第二十九話 『本心』
現実のものとは思えない惨状を目の前にして、私は何も言えなくなっていた。でも、少しずつ状況を理解していって、すぐそこに血で真っ赤に染まった海鉾ちゃんの死体があるということが分かると、様々な感情が込み上げてきた。
「海鉾ちゃん……何で……」
「悪い、土館。この世界にはもう時間がないんだ。生き残っているのはここにいる俺たちだけで、この世界の秘密を伝えられるのは事実上俺一人しかいない。だから、今は辛いと思うが、黙って俺の話を聞いてくれ」
「……っ! 冥加君は目の前で海鉾ちゃんが自殺したのに何も感じないの!? みんなはもういないし、街中どこを探しても誰もいないし、わけ分かんないことばっかり起きてるのに……それなのに、そんな状況で何も――」
「土館!」
「え……?」
理解できないことが多過ぎてどうすることもできなくなっていた私は、ただただ冥加君に大声を発して八つ当たりするしかなかった。でも、対する冥加君はそんな荒れ果てた私の心を落ち着かせるかのように、地面に座っていた私と目線を合わせて両肩掴んだ。
冥加君と目が合い、瞬間的に、未だに気絶しているディオネを抱き締める力が強まる。そのとき、私と冥加君に関係しているとても大事なことを思い出せそうな気がしたけど、その正体が何なのか分かる前に冥加君が続けて話しかけてきた。
「いいか、土館。俺たちは……俺たち友だちグループの九人は、この世界とは違う別の世界から来たんだ」
「『別の世界』って……?」
「俺もそのことについて、土館に詳しく伝えられるなら伝えてしまいたい。そうすれば、これから先の土館の負担が減るだろうからな。だが、それは俺の口からは言えないんだ」
「何で……?」
「俺たち九人が別の世界からこの世界に来るとき、ある一つの不具合が生じた。その結果、逸弛と火狭……そして土館の三人は、元の世界の記憶を失ってこの世界の住人として偽りの記憶を植え付けられた。つまり、不具合が生じなかった六人は記憶の問題がなかったために助かったが、不具合が生じた三人は完全にこの世界の住人と化してしまったということになる」
「それがどうして、私に『別の世界』のことを伝えられない理由になるの……?」
「不確定情報が多過ぎて、俺も半信半疑ではあるが、安全策を選ぶに越したことはない。金泉が言うには、完全にこの世界の住人と化してしまった三人に元の世界のことを伝えてしまうと、この世界の記憶にノイズが走る可能性があるらしい。もちろん、それによって元の世界の記憶が戻る可能性もあるが、逆に、何もかもを忘れてしまうかもしれない。この世界の住人として植え付けられている偽りの記憶さえもな。そうなってしまうと、俺たちは最後の希望を失うことになる。それだけは絶対に避けなければならない」
「そう……」
「だから、俺は土館に直接的ではなく間接的に、元の世界のことや俺たちの使命のことを伝える。そして、仮説ではあるが、それを聞いた土館が自分自身で俺が伝えたかったことを理解できれば、何もかも丸く収まってくれるはずだ。焦る必要はないから、ゆっくりと確実に理解を進めてくれ」
「う、うん……分かった」
約一週間前、ディオネが私の部屋に出現した次の日の朝から、どこか様子がおかしかったあの六人。やっぱり、あれは私の勘違いなんかじゃなかったんだ。六人は私が忘れてしまった別の世界の記憶を覚えていて苦しんでいたから、私が知っている六人の人物像と大きくかけ離れていた。でも、そんな中で私と逸弛君と火狭さんは大事な記憶を失ってしまった。だから、六人は『失敗した』と言っていたのだろう。
そして、私が六人が言っていた台詞の節々を理解できなかったのも、何もおかしなことじゃなかったんだと思う。『使命』だとか『別の世界』だとか、今でもまるで検討がつかないことだけど、私にはその記憶がないのだからはじめから理解できるわけがなかった。
