第二十四話 『遺言』
放課後、私と冥加君と海鉾ちゃんは一緒に下校していた。今日は金泉ちゃんと木全君が欠席したことを除けば、ディオネもずっと静かにタブレットを弄っていただけだったし、何事もない一日だったと思う。ただ、最終的に十人分の席が空いていたことや、自習の授業が多かったことが少し心配かもしれない。まあ、何はともあれ、今日は昨日みたいに何も起きなくてよかった。
私の家は、冥加君や海鉾ちゃんの家よりも学校に近い。でも、昨日金泉ちゃんが電話をかけてきて心配してくれたことを思い出した私は『せっかくだから三人で二人の家にお見舞いに行こう』と提案した。海鉾ちゃんは『どーせズル休みだから必要ないでしょ』とか言ってたけど、結局ついて来てくれている。
金泉ちゃんも木全君もご両親とあまり仲がよくないと聞いたことがある。だから、もしかすると家にはいないかもしれないけど、行ってみないと分からないということで、まずは金泉ちゃんの家に行くことになった。その行き道の最中、不意に冥加君が私に話しかけてきた。
「そういえば、土館。遷杜か金泉には今から行くって連絡したのか?」
「え? してないけど」
「……たぶんあの二人は一緒にいるだろうから、あらかじめ聞いておいたほうがいいかもしれないぞ。ほ、ほら、忙しいときに俺たちが行ったら迷惑だろうしな」
「そうかな? でも、学校を休んだんだから忙しいってことはないだろうし、行く前に連絡したらお見舞いじゃなくて遊びに行くみたいにならない?」
「まあ、それもそうだが――」
「誓許ちゃん。つまりね、こういうことなんだよ。冥加くんは、あの二人がアレやコレやとお取り込み中のときにお邪魔したら気まずいなーって言いたいわけなんだよ。まあ、あの二人がそこまで進んでるとは思えないけど」
「おい」
「ごめんごめん」
「……?」
分かりそうで分からない二人の会話を聞きながら、私は首を傾げた。そして、そのまま数秒間考えた結果、金泉ちゃんと木全君が夜中に仲良く歩いていたのを思い出し、『あ、そうか。あの二人は付き合い始めたみたいだから、一緒にいるのも不思議じゃないかも』と納得した。
それにしても、あの二人はいったいいつから付き合い始めたんだろう。いや、それ以前に、お互いに相手のどの辺に惹かれたんだろう。金泉ちゃんは頭がよくて、木全君は運動神経がいい。二人に共通しているのはいつも冷静沈着でクールな性格をしているくらいだけど、もしかするとそういうところに惹かれたのかもしれない。
……ん? ふと思った。何で冥加君と海鉾ちゃんはあの二人が『一緒にいるかもしれないこと』や『付き合っているかもしれない』ことを知っているんだろう。いや、私でさえ気づけるくらいだから、それくらい二人にだって分かっても当然だろう。
「はぁ……それじゃあ、とりあえず俺から遷杜に連絡しておく。少し待っててくれ」
「うん、ありがと」
「おけー」
そう言って、冥加君はPICを起動させて木全君に電話をかけた。一方で、私と海鉾ちゃんはそんな冥加君の姿を見ていた。そんなとき、ふと海鉾ちゃんが話しかけてきた。
「ところで、誓許ちゃん。冥加くんとはどうなの?」
「『どう』って?」
「もー、惚けちゃってー。冥加くんってさ、みんなにすっごく優しいじゃん? クラスの男子の中でも結構格好いいほうだし、クラスの子の中にも冥加くんを好きな子って何人かいるんだよー」
「ああ、そういう話? というか、冥加くんってそうだったんだ」
「うんうん。それで、今や人気ナンバーワンの土館嬢はどのようにお考えかと」
「うーん……私にはよく分かんないかも。というか、人気ナンバーワンって何?」
「ありゃ? もしかして、誓許ちゃんはこういう話は興味ない?」
「そういうわけじゃないけど、少し前にそのことについて考えて、未だに心の整理がついてないから。答えるのはまた今度でもいい?」
冥加君と逸弛君のことで悩んだのも、今となってはいい思い出だ。一昨日の日曜日、ディオネと話して以来そのことは特に話題には出ていないし……それ以前に、何の前触れもなく逸弛君が自殺したから、心の整理がついていないのは嘘じゃない。はず。
「うん、それはいいけど」
「……もしかして、海鉾ちゃんって、冥加君のこと好きなの?」
「うへぁ!?」
「ど、どうしたの!? 変な声出して」
「ぬ」
「『ぬ』?」
「ぬ、ぬぁにを言っているのだね。ま、まさか、わたしが、そんなわけ、ナイジャナイカー」
噛み噛みで、棒読みで、明らかに動揺している海鉾ちゃん。私としては、軽い冗談のつもりで言ったんだけど、どうやら核心を言い当ててしまったらしい。さて、どうやって海鉾ちゃんの機嫌を直そうか。
「だ、大丈夫、安心して。冥加君には言わないからっ」
「うぅ……てっきりここの誓許ちゃんは知らないと思ってこういう話したのに、まさかわたしのほうがダメージを負うことになるとは……ぐぬぬ……」
「海鉾ちゃん……?」
