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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第六章 『Chapter:Mercury』
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第十話 『幻覚』

 沙祈が作った朝食を食べ終わった後、僕たちは学校に向かった。もちろん、沙祈はエプロンしか着ていなかった格好から着替えて、制服を着てから家を出た。今はようやく学校に着いたところで、他に誰もいない廊下を歩いているところだ。


 沙祈は普段から自分なりに制服を加工していて、他の女の子に比べて胸元が大きく開いていたり、スカートが短かったりしている。恋人の僕としては、僕以外の男の子がそんな沙祈の姿に見惚れているのを見つける度に少し嫌な気分になるわけだけど、沙祈にしてみれば、僕が喜ぶと思ってそういう格好をしているのだろう。


 沙祈は幼い頃から人見知りで、何をするにしても僕の近くにいた。それで、大抵の場合は他人に興味がなく、誰にどう思われようと構わなくなってしまっている。だから周りの目を気にすることなく、恋人である僕を喜ばせるために、胸元を大きく開けたりスカートを短く加工しているのだと思う。まあ、沙祈の可愛い姿やエロい姿は見ていて飽きないし、男として嬉しいのは確かなんだけど。


 それと、幼い頃からずっと、沙祈は髪を左側に結わえている。僕が沙祈と知り合った頃からそれに近い髪型だったと思うけど、実は何年か前に、髪型を変えたほうがいいか相談されたことがある。そのときの僕は今のままの髪型が沙祈に一番似合っていると考え、それをそのまま言った結果、沙祈が今日に至るまで髪型を変えることはなくなった。


 格好のことも髪型のことも、どちらも沙祈が僕のためを思ってしてくれていることだ。僕がいなければ沙祈はもっと自由な人生を歩めたのかもしれないと思うときもあるけど、今はただ、この一瞬一瞬を大事にしていこう。


 それに、今の世界ではクラスメイトは友だちグループのみんなしかいないし、それぞれ恋人がいるから沙祈のことを変な目で見る人もいないし。そういうことに関しては、余計な心配事が少なくて済む。


 ふと、廊下を歩きながら、僕の右腕に抱きついている沙祈を見下ろす。沙祈は幸せそうな表情で僕に身を寄せている。目を瞑っているからこけてしまうのではないかと心配になるけど、僕がリードしてあげればいいだけのことだ。


 さて、話を変えよう。今日から僕は、今の世界に起きている多くのイレギュラーな事態を少しずつ解明していこうと思う。もちろん、『箱』の内側に書かれていたことを踏まえて、惨劇を繰り返させないように注意を払いながら。


 それにあたって、僕は沙祈以外の友だちグループのメンバーと一対一で話をしようと考えている。一対一で話をすれば他のみんながいるときには話せないようなことを話してくれると思うし、何といっても、僕が何をしようとしているのかという全体像をみんなに知られない。


 これなら、日常会話では聞けない多くの情報を得ることができるし、沙祈やみんなに余計な心配をかけずに済む。一番の障害である對君に関しても、僕が『伝承者』であることを悟られない程度に話をすれば、對君のもう一つの人格が表に出ることもないはずだ。


 今朝沙祈が言っていた通り、今日は金曜日だ。今日の放課後は沙祈と一緒にいることになっているけど、明日・明後日は一日中休みだから、四~五人くらいには話を聞きに行けると思う。沙祈には適当な理由を言って一人で行動させてもらって、折言ちゃんや矩玖璃ちゃんに頼んで相手をしてもらおう。


 まず、最初に話を聞きに行くべきは、葵聖ちゃんがいいだろうか。葵聖ちゃんは、どの世界でも對君に次いで主犯になりやすく、どの世界でも少なからず何かの殺人事件に関係していて、僕が知る限りでは特に凄惨な過去と家庭問題を抱えている。


 加えて、今の世界の葵聖ちゃんは過去に工具で左目を抉られたのだという。実は、元々僕がいた前の世界でも似たようなことがあった。そのときは、折言ちゃん(前の世界では誓許ちゃん)と葵聖ちゃんが戦闘になった際、飛んできたバールが葵聖ちゃんの左目を掠ってそのまま失明したという話だったけど。


 でも、僕としてはどうしても、このことに何の因果関係も見出さないというわけにはいかなかった。いくらなんでも、ただの偶然で怪我の位置が一致したとは考えにくい。それが、全ての世界が連動しているという意味であればそう納得するしかないけど、何か裏があるような気がしてならない。


 まあ、左目のこともそうだけど、葵聖ちゃんに関しては色々と聞きたいこともあるし、ついでに聞こうと考えたわけだ。赴稀ちゃんとの関係、友だちグループへの認識、葵聖ちゃんの家庭問題、本人の過去。前の世界で葵聖ちゃんに接触したときのように、葵聖ちゃんの義理の両親の会社でバイトをしたいと言えば簡単に応じてくれると思うので、それをまた使わせてもらうとしよう。


 そうこうしているうちに、いつの間にか僕と沙祈は教室のすぐ手前まで来ていた。沙祈は未だに僕に抱きついたままで、僕はそんな沙祈の髪をそっと撫でた後、教室のドアを開けた。


 直後、またしても、僕の目に赤一色の惨状が飛び込んできた。


「え……?」


 昨日登校したときには誰もいなかったけど、今日はすでに三人のクラスメイトがいた。しかし、明らかに様子がおかしい。それは、教室の壁を一面赤く染めていることも含めて、異常という言葉では表しきれないほどだった。