私が冥加君の台詞に頷くと、冥加君は私の肩から手を離した。その後、私に抱き締められているディオネのほうを見て、やけに刺々しい声色で言った。そのときの冥加君の目は軽く恐怖を覚えてしまいそうなほど荒んだもので、明らかにディオネに対して敵意を剥き出しにしていた。
「おい、いつまで気絶したフリをしているつもりだ。お前だって、今何をするべきかくらい分かっているんだろ? 早く起きろ、ディオネ」
「え……?」
「……チッ、そのうち隙を突いて殺してやろうと思ったのに、何で一瞬たりとも集中力が切れないんですかねぇ? お姉ちゃんにはこの『私』がついていますから、冥加さんはどうぞ勝手に死んでいてください」
そういえば、さっき海鉾ちゃんが正気を失っているときは気がつかなかったけど、何で冥加君や海鉾ちゃんは見えないはずのディオネの姿が見えているんだろう。そして、何で冥加君はディオネの名前を知っているんだろう。そんなことを考えていると、しばらく冥加君に凝視されていたディオネが私の腕から離れ、何事もなかったかのように空中に浮遊していった。
ディオネの一人称が『ボク』から『私』に変わっていることや、冥加君とディオネはどうしてここまで険悪な雰囲気を醸し出しているのか、私は率直に疑問に思った。冥加君が立ち上がり、ディオネと睨み合っているのを見て、私もすぐに立ち上がった。その後、火花が出そうなほどピリピリしている二人の間に割って入るべく、私は冥加君に話しかけた。
「みょ、冥加君……? えっと、冥加君にはディオネが見えてるの……?」
「ああ。今まで姿を消していたり、こうやって浮遊していたのは、極限まで自分の存在を俺たちに認識させないための策略。だが、さっき海鉾がこいつの背中を殴ってくれたおかげでその集中力が途切れて、今まで難なくできていたことができなくなった、といったところだろう」
「それで冥加君や海鉾ちゃんにはディオネの姿が見えていたんだ……あ、それと、冥加君はどうしてディオネの名前を知っていて、ディオネのことをそこまで知ってるの……?」
「おそらく、あいつは土館にあえて何も言わなかったんだろう。まあ、それが土館の記憶を維持するための安全策だったのか、あいつがこの世界に居座り続けるための悪巧みだったのか、そんなことはこの際どうでもいい。俺はあいつのことを知っているし、もちろん土館を含めた他のみんなも知っている。そして、『ディオネ』というのはあいつの仮の名前に過ぎない。そもそもあいつには本名というものが存在していない、と言ったほうが正しいのかもしれないが」
「もしかして、冥加君はディオネの本当の名前を知ってるの?」
「もちろん。加えて、この世界における、あいつの正体もな」
冥加君とディオネの姿を何度か見る。二人とも、真剣そうな険しい表情のままだ。ようやくディオネの本当の名前やその正体を聞けると思い、こんな状況なのにも関わらず、私は自分が少し浮かれた気持ちになっているのが分かる。その後、数秒間の沈黙が流れ、ついに冥加君は言った。
「あいつの本名は『土館午言』」
「土館……午言……?」
「正真正銘、土館の実の妹で、俺たち友だちグループの十人目のメンバーでもある。しかし、あいつの存在は根本的に不安定で、あいつは元の世界での自分の境遇に大きな不満を抱いていた。だから、俺たちはあいつただ一人をプロジェクトから外し、この世界に来た」
「そ――」
「そのはずだったのに、あいつはいつの間にかこの世界に入り込んでしまっていた! まさかこんな事態が本当に起きてしまうだなんて、誰が予想できたか! ……その結果、本来九人しか通れないパイプに十人が入ることになり、無理やりデータを圧縮されて転送された俺たちにはそれぞれ不具合が生じた。そして、三人の元の世界の記憶が失われてしまった」
