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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第六章 『Chapter:Mercury』
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第十九話 『幻覚』

 結局、遷杜君と霰華ちゃんに話しを聞きに行ったけど、予想外の何かが分かったわけではなかった。葵聖ちゃんのように、二人の過去も『箱』の内側に書かれてあったのとほとんど変わらず、今の世界では何不自由しておらず、それぞれの怪我については何も教えてくれない。そんな感じだった。


 遷杜君は生まれつきの不幸体質であり、そのせいで幼い頃から周囲の人たちを苦しめてきたとされていた。また、両親との仲が悪く、本人もずっと辛い思いをしてきた。そんなあるとき、自殺しようとしていた霰華ちゃんを何気なく救い、それがきっかけになって彼女と仲良くなり、少しずつ心の負担は軽減されていった。


 しかし、霰華ちゃんが交通事故に遭ったのを目撃して、遷杜君は霰華ちゃんが死んだものだと勘違いした。それ以来、遷杜君は霰華ちゃんのことを覚えていたものの、友だちグループのメンバーとしてすぐ近くにいたということには気がついていなかった。


 ただ、今の世界において、そんな遷杜君の過去はほんの少しだけ違う。幼き頃に霰華ちゃんと会って心の負担が軽減された遷杜君は両親と仲直りをすることにし、そのまま成功したらしい。また、霰華ちゃんが事故にあったときも、すぐに病院を探して駆けつけ、結果的に何年も離れ離れになることはなかったのだという。


 霰華ちゃんは『FSP』という特殊組織の実質的なトップである両親の行いを許せなかった。だから、両親の行いの間違いを指摘するために努力してきた。でも、そんな霰華ちゃんにも憂鬱な時期があり、自殺しようとしたときがあった。そのとき、霰華ちゃんを救ったのが遷杜君だった。遷杜君に救われた霰華ちゃんは生きる希望を取り戻し、遷杜君の近くにいることで自分の存在意義を見出せるようになっていった。


 しかし、ある日交通事故に遭い、幸いにも一命を取り留めたものの部分的な記憶喪失になり、遷杜君に関する情報をほとんど忘れてしまった。加えて、事故直後に遷杜君と会えなかったことで思い出すきっかけもなく、友だちグループのメンバーとしての遷杜君にいつか助けられたような気がすると思い込み、彼のことを好きになっていた。


 ただ、今の世界において、そんな霰華ちゃんの過去はほんの少しだけ違う。事故直後、すぐに遷杜君が病院に駆けつけたお陰ですぐに記憶を取り戻したことで、二人はそれ以前のような関係を維持できた。また、両親を見返すという野望はなくなり、代わりにFSPという組織自体を内側から変えるという願望を抱き、そのことを話題の起点としたことで両親との仲もよくなっていったという。


 これらの過去の結果、二人は僕と沙祈のように幼馴染みとして仲が良く、つい最近ようやく恋人になったらしい。二人の両親は相手側のことを知らないらしいけど、いつかそのうち紹介することになると思うと言っていた。


 まあ、二人はいつでもどこでも冷静沈着でクールな印象を受ける子たちだけど、そういうことに関してはうぶなのかもしれない。余談ではあるけど、二人は手を繋いだり、キスをするくらいまでは進んだらしい。でも、恋人としての一線は越えていないのだと言う。


 さてさて、何となく分かってはいたけど、二人の過去もまるで誰かが望んだかのように幸せそのものだった。もちろん、それ自体に文句を言うつもりはないし、むしろ二人が幸せならそれでいいと思う。イレギュラーな事態とはいえ、それが事件に発展するわけでも、大きな問題になるわけでもないから。


 だけど、やっぱり何もかもがうまく行き過ぎている気がしてならない。少しずつ、それも僅かな流れしか変わってないというのに、こんなにも綺麗にまとまるものなのかと感心する。葵聖ちゃんに話を聞いたときも思ったけど、今の世界ではみんなが幸せに生きられいるんじゃないかと思えた。


 あと、二人の怪我のことだけど、遷杜君の頭部の包帯は幼い頃まだ両親と仲が悪かった頃に暴力を振るわれて以来のもので、霰華ちゃんの左肩の布は交通事故に遭ったときの後遺症のようなものらしい。それ以外の理由はないと言い切られたし、葵聖ちゃんたちの怪我について聞いてみても、何も知らないの一点張りだった。


 本当に知らないだけなのかもしれないし、二人は無関係なのかもしれない。でも、僕はどうしても二人の受け答えに、そして、やや違和感を感じられたその態度に不信感を抱かざるをえなかった。信用してる、信用してないとかじゃない。ただ純粋に『伝承者』として、事実虚実を見極めるためにそう直感しただけだった。


 この調子で、まだ話を聞いていない對君、折言ちゃん、矩玖璃ちゃん、赴稀ちゃんにも話を聞いていくことにしよう。ただ、何となく僕にはそれぞれの過去や現状への予想が立っていた。たぶん、全員少しずつ過去の流れが変わっていて、幸せな毎日を送っているのだろう。素晴らしいことだ。


 そうだ。もういっそのこと、僕が『伝承者』であることをみんなに打ち明けてしまってもいいのではないだろうか。今の世界はイレギュラーな事態ばかり起きていて、僕が少し流れを変えただけで對君のもう一つの人格は赴稀ちゃんを殺さなかった。だから、もしかすると、今の世界の對君のもう一つの人格は表に出てこれないか出てきにくいのかもしれない。


