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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第六章 『Chapter:Mercury』
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第十七話 『幻覚』

 何と言うか、どうしても拭えない奇妙な違和感がある。


 葵聖ちゃんとその義理のお父さんと話をした結果、多くのことが分かった。葵聖ちゃんの過去自体は大方変わっていない代わりに、その義理の家族と仲が良くて、家庭内暴力を受けているわけでもない。もちろん、僕たち友だちグループとの仲は良好だし、赴稀ちゃんも殺されることなく生きている。


 確かに、これだけの情報を見れば、葵聖ちゃんにとって最高の状態だといえるだろう。もちろん、実の家族が全員殺されてしまったという事実は変わっていないから、その点に関しては良いとはいえないけど。でも、まるで誰かが心の底から望んだかのように、何もかもがうまくまとまりすぎている。


 それに、さらに違和感を感じられたのは、葵聖ちゃんの義理のお父さんのことだ。前の世界では、僕がバイトに行った段階で、すでにあの人は葵聖ちゃんに殺されていたから、直接話をしたのは今回が初めてだけど、『箱』の内側に書かれていたことを思い出してみると、想像していた人物と大きくかけ離れている気がする。


 もっと葵聖ちゃんのことを嫌っていて、葵聖ちゃんのことなんかどうでもいいと思っているような、冷酷極まりない人格の持ち主だとばかり思っていた。葵聖ちゃんに暴力を振るったり、葵聖ちゃんの実のお母さんの形見だというリボンを千切ったり、そういうことばかりが『箱』の内側に書かれていたから。


 しかし、実際に話してみたところ、一切そんな雰囲気は感じられなかった。実の家族を失って辛い思いをしている葵聖ちゃんを思いやり、どうにかしてやりたいと考え、僕のことを彼氏だと勘違いするような、愉快で優しい性格のいい叔父さんだった。『箱』の内側に書かれていたのは何かの間違いだったのではないかと思えてしまうほどに。


 もしかすると、今の世界の性格こそが、葵聖ちゃんの義理のお父さんの本当の人格なのかもしれない。他の世界ではその想いを上手に伝えられず、四苦八苦した結果、家庭内暴力という方向に走ってしまっただけなのかもしれない。その真相を確かめようとは思わないけど、僕はそんな気がしてならなかった。


 それともう一つ、そんな葵聖ちゃんの義理のお父さんと話をして分かったことだけど、葵聖ちゃんは何で左目の怪我の事実を嘘を吐いてまで隠したんだろう。葵聖ちゃんの義理のお父さんが言うには、火曜日に学校から帰ってきたら眼帯をしていたらしいけど、理由を一切話していないのは怪しい。


 昨日の遷杜君と霰華ちゃんの幻覚中の会話から考えても、火曜日に学校で何かがあったのはほぼ確定だろう。でも、僕の記憶に今の世界の火曜日の出来事がない以上、余程のイレギュラーがない限り、大きな出来事は起きていないはず。それなのに、左目を失明するほどの何かが起きたというのはどういうことなのか。それに、そのことをわざわざ僕に隠す意味は何なんだろう。


 まあ、情報が少なくてどうしても分からないことをいつまで考えていても仕方がない。とりあえず、葵聖ちゃん本人にもう一度話を聞きに行くとしよう。今頃沙祈は折言ちゃんたちと遊んでいるはずだから、その中に入ってなさそうな遷杜君や霰華ちゃんあたりに後で話を聞きに行くとしよう。デートでもしていない限り、まだ四時前だからさすがに連絡はつくだろう。


 そんなことを考えながら、僕は葵聖ちゃんの行方を捜した。職場にいた人に聞いてみると、誰かと地下室に下りていったということが分かったので、すぐにそこに向かうことにした。


 それにしても、この日この時に地下室に行ったと言われると、何だか嫌な予感がしてしまう。前の世界では、ここで葵聖ちゃんが折言ちゃんを殺したみたいだったし。少し、ほんの少しだけ、身構えておく必要があるかもしれない。


 階段を下りて地下に辿り着くと、すぐ近くに部屋があるのを発見した。僕はその部屋に入りながら、いたって軽い調子で葵聖ちゃんの名前を呼んだ。


「葵聖ちゃーん。聞きたいことがあるんだけど――」


 直後、僕が目にしたのは悲惨な光景だった。ある程度は予想できていたけど、まさかこれほどとは思いもしなかった。一瞬にして笑顔と背筋が凍りつき、どうしようもない驚愕と恐怖の感情に支配される。それと同時に、吐き気や眩暈を催し、すぐにでもその場から立ち去りたくなる。


 大きくて古びた金属の塊が一つ、地下室の床に落下していた。一言で言うなら、それは金属を加工するときなどに用いられていたプレス機とでもいうべきか。そのプレス機の下には、水風船を弾けさせたかのように真っ赤な血飛沫が飛び散っており、右腕一本だけがはみ出していた。


 そのプレス機の下がどんな状態になってしまっているのかは検討もつかない。でも、誰がいるのかは、大方検討がついていた。人体をこんな風に扱うなんて、とても正気の人間ができることではない。今の世界に来てから五回目の幻覚症状の中、僕は飛び散った血で全身真っ赤に染まった葵聖ちゃんに話しかけた。