「そんなこと言われても、それは私のせいとは限らないじゃないですかー? 私はプロジェクトの大体の概要を知っていただけで、会議には参加させてもらえなかったから詳細は知りませんでしたけど、はじめからこのプロジェクトには色々と抜け道があったんじゃないですかー? そうじゃないと、あんなボロボロなセキリュティを抜けて、こうして私がここにいることの説明になりませんしー」
「ふざけるな! 三人の記憶が失われたことだけじゃない……記憶を持っていた五人が正常時にはありえない言動をしたり、逸弛と火狭が突然自殺したことも、全てお前が仕組んだことだろ! それ以外に何が考えられるんだ!」
「冥加君落ち着い――」
「そうは言いますけどねぇ、そんなことをして、私に何のメリットがあるってんですかー? 私はお姉ちゃんがわけの分からないクソみたいなプロジェクトに強引に参加させられるって聞いたから、こうして駆け付けただけなのにー」
「今さらそんな嘘を吐いて誤魔化せるとでも思っているのか? お前は……お前だけは、絶対にこの世界に来てはいけなかった。もしこの世界に来たら、俺たちを陥れてでもこの世界に居座ろうとするからな。確かに、その理由の一つに土館の存在があるのかもしれない。だが、本当の理由は――」
「……ほら、躊躇わずに言えばいいじゃないですか」
「……『元の世界のお前には体がない』からだ」
「え……?」
あの子の名前が『ディオネ』ではないことは分かっていたし、本人も『ディオネ』というのは本名ではないと言っていた。でも、まさか『土館午言』という名前だったとは知らなかった。そういえば、冥加君はあの子のことを私の実の妹だと言っていたけど、そうなると、あの子が戸籍登録されていなかったことや、お母さんが覚えていなかったのはどうしてなんだろう。
それと、冥加君が言った『元の世界のあの子には体がない』というのはどう意味なのか、まるで検討もつかない。いや、分からないことや検討がつかないことなんて山ほどあるけど、それはその中でも際立って理解に時間がかかりそうな問題だった。
「それはそうと、いいんですかー?」
「何?」
「お姉ちゃん、火狭さん、水科さんに起きた不具合は『記憶喪失』。金泉さん、地曳さん、天王野さん、木全さんに起きた不具合は『精神破綻』。海鉾さんに起きた不具合は、見たところ『幻覚症状』といったところでしょうか。私は元々不安定な存在ですし、今のところ何も不具合は起きていません。そうなるとあと一人、見た目上は何も起きていない人がいますよねぇ?」
「……っ」
「え、何? どういうこと?」
「お姉ちゃん。つまり、こういうことなんだよ」
そう言った後、ディオネは悪魔のような歪んだ笑みを浮かべ、やけに楽しそうに言った。
「そこにいる冥加さんにも、何か不具合が起きていないとおかしいってこと。それに、九人の中で最も負担が大きい冥加さんは、他の八人を遥かに上回る苦痛を感じているはずだよ」
ディオネが言った台詞の直後、私のすぐ近くに立っていた冥加君が咳き込みながら少しずつ私から離れていった。何が起きたのかと思った私は声をかけながら手を伸ばしてみるも、冥加君にその手を払われてしまった。
そして、冥加君が次に咳き込んだとき、口を押さえていた左手の指の間から、大量の血が噴き出した。冥加君が着ている制服や足元はすぐに赤く染まっていき、冥加君は力なく膝から地面に崩れ落ちた。
「冥加君!? 大丈夫!?」
「……はぁはぁ……いつから気づいていた……?」
「まあ、確信したのはついさっき、海鉾さんがお姉ちゃんを殺しかけたあたりからですかね。とはいっても、お姉ちゃんたち三人に記憶障害が起きている状況で、他の方々が自殺していったことから、私たちにはそれぞれ何らかの不具合が起きているのだということは大方予想できていましたけど」
「そうか……」
「というか、私から言わせてみれば、あなた方はいつから私の存在に気づいていたんですか? ここまでの話っぷりだと、今さっき初めて気づいたってわけでもないんでしょ?」
