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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第六章 『Chapter:Mercury』
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第十二話 『幻覚』

 あの後、僕はみんなに謝って、もう体調もよくなったから心配しないでほしいと言った。もちろん、一時間目のはじめのほうにしていた会議は聞いていないことにして、実際に幻覚を見ていたことも言っていない。言ってしまえば話がややこしくなるかもしれないし、また余計な心配をかけるかもしれないから。


 何はともあれ、いつも通りの日常を取り戻すことができたはずだ。そして放課後、僕は對君と葵聖ちゃんを除く七人で廊下を歩いて帰ろうとしていた。


 今朝のことを思い出す。


 對君、折言ちゃん、葵聖ちゃんの三人が一時間目が始まる前に教室に集まるというイベントは、他の世界であれば木曜日に起きるはずのものだ。赴稀ちゃんを殺した犯人を確認するべく、葵聖ちゃんが死体演技をして、對君が教室に入ったところを、折言ちゃんが目撃する。ただそれだけの出来事のはずだ。


 でも、今の世界における今日は金曜日。ということはやはり、何曜日に何が起きるという法則はなく、その世界の開始から何日目に何が起きるという法則なのだということが分かる。これなら、他の世界の開始日である火曜日からカウントしても、開始日が一日ずれている今の世界でカウントしても、どちらも三日目の出来事として合致する。


 また、これは昨日の朝にあった保健室での出来事や、一昨日の晩にあった初日の出来事にも綺麗に当てはまるので、おそらくこの仮説は正しい。何で一日ずれているのかは分からないし、確認する方法もないけど、いずれ分かるときがくるだろう。


 さて、今朝の教室での出来事だけど、大抵の場合は誰も怪我をすることなく、各々の思い込みや考え過ぎという形で処理される。でも、今までの世界では、對君のもう一つの人格が暴走して二人を殺しかけたり、何を思ってしたのか葵聖ちゃんが自分のお腹を裂いてその血で死体演技をしたりすることもあった、と『箱』の内側には書かれていた。


 そして、一割未満の確率で、今朝のように折言ちゃんが二人を殺すこともあった。折言ちゃんも對君のように二重人格なのではないかと思えてしまうほど、世界によってその性格が異なる。大抵の場合は僕がよく知っているような優しい女の子だけど、その状態では對君に殺されやすい。また、對君たちが死んだ後は精神破綻しやすい傾向にあるらしく、その場合は對君以外の誰かに殺される。


 それにしても、折言ちゃんの性格が世界によって天と地ほど異なるというのは何でなんだろう。どういうわけか、僕が記憶している限りでも、『箱』の内側に書かれていた彼女の記録は少ない。彼女が『伝承者』のときに得られた情報が少なかったのかもしれないけど、もう少し彼女自身のことについて書いておいてほしかった。


 折言ちゃんといえば、いくつかおかしな点もある。まあ、今の世界で他の世界と名前が違っていることや、いたという記録のない妹がいたということもそうなんだけど。今はそれは置いておこう。


 『箱』の内側に書かれていた折言ちゃんについての記録には、ところどころ不自然な空白があった。元々そこには何かが書かれていたのだと思うけど、誰かが意図的に消したような痕跡を確認できた。加えて、折言ちゃんが関係している出来事には、度々透明人間の存在が記されていた。正体不明かつ視覚で認識できない存在。実際にいるかすら曖昧だ。


 それに、今朝もそうだったけど、折言ちゃんがどこから拳銃を持ってきたのか。そういう細かいところも未だに明かされていない。まあ、これから先、情報収集を進めていけば分かってくるかもしれない。


 さて、今朝の出来事、また、それに関係することの考察はもういいだろう。この放課後、僕は何が起きるかを知っている。それは、ほぼ確実にどの世界でも第二の事件として取り上げられるものだ。


 葵聖ちゃんが赴稀ちゃん殺人事件の犯人を對君だと断定し、その最終確認を踏まえた上で、復讐を果たそうとするイベントのことだ。このイベントはその時点で對君、矩玖璃ちゃん、葵聖ちゃんの三人が生きていれば必ず発生し、そして、必ず誰かが死ぬ。


 對君が葵聖ちゃんの行動を封じて教室を去ろうとし、それを止めようとして葵聖ちゃんが自らのお腹にナイフを刺したものの、對君はその罠に引っかからずにそのまま教室を去り、後々教室にやってきた矩玖璃ちゃんが葵聖ちゃんにとどめを刺すパターン。


 對君が葵聖ちゃんの行動を封じて教室を去ろうとし、それを止めようとして葵聖ちゃんが自らのお腹にナイフを刺すと、對君はそれが罠とも知らずに引っかかって葵聖ちゃんに殺され、後々教室にやってきた矩玖璃ちゃんさえも葵聖ちゃんに殺されるパターン。


 全部で、最低一人が死に、三人全員が死ぬということもあるので、理論上は七通りのパターンがある。どれも悲惨な事件だ。だけど、言い切ってもいい。今の世界、つまり、イレギュラーな事態が大量発生していて、僕の幻覚の中でしか事件が起きていないこの世界では、そのイベントは発生しない。それも、かなり高い確率で。


