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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第六章 『Chapter:Mercury』
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第九話 『幻覚』

 誰かに起こされたわけでもなく、目覚まし時計が鳴ったわけでもなく、ごく自然な形で僕は目を覚ました。寝起きのはっきりとしない意識の中で、今が早朝なのだということを理解し、昨日までに何があったのかを思い出す。


 僕は一昨日から今の世界に来ており、昨日までですでに多くのイレギュラーな事態が発生している。無数に存在する世界の中で、今の世界はそういうものなのだと解釈すればそうなのかもしれないけど、『箱』の内側に書かれていたことのほとんどが役に立たない可能性があるというのは困ったことだ。


 今の世界の友だちグループはこれまでの世界とは大きく異なる点がいくつもある。


 まず、友だちグループのメンバーが九人ではなく十人であること。僕が知っている土館誓許ちゃんは土館折言ちゃんという名前に変わっており、その妹である土館午言ちゃんが友だちグループの十人目のメンバーだったらしい。午言ちゃんは元々体が弱く、随分前に亡くなったということなので、本人から話を聞くことはできない。


 そして、僕と沙祈みたいな恋人関係に加えて、對君と折言ちゃんと矩玖璃ちゃん、遷杜君と霰華ちゃん、赴稀ちゃんと葵聖ちゃんがそれぞれ同様の関係にある。これは僕が知っている友だちグループでは見られなかったことだし、『箱』の内側にももう少し後の出来事だと書かれていたはずだ。


 折言ちゃんと矩玖璃ちゃんが對君を奪い合って大変なことにならなければいいけど、一応、現代では一夫二妻まで認められているから對君がうまく振舞ってくれれば大事にはならないと思う。


 それと、赴稀ちゃんと葵聖ちゃんを女の子同士なのに恋人のような関係と言ってしまうのはどうかと思うけど、昨日赴稀ちゃんが『レズこそが~』みたいなとか言ってた気がするので、あまり気にしないようにしようと思う。


 それはそうとして、今の世界の友だちグループは恋人関係以外では、友人関係も良好のように見える。前の世界ではいがみ合っていた沙祈と折言ちゃんは一人の友だちとして話していたし、他のみんなも人工樹林で遊んでいる光景を見る限りでは、非常に仲が良い。


 しかし、イレギュラーな事態はそんなプラスに働くことばかりではなかった。


 僕を除いた八人は、それぞれ体に何らかの障害を持っている。沙祈は首。對君は右半身。遷杜君は頭。折言ちゃんは下半身。矩玖璃ちゃんは左腕。赴稀ちゃんは胴。霰華ちゃんは左胸。葵聖ちゃんは左目。どうしてそんな怪我をしたのかを聞くのはタブーらしく、ほぼ全員の原因は明らかになっていない。でも、みんなはその怪我に不満を抱いている様子はなかった。


 また、僕のクラスは三十人の生徒がいたはずなのに、今の世界ではたったの九人しかいない。元々友だちグループのメンバーだけで構成された十人クラスで、午言ちゃんが亡くなったことで九人クラスになったらしい。


 それに、これは昨日人工樹林からの帰り道のときに気がついたことだけど、街中の人が減っている気がする。この世界は友だちグループのメンバーの死に比例して街中の人も減っていく仕組みになっているけど、まだ誰一人として死んでいないのに、何で人気がないのか分からない。思い返してみると、学校にも人が少なかったような気がする。


 そんなイレギュラーだらけの今の世界の中で、僕は一度惨状を目撃している。ただし、それは現実のものではなく、幻覚だったけど。それは、殺人事件が起きてしまう可能性がある二日目の保健室内での出来事で、矩玖璃ちゃんが葵聖ちゃんを殺してしまう場面だった。幸い、すぐに意識を取り戻したお陰で大事には至らなかったけど、もう二度とあんな光景は見たくない。


 他には、これはイレギュラーと言ってしまっていいのかは分からないけど、僕は『箱』の中から出た記憶がなく、気がついたときにはベッドの上で寝ていた。加えて、本来ならどの世界も火曜日から始まるはずなのに、今の世界は水曜日から始まったということも挙げられる。


 さて、ここまでに起きた多くのイレギュラーな事態。僕やみんなにとってプラスになるものも、マイナスになるものも、それぞれあった。だけど、こればかりはどうやって解決したらいいのか検討もつかず、誰にも相談できないものだ。


 『箱』が消えた。


 昨日の放課後、みんなと人工樹林へ遊びに行ったとき、『箱』の内側に書かれていることをPICに保存しようと思った僕は、『箱』がある広間へと行った。しかし、いくら探しても『箱』は見つからなかった。広間の場所は間違っていないはずだし、万が一にも探していない場所があるとは思えない。それなのに、『箱』は僕の前に姿を見せなかった。


 『箱』がなければ、もし今の世界で僕が惨劇を食い止められなかったときに、次の『伝承者』を次の世界に送ることができなくなる。僕が今の世界で惨劇を食い止めればいいだけの話だけど、あれほどの惨劇を体験した僕はそう簡単に考えることはできなかった。


 それに、これまでにこの世界はみんなによって何百回と繰り返されてきたのに、何事も起きることなく惨劇を食い止められるとは思えない。これから先、もっと異常なことが起きるだろう。加えて、『箱』がないとその内側に書かれていたことを確認できないのだから、記憶漏れがあった場合に少し困ったことになる。


 もしかすると、『箱』はその世界が終焉を迎える直前にしか出現しないようになっているのかもしれない。それなら、今この段階で『箱』を見つけられなかったことにも頷ける。何はともあれ、『箱』のことは誰にも相談できないのだから、しばらく忘れていたほうがいいかもしれない。