「当然だ……この世界に来て二日目の夕方、学校一階の空き教室で俺たち六人が話し合いをしていたのを覚えているか? そのとき、土館とお前が隠れて俺たちの話を聞いていたことに気づいたのは金泉だった」
「あー、ありましたね。そんなこと」
「……天王野に匿名で変なメールを送ってくれたおかげで、ただでさえ精神破綻の兆しが見え始めていた天王野はさらにその進行を早めてしまった。そのことを疑問に思っていたとき、金泉が持っていた知恵の輪をお前が覗き込んだことで一瞬だけそこにお前の姿が映り、俺たちはこの世界へのお前の侵入を確認できた。混乱だけは避けたかったから、最終的に知っていたのは俺と遷杜と金泉の三人だけだったがな」
「まさかそんな早い段階でそんなきっかけで気づかれていたとは、思いもしませんでしたねぇ。でも、私の姿は直接的であろうと間接的であろうと、お姉ちゃん以外には見えないように設定していたはずなんですけど、何で知恵の輪とかいう小さな金属の塊に映っちゃったんですかねぇ?」
「……さぁな」
「ところで、そんなに早い段階で気づいていたにも関わらず、何も手を打たなかったのは何が目的だったんですか? 冥加さんたちのことだから、どーせその頃から、私が不具合の原因の一つだと思っていたんでしょ? 私は冥加さんたちに気づかれていたことを今知りましたし、不意を突けば殺すチャンスなんていくらでもあったでしょうに」
「……お前を殺したところで、何の解決にもならない。それに、お前なら必ず土館の傍にいてくれると分かっていたからな……それに、仮にも土館の実の妹であり、友だちグループの一人でもあるお前を殺すなんてできるわけがないだろ?」
「ふーん。とりあえず、そういうことにしておいてあげましょう」
二人は私がすぐ近くにいるということを忘れているのか、一瞬たりとも私のほうを見ることなく淡々と話し続ける。冥加君は時折口から血の塊を吐き出しながら、二人とも今までの謎を一つずつ解き明かしていった。でもそんな中で私だけは、心当たりのあることが話題に出たときはそのことを思い出せたけど、それ以外のときは聞き流すことしかできなかった。
ようやく話が終わったのか、冥加君とディオネの視線が外れた。その後、冥加君は顔についている海鉾ちゃんが自殺したときに飛んできた血と自分が咳き込んで吐き出した血を制服の袖で拭くと、立ち上がって私のほうを向いた。そんな冥加君に対応して私も顔についていた血を拭き、冥加君の正面に立った。
「ひとまず、この場で俺から土館に伝えられることは大方伝えられたはずだ。あとはあいつと協力して、俺たちがこの世界で果たせなかった使命を果たしてくれ。突拍子もないことばかりで理解できていないことも多々あるとは思うが、これは土館にしかできないんだ。俺の内臓はこの世界に来てから時間が経つにつれて、次々と傷ついていった。誰かに話すわけにはいかないし、病院で診てもらうわけにもいかない。そうしたら、さっきみたいな有様だ。ははっ、情けないよな」
「そ、そんなことないよ……! 私だって別の世界の記憶を忘れているし、そのせいでみんなに迷惑をかけたし……だから、冥加君は情けなくなんかない!」
「ありがとな、土館。やっぱり、土館は俺にとって最高の女の子だ」
「冥加君……」
そう言うと、冥加君は私の体を抱き寄せて、そのまま優しく抱き締めた。冥加君がどういう気持ちでそう言ったのか、冥加君がどういう想いでそうしたのか、私には薄々分かっていた。でも、冥加君の体から伝わってくる心臓の鼓動を聞くと心が落ち着き、一瞬が永遠にさえ感じられた。
冥加君の胸に顔を押し当て、制服を掴む。そして、冥加君は私の耳元で囁くように言った。
「土館……俺は、土館のことが好きだ……今までも、これからも、ずっと……」
「……!」
その瞬間、どこかから私の中に膨大な量の記憶の波が押し寄せた。それが別の世界での私の記憶なのか、それともこの世界で植えつけられたという記憶なのかは分からない。でも、その記憶は私が本心から思っていたことで、決して偽りのものではない。それだけは分かった。
