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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第六章 『Chapter:Mercury』
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第二十五話 『回帰』

 沙祈は僕の家に戻ってくることはなく、他のみんなも僕の家に来て様子を見に来たりはしなかった。たぶん、僕が一時的にあんな状態になったのだと思っていたのだろう。でも、それによって僕は行動しやすくなり、次の日、前の日と同じような武器を持って学校に行った。


 そして、教室に入るなり早々に、前の世界で殺人を犯した三人に襲いかかった。教室内は悲鳴で溢れ返り、一面に血が飛び散った。僕は三人を殺すために何度も何度もナイフで突き刺したり、鉄パイプで殴ろうとした。


 そのとき、教室には先生はおらず、同様にして近くの教室にも大人はいなかった。すでに登校していたクラスメイトのほぼ全員は教室の外に避難したり、僕を止めるために先生を呼びに行ったりしていた。そんな中、友だちグループのみんなは身を挺して僕を止めようとしてくれた。


 でも、僕はみんなに止められても自分の意思を曲げることなく、三人を殺そうとした。その際、僕を止めようとした四人に重症を負わせてしまった。遷杜君を突き飛ばしたことで彼の『頭部』が透明な強化ガラスの壁に当たり、矩玖璃ちゃんの『左腕』を鉄パイプでへし折り、霰華ちゃんの『左胸』に鉄パイプを突きつけ、赴稀ちゃんの『腹部』に包丁を突き刺した。


 僕を止めようとした四人がそれぞれ重症を負って身動きができなくなったところで、僕は三人を殺すために再び行動を開始した。それにより、對君の右腕と誓許ちゃんの両足の機能を完全に奪い、葵聖ちゃんの左目に包丁が突き刺さった。


 まだだ。まだ終わらない。友だちなのに、友だちだったのに、どうでもいいような理由で友だちを殺すような奴は許せるわけがない。それは前の世界の出来事だったとしても、今の世界で起きないとは限らない。だから、事件が起きてしまう前に僕がこの手で殺す。『伝承者』として、そういう解決法もあるはずだ。


 そう強く思って、僕は三人にとどめを刺そうとした。すると、そんな僕の前に沙祈が現れた。沙祈は僕が狂ったことにいち早く気がつき、それをみんなに伝えた張本人だ。沙祈は僕にとって何よりも大切な存在で傷つけてはいけない女の子だ。だから、そこをどいてくれ。前の世界で沙祈やみんなを殺した奴らを殺せないじゃないか。


 と、言おうとしたとき、僕は沙祈の首元に目が行った。そう、そこには昨晩僕が沙祈の首を絞めて一時的に動きを封じたときについたのであろう、青い痣があった。完全完璧な沙祈の体についている、一点の傷。僕はそれを見た瞬間、自分が今まで何をしていたのかを思い出した。


 前の世界で友だちを殺した友だちを殺す。敵討ちを言えば聞こえはいいかもしれないけど、僕がしていることもまた、彼らと何も変わらないことだ。それに、そもそも世界が違うのだから、今の世界の彼らに罪はない。前の世界の彼らは、前の世界でもう死んでいるのだから。


 僕は決意した。僕みたいな『伝承者』が以後こうして誰かを殺してしまうかもしれない。それに、今まで何百回と繰り返されてきたこの世界で、『伝承者』は一度たりとも惨劇を回避させることができなかった。だったら、そんな存在は必要ないんじゃないか、と。


 僕がこの場で、誰にも何も伝えずに死ねば、この世界の秘密や『伝承者』の存在は永遠に受け継がれることはなくなる。そうなれば、惨劇が起きてもやり直すことはできないけど、それもまた、この世界の運命なのかもしれない。


 僕はよろよろと後ずさりし、手に持っていた包丁で自分の首をかき切って自殺しようとした。


 しかし、その寸前で僕は沙祈に突き飛ばされた。沙祈は僕が自殺しようとしたのを止めるべく、僕の体勢を崩そうとしたのだった。それによって、僕が持っていた包丁の刃先は僕の首とは別の方向を向き、自殺は防がれた。


 でも、その代わりに、包丁の刃先は僕に体当たりしてきた沙祈の首に突き刺さり、沙祈は首元から大量の血を噴き出させて倒れた。一瞬、何が起きたのか、何で沙祈が倒れているのか、僕には理解できなかった。だけど、しばらくすると事の全容を理解し始め、僕は真っ赤な床の上で動かなくなった沙祈の前で大声で泣いた。