 と、しばらく思いつく限りのことを振り返った後、僕はふと自分の周りを見回した。僕の家にあるベッドの上には全裸の僕がいるだけで、沙祈の姿はない。


 そういえば、昨日は一時間目の前に沙祈のスイッチを入れてしまったからなのか、人工樹林から帰ってくるなり沙祈に押し倒されたんだっけ。どうやら、そのせいで沙祈は昨日一日中もんもんとしていたみたいだったし。まあ、昨日は『箱』のことで考えたいこともあったし、夜まで待ってもらったけど。


 それにしても、沙祈はどこに行ったんだろう。いつもなら、僕がすやすや眠っている沙祈の顔や体にちょっといたずらをして起こすんだけど、今日は沙祈のほうが早かったらしい。PICを起動させて現在時刻を確認してみるも、普段起きる時間とほとんど変わらない。むしろ少し早いくらいだ。


 ベッドから抜け出し、すぐ近くに脱ぎ捨てられている服や下着を拾う。僕の分だけでなく沙祈の分も放置されていたけど、特に躊躇することなくまとめて拾い上げた。その後、僕は軽くシャワーを浴び、制服に着替えてリビングに向かった。


 そこには、赤髪サイドテールの女の子が、服の代わりにエプロンを纏って料理をしていた。


「あ、逸弛。おはよー」

「おはよう、沙祈……って、どうしたんだい? その格好」

「ああ、これ? 逸弛が喜んでくれるかなーって思ってしてみたんだけど、どう? 裸エプロン」


 そう言って、沙祈はエプロンの裾をヒラヒラさせながら、その姿を僕に見せた。僕は沙祈の裸姿を何度も見ているから他人がいなければ構わないけど、うっかり色んなところが見えそうになる。だけど、こんなにも可愛らしい沙祈の姿を僕一人だけ見ることができているという優越感に加えて、見えそうで見えない胸や太股にむしろエロさを感じる。


 今さっきシャワーを浴びたばかりで、これから学校に行かないといけないのに、今すぐにでも沙祈とベッドに向かいたい気持ちを抑えながら、僕は満足気に言った。


「うん。可愛いし、凄く似合ってると思うよ。やっぱり、沙祈はスタイルがいいから、そういう体のラインが出やすい格好をしていると、なお栄えるよね」

「ほんと!? やった! 逸弛に褒めてもらったー!」


 とても嬉しそうな表情をしながら、誰がどうみても分かるくらい喜んでいる沙祈。やっぱり、嬉しそうにしていたり、喜んでいたり、笑っている沙祈を見ていると僕まで心が豊かになってくる。


 その後、沙祈が僕の体にそっと抱きつき、僕はそんな沙祈を抱き寄せた。沙祈の大きな胸が僕の体に押し当てられ、沙祈は背中が空いているエプロンを着ているため、抱き寄せた手に直に背中が触れる。僕は沙祈の髪を撫で、二人ともしばらくその状態に満足していた。


「よかった。元気になってくれたみたいで」

「……? 僕はずっと健康だけど?」

「ううん、そうじゃなくて。逸弛ってば、一昨日くらいから少し変だったでしょ?」

「……そうかな」

「そうだよ。昨日だって、みんなと遊びに行ったときも一人だけどっかに行っちゃってたし、いつもなら逸弛のほうから誘ってくるときもあるのに、あたしのほうから『えっちしよう』って言っても断るし」

「それは……」

「でも、元気になってくれてよかった。逸弛にとって辛いことや思い悩んでることは、あたしにとってもそうなんだからね。力になれるかは分からないけど、あたしに言えることなら相談してよ。あたしは、逸弛のためなら何でもできるから」

「……ごめんね、沙祈。心配かけちゃって」

「あたしは大丈夫。逸弛は?」

「僕も……もう、大丈夫だよ。沙祈のこんなに可愛い姿を見たのに元気が出ないなんてこと、あるわけないからね!」

「あはは。その元気って、えっちな意味じゃない?」

「そ、そんなことないよ……たぶん」

「まー、今日は金曜日で明日は休みだから、今晩はゆっくりシようね」

「うん」


 そう言って、沙祈は僕の体から離れて台所に戻った。一方の僕は、背中からはみ出て見える胸や大きなお尻を拝んだ後、テーブル近くの椅子に座った。と、ほぼ同時に、台所から沙祈の声が聞こえた。


「あとちょっとで朝ご飯できるから、お腹空いてたら先に食べちゃってねー」

「いや、やっぱりご飯は二人で食べたいから待ってるよ。ところで、沙祈。料理、覚えたのかい?」

「んー、逸弛に料理とか家事とか任せっきりだから、そろそろあたしも覚えないといけないかなーって思って。まだ勉強中だけど」

「そうだったんだ」

「うん。とりあえず、『花嫁修行 ~料理編~』って本をパラパラっと読んでみた」

「何か、五秒で考えたみたいなタイトルだね。それはそうと、その本僕も読んでみたいんだけど、ページ数多いかい?」

「そうでもないよ。載ってたのは百メニューくらいだったし、さっき逸弛がお風呂に入ってる間に全部覚えられたよ」

「ぜ、全部? それは凄い……というか、それもう、速読とかそういうレベル超えてるんじゃ……」


 やっぱり、沙祈は素の能力が高いのか、遣る事成す事なんでもできる女の子だ。そんな沙祈が僕のことを心配してくれて、僕の負担を減らすために努力してくれている。これほど喜ばしいことはない。これからはもっと慎重に行動して、沙祈に心配をかけないようにしないと。


 そして僕は、今日何をするべきなのかを考えながら、沙祈が台所から来るのを待った。

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