 それなら、僕が『伝承者』であることを隠す必要はなくなる。それに、僕は誰かに恨みを買われるようなことをした記憶はないし、みんなそれぞれ幸せな日々を送っているのだから、多少非現実的なことを言われても受け入れられるだけの心の余裕はあるはずだ。


 そうすれば、僕自身もみんなに心配をかけるかもしれないという不安に煽られることもなく、一人で抱え込む必要もなくなり、今まで以上のスピードで多くの正しい情報が集まるはずだ。みんなも、僕が幻覚を見たとかそういうことに関して心配をすることもなくなるし、一石二鳥じゃないか。


 いや、少し違う。確かに、僕やみんなの心配はなくなって、今の世界についての情報も集まりやすくなるかもしれない。でも、それ以前に、今までの世界での惨劇は全て僕たち九人のうちの誰かによって引き起こされ、連鎖的に殺人事件が立て続けに発生していた。だから、元々平和な今の世界に僕が手を加えるまでもなく、今の世界で惨劇は起きない。


 それも、少し違うか。誰が惨劇は起きないなんて保障してくれたか。そんなこと、誰も言っていない。たまたま、今の世界のイレギュラーな事態がそういう流れに導き、そういう風に見せているだけだ。いくらみんなが幸せに見えているとはいえ、事件が僕の幻覚の中でしか起きていないとはいえ、前の世界では予期せぬまま惨劇が起きた。だから、今の世界でも突然何が起きるかは誰にも分からない。


 やっぱり、みんなに相談しよう。みんなに相談する前に沙祈一人に相談するべきかもしれないけど、『世界は繰り返されていて僕たちは幾度となく惨劇を経験してきた』なんて非現実的なことを個人に言ったところで困惑してしまうだろう。相談するなら、全員いる場所で一度に言うべきだ。


 そう、これはイレギュラーな事態だらけの今の世界だからこそできる芸当だ。他の世界では、こんなことをすればまさしく自殺行為。たちまち、その世界の『伝承者』は對君のもう一つの人格に殺され、惨劇が繰り返され、僕たちの物語はそこで終わってしまう。惨劇を食い止め、みんなを導きのはこの僕だ。


 一通り考えをまとめた直後、僕はふと目を覚ました。どうやら、いつの間にか日曜日は終わり、もう朝になっていたらしい。PICで現在時刻を見て普段通りに起床したのを確認すると、隣ですやすやと眠っている沙祈の寝息が聞こえてきた。僕はもう沙祈に心配をかけることもなくなると思うと嬉しくなり、沙祈を起こさないようにそっとベッドから出た。


 軽くシャワーを浴び、朝ご飯の準備をする。何となく分かってはいたけど、沙祈が何日も連続で朝ご飯を作ってくれることはなかった。まあ、沙祈とほぼ同棲し始めてからほとんど毎日僕が朝ご飯を作っていたし、今からその習慣を身に付けるというのは難しいと思う。慣れればそう難しいことではないけど、まだ慣れていないのだから、そういう日は僕が今まで通り朝ご飯を作るとしよう。


 さて、包丁を取り出して朝ご飯の仕度を――あれ?


 僕の家にある台所下の引き出しには、包丁が数本あったはず。でも、今見てみたところ、何だか本数が足りない気がする。一、二……と数えてみたところ、本来そこにあるはずのうち、一本がなくなっていた。僕は場所を移動させた記憶はないけど、以前沙祈が料理したときに間違えて別の場所に入れてしまったのかもしれない。そんなことを考えながら、僕は台所とその周辺にある引き出しを全て探した。


 しかし、結局どこにもその一本の包丁はなかった。もちろん、本来の場所にあった包丁の本数を何度も数え直したけど、それに間違いはなかった。それに、これは気のせいかもしれないけど、調理器具や食器がそこはかとなく減っている気がする。


 さて、これはどういうことだろうか。この不可解な現象について原因を考えていこうとしたとき、不意に沙祈の眠そうな声が聞こえてきた。見てみると、沙祈は何も服を着ていない上から毛布を羽織っていた。


「……あ、逸弛……おはよぉ~」

「ああ、沙祈、おはよう。眠そうだね」

「うん、今起きたからね……ん、どしたの~? 何かあった~?」

「それが――」


 と、言いかけたとき、僕は思い留まった。沙祈の家ならまだしも、ここは僕の家だ。そこで包丁が一本なくなったとはいえ、どこかの隙間に挟まってるとかそんな程度の理由かもしれない。それに、沙祈がわざわざ僕の家の包丁を隠すわけがないし、その行方を知っているとも思えない。


 何はともあれ、朝から言うことでもないし、しばらく放置しておけばそのうちひょっこり出てくるかもしれない。僕はそう結論づけて、沙祈には黙っておこうと考えた。


「……?」

「いや、何でもないよ」

「そぉ~? あ、寝惚けてて忘れてたけど、あたしが朝ご飯作るからね」

「そうかい?」

「うん。だから、ちょっと時間はかかるけど、逸弛はゆっくりしてて~」

「ありがとう。それじゃあ、そうさせてもらうよ」


 僕は、みんなにこの世界のことや『伝承者』のことを話す計画を立てる時間ができたと内心喜び、素直に沙祈に従った。沙祈が例の如く裸エプロン姿になったのを見てヤル気を出させてもらった後、僕は自分の部屋に戻った。

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