「別に言っても言わなくてもいいよ。たぶん、冥加くんは知ってるだろうから」
「あ、そうなの?」
「うん……」
何だか、余計に海鉾ちゃんの気持ちを落ち込ませてしまったらしい。というか、たぶん無意識のうちに墓穴を掘ったんだと思う。海鉾ちゃんは落ち込んだように少しだけ顔を俯けてしまい、話しかけずらい、気まずい雰囲気になってしまった。
冥加君が木全君に連絡し終える前にはどうにかして海鉾ちゃんの機嫌を直しておきたい。そう思い、実行に移そうとしたとき、不意に冥加君の大きな声が聞こえてきた。
「何だと!? 何を言っているんだ、遷杜!」
「……?」
見てみると、そこには顔面蒼白といった様子で驚いているような焦っているような表情をしている冥加君の姿があった。落ち込んでいた海鉾ちゃんもさすがのその声にびっくりしたらしく、冥加君の姿を見た後、私のほうを向いた。そして、お互いに首を傾げながら顔を見合わせると、少し離れたところで木全君に連絡をしていた冥加君のほうへと歩いていった。
木全君と何かあったのか、冥加君は何度も大きな声を出している。少し話しかけずらいけど、何があったのか気になる。私と海鉾ちゃんは冥加君のPICの立体映像を覗き込みながら、冥加君に話しかけた。
冥加君のPICを見てみると、どこか暗くて無機質な印象を受ける部屋にいる木全君と、そのすぐ隣に金泉ちゃんの姿があるのが確認できた。
「冥加君、何かあったの?」
「いや、それが――」
『冥加。お前が何と言おうが、俺たちの意思は曲げられない。だが、こうして最後に話せたのはいい思い出になった』
『あら、そこにいるのは土館さんと海鉾さんではないですか。ちょうどいいですわ。最後に、土館さんにはお話しておこうと思っていたところですし』
「あれ? どうして霰華ちゃんがいるの? 木全くんに電話してたんじゃなかったっけ? というか、二人とも、今どこにいるの? やけに暗いところみたいだけど」
『私たちがいる場所……そんなことは些細な問題に過ぎませんわ。ただ、一つだけお教えしておきますと、絶対にあなた方が私たちの行動を止められない場所にあるというのは確かなことですわ』
「どういう……こと……?」
これから金泉ちゃんと木全君が何を言うのか、何をするのか、私には検討もつかなかった。ただ、二人は『絶対に私たちが二人の行動を止められない』という場所に行くために今日という日を費やし、そこで何かをするために準備をしたのだということはわかった。いや、無意識のうちに分かってしまった。
「よせ! そんなことをしても何も変わらない! そんなことは、これまでに自殺した四人のことを思い出せば分かることだろ!」
『冥加、悪いな。俺たちは今回の失敗を引きずったままこの世界を、この世界で生きることを続けるつもりはない。もう一度、やり直す』
「それは無理だ! 元々、プロジェクトは脳に負担がかかるから一度しかできないって言われていただろ! それに、ここで死んだら、元の世界に帰れなくなるかもしれないんだぞ!」
『私たちはそれでもいいのですわ。みなさんと永久にお別れすることになるというのは少々名残惜しい気持ちもありますが、あんな場所で死ぬくらいなら、今この場所で遷杜様と二人で命を絶ったほうが救われるというものですわ』
「二人とも……何言ってるの……? これ以上、わたしたちのもとから離れないでよ! これ以上、わたしたちを寂しくさせないでよ! 何で……何でまた、そんな方法でしか解決できないの!?」
「自殺……?」
『お前ら、気がついてないわけではないんだろ? この世界がすでに壊れ始めていて、あと数日もしないうちに消滅するということを。そして、その原因の予想がついているんだろ?』
「それは、俺たちが欠けたから――」
『何だ。まさか、自殺したあいつらを責めるのか? ふっ、そいつは野暮な話だな』
「……っ」
『自殺』? 『この世界が消滅する』? みんなは、いったい何を言っているんだろう。私の理解が追いつかないまま、四人の会話は続く。
『そろそろ準備も終わりますわ。ご安心下さい。無関係の人を巻き込んだり事件になったりしないように、すでに人がいなくなっている場所を選んでいますし、念のため証拠も死体も残らないようにしますわ』
「それって……」
『まあ、俺たちとしても、自分がどういう風に死ぬのかなんてことをベラベラと話す趣味はない。金泉、もう時間がない。手短に済ませよう』
『ええ。分かりましたわ』
木全君に促され、金泉ちゃんが頷きながらPICの画面の中央に寄る。冥加君は私だけにPICを見せるようにしながら目を瞑っており、海鉾ちゃんは少し離れたところで呆然と立ち尽くしていた。そして、私が唾を飲んだとき、金泉ちゃんが言った。
『私たちは皆、生き残ってしまったから、元の世界を救うという使命を背負ってしまったのですわ。ですが、それももう終わりにしましょう。あなた方も、残り少ない時間を楽しんで下さい』
直後、PICの回線が切断された。