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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第六章 『Chapter:Mercury』
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第二十一話 『幻覚』

 僕はみんなにこの世界のことや『伝承者』のことなどの秘密を打ち明けた。そして、それも無事に終了したところで、僕は早速捜索に取り掛かろうと考えた。でも、みんなからの提案(言ったのは對君)で『今日はもう放課後でこれから暗くなるし、惨劇なんて起きないんだから、明日から時間をかけてしよう』ということになり、僕もそれを承諾した。


 そうだ。そもそも、みんなが僕の話を信じてくれた時点で、僕の力になると約束してくれた時点で、僕は頼んでいる側なのだ。それに、みんなの言い分には理由もあって、充分に納得できるものだった。そして何より、最終日とされている日まで待って、『箱』が出現したのを確認してから、みんなと捜索を始めても決して遅くはない。


 僕らには多くの時間が残されている。それは、今の世界だからこそできる芸当だった。いくつものイレギュラーな事態、對君のもう一つの人格の消失、幸福に満ちたみんなの過去と現在、それらによって、惨劇が引き起こされない世界が構築されている。焦る必要なんかない。


 教室で解散した後、僕はみんなと少しずつ話して、最後に教室を出ることにした。話したのは、わざわざ言うまでもない、他愛のない話だ。数分後、最後の一人が教室を出たところで、僕も教室を出た。


 家に帰ったら、もう一度これからのことについて計画を立てる必要がある。もちろん、それは少し疲れるし辛いことだけど、それ以上に今の僕にしてみれば、みんなが僕の話を信じてくれたことに対する嬉しさが数百倍上回っていた。


 だからこれから毎日、家では計画を練って、学校ではみんなと捜索をする。そんな、今までの世界では考えられないような日々を過ごして、この世界の真相を探り出す。それが、新たなステップに進むことができた、今の世界の『伝承者』である僕の役目だ。


 と、色々なことを考えながら廊下を歩いていると、不意にどこからともなく声が聞こえてきた。一瞬だけその声は幻聴のようにも思えたけど、いつものように沙祈と一緒に帰っているということを思い出し、その声が沙祈のものなのだと分かった。


 ただ、何と言ったのかは分からなかったので、聞き直すとしよう。そんなことを思いながら、僕はすぐ隣で歩いている沙祈のほうを向いた。そういえば、今日は沙祈は僕の腕に抱きついてきていない。いつもなら、その大きな胸で僕の腕を挟み込み、幸せそうな表情を見せてくれるのに。どうしたんだろう。


 すると、僕が声を発するよりも前に、沙祈が口を開いた。


「ねぇ、逸弛。何であんな重要なことをみんなに打ち明ける前に、あたしに相談してくれなかったの?」

「え?」

「その『え?』っていうのは、あたしの台詞が聞こえなかったっていう意味の『え?』なの? それとも、あたしが何を言っているのか理解できないっていう意味の『え?』なの? 紛らわしいから、どっちか言って」

「どちらかといえば後者だけど……どうしたんだい? 何でそんなに不機嫌そうな――」


 僕には、沙祈が何で不機嫌そうにしているのか分からなかった。沙祈が嫌がるようなことをした覚えはないし、ましてや、この僕が沙祈に辛い思いをさせるわけがない。沙祈は僕にとってかげがえのない唯一無二の存在で、一生をかけてでも守るべき女の子なのだから。


 それなのに、今回ばかりはその原因がまったく検討もつかない。今朝の段階では、いつも通りの沙祈だったはずだ。午前の授業の休憩時間も、昼休みに一緒に昼ご飯を食べているときも、午後の授業の休憩時間も、何もおかしなところはなかった。


 みんなに様々な秘密を打ち明けたときは――あれ? そのとき、僕はふと思い出した。僕はみんなに様々な秘密を打ち明け、少しだけだけどそのことについて話し合った。話し合いの後も、僕はそれぞれと一言二言話して、教室から見送った。でも、その間、沙祈は何かを喋っていただろうか。


 否。さすがに、それくらいはいくら僕の意識が沙祈から外れていても思い出せる。沙祈は、何も喋っていなかった。それどころか、誰かから話しかけられることもなく、何かを呟くわけでもなく、口すら開いていない。ただそこにいたのは確かなのに、何もしてない。僕は、沙祈が不機嫌だったのはその段階からだったのだと確信した。