車椅子のようなものに座っている私と、それを後ろから押している冥加君。私と冥加君はお互いの存在をより認識するために、相手の顔を見て微笑みあっている。そして、そんな私たち二人の周りには、友だちグループのみんなの姿がある。みんなそれぞれ体のどこかに怪我を持っているけど、決して不幸そうには見えず、むしろ幸せそうだ。
この記憶はいつどこであった出来事なのかは分からないけど、現実のものとして実際にあったのは間違いないと思う。みんながあんなにも幸せそうで、こんなにも満たされている日常があったとすれば、それは他の何にも変えられない素晴らしいものだと思う。
そうだ。確かに、私は友だちグループのみんなのことが大好きで、もちろん逸弛君のことも好きだった。だけど、私の本当の気持ち、その本心は――、
「……冥加君、思い出したよ……私も、冥加君のことが大好きだったんだ……」
「『思い出した』……?」
「少なくとも今ここにいる私は、たとえそれが植えつけられた偽りの記憶だとしても、冥加君のことが大好きだった。他の誰よりもずっと、一生一緒にいたいと思えるほどに」
「それって……」
「でも、冥加君は私の想いに気づいてくれなかった。だから、私は水科君のことが好きなフリをして冥加君の気を引こうとしたり、火狭ちゃんという恋人がいる水科君に恋愛相談をしていた。最初はただそれだけのつもりだったけど、後に私は水科君のことが好きだという嘘の演技をしているのを忘れ、いつの間にかそれが本心だと思い込んでしまっていた」
「そうだったのか……悪いな、土館……」
「ううん、冥加君は悪くないよ。嘘と真が分からなくなった私のほうに責任があるわけだし、この記憶にある冥加君は今ここにいる冥加君とは少し違うもんね」
「土館が、その……俺のことを好きになった理由とかはまだ思い出せないか?」
「さっき冥加君に告白されたときに忘れていたことをいくつか思い出したけど、それはまだよく分からないんだ。あ、でも、私が冥加君のことを好きなのには変わりないからね!」
そう言って、私は冥加君に抱き付きながら満面の笑みを浮かべた。
私は無意識のうちに自分自身に嘘を吐いていた。その結果、大勢の人たちに迷惑をかけてしまった。だけど、理由がどうだったとしても、過程がどうだったとしても、こうして冥加君のことが好きだったのを思い出せたことには変わりない。今はただ、それだけでいい。
たぶん、別の世界で私と冥加君は恋人かそれに近い関係にあったんだと思う。だから、木全君は『あいつへの想いくらいは思い出してやってくれ』と言っていたり、海鉾ちゃんやディオネは私に好きな異性のことを聞いてきたんだろう。みんなには心配をかけてばっかりだな、と改めて思った。
そんなことを考えていると、今私はとんでもないことを言ってしまったのではないかと思い始めて、何だか恥ずかしくなっていった。いくらこんな状況とはいえ、ようやく思い出せたこととはいえ、好きな男の子に告白された後、私もその流れで告白してしまったのだから。しかも、その二人に物理的な距離はなく、お互いに体を密着させて抱き合っている。
うああああああああ! 思い返せば思い返すほど、恥ずかしくなってきた! 誰か、誰でもいいから、こんな私を助けてー! 私は顔を真っ赤にして、心の中でそんな風に叫びながら、穴があったら入りたい気持ちになっていた。そのとき、ふと冥加君の声が聞こえた。
「よかった……これでやっと……土館に全てを任せられ――」
「……冥加君……?」
「……ぁ」
「冥加君!? ねえ、どうしたの!? 冥加君!!!!」
冥加君は台詞を最後まで言い終えることなく、途中で力なくその場に崩れていった。冥加君の体重で私も崩れかけたとき、冥加君の目蓋が閉じられているのが見えた。冥加君の身に何が起きたのかを半ば理解していたにも関わらず、私は冥加君の名前を呼び続けた。