第二十五話 『関係』
何となくだけど、いつかはこうなってしまうような気がしていた。そう思った理由は曖昧で、正直なところ、自分でもよく分からない。でも、私の友だちばかり一人また一人といなくなっていく。しかも、そのうちの全員が自殺で、その直前に何らかの予兆を示していた。
私を含めて九人の仲良し友だちグループは、今ではたった三人。地曳ちゃん、天王野ちゃん、水科君、火狭さん、金泉ちゃん、木全君はもうおらず、いるのは私、冥加君、海鉾ちゃんだけ。
あの後……金泉ちゃんから意味有り気な台詞を聞いてPICの回線が切断された後、私たち三人はその場に立ち竦んでいた。ただ、二人がどこかで、何らかの方法で自ら命を絶ったのだということだけは分かった。
もちろん、それでも信じられなかった私は二人の行方を捜そうともした。だけど、いざそれを実行に移そうとすると、地曳ちゃんと天王野ちゃんの自殺現場を思い出して目眩に見舞われた。そして、そんな私の様子に気がついて気を遣ってくれたのか、冥加君が『帰ろう』と一言だけ言った。
それから約四時間が経ち、私は自分の部屋の布団の上で横になっている。辛くて、悲しくて、信じられない。しかし、自分はどうすることもできなかった。それは、この一週間で何度も考え、思い悩んだことだ。私たち九人の歯車はいつから狂ってしまっていたのだろうか。
ただ一つだけ、私にとって唯一絶対的な解答を示してくれる存在がある。その存在のことを思い返し、改めて考え直し、私は体を起こした。
そうだ。私は最初から、あの子のことを不審に思っていたじゃないか。何度もあの子のことを知ろうとして、その度に何かがおかしいと異変を感じ取っていたじゃないか。それなのに、どうしてこの核心に迫ろうとしなかったのだろうか。
いや、もしかすると、これも全てあの子の計算のうちだったのかもしれない。
極限まで不審感を抱かせないために私のことを慕っていて懐いているように振る舞い、現実では到底ありえないようなことばかりを口走って問題視されそうなことから目を背けさせていたのかもしれない。
そういえば、以前にも似たようなことを考え、本人に直接聞いたんだったけ。確か、そのときは良い様に丸め込まれて、それからだったかもしれない。私があの子に明確な不審感を抱かなくなったのは。
ディオネ。一週間前に突如として私の部屋に現れて以来、私のことを『お姉ちゃん』と呼び、私の家に居候している不思議な女の子。私以外の人には姿は見えず声も聞こえない。それだけでなく、半永久的に空中に浮遊でき、他人の願い事を叶えられるのだという。また、現代では当たり前のことをほとんど知らず、逆に現代では考えもしないようなことばかり考えているように思える。
もしかして、ディオネは私の脳が生み出した幻覚なのではないか。何の前触れもなく唐突に現れて、あれだけ奇怪な存在なのだから、きっとそうに決まっている。そんな考えも浮かんだ。でも、少し考えればそれは間違いであることに気がつくことができた。
私の幻覚なら、実体があるものには触れられないはずだ。例えば、私の体やタブレットやお風呂場のシャワーなどが挙げられる。だけど、ディオネはそれらに触れることができていた。それに、ディオネ自身、『お姉ちゃん以外にも姿を見えるようにできる』と言っていたから、これは間違いないだろう。
もちろん、ディオネが実体があるものに触れられていたのは全て私の幻覚で、ディオネが言っていたことは私に自分の存在を信じ込ませるためだったといってしまえばそれまでだけど、そんなことを考えていては何も進まない。また、ディオネがどうして私以外の人に認識されないのか、具体的にどうやって空中に浮遊できているのかということについてもここではひとまず置いておこう。
次に思い浮かんだのは、ディオネは霊とかホログラムなのではないかということだ。ただ、この考えもディオネ幻覚説を思い出し、よく考えてみれば間違いなのだと気がつける。
霊、死者の魂、俗にいうオバケとか妖怪とかそういう類のもの。そのような存在が実在しているという考えは古来からあるけど、現代ではほぼ完全に廃れ切っており、科学によって存在そのものが否定されている。それに、私自身もそういう類のものはあまり信じたくない。
あと、これは霊にもホログラムにもいえることだけど、どちらも本質的には私の幻覚と何ら変わらないということがいえる。もし幻覚なら実体には触れられないはずだし、もしそうだとしてもわざわざ『お姉ちゃん以外にも姿を見えるようにできる』と言う理由が見当たらない。
さて、そうやってディオネの存在と目的の核心について考えた。その結果、最終的に導き出された結論がただ一つだけあった。私としては、この結論でさえもにわかには信じがたい。でも、少なくとも、他の可能性よりは現実味があって、それが真実かどうかを確かめる術があることは確かだ。
私は家に帰ってきてからずっと寝たふりをしながらこのことばかりを考えていた。お母さんが帰ってきたかどうかは分からないし、まだお風呂にも入っていない。おそらく、ディオネは私が本当に寝たのだと思ったのだろう。つい先ほど、お風呂場に行った気配がしたし。
