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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第〇章 『Chapter:Sun』
176/210

第一話 『前編』

 これは『十人の狂った少年少女たち』と『一人の元科学者』の出会いの物語。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


 一番近くの街に行くにしても、車道は整備されておらず電車も走っていないため、徒歩でゆうに三時間はかかる。また、その施設の近くには建物と呼べる建物は一つとして存在しておらず、当然のことながら、住居や店舗なんてありはしない。外部と連絡を取ろうとしてもそこは年中無休で圏外であり、通信機器はまったく役に立たない。


 誰もいない、何もない、閉鎖された孤独な空間。そんな、この世界から完全に隔絶された場所に、ポツンと一つの大きな収容施設が存在していた。設備こそ充実しており、衣食住には困らないようになっているものの、今述べた通り、そこには何もない。その言葉通りの意味で、そこには何もないのだ。


 私はある理由でここにやって来た。というよりはむしろ、強制的に行くことになったといったほうが正しいかもしれない。まあ、分かりやすく簡潔に言うなら、左遷だ。


「チッ……こんなことになるなら、あんなもん作らなきゃよかった……」


 この施設から一番近くの街までは親切な人に車に乗せてもらったが、そこからは徒歩で移動するしかなかった。見渡す限りただの平地だが、どうやら車で移動するには地面の凹凸が激しいらしい。それに、何キロかごとに『動物注意』や『地雷注意』といった、最近はあまり見ない看板が配置されている。ここは本当に日本なのかと何度も疑問に思ったほどだ。


 ようやくこの施設に着いたものの、三時間以上も連続で重い荷物を持って歩いてきたため、私の足腰はすでに悲鳴を上げていた。私はこれでも少し前に世を騒がせた元科学者だが、それゆえに体なんて鍛えたことはなく、そもそも昔から体力に自信があるほうではない。この様子だと、数日間は筋肉痛に悩まされそうだ。


 さて、何はともあれ、長い長い旅を終えて目的地に到着したわけだ。帰る場所なんてないし、もうこの世界に私の居場所などない。私物は全て、今持ってきた大きなトランクの中に収まっている。そして、この施設こそが私の新しい職場であり、私の家ということになる。


 そう。私は、この施設……つまり、何らかの問題を抱えた言葉通りの問題児たちの教師になった。『なった』といえば念願の夢を叶えたみたいに聞こえるかもしれないが、正確には押し付けられただけだ。どちらかといえば、刑罰に近いかもしれない。


 今まで実験開発実験開発を繰り返してきた私の人生の中で、いつ教員免許なんて取ったのかまったく記憶にない。まあ、今回ばかりはそれが役に立ったといえるだろう。その教員免許がなければ、今頃私は無一文のフリーターとして死んでいく運命にあっただろうから。


 そんなことはさておきとして、今のところこの施設内には誰もいない。私以外の教師も、生徒も。でも、明後日には形ばかりではあるけど入学式が執り行なわれる。それまでゆっくり準備をして、これからの余生を過ごす計画を立てるとしよう。


 私はあらかじめ割り当てられている自分の部屋に入り、そんなことを考えながら、眠りに就いた。


 二日後、筋肉痛もすっかり治り、形ばかりの入学式が執り行われた。『入学式』というと、体育館のような大きな広間に集まって、学校側から様々な説明を受けそうなものだが、ここではそんなことはしない。ただ、私が全校放送で『入学おめでとう』と一言だけ言い、本日から早速始まる授業の簡単な説明をするだけだ。実際、五分足らずで終わった。


 ここでの生活や学校についての説明は、彼らの入学が決定した段階で配られたパンフレットに全て書かれている。個人部屋の場所、施設内案内図、朝食の時間、登校時間、昼食の時間、下校時間、夕食の時間、風呂の割り当て、就寝時間、その他もろもろ。軽く、刑務所にでもいるような気分になるほど、何時に何をするのか指示されている。


 とはいっても、別にそんなものを守る必要はない。どうせこんなところに来ることになった連中は私を含めて全員が社会不適合者で、余生をここで暮らすことになるのだから。最低限のルールさえ守れば、あとは適当に遊んでいればいいのさ。二度と社会復帰ができないと判断されたから、ここに強制送還されたんだろうし。それに、そうしてくれると、私の仕事も減るし、生徒も楽しいし、まさに一石二鳥だ。


 『一石二鳥』。つくづく良い言葉だと思う。一つの行動で二つ以上の利益を得るという、まさに効率化された現代においてその的を見事に射ている、人生の教訓と言っても過言ではない。それに、何よりも、その使い勝手の良さといえば、他の言葉と比べても郡を抜いている。


 そういえば、この施設に来ることになった原因の論文を書いたときも、その言葉を多用したような気がする。思えば、『同じ言葉を並べ過ぎ』っていう理由で選考係が落としてくれていればこんなことにはなっていなかったかもしれない。今さら何を言っても手遅れなんだけど。