「これは……何だ……?」

「……ミズシナこそ、こんなところで何してる? ……ここは、基本的に関係者以外立ち入り禁止なんだけど」

「悪いけど、それは無効だね。なぜなら、この現場を目撃してしまった僕は、たった今関係者になったんだ」

「……あっそ。……まあ、どっちでもいい。……ミズシナもこのゴミみたいになりたい?」

「なりたいわけないじゃないか。それはそうと、そこで潰されているのは――」

「……ツチダテだよ。……あ、もしかして、ミズシナはワタシ側の人間?」

「え……? どういう意味だい?」

「……何だ、それならそうと早く言ってくれればいいのに。……ちょっと待ってて、今プレス機を上げてこの下がどんなことになっているか見せてあげるから。……いや、ワタシも気になってたから、そのついでだけど」

「……っ!? やめっ――」


 僕の台詞が葵聖ちゃんの耳に届く前に、葵聖ちゃんは機械を操作してプレス機を天井に上げていった。プレス機は床から離れるにつれて、ポタポタと生々しい音を出しながら赤い滴を垂らし、少しずつその下の惨状を明るみに晒していく。


 一瞬だけ見てしまったそれは、もはや切断された右腕のほうが幸せなのではないかと思えるような有様だった。人としての原型など留めているわけもなく、骨も内臓も髪も服もどれがどれなのか分からないほどグチャグチャに潰され、体内から吹き出た血で赤く混ぜ合わされている。


 『人間だった』というより『肉の塊』といったほうが適切な気さえする。こんな光景、一生のうちで何度も見るものじゃない。いや、こんなことがあっていいわけないし、見るべきじゃない。僕は素直にそう思った。


「……あー、これは想像以上だった。……人間をプレス機で押し潰すとこんな風になるんだ」

「こんなことをして、何が目的だ……?」

「……? ……もしかして、ミズシナは楽しめなかった? ……じゃあ、やっぱりミズシナはワタシ側の人間じゃないってことか」

「僕はこんな悲惨な光景を見に来たんじゃない。ただ、葵聖ちゃんと話をしたくて、何でこんなことをしたのか聞きたかっただけだ」

「……話?」


 不意に、葵聖ちゃんの表情が一変した。明らかに嫌そうな顔をして、気持ち悪いものでも見たかのような目をしている。一言でいってしまえば、おそらく葵聖ちゃんは不機嫌になった。そのことは、葵聖ちゃんの態度からも、声色からもすぐに分かった。


「……話……ああ、話ね。……そういえば、ついさっきもした気がするけど、まだ何か聞き足りないことでもあったの?」

「葵聖ちゃんの過去の出来事は大方把握したし、今の家族関係が良好だということも理解した。でも、一つだけ確認できていないことがある。それは、葵聖ちゃんの左目のことだ。何で、あんなあからさまな嘘をついたんだい? 少し考えれば、簡単に分かってしまうようなことなのに」

「……それ、ミズシナが言えたこと?」

「どういう意味だ……?」

「……何でワタシの左目が失明して、そのことを隠していないといけないのか。……今になって、どうしてわざわざ掘り返すのか。……ワタシには理解できない」

「だから、何を言って――」

「……そもそも、事の発端が誰にあるのか、ミズシナは知らない。……いや、覚えていない、といったほうがいいかもしれない。……どちらにしても、これを見ても、まだそんなことを言える?」

「……っ!」


 葵聖ちゃんはそう言うと、左目を保護していた眼帯を外し、その奥にあった痛々しい傷跡を僕に見せ付けた。葵聖ちゃんの左目は治る治らない以前に、本来ある場所から完全に抉り取られ、そこには赤黒い塊があるだけだった。しかも、まだ傷口が完全には塞がっていないようにさえ見える。


 数秒間に渡って傷跡を見せ付けると、葵聖ちゃんは再び眼帯を付けた。そして、つまらなさそうにしながら、僕がいる地下室の入り口付近に向かって歩いてきた。


「……さて、ここでミズシナに二つの選択肢をあげる」

「選択肢……?」

「……一つは、ツチダテのようにプレス機の下敷きになること。……もう一つは、ワタシの鬱憤を晴らすために縛り付けられて八つ裂きにされること。……さあ、どっち?」

「それ、両方とも死ねってことだよね」

「……覚えてないから仕方ないとはいえ、いくらなんでも無神経すぎる。……ミズシナは、死んで当然のことをしている。……だから、これくらいのことは当然、むしろ少ないくらい」

「僕が何をしたって言うんだ……?」

「……答える気はなし、と。……それじゃあ、死んで」


 葵聖ちゃんの台詞の一瞬後、僕は天井から降ってきた金属の塊もといプレス機に押し潰されて死んだ。たぶん、さっき見た折言ちゃんのように、原型が分からなくなるほどグチャグチャになったと思う。でも、これは幻覚の中での出来事だ。現実では、二人の前で意味不明なことを口走って、突然気絶したことになってるはずだ。


 意識が途切れる直前、僕は思った。僕が見ている幻覚は、本当に幻覚なのかって。

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