 何かフォローしておいたほうがいいかもしれない。しかし、何をどう言おうか決めかねていると、突然沙祈が声を荒げて僕に言った。


「逸弛のバカ!」

「沙祈……?」

「バカ! バカバカバカバカ!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて――」

「あたしには悩み事や秘密にしてることなんてないって言ってたじゃん! それはいいとしても、あたし逸弛に言ったよね!? 何か悩み事があれば、まずあたしに相談してって! それに、あたしは逸弛のためなら何でもできる、他の誰よりも力になれるとも言ったよね!? 逸弛の様子が変だって最初に気づいたのはあたし! あの日の晩、逸弛の様子は明らかにおかしかったし、あたしが知ってる逸弛と全然違ったから、何年も一緒にいるあたしが分からないわけがない! 誰が何と考えようと、誰が何と言おうと、あたしだけは逸弛を信じるし、逸弛を助けたい! 逸弛には、あたしのそんな思いは伝わってるものだとばかり思ってた! それなのに、何で逸弛は幼馴染みで、恋人で、ずっと二人っきりで生きてきたあたし一人に相談せずに、みんなに言ったの!? まさか、あたしが逸弛の話を嘘や冗談だと思い込んで、信じないとでも思ったの!? そんなわけないじゃん! あたしは逸弛のことが好きなの! 大好きなの! 好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで仕方ないの!! 他の誰よりも、他のどんなことよりも、もはや比べられないくらいにまで好きなの! 逸弛があたしのことを大切に思ってくれてるのは分かってるし、実際にそうしてくれてるのも充分すぎるくらい分かってる! でも、逸弛はあたしが逸弛の話を信じないと思い込んで疑った! 何で!? どうして!? あたしって、そんなに信用ない!? あたしの何がいけなかったの!? どうすれば、大好きな逸弛に信用してもらえて、どうすれば、逸弛があんな重要なことをみんなに打ち明ける前にあたし一人だけに相談してもらえたの!? 分かんないよ! 分かんない分かんない分かんない分かんない!! 別に、あたしは逸弛を責めてるわけじゃないし、この程度のことで嫌いになるわけないし、ましてや、まったく信用されてないとも思ってないよ! だけど、いくら今の世界にいるというあたしと、前の世界から来た逸弛が少しずつ食い違っていたとしても、普通傷付くよね!? そう思わない!? 体に……首にこんな傷を付けられても、治療して、時間をかければそのうち治るよ! でも、大好きな人に信用されてないのかもしれないっていう思いだけは、たぶん一生覚えてるんだよ! これからもずっと、永遠に! 普段は忘れていても、またいつ思い出すかなんてあたしにも分かんない! そんな思いだけはしたくなかったし、するとも思ってなかった! 逸弛とは過去に何度も喧嘩したことあるけど、これは喧嘩なんかじゃないよ! これは、あたしが一方的に逸弛にぐちぐちと大声であたしが何を思っているのか、何を考えているのかを打ち明けてるだけ! そして、逸弛の信頼を得たい、もっと逸弛の力になりたいっていう意思表示! 逸弛なら……誰にでも優しくて、格好良くて、モテて、あたしの幼馴染みで、恋人で、ずっと二人っきりで生きてきた、あの逸弛なら、もちろんそれくらいのこと分かってるよね!? もし、そんなことも分からないんだったら、あなたは逸弛じゃなくて偽者だ! いくら別の世界から来たといっても、何度も幻覚を見たといっても、そんなのは関係ない! 人を型にはめて話すのは嫌だけど、今回ばかりは例外! ねぇ、伝わった!? 本当に、あたしが何を言いたいのか分かった!? あたしはね、逸弛と二人っきりで過ごした時間のほうが長いこの人生で、初めて逸弛のことが分かんなくなったよ! だから、あたしに逸弛のことを分からせて! 逸弛の言葉で、逸弛の思いを、全て打ち明けて! 他のみんなに打ち明けていないこともあるかもしれないけど、もうそんなことはどうでもいい! ただ、あたしはもう一度逸弛のことを分かりたい! それだけなの!」

「さ、沙祈――」

「もう帰る! また明日!」


 そう言って、沙祈は不機嫌なままつかつかと廊下を早歩きで去っていった。僕はただ、沙祈の長い台詞とその内容に圧倒され、どう声をかけていいのかも分からないまま、その場に立ち尽くしているしかなかった。やがて、その場で足が石のように固まって動かなくなった僕の視界から沙祈が消え、僕は途方もない寂しさに襲われた。


 まさか、沙祈がそこまで思い詰めて、僕のことを考えてくれていたなんて思いもしなかった。いや、どちらかといえば、そうではない。僕が目の前のことに囚われすぎて、『伝承者』の使命を果たすことにばかり集中していたから、気づくことができなかったんだ。


 やっぱり、今朝沙祈に相談するべきかどうか悩んだときに、そのままみんなに話すよりも前に相談しておくべきだった。でも、今朝の段階では今の世界が確実に安全という証明ができていなかったし、僕も絶対に話すというつもりではなかった。だから、どうあがいても道はこの一つしかなかった。


 結局、何が原因だったかというと、僕が沙祈のことを真の意味で信用していなかったことだろう。信じてもらえないかもしれない、本気にしてもらえないかもしれない。そんな思いが僕の行動を制限した結果、こうなった。みんなに話すよりも前に沙祈に相談できなかったとしても、他にも何か方法があったはずだ。


 でも、それももう終わったこと。沙祈は不機嫌なまま、一人で帰っていってしまった。分かれ際、『また明日』と言っていたことから、『今日はもう会いたくない』という意味が察せられる。どうやら、僕は随分久し振りに、沙祈の温もりを感じられないまま一人で一晩過ごすことになりそうだ。

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