 そろそろ一時間目が始まる時間だ。この施設での記念すべき一時間目の授業は、出席確認と自己紹介だ。生徒たちは昨日の夜には施設に全員揃っていたわけだが、今この瞬間まで、私を含めて他人と顔を合わせていない。入学式も放送で済ませたし。もちろん、私はついさっき名簿を確認したから、たった十人の生徒の顔は知っているけど。


 無駄に長い廊下を抜け、無駄に用意された教室を眺めながら、無駄に広々とした教室に向かう。ここに来ることになったとき、ここには問題児ばかりが来るとか聞いていたから、てっきり教室の一つや二つくらい炭になるだろうと覚悟していたけど、今のところはそんな気配はない。それどころか、教室からは話し声一つ聞こえてこない。


 ふむ。どうやら、この施設に来た生徒は、私が想像していた生徒像とは大きく離れているらしい。暴力的な性格ではなく、陰気な性格揃いなのだろう。そのほうが静かだろうし、会話に無駄な時間を割かなくて済みそうだから助かる。


 その後、私はようやく教室に入った。てきとーにしても問題ないとはいえ、やはり第一印象はそれなりに大事だろう。これから何年も一緒の施設に暮らすことになるわけだし、仲良くするに越したことはない。


「おはようございま――」


 教室に入りながら、ふと思いついたそんなありきたりな挨拶をする……が、しかし、私は最後までその挨拶を言い終えることができなかった。


 な、何だ、こいつらはああああ!? え、ちょ、まっ、ええええぇぇぇぇ!?


 これはもう、陰気とはそういうレベルじゃない。何かこう、一度目を合わせただけで、それでなくても数時間近くにいるだけで、不幸が乗り移ってきそうな雰囲気を放っている。元科学者としてこんなことを考えるのは変かもしれないけど、私は率直にそう感じてしまった。


 教室にある座席は全部で十台。見たところ、特に頭のおかしい奴はいなさそうだが、そのうちの全員が良い意味でも悪い意味でも個性豊かだった。


 教室中をキョロキョロ見回している落ち着きのない奴、金属の塊(知恵の輪か?)を弄っている奴、偉そうに腕を組みながら目を瞑っている奴、俯きながらぶつぶつと何かを呟いている奴、車椅子に座っている奴、まだ高校一年生成り立てだろうにもうイチャイチャしている奴ら、どこか遠くのほうを眺めている奴が一人。


 それと、車椅子に座っている奴の隣に、大量のコードや電子機器に繋がれた電話ボックスのような箱が置かれている。人が一人入るには充分そうな大きさではあるけど、まさかあれも生徒の一人なのだろうか。


 そういえば、十人の生徒のうち一人だけ、写真ではなくアニメキャラのイラストのようなものが添付されている生徒資料があったような気がする。もしかすると、その生徒なのかもしれない。何で箱に入っているのかは知らんが。


 まあ、社会不適合者と判断された以上、何らかの問題を抱えたままここにいるのは全員同じわけだし、余計なことを聞いて面倒なことになるのだけはごめんだ。自己紹介はあとでするとして、まずは人数確認だけでもしておこう。


 と、もう一度教室内を見てみたところ、私はふと気がついた。もう一度確認してみても、やはり教室には九人しか生徒がいない。もちろん、車椅子に座っている奴の隣に置かれている箱も数に入れた。それでも、席に座っているのは九人だけ(決められた席に座ってるのはもっと少ない)で、教卓には担任教師である私が立っているばかりだった。


「……ん?」


 不意に、教室の出入り口から軋んだ音が聞こえた。その方向を見てみると、教室のドアが不自然な場所で静止しており、そのまま見ていると、僅かに動いていることが分かった。私はついさっき自分が入ってきた場所に戻り、そのドアを開けた。


「……っ!」


 するとそこには、もこもこした柔らかそうな長い白髪の生徒がいた。確か、この生徒の名前は天王野葵聖(あまおおのきせい)だったはずだ。天王野はドアを開けられてその姿を晒されると同時に小さな悲鳴を上げ、ぶるぶると震え始めた。何だろう、小動物みたいで可愛い。


 でも、ここに来るということは、天王野もまた彼らと同じ問題児の一人ということになる。見た感じ人間不信とかそんな程度に見えるけど、それだけなら病院で治療してもらえば済む。まあ、少し可哀想ではあるけど、とりあえず、決められた席に座ってもらわないと困る。あとで生徒にも自己紹介をしてもらいたいし、その場合、出席番号が最初の天王野から始めてもらうことになるだろうから。


「大丈夫ですか? 立てますか?」


 私が手を伸ばしても、天王野はそれを取ろうとはしない。むしろ、余計に怖がってしまった。次に、私は声をかけて自分の仕草だけで決められた席に座るように促すと、天王野は嫌々そうにしながらも軽く頷き、とてとて歩いていった。


 ふぅ。これで十人(九人と一台?)の生徒が揃ったことになる。私は出席簿に全員出席と記入すると、教卓の後ろで生徒たちを前にして立った。その後、軽く頭を下げながら、最初の挨拶をする。


「みなさん、入学おめでとう。私は、これからみなさんの保護者兼担任教師になった太陽楼仮暮(たいようろうかくれ)です。どうぞよろしく」

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