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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第六章 『Chapter:Mercury』
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第五話 『幻覚』

 結局あの後、誰からも連絡は来なかった。ということはつまり、全員僕が言った通りにしてくれて、何も事件は起きなかったということになる。今の世界はイレギュラーな事態がいくつも発生していて、こんな世界で僕はみんなを救えるのかと少し不安だけど、やるしかない。


 朝、いつの間にか寝ていた僕と沙祈は、いつものように学校に向かった。いつもよりも家を出た時間帯が少し早かったのか、街中でよく見かける人たちのほとんどとすれ違わなかったし、やけに街全体が静かに感じられた。まあ、いつもうるさいわけではないけど、たまにはこんな風に静かな空間で沙祈と二人きりで歩くのもいいかもしれない。


 昨晩僕が見つけた、沙祈も首元にあった火傷のような傷跡。沙祈に辛い記憶を思い出させたくなかったから余計なことは聞かないようにしておいた。沙祈のほうも昨晩のことを忘れたわけではないと思うけど、僕がよく知る沙祈でいてくれた。


 家を出る直前、沙祈は大きめで厚いマフラーを巻いていた。まだマフラーとか手袋をつける時期にはまだ少し早い気がするけど、もちろん、沙祈は寒かったからそうしたわけではない。今の世界の現代医学では治せないという、首元の傷跡を他人の目に晒さないためにそうしたのは、聞くまでもなくすぐに分かった。


 やっぱり、改めて見てみても、沙祈は可愛い。それはもう、僕が彼女の恋人でいてもいいのかという疑問さえ抱かせられるほどに。


 普段は肩まである綺麗でさらさらした赤髪を左寄りに結び、全身の肌は健康的な白さを保っており手触りがいい。また、片手では収まりきらないほど大きな胸をしており、それでいてスタイルがいい。何度かスリーサイズを測るのを手伝ったことがあるけど、読者モデルなどの仕事をしてる人と対等に渡り合えるか、それ以上のように思える。


 友だちグループを作ってから約一年半が経った今でも未だに人見知りが残っている感じがするけど、僕にはいつでもどこでも可愛くて美しくて儚い姿を見せてくれる。しかも、昔から沙祈は誰よりも勉強や運動ができた。料理や家事をもう少し覚えてくれればもっといいけど、それでも、沙祈は女の子として理想的な姿で、僕はそんな沙祈のことが好きなんだ。


 付き合い始めてから、恋人以上の一線を越えてから、約一年。今になって思えば、僕はずっとそんなことを思い続けている気がする。もちろん、幼い頃から沙祈の近くにいられることに幸せを感じていたし、この日々がいつまでも続けばいいと願っている。でも僕は、沙祈が僕のことを好きになってくれて、こうして隣を歩いてくれることに感謝したい。


 と、不意に沙祈の声が聞こえてきた。


「――弛。逸弛ってば」

「……え? あ、ああ、どうしたんだい?」

「もー、どうかしたのー? というか、あたしの話聞いてたー?」

「えっと、その……ごめん、ちょっとボーっとしちゃってて。それで、何だったっけ」

「ほら、霰華と木全のこと。あの二人、どこまで進んだかなーって」

「遷杜君と霰華ちゃん? あの二人なら――」

「いやさ、二人とも()()だからさ、キスすらできてないんじゃないかって心配なんだよねー」

「沙祈があの二人のことを心配するなんて珍しいね」

「そう? まあ、あの二人がくっ付いたきっかけを作ったのはあたしたちじゃないけど、それでも、一応何度か相談には乗ったわけだし。それに、あたしたちはあの二人の友だちだからね」

「そうだね」


 前の世界の沙祈は、それがたとえ友だちグループのメンバーだったとしても、ここまでそのことを楽しげに話すことはなかった。それどころか、よほどのことがない限り心配してるということを口には出さなかったし、ましてや、恋愛事情に対してはほぼ無関心だった。


 これはいい意味でイレギュラーだ。今の世界と前の世界で異なることがあると、後々の展開に支障が出るかもしれないし、『箱』の内側に書かれていたことが役に立たなくなる可能性がある。でも、昨晩のことから今の沙祈の台詞まで、何も問題は起きていない。むしろ、誰かがそうであってほしいと願ったかのように、理想的な姿に見える。


 僕が沙祈に微笑むと、沙祈は僕の左腕に抱きつく力を強め、楽しそうに笑いながらよりくっ付いてきた。その際、僕の左腕が沙祈の大きな胸に挟まれ、柔らかくて気持ちいい感触に包まれる。毎日のように沙祈の胸を触ったり揉んだりしている僕だけど、屋外で制服姿の沙祈にこうされるのも色々とクるものがある。


「あたしと沙祈は、もう一年も前からえっちな関係なのにねー」

「こらこら。あんまり外でそういうこと言っちゃいけないよ」

「大丈夫大丈夫。どーせ、この辺りは基本的にあたしと逸弛しかいないだろうから、誰も聞いてないよ」

「いやー、ほんとに沙祈は可愛いなぁ」

「えへへー、ありがと。逸弛大好きー」


 そうして、僕と沙祈は人の目も気にすることなく、学校へ向かった。その後、約十五分の登校時間を経て、僕たちはようやく自分たちの教室の前に来た。やっぱり、少し家を出るのが早かったのか、学校の敷地内に入ってからもほとんど人を見かけなかった。一時間目が始まるまでにはまだ二十分くらいあるし、せっかくだから沙祈といちゃいちゃしていよう。


