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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第五章 『Chapter:Saturn』
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第二十八話 『救助』

 誰もいないと思っていたこの場所に海鉾ちゃんがいた。私はそのことで一瞬だけ安心したものの、海鉾ちゃんの様子がおかしいことが分かると、次第にその感情は不安へと変わっていった。私は海鉾ちゃんに話しかける。


「か、海鉾ちゃん!? 何でここに――」

「アハ……アハハハハ……!」

「海鉾ちゃん……?」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「ひっ……」


 海鉾ちゃんが私からの呼びかけに応じることはなかった。しかし、そんな大声を上げたと思った次の瞬間には、右手に持っていた長い金属の棒を私目掛けて振り下ろそうとしていた。海鉾ちゃんが何をしようとしているのか理解が追いつかないまま、私の足は竦んで動かなくなってしまっていた。


「お姉ちゃん! その人は明らかに正気じゃない! すぐに逃げて!」


 少し離れたところから、非常に焦っている様子のディオネの声が聞こえてくる。ディオネは私を助けようとしてくれているのか、そこから私と海鉾ちゃんがいるところまで来ようとしている。でも、それよりも先に、海鉾ちゃんの右手から振り下ろされた長い金属の棒が私に叩きつけられるのだということはすぐに分かった。その後、私がどうなってしまうのかなんてことは考えたくもない。


 人間はこういうとき、周囲のものの動きがスローモーションに見えるというけど、まさにその通りなのかもしれない。実際にはものの数秒の話なのに、こんなにも長く感じる。でも、私の足は動いてくれない。海鉾ちゃんに何と言えばその長い金属の棒を振り下ろすのをやめてくれるのかも分からない。


 ああ、結局私は何も分からないまま死ぬのか。何でかは分からないけど、自分としてもやけに潔く、そう思うことができた。ディオネの正体も、六人が死んでしまった本当の原因も、みんなの様子がおかしかった理由も、この世界が狂ってしまった真相も。


 その何もかもが分からないまま、死んでしまう。きっと、そうなんだろう。


「お姉ちゃん!」

「……!」


 ふと、さっきよりもかなり近い位置からディオネの声が聞こえてきた。見てみると、ディオネは空中から全力で飛んだらしく、そのまま重力に従って私の上に覆いかぶさった。突然のことだったからディオネを受け止めることもできず、私はそのまま地面に叩き付けられた。


 次の瞬間だった。


「ガハッ……ァ……!」

「ディオネ! ディオネエエエエ!!!!」


 私目掛けて振り下ろされた長い金属の棒が、私の代わりにディオネの背中に叩き付けられた。それと同時に、ディオネは苦しそうな声にもならない声を上げ、口から血の滴を吐き出した。あまりの痛さで気を失ったのか、ディオネは力なく私の体に体重をかけた。


 呼びかけても呼びかけても、ディオネから返事はない。軽く揺さぶってみても、閉じた目蓋を開けてくれることはなかった。ディオネの胸から心臓の鼓動は聞こえてくるものの、あれだけ力強く長い金属の棒を叩きつけられて無傷なわけがない。一刻も早く手当てをしなければ。


 でも、私はそれ以上に、ディオネが自分の身を投げ出して私のことを守ってくれたことが嬉しかった。そして、ものの数秒の間に、ディオネが私の部屋に出現してからのことを思い出した。


 思い出してみればそうだった。ディオネは最初から、一度たりとも私のことを敵対視しなかったし、人懐っこく私のことを慕ってくれていた。いくらディオネが六人が死んでしまった原因を作ったかもしれないというだけで、そんなディオネの気持ちが一瞬でも嘘だと思ってしまった私は馬鹿だ。ディオネはこんなにボロボロになってまで、私のことを助けてくれたのだから。


 気がついたとき、私は自分の目から大粒の涙が零れ落ちているのを知った。そして、その涙を拭こうともせずに、ディオネの体を優しく抱き締めた。


 ディオネを傷つけた張本人である海鉾ちゃんは目の焦点が合っていない状態で、蔑むように私とディオネのことを見下ろしている。私は海鉾ちゃんをキッと睨みつけると、海鉾ちゃんが口を開いた。


「何だ……そいつ……」

「……私の……大切な妹の、ディオネよ!」

「誓許ちゃんの……妹の……ディオネ…………………………………………ェ?」

「何で……何でこんな酷いことするの!? 私たち以外に誰もいなくなっちゃったのに、助け合ってどうにかしないといけないのに、それなのに……どうして……こんな酷いことを……」

「……あれ? あれアレあれアレあれアレあれアレ!?!?!?!?」

「こ、今度は何……?」

「……それはオカシィ……だッて、そィッは、危険因子だから、プロジェクトから外されたはず……それなのに、どゥして……ああああああああああああああああ!!!!」


 まるで私の声など聞こえていないといった様子で、海鉾ちゃんは再び大声を上げ始めた。そして、さっきディオネに叩き付けた長い金属の棒を何度も何度も地面に叩きつけたり、頭を抱えたりした。さっきから分からないことだらけだけど、今回もまた海鉾ちゃんが何をしているのか分からなかった。


「クソオオオオオオオオ!! 全部、全部全部全部全部、滅びればいいんだああああああああ!!」

「……っ」


 唐突に、意味不明な行動をしていた海鉾ちゃんが再び長い金属の棒を振り上げ、そのまま私の頭部目掛けてそれを振り下ろした。今度ばかりは避けようがない。私は覚悟を決めて、力強くディオネのことを抱き締めた。


