表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第六章 『Chapter:Mercury』
165/210

第十五話 『幻覚』

 夕方、両手に大量の買い物袋を抱えながら、僕と沙祈はひとまず沙祈の家に向かっている。当初の予定ではもう少し外で遊んで、夜ご飯を食べて、そして――みたいな感じにするつもりだったけど、これだけの量の買い物袋を抱えていれば、行動が制限されてしまう。だから、沙祈の家に行って、荷物を置いてからまた出ようということだ。


 僕が本心から楽しんでいないと思っていた沙祈だったけど、今になっては笑顔が絶えない。それは、僕が沙祈の欲しいものを買ったからだけではなく、僕が沙祈の傍で本心から楽しんでいたからだろう。それくらいのこと、わざわざ言うまでもなく分かっている。


 第六地区のS-4エリアを出て、僕たちが住んでいる地区に向かう最中、僕は沙祈に話しかけた。


「沙祈。ちょっといいかい?」

「ん、何?」

「明日、用事があって僕は一日家にいないんだけど、沙祈は大丈夫かい?」

「……え? 用事?」

「そう、用事。本当に大したことはないし、夕方頃には帰ってこれると思う」

「もしかして、また葵聖に何か頼まれたの? それとも別件?」

「……両方、だね。葵聖ちゃんにも頼まれたけど、それ以外の用事もある」


 もちろん、葵聖ちゃんの用事はバイトで、それ以外の用事はみんなに話を聞きに行く、ということだ。元々、昨日の段階では今日もその確認作業に時間を費やすつもりだったわけだし。


「それは、あたしには言えないこと?」

「ほら、最近色々なことがあったのを覚えているかい? だから、その確認というか検査というか、そういうことをしに行くだけなんだ」

「それは、あたしはついて行かないほうがいいこと?」

「ついてきても構わない。でも、僕は沙祈に構ってあげられないし、待っている間も退屈だと思うよ」

「そう……」

「僕はできる限り沙祈に寂しい思いをさせたくないけど、今回だけは大目に見てほしい。そして、僕はできる限り沙祈に退屈な思いをさせたくない。でも、明日に限っては沙祈と用事を両立させるのは難しい。だから――」

「うん、分かった。明日、あたしは折言たちと遊んでいるから、逸弛は安心してその用事を済ませてきて?」

「沙祈……」

「でも、何があっても、絶対に帰ってくること! それと、うちの門限は六時までだからね! 間に合っても間に合わなくても、明日の晩は、逸弛の体はあたしが好きなようにするから!」

「あはは、門限なんて言われたの初めてだよ……って、え? 門限に間に合っても間に合わなくても、僕が何をされるかは変わらないのかい!?」

「ふふんっ♪ 明日はそのときのために一日かけて折言たちと相談しようかな~」

「お、お手柔らかにお願いします」


 今さら予定を変更するつもりはないし、その時間的余裕もないけど……明日、僕は沙祈に何をされるんだろう。沙祈からしてみれば、自分のことを一日ほったらかしにした僕に罰ゲームをする感覚で言っただけなんだと思うけど、やけに気になる。


 いや、どちらかといえば、凄く楽しみだ。普段から沙祈は結構積極的に動いてくれるけど、それが一方的になるとどんなことになるのか……うん、楽しみは明日まで取っておこう。……もしかして、僕って意外とM気質なのかもしれない。


 と、そのとき、僕は嫌な気配を察知した。それは、第六感のような天性的なものではなく、超能力のような超常的なものでもない。今の世界に来てからの僅かな時間で得た経験、体験。それらを組み合わせたとき、今回もまたそれに似たような感覚を得られた。気のせいなんかじゃない。


 走ってそこに向かうために手荷物を減らそうと考え、両手一杯に抱えていた買い物袋のうち、比較的軽いものを数袋沙祈に手渡した。そして、少し驚いた表情をしている沙祈に、なるべく不信感を与えないように言う。


「ごめん、沙祈。急用ができた」

「え? どういうこと?」

「終わったらすぐに追いかけるから、悪いけど一人で家に戻っておいてほしい。大丈夫、心配はいらない。絶対に帰るし、二十分以内にケリをつけてくる。帰ったらすぐにまた出かけよう」

「ちょ、ちょっと、逸弛!?」


 沙祈が必死に呼び止めようとしているのも振り切り、僕はさっき自分が察知した嫌な気配通りに走っていく。目的地は、第六地区のS-4エリアにある地下街だ。


 街中で遷杜君と霰華ちゃんを見かけ、對君と折言ちゃんに会った段階で、何となく想像はできていた。彼らがこの地区のこのエリアにいるということは、他の世界で起きたあのイベントが起きる可能性があるということに他ならない。いや、イレギュラーだらけの今の世界の場合、それが起きるのは僕の幻覚の中だけど、ほぼ確実に起きるはずだ。


 沙祈にいくつか買い物袋を渡したとはいえ、やっぱり、何も持っていない状態で走るよりも速く走れない。急ぐ必要も焦る必要もないけど、僕は沙祈を待たせている身だ。そして、『伝承者』だ。一刻も早く事の解決に尽力し、何重にも保険をかけて行動する必要がある。それくらいの心意気は持っているつもりだ。