 直後、頭部を打って動けなくなっていたはずの遷杜君に背後から鉄パイプで殴られ、僕は意識を失った。その後のことはよく覚えていない。というよりはむしろ、ここまでの出来事を全て、僕は今まで忘れていた。


 僕によって重症を負ったみんなはあの後すぐに病院に行ったのだと思う。でも、完治までは時間がかかるから、木曜日の朝見たようにそれぞれ怪我の部分に何かしらの保護を施していた。みんなは怪我をしているのに僕だけが怪我をしておらず、みんなも僕がしていたかもしれない怪我について何も話題にしなかったのはそういう背景があったからなのだろう。


 それでは、何でみんなは怪我をした本当の理由を隠して、僕に嘘の理由を教えたのか。それは、遷杜君に殴られたことで一日分の記憶が飛んだ僕に、その日の出来事を思い出させないようにするための、せめてもの優しさだった。みんなは僕があんなに酷いことをしたというのに『友だちだから』という理由で、自分たちにされたことを許し、隠し通そうとしていたのだった。


 もし僕が火曜日の夜から水曜日の朝にかけての出来事を覚えていても、それは夢だったと教えられるように、みんなは水曜日の夜に火曜日の夜を再現した。ただし、僕と對君が殴り合った人工樹林だけは、余計なことを思い出させると考えて再現しなかった。初日が一日ずれていたと感じたのは、そういうことがあったから。


 また、僕が『幻覚』を見たとき、例外なくその場には二人以上が集まっていた。それも、何で集まっていたのかよく分からない状態で。僕はそれによっててっきり、他の世界と比べてあらゆる出来事が一日ずれて起きるのだと勘違いした。でも、実際にはそれはただの偶然でしかなく、みんなが僕にあの日のことを思い出させないために話し合っていただけなのだと思う。


 ところで、『幻覚』の正体は何だったのかというと、あれは僕の深層心理にある『恐怖心』が作り出したものだったのだろう。こうしてあの日の出来事を思い出せていることから、僕はあの日の出来事を一時的に忘れていただけで、脳のどこかには確かにその記憶が残っていた。


 それによって、僕はみんなを傷つけてしまったという罪の意識に捉われ、いつか復讐されるのではないかと無意識に恐怖していた。だから、『箱』の内側に書かれていたことを『幻覚』として脳内で勝手に作り出し、僕自身や沙祈までもが殺される現実には存在し得ない光景を見てしまっていた。


 さて、みんなに重症を負わせてしまった件については、みんなの優しさが僕を許してくれたということで方がついた。『幻覚』の正体についても、僕の精神的な問題だったということでいいだろう。だとしても、一つ問題が起きる。


 何で、僕は逮捕されていないのか? これは、まず最初に誰もが思い当たる疑問だろう。もちろん、この世界には警察はおらず、霰華ちゃんの両親が実質的なトップであるFSPが治安的な情報操作をしている。でも、さすがにこれほどの大事件に起こしてしまったのだから、せめてどこかで隔離していてもおかしくはない。


 違う。僕はもう、隔離されている。刑務所や海のど真ん中などではなく、この街に。


 思い出してみてほしい。木曜日の朝、僕が沙祈と学校に行くとき、街中にほとんどと言っていいほど通行人がいなかったことを。学校では、クラスメイトは僕たち友だちグループのメンバーと、土館午言という謎の人物のみだけだったことを(彼女については何も思い出せない)。校内にいる先生も仮暮先生だけで、他の教室は全て封鎖されていたことを。


 土曜日、沙祈と出かけたときだってそうだ。ほとんどのお店は閉まっていたし、みかけた人もほとんどいない。覚えているのは、せいぜい對君と誓許ちゃん、遷杜君と霰華ちゃんくらいだ。これは、大事件を起こした僕を外界と隔離するためにFSPがしたことなのか、いつの間にか事件の概要が広まっていって街中の人たちが自ら別の地域に避難したのか。どちらかは分からないけど、おそらくそういうことなのだろう。