 そのとき、僕はふと気がついた。


 そういえば、何で僕は教室のドアの前に立った時点で、教室の中で広がっている惨状を目撃できなかったのか。教室の壁は透明な強化ガラスでできていて、模様のない大部分は廊下から丸見えのはずなのに。その答えは簡単だった。教室の壁が透明な強化ガラスではなく、家などで使われている分厚い壁だったからだ。


 昨日の時点で気がついていても不思議ではない、新たに発覚したそのイレギュラーな事態。確かに、透明な強化ガラスでなくても学校生活に支障はでないけど、今この瞬間に関しては例外だった。だからこそ、僕は何の心構えもできないまま、その惨状を目撃した。


 直後、乾いた銃声音が教室内に響き渡り、血の海と化している真っ赤な床の上に転がる二つの『何か』から、赤い液体が噴き出す。その方向に顔を向けてみると、そこに転がっている『何か』は人のように見えた。しかし、顔は原型が分からないほどグチャグチャに破壊されており、そのすぐ近くには切断された腕や足がオブジェのように飾り付けられている。


 ある一つの目的で殺された二つの死体を見ても、僕は芸術的・美術的感性を受けたりはしなかった。代わりに、途方もない狂気を感じられる。どうしてここまでする必要があったのか、何でこんなことになったのか、ただただそのことに疑問を感じるばかりだ。


 頭から赤い塗料を被ったかのように全身真っ赤に染まっている折言ちゃんは、對君に見える死体を踏み、葵聖ちゃんに見える死体を蹴った。その後、手に持っていた拳銃を床に放り投げ、僕たちのほうを向いて笑いかけた。その折言ちゃんの笑顔は、悪魔以外の何者にも見えなかった。


「火狭ちゃん、水科君。おはよう」

「これは……どういうことだ……」

「『これ』って、どれのこと?」

「教室に広がっている、この惨状はどういうことか聞いているんだ!」

「おおっと、そんなに大声出さないでよ。びっくりするでしょ?」

「どうしてここまでのことができるんだ……君とそこの二人に何があったっていうんだ!」

「まあ、わざわざ話すようなことは起きてないよ。ただ、ちょっとイラついただけ」

「そんな理由で……」


 不意に、僕は折言ちゃんの台詞にデジャブ感を感じた。前にも似たようなことがあった気がする。それはつい最近の出来事で、今の状況によく似た……そうだ。これは昨日の、矩玖璃ちゃんが葵聖ちゃんを殺している場面によく似ている。


 動機になっていない曖昧な理由で、常人がしたとは思えないような惨状を作り出し、さもそれが当然のような受け答えをする。昨日の場合は僕の幻覚で、矩玖璃ちゃんも葵聖ちゃんも無事だった。


 ということはまさか、今回も――、


「もしかして、今起きてることが夢とか幻覚だったらいいなーとか考えてる?」

「……っ!?」

「あ、図星かな。でもまあ、残念だけど、それはないよ」

「それは、どういう……?」

「そのままの意味だよ。水科君がどう考えようと勝手だけど、今起きてることが現実の出来事なのか、そうでないのかは誰かが決められるような問題じゃないんだよ。試しに、目を覚まさせてあげようか」


 折言ちゃんはそう言って、手に持っていた拳銃の銃口を僕の隣に向けた。その仕草を見た僕は自分の隣を見た。僕の隣には沙祈がいる。つまり、折言ちゃんは僕ではなく沙祈を狙っている。


「バーン」

「やめっ――」

「あはははは! 口で言っただけなのに、面白い反応するね!」

「くそっ、狂ってる……」


 瞬間、乾いた銃声音が教室中に響き渡った。


「え」

「あーあー、残念。さっさと逃げるなり何なりすればよかったのに」

「沙……祈……!」

「まあ、油断大敵だよね。これからはその言葉を肝に銘じておくんだね」

「あ……ああああ……ああああああああああああああああ!!!!」


 額を鉛玉に貫かれ、辺りに大量の血を撒き散らし、床に倒れたまま微動だにしなくなった沙祈を抱きかかえた。嘘だ、こんな現実があってたまるか。ただただ、現実逃避と非難されてもおかしくない思いのまま、僕は泣き続けた。


 すると、ふと僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。その声は狂気にも恐怖にも染まっておらず、どちらかといえば心配しているようなものだった。


「――! 逸弛ってば!」

「え……………………?」


 僕の名前を呼んでいたのは沙祈だった。沙祈は僕に押し倒されたような状態で抱きつかれており、沙祈の胸に顔を押し当てて泣いていた僕の様子を見て、かなり心配そうな表情をしていた。


「急にどうしたの……? 何か辛いことでもあった……?」


 沙祈は僕の髪を優しく撫でながら、慰めるようにそう言った。沙祈の台詞で僕は我に返り、すぐに教室の中を確認した。そこには、腰を屈めて心配そうに僕と沙祈のことを見下ろしている、對君と葵聖ちゃん、そして折言ちゃんの姿があった。三人とも体のどこを見ても血などついておらず、教室を床や壁には血どころか凶器すら見つからない。


「よかった……幻覚で……」

「逸弛?」


 内心ホッとする思いで、僕は沙祈の胸に顔を埋めた。

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