 ようやく例の地下街入り口に辿り着いた僕は、そのままそこに下りていく。


 今の世界で僕の幻覚として起きた事件は、全て一日ずつ日付がずれていた。それは、今の世界の開始日が一日ずれているというイレギュラーが起きていたから。でも、みんなが第六地区のS-4エリアでデートをするというのは今日、土曜日しかない。場合によっては明日に持ち越されるかもしれないけど、可能性としては今日のほうが圧倒的に高いはずだ。


 そして、他の世界ではここで何が起きたのか。それは、對君と二人で第六地区のS-4エリアを歩いた誰かが、無人の地下街で殺され、それを矩玖璃ちゃんが発見するというもの。對君と歩くのは世界によって異なり、無人の地下街で殺される事実や矩玖璃ちゃんが発見する事実は世界によってもほとんど変わらない。ただ、統計上は折言ちゃんが若干多いような印象を受けた。


 でも、對君がその誰かに殺されることもあった。可能性としては一割未満、百回あって数回程度ではあるけど、本来殺される側が逆転することもあった。その世界のそれ以降の展開は葵聖ちゃんが主犯のルートに分岐することが多い。だから、今から行く場所で誰が誰に殺されているかは未だに分かっていない。


 数十秒後、僕はついにその現場を見つけ出した。そこでは、想定内の光景と、想定外の光景が一つずつあった。僕は血の海に倒れている被害者側の二人を確認した後、すぐ傍に立っている犯人側の二人に話しかけた。


「ああ、そうか。君たちが二人を殺すときもあったんだった。すっかり忘れていたよ」

「水科。俺には。お前が何を言っているのかよく分からないな」

「遷杜様の言う通りですわ。そんな、まるで以前から知っていたみたいな口振りをされても」


 そこにいたのは、紛れもなく遷杜君と霰華ちゃんだった。二人は特殊拳銃という一風変わった拳銃を手に持ち、それを足元にある死体に向けている。言うまでもなく、その死体の正体は對君と折言ちゃんであり、二人は特殊拳銃によって殺されたのだということは容易に分かった。


 僕が二人に言った通り、時折他の世界でもこういう事態が起きた。つまり簡単に言うと、對君が誰かを殺すか、誰かが對君を殺すか、という状況にまったく無関係な人物が介入するということだ。もちろんそれは、後々死体を発見する矩玖璃ちゃんであるかもしれないし、今回のように遷杜君と霰華ちゃんかもしれない。今までに起きた回数も少ないけど、それは起きる度に異なる。


 今までの世界なら、容易にイレギュラーとして認定できたのだと思う。でも、今の世界では取るに足らないことだ。もっとそれ以上に大きなイレギュラーがいくつも起きているのだから。


「さて、俺たちはこんな現場を見られてしまったわけだが、これからどうすればいい?」

「さあ? それは僕が知ることではないよ」

「ひとまず、口封じとして消しておくのが適切だとは思いますが、どうしましょうか」

「珍しいね。てっきり、幻覚の中のみんなはもっと過激な愉快犯だと思っていたけど、君たちは違うみたいだ。ところで、君たちは何でこんなことをしたんだい?」

「大したことではない。しかし、こいつらは俺たちが隠していた事実を明かそうとした。だから、殺した。ただ、それだけのことだ」

「隠していた事実?」

「ええ。あなたが知らない……というよりは覚えていない、事実ですわ。ああ、分かっているとは思いますが、言うつもりはないのでご安心を」

「そりゃどーも」


 遷杜君と霰華ちゃんは今までのみんなとは少し傾向が違うみたいだ。少なくとも、どうでもいいような理由で誰かを殺したりせず、何か列記とした理由を持って行動している。そして、一瞬でも僕を殺すことをためらい、隠していた事実とか言いながら、その存在を明かした。何か、流れが切り替わった。僕はそう確信した。


 ふと顔を上げる。そこには、特殊拳銃を僕に向けた遷杜君の姿があった。そういえば、特殊拳銃に撃たれると、かなり痛いらしい。それはもう、精神的にも、物理的にも、腕が飛び、足が取れ、胴体が真っ二つになるほど。いくらその衝撃で幻覚から目を覚ませるとはいえ、あまりそういう体験はしたくない。


「お前は火曜日に起きたことを思い出さなくていい――」


 直後、言葉通り胴体を真っ二つにされた僕はその痛みから意識を失った。でもその直前、薄れていく意識の中でふと疑問に思った。遷杜君は今、何と言った? 『お前は火曜日に起きたことを思い出さなくていい』? どういうことだ? そして、その答えが出ないまま、僕の意識は現実に引き戻される。


 次に目を覚ましたとき、案の定、僕は例の四人に囲まれていた。少し話を聞いてみると、やはり意味不明なことを口走ったと思ったらいきなり気絶したらしい。こんなことが続くと僕がただの変な人に成り果てかねないけど、こればかりはどうしようもない。


 と、不意に思い出した。そうだ、僕は沙祈を待たせていたんだった。僕はそのことを思い出すと、四人にろくな説明をすることなく、急いで沙祈の家に向かった。かかった時間は丁度二十分。一応、ギリギリ宣言通りの時間には間に合ったけど、帰って会った沙祈は不機嫌そのものだった。でも結局、しばらく家でゆっくりした後、夜には出かけた。


 あれ? そういえば、何で四人はあんなところにいたんだろう?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