 ただ、その中で、葵聖ちゃんの両親が経営しているという会社だけは大勢の人たちで賑わっていた。それもそのはず、あの会社には外部から働きに来る人が多いためにこの街の出来事にはそれほど詳しくなく、しかも、あの会社はやや異質な方針と雰囲気を持っているため、拠点を移すこともなかったのだろう。


 ああ、そういえば、今僕がいるこの教室の設備が本来と随分と変わっていることについて、まだ解明していなかった。他の教室の設備は僕が知っている通り、四方を透明な強化ガラスに囲われて、折り畳み式の席が床に埋め込まれている。このことから、僕のクラスの教室の設備にのみ問題が起きたのだと分かる。


 当然のことながら、それは僕が教室で暴れたことによるものだった。つまり、三人を殺そうとしたり、止めようとした四人を振り払った際、座席の大半を故障させてしまい、壁に傷やヒビを入れてしまった。だから、この教室だけ簡易的に設備を取り替え、一昔前のような状態になっていたのだろう。


 僕が火曜日から水曜日にかけてしてしまったことの全貌は解明できたと思う。みんなの優しさや色んな人たちの配慮があったから、僕はこうして生きていたんだ。


 それだけ迷惑をかけていたにもかかわらず、僕はみんなにこの世界の秘密や『伝承者』のことについて打ち明けてしまった。あんな酷いことをしたのに、また意味不明なことに巻き込むのか。今度は何をされるか分かったものじゃないし、そんな非現実的なことなんて信じられない。たぶん、僕が話しているとき、みんなはそう思っていたころだろう。当然だ。


 でも、みんなはその優しさから僕の目の前だけでも信じているように振舞ってくれた。僕が友だちだからという理由だけで、重症を負わされ、僕と一緒に外界と隔離されたにも関わらず、笑顔で手伝うと言ってくれた。僕はそれで満足するべきだったんだ。


 だけど、最終的にはこうなってしまった。僕は『幻覚』に逃避して、目の前の『現実』から目を背けていた。現実は、非情だった。


 沙祈は僕がみんなのせいでおかしくなったと思い込み、僕の負担を減らすためにみんなを殺した。僕は沙祈に対して恐怖を覚えていなかったから沙祈の『幻覚』だけは見ていなかったけど、『現実』ならそれもありえてしまう。そして、実際に僕の目の前に、その惨状は広がっていた。


 PICを起動させて、日時を確認する。今日は二一二三年十月二十八日水曜日。窓の外では、偶数週水曜日に決まっている通り、雨が絶え間なく降り続いている。今日は火曜日のはずなのに、またしても一日ずれている。


 ああ、そうか。僕は『幻覚』を見続けていたから日にちの感覚がなくなりかけていたのだろう。それに今朝、沙祈と女の子四人が揉めたのが火曜日の出来事で、それから一日経ってから沙祈がみんなを殺したのではれば辻褄が合う。


 僕は『伝承者』としての使命を果たせないまま、みんなに迷惑ばかりかけて、こうして最終日を迎えてしまった。生き残っているのは、『伝承者』の僕と、この世界について月曜日に説明した程度の知識しか持っていない沙祈だけ。


 つまり、次の『伝承者』は必然的に沙祈ということになる。


「……逸弛?」


 僕は沙祈を抱き締めた。その拍子に沙祈の手に握り締められていた鉄パイプが床に落下し、カランカランという音を立てる。なるべく沙祈に気づかれないようにと思いながらも、僕は涙が溢れてくるのを抑えられなかった。沙祈がキョトンと状況を理解できていない中、僕は言った。


「……ごめん、沙祈……ごめん、みんな……」

「どうしたの……?」

「……これから僕が言うことは突拍子もないことで、信じられないことかもしれない……でも、これはもう沙祈にしかできないことなんだ……だから、身勝手な願いだというのは理解しているけど……僕が成し遂げられなかったからこそ……沙祈の手でみんなを救ってほしい……」

「うん。あたしは、逸弛の言うことなら何でも聞くよ」

「ありがとう……本当に、ありがとう……」


 こうして、この僕水科逸弛の『伝承者』としての人生は終わった。あとは、沙祈が次の世界でみんなを救ってくれるのを願うばかりだ。それと、次の世界の僕は、もっと沙祈のことを大事にしてやっとほしい。


 僕は沙祈のことが好きだ。他の誰よりも、何よりも。一生をかけて守りたいと思えるほどに。


第六章 『Chapter:Mercury』 完

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