。


「へー、そうなんだー。実はわたしも、お父さんとお母さん大っ嫌いなんだー」

「奇遇かつ残念なことに、私も同意見ですわ。あれほど不快な存在は他にはありません」

「死ねばいいのにな」

「だよねー、ほんとほんと」


 ああ、すっかり忘れていた。そういえば、ここに来ているのは何らかの問題を抱えていて社会不適合者と認定された子たちばかりだったんだ。それなら、両親や家族関係で問題があっても不思議ではない。だけど、このまま放置しておくのはさすがにまずいので、途中でやめさせて次の生徒に自己紹介をさせた。


「……地曳赴稀(じびきふき)……他には特に何も……」


 最初に教室で見たときからずっと俯いて独り言を言っていた生徒だ。うーん、何と言うか、ここまでの生徒に比べて特徴がない。怪我をしている様子ではないし、辛うじて特徴と呼べるのは雰囲気が暗いことくらいだろうか。『地曳赴稀→暗い、無個性』。


土館折言(つちだておこと)です。戸籍上は土館誓許(つちだてせいきょ)ですけど、そのことはあまり気にしないで下さい」


 ここに来て、やっと一般人らしい子が来た。長め茶髪をおさげ状に髪留めで括っている土館からは、その淡々とした自己紹介を聞いても分かる通り、物静かでしっかり者という印象を受ける。まあ、名前のことは色々あったんだろうから、あまり触れないでおこう。『土館折言→お淑やか、一般人っぽい』。


「あと、訳あってこの箱の中にいるのが、私の妹の土館午言(つちだてまこと)です。戸籍上は存在していないんですけど、その場合はディオネって呼ばれてます。今は寝てるみたいなので、姉の私が代わりに自己紹介しておきます」


 妹だったのかよ! え、というか何、どういうこと? 戸籍上は存在してなくて、ディオネって呼ばれてる? その箱の中に入ってるのは何だ? 人以外の何かなのか? 私は土館妹の正体が気になる気持ちを抑えつけながら、名簿に『土館午言→透明人間、エイリアン?』と書いた。


 土館姉妹から視線をずらし、また列が変わって次は、さっきからずっとイチャイチャしている赤髪サイドテールの生徒と青髪の生徒の番になった。だが、二人は教室で何をしてらっしゃるのか、赤髪サイドテールの生徒が青髪の生徒に体中を触られたり揉まれたりしながら、喘ぎ声を発している。おいおい、ここはラブホでなければ、自宅でもないんだぞ。とりあえず、軽く注意をして自己紹介をするように言った。


「ほら、次は沙祈の番だってよ」

「あ、あぁんっ! 逸弛、もっともっとー!」

「他の人も見てるから、一言自己紹介をしてくれればもっとシてあげるよ」

火狭沙祈(ひさばさき)。好きな人は逸弛!」

「よくできました」

「逸弛大好きー!」

「ああ、僕は水科逸弛(みずしないっし)だから」


 何だこいつら腹立つなー。まだ高校生だってのに、何してんだよ。それはあれか? もう二十台半ばなのに恋愛経験ゼロのままこんな辺境の地に左遷された私への当て付けか? 『火狭沙祈→水科が好き、M』、『水科逸弛→火狭が好き、S』、あんな自己紹介だとこれくらいしか分からん。


 そんなに時間は経ってないはずなのに、何だか随分疲れた気がする。まあ、何にしてもあと一人だ。と思いながら一番後ろの席に座る黒髪の生徒のほうを見てみた。黒髪の生徒は何をし始めるわけでもなく、ただただ遠くのほうを呆然と眺めているだけだった。


「次は君の番なんだけど……」

「……このクラスは、楽しくなりますよ」

「え?」

「ここにいる全員にとって、一生忘れられないくらい楽しくなります」

「そうですね。そうなれるように頑張りましょう」

「『そうなれる』じゃなくて『そうなる』んです。今、そういう光景が見えましたから」

「……?」

「あ、すみません。冥加對(みょうがつい)です。よろしく」

「ああ、はい」


 何だろう。不思議な雰囲気の生徒だ。ここにいる全員で楽しく余生を送れるのに越したことはないけど、それを断言できるほどのものを今の自己紹介で得られたのだろうか。それに、『そういう光景が見えた』ってどういうことだろう。


 何はともあれ、これで全員の自己紹介が終わったわけだ。あー、疲れた。さて、私の自己紹介なんてしても面白くないし、さっさと授業に入るとしよう。……っと、そういえば、まだ各授業毎に号令をする委員長を決めてなかった。さて、誰にしようか――、


「それじゃあ、地曳さん。委員長してもらえる?」

「ええっ!? わ、私!?」

「うん、そう。ほら、悪いんだけど、他の子に比べてあなただけ個性がないみたいだから、そうでもしないと覚えられないのよ」

「うう……酷い……」

「まあ、することといえば授業前後の号令くらいだから、よろしくね」

「……はい」


 そんなこんなで、地曳の号令によって初めての授業が始まる。これがこの私元科学者の太陽楼仮暮と、精神障害者……つまり、サイコパスとして世界と隔絶されたこの施設に強制的に入れられた彼らの出会いだった。


 彼らと仲良くなって、楽しく過ごしたい。冥加の予言通り、後に私のその願いは叶うことになる。でも、それ以上の、まさに歴史の分岐点とも呼べるとんでもない惨劇が起きてしまうとは、このときは考えもしなかった。


第〇章 『Chapter:Sun』 完

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