「あ、教室に忘れ物したかもしれない。ちょっと確認してくるから、みんなは先に帰っておいて」

「えー、逸弛も忘れ物したのー? あたしはここで待ってるから、できるだけ早く戻ってきてね」

「うん、善処するよ」


 自分で言っておいて変な話だけど、違和感満載な台詞だ。まあ、沙祈がそういう細かいことに気にしない子で助かった。おかげで、みんなも沙祈につられて納得してくれている。その後、僕はすぐに教室に向かった。


 ついさっき、矩玖璃ちゃんも忘れ物をしたといって教室に戻った。他の世界であれば、このまま例のイベントが発生して誰かが死ぬことになる。でも、さっき言った通り、僕が考えていることが正しければ幻覚こそ見ることになるものの、実際には何も起きないはずだ。


 数十秒後、僕は教室前に到着し、躊躇することなくドアを開けた。僕の目に飛び込んできたのは、僕が予想していた通りの光景だった。


「よぉ、逸弛。忘れ物でもしたのか?」

「對君……」


 そこに立っていたのは對君だった。そして、彼の左手には一本のナイフが握り締められ、足元には血まみれの矩玖璃ちゃんと葵聖ちゃんが倒れていた。對君の顔や体の前半分も真っ赤に染まっており、この場で何が起きたのかを物語っていた。


 黙って目の前に広がる光景を眺めていると、對君が話しかけてきた。やはり、いくら幻覚だと分かっていても、こんな光景は何度も見たくない。


「逸弛、どうかしたのか?」

「……僕は知っている。僕の目の前に広がっている光景が、この場にいる君がしたことが、全て幻覚だということを。だから、僕はもう取り乱したりしないし、惨劇を繰り返させない」

「何を言っているんだ? 俺によってこの二人が殺されたことが、幻覚だとでも言いたいのか?」

「そうだよ。これは幻覚だ。僕の脳が勝手に作り出した、現実ではない妄想の出来事だ」

「あー、そういえば、今朝そんな話をしたっけな。逸弛が幻覚を見たとか見てないとか。まあ、他のみんなは気づいていなかったみたいだが、俺は逸弛が俺たちの話を聞いていたことに気づいていたぞ。だから何だということではあるが。何にしても、現実逃避が過ぎるな」

「何と言おうが、僕は動じない。それに、この幻覚を現実と認識させようとするのは、今朝の一件で君たちの常套手段なのだと分かった。折言ちゃんが注意してくれたように、もう油断なんてしない」

「折言……? 何だ、てっきり逸弛が『伝承者』なのかと思っていたが、違うのか」

「……? どういう意味?」

「確かに、土館折言は土館誓許であり、その双子の妹は土館午言だ。だが、お前が土館誓許という名前を知らない以上、それに込められた土館折言と土館午言の過去を知らないということになる。『伝承者』が友だちグループのメンバーの過去を知らないのはおかしい」

「何を言っているか分からないな。僕が知っている折言ちゃんは本来、誓許ちゃんという名前だった。それに、折言ちゃんも午言ちゃんも僕は今の世界で初めて知ったよ」

「そうか。つまり、やっぱりお前が『伝承者』だったんだな。まあ、『伝承者』でもなければ、こんな惨状を目の当たりにして平静を保っていられないか」


 しかし、對君が言ったことは間違っており、僕は平常心などではなかった。平静など、保っていられるわけがなかった。いくら幻覚だと分かっているとはいえ、友だち一人が、友だち二人を殺した惨状が目の前にあるのだ。こんな状況を笑って切り抜けられる人格を持っている人がいれば、僕はその人のことを狂人か精神異常者だと言うだろう


 それにしても、僕はふと疑問に思った。これが幻覚なら、對君が話している内容は僕の記憶の範囲内でしかありえないし、これから對君がすることは少なからず僕の意思が関係してくるはずだ。でも、そんな気配はなく、對君は僕が疑問を思うようなことを言い、これからすることを完全に予想できているわけではない。何かがおかしい、それは僕自身が一番感じていたことだった。


「さて、もう充分に話せたことだし、これで終わりにしてもいいだろう」

「終わり……つまり、この幻覚の終わりだね。これから何度も見るかと思うと辛いよ」

「違うな。『伝承者』であるお前の命が、ここで終わるということだ」


 對君はそう言うと、手に持ったナイフを構えて僕に向かってきた。これでやっと幻覚が終わる。そう思った矢先、僕の『右腕があった部分』に激痛が走った。


「え」


 あまりにも唐突なことで、痛みは分かっても理解が追いつかなかった。見てみると、僕の右肩から下、本来なら右腕がある部分に右腕はなく、代わりに尋常ではない勢いで大量の血が噴き出していた。


 この体験が本当に幻覚だったのであれば、僕の右腕がなくなったり、痛みが走ったりすることはないだろう。いや、視覚的なものだけでなく、触覚などの感覚も全て含めて幻覚であれば、ありえたのかもしれない。


「分かったか? これは幻覚なんかじゃない、現実なんだ。少なくとも、お前にとってはな」


 直後、大量の血を失ったことで意識が遠のき、僕はその場に崩れ落ちた。次に意識を取り戻したとき、そこには普段通りの三人の姿があって、僕の右腕は切断なんかされていなかったということは、言うまでもない。

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