調べるチャンスは今しかない。これ以上よくないことが起きてしまう前に、今ここで。『ディオネが私の本当の妹なのではないか』という可能性を。
念には念を入れて、私は自分の部屋から廊下に出て、お風呂場のほうを見た。灯りが点いているしシャワーの音も聞こえるから、やっぱりディオネはお風呂に行ったのだと分かった。私はそれを確認し終えると、すぐに自分の部屋に戻ってドアを閉め、PICを起動させた。
こんなこと今までしたことがないから、検索するのにどれくらい時間がかかるかは分からない。もしかすると、その間にディオネがお風呂から上がって見つかってしまうかもしれない。でも、調べる価値はある。そうして、私は一つ一つ調べ進めていった。
するとすぐに、PICにはその端末の所持者の個人情報を確認できるページがあることを知った。まあ、Personal Information(個人情報)といっているくらいだからそれくらいあるとは思っていた。でも、具体的にどうすれば戸籍情報や家族関係を調べられるか分からなかった私からしてみれば、それは非常に助かる機能のように思えた。
そのページに開く前に一瞬だけ迷ったようなそぶりをしながらも、結局私はそのページを開いた。
そこには、この私土館誓許を構成しているありとあらゆる情報が書かれていた。私のこれまでの人生の経緯、すぐにでも変動しそうな数値、それに加えて、私自身も知らないようなことまで。誰がどうやってこんなことまで調べているのか、そして、これが全世界の人たちのPICにも表示されているのか。そんなことを考えていると気分が悪くなりそうになり、寒気が走った。
しかし、今はそんなことは問題ではない。私は、私にとってディオネとはどういう存在なのかを確認するために、こうして調べているのだから。そう思い返し、私は正気を取り戻した。すると、ようやく目当ての戸籍情報や家族関係のページを見つけた。
「……、」
私の思うような結果は出なかった。
私の名前のすぐ下部分にお母さんの名前が書かれているだけで、他には何も書かれていなかった。お父さんの欄も兄弟姉妹の欄も空白になっており、それ以外の親戚の情報も全て空白だった。
お父さんと親戚の欄が空白になっていることは何となく予想がついていた。私はお父さんと呼ばれるべき人のことを知らないし、お母さんには頼れる親戚もいなかったようなことを知っていたから。
でも、『ディオネが私の本当の妹なのではないか』という考えられる可能性で最も現実味がある結論があっさりと否定されてしまったことは少し残念だった。それでなくても、何か新しい手掛かりを手に入れられればよかったけど、それすらもない。私は何の手掛かりも得られないまま、『ディオネは私の本当の妹ではない』ということだけを知ることになった。
PICの電源を切り、再び布団の上に横になる。
私の本当の妹でないとしたら、いったいディオネは誰なんだろう。義理の妹だとしても、家計図には載るはずだろうし、私に近しい関係なのだということは分かっている。それなのに、何かあと一手が足りない。
まさか、ディオネは本人がそう言っていたように、現代では珍しい未開拓地から来た不思議な能力を持った女の子で、何かをきっかけとして私を知って、頼ろうと思い遥々ここまで来た……いやいや、そんなことがあるとは思えない。
第一、ディオネがそう言っていたのはその場限りの辻褄合わせのはずだし。それ以前に、私は有名人でも何でもないのだから、未開拓地にいるPICすら知らない女の子がどうやって知れるというのか。
……と、そのとき、私は人の気配を感じ取った。目を開け、体を起こすと、そのすぐ傍には、まさにお風呂上がりといった様子のディオネの姿があった。
「あ、お姉ちゃん。起こしちゃった?」
「え? ああ、いや、大丈夫だよ」
「お姉ちゃんってば帰ってきてからずっとそんな風にしてたから、ボク寂しかったんだよ? まあ、あの二人のことで辛いのも分かるけどさ、元気出してね」
「う、うん。ありがと」
「そうそう。もう気づいてるかもしれないけど、起こすのも悪いかなーって思ってボクは先にお風呂入っちゃったからね。お姉ちゃんも目が覚めたなら、早くお風呂に入って体を休めないと」
「そうだね……そうする……」
「……何かお姉ちゃん、夕方のときよりも顔色が悪くなってない? もしかして、変な夢でも見た?」
「いや……そういうわけじゃないけど……」
「そう? まあ、無理はいけないよ」
「うん……」
「それじゃあ、ボクはちょっとお散歩に行ってくるから」
「散歩? どこに?」
「テキトーにその辺の探索に行ってくるだけだよ。大丈夫大丈夫、十分くらいで帰ってくるから」
「そ、そう。行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
そう言って、ディオネはてくてくと玄関のほうへと歩いていった。そんなディオネの後ろ姿を眺めながら、私は私にとってディオネはどういう存在なのかを確認する新たな方法を思いついた。そして、そのための時間は今まさに生まれた。