 …………………………………………ん? 海鉾ちゃんが長い金属の棒を振り下ろしてから、もう十秒くらいは経っていると思う。でも、私の頭部は何ともないし、意識が飛んでいる気配もない。ましてや、ディオネを抱き締めている感触があるから、死を実感できていないというわけでもないらしい。


 私は恐る恐る目蓋を開けて、顔を上げた。


「……ふぅ。間に合ってよかったよ、土館」

「みょ、冥加君……!?」


 そこには、私の目の前には、海鉾ちゃんが振り下ろした金属の棒を右手で受け止めている冥加君と、何が起きているのかまるで理解できていない様子の海鉾ちゃんの姿があった。


 私が声をかけると、冥加君は海鉾ちゃんの両手で握り締められていた金属の棒を引き抜き、そのままその後ろの遠くのほうへと投げ捨てた。カランカランとうるさい音が静かな街中に反響し、再びその場は静寂に包まれる。


「おい、海鉾。これはいったい、どういうつもりだ?」

「冥……加……くん……? 何でここに――」

「海鉾だってもう分かっているんだろ? この世界には、ここにいる俺たちしかいないってことを。そして、俺は何があっても自殺なんてしないってことを」

「……ぅあ……ぁれ……? わたしはいったい……え」


 冥加君の姿を見て正気を取り戻したのか、海鉾ちゃんは頭を抱えながら苦しそうにヨロヨロとし始めた。そして、改めて私たち三人の姿を見ると、何か信じられないでも見たような様子で顔を真っ青にした。


「何が……あったの……?」

「見ての通りだ。海鉾は鉄パイプで土館を撲殺しようとし、阻まれた。ただ、それだけだ」

「冥加くん……その右手……」

「……? ああ、これか? 今さっき海鉾が振り下ろした鉄パイプを止めたときにこうなっただけだろう」

「あ……ああああ……」


 見てみると、冥加君の右手は真っ青に腫れ上がっていた。それに、ポタポタと止まることなく血の滴が落ちている。おそらく、いくら自分が男の子で相手が女の子とはいえ、我を失っていた海鉾ちゃんが力づくで振り下ろした金属の棒は冥加君の右手に深刻なダメージを与えたのだろう。手の平の皮が擦り剥けて血が出ているのは見て分かるし、もしかすると骨が折れているかもしれない。


「そうだったんだ……ごめんね……冥加くん、誓許ちゃん……」

「海鉾……お前……」

「海鉾ちゃん……」


 海鉾ちゃんはフラフラと安定しない体を半ば強引に立て直し、私たちと目を合わせた。そのときの海鉾ちゃんの目からは涙が溢れ出ていており、私は海鉾ちゃんが正気を取り戻したと確信した。さっきはあんなことがあったけど、四人で話し合えば、この状況を切り抜けられるはず。


 そう思っていた矢先だった。海鉾ちゃんは制服のポケットから一本の包丁を取り出し、それを両手で構えた。私はそんな海鉾ちゃんの姿を見て身構えたけど、冥加君は何かを察していたのか一切動じる気配がなかった。


「やっぱり、こう見てみると、二人はお似合いだよね……わたしも、ずっっと冥加くんのことが好きで追いかけ回したりしてたけど、誓許ちゃんには敵わないや……」

「……、」

「わたしは誓許ちゃんを傷つけようとし、冥加くんに怪我を負わせてしまった……正気ではなかったとはいえ、いつまたそうなるか、わたしにも分からない……それに、先に逝ったみんなみたいに、わたしもこの世界に意味なんてあるのかって思っちゃったんだ……だから、わたしはここでお先にリタイアさせてもらうよ……冥加くん、後のことは任せてもいい……?」

「ああ」

「ありがと……それと誓許ちゃん、記憶は戻った……って聞こうと思ったけどいいや。見た感じ、そうじゃないみたいだし、あとは冥加くんに任せるとするよ。最後に一つ、聞いてもいい……?」

「う、うん」

「冥加くんのこと、好き?」


 海鉾ちゃんの台詞に私はどう答えるべきか、明確な解答を導き出せなかった。でも、私の中の何かが、私に私の本当の気持ちを訴えかけようとしているのが分かった。


 私はそれに従い、海鉾ちゃんの台詞に『頷いた』。


「よかった……」


 直後、海鉾ちゃんはその両手に構えていた包丁の先端を自分の体の方向に向け、そのまま咽喉元に突き刺した。海鉾ちゃんの声にもならない声が聞こえ、ボタボタと尋常ではない量の血が海鉾ちゃんの制服と足元を真っ赤に染めていく。


 その行動があまりに突然のことで私は海鉾ちゃんを止めることができなかった。その間も、海鉾ちゃんは目から大粒の涙を流しながら苦しそうに、包丁で自分の首を引き裂いていく。


 肉が引き裂かれる生々しい音とともに、私たち三人に大量の血飛沫が飛んでくる。海鉾ちゃんの血が顔中に付いているのを実感できたとき、海鉾ちゃんの体がドサッという音とともに力なく地面に崩れ落ちた。


 カランという包丁が地面に落ちる音の後、辺り一面に海鉾ちゃんの首から噴き出た血が広がった。

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