 そんなことを考えながら、僕たちは教室に入った。直後、教室の中に広がるその光景を見て、僕は思わず声を漏らしてしまった。


「こ、これは……いったい……」

「逸弛、どしたの?」


 驚きを隠せずにいる僕に対して、僕に抱きつきながら上目遣いでそう聞いてくる沙祈。その瞬間、僕は悟った。たぶん、これも今の世界と前の世界が違うことを示す、イレギュラーなのだと。前の世界から来た僕が異常に感じて、今の世界の沙祈が正常に感じているのなら、それ以外考えられない。


 でも、まさか、こんなところにまでイレギュラーな事態が発生するとは予想できなかった。それもそのはずだろう。だって、『僕がよく知る教室に座席が十個しかない』なんて、何が原因かすら検討もつかない。


 僕のことを見上げながら頭の上に『?』を浮かべている沙祈に抱きつかれたまま、僕は順番に十個しかない座席を確認していく。


 前の世界では、教室の座席は床に埋め込まれている折り畳み式で、使う前に起動させる必要があった。でも、そうすることで、授業以外の用途で使うときの汎用性が高まり、欠席者の座席分の空白を空けることもできた。


 しかし、今はどうだ。誰が起動させたのかは知らないけど、もうすでに座席は立体になっている。いや、どこを探してみても、起動用のスイッチがなかったから、元からこの状態だったんだと思う。


 違う。問題は座席が折り畳み式なのか元から置いてあるのか、その部分ではない。何で、三十人いるはずのクラスに座席が十個しかないのかということだ。見たところ、どこかから残り二十個の座席が出てくる様子もないので、このままでは二十人が椅子と机を用意されずに授業を受けることになる。


 正直なところ、何でこんなことをここまで真剣に考えなくてはならなくなっているのか、何だか馬鹿らしくなってきた。でも、イレギュラーな事態であることには変わりない。ひとまず、僕は事情を知っているに違いない沙祈に聞いた。


「沙祈、ちょっと聞いてもいいかい?」

「ん、何?」

「僕と沙祈の教室って、ここで間違ってないよね?」

「うん。というか、他の教室は閉まってたでしょ」

「あ、そうだったね」


 さすがにそんなところまで覚えてない。


「それともう一つ。何でこの教室には、座席が十個しかないんだい?」

「……? 十一個以上必要?」

「え、えーっと……僕たちのクラスって、全員で何人だったっけ?」

「あたしと逸弛を含めて十……いや、九人だよ」

「九人だって……?」

「あたしと逸弛。それに、折言、矩玖璃、赴稀、霰華、葵聖、冥加、木全の九人」

「……ん……んん?」

「逸弛、どうかしたの?」


 待て。少しここまでの沙祈の説明を整理するとしよう。


 僕たちの教室はこの教室で間違いなくて、僕たちを含めてクラスメイトは九人だけ。その九人とは、僕が集めた友だちグループの九人であることには違いない。


 だったら、前の世界で僕のクラスメイトだった他の二十人は? 座席が十個あるのに、クラスメイトが九人しかいない理由は? そして、折言さんって……誰?


 僕がそれらのことを沙祈に聞いていこうとしたとき、ふと何人かの楽しげな話し声が聞こえたきた。そのとき、僕は思い出した。そういえば、前の世界ではいつも僕と沙祈よりも早くに登校していた誓許ちゃんが、今日はまだ登校していない。


 その疑問を解決できる前に、再び教室のドアが開かれた。


「よぉ、逸弛と火狭。今日は早いんだな」

「おはよー。二人とも、朝からおアツイねぇ~」

「とはいっても、私たちも似たようなものだけどね。二人とも、おはよう」


 そこにいた黒髪の男の子は、『右足を引きずるように歩き、右腕には力が入っていない』ように見えた。


 そこにいた短めの紫髪をしている女の子は、『左腕にギプスのような白い塊をつけていた』。


 そこにいた長めの茶髪をおさげにしている女の子は、『両足を機械で覆っていた』。


 何が起きたのか理解できずに硬直していると、続けて、僕がよく知る四人が教室に姿を現した。


 そこにいた緑髪の男の子は、『頭に包帯のようなものを巻いていた』。


 そこにいた金髪ポニーテールの女の子は、『左肩を布のようなもので固定していた』。


 そこにいた腰くらいまである白髪の女の子は、『左目に眼帯を付けていた』。


 そこにいた橙色の髪をいくつも括っている女の子は、『胴体を紐のようなもので縛っていた』。


 七人の姿を見て、僕は思い出した。今教室に入ってきた、僕たちの前にいる七人のように、沙祈も首元に火傷のような傷跡と持っていたということを。そして、僕以外の八人がそれぞれ体に何らかの障害を持っている、この事実もまた、今の世界におけるイレギュラーなのだということを察した。

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