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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第五章 『Chapter:Saturn』
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第二十二話 『慰籍』

 もう嫌だ。これ以上、大切な友だちを失うのは。でも、私にはどうすることもできない。


 地曳ちゃん、天王野ちゃん、火狭さん、そして逸弛君。まったく予想できないときに、自殺という形で、死んでしまった。そして、四人が死ぬ前に抱えていた心のもやもやは未だに取り払えておらず、むしろさらに気持ちの悪いものへと変化している。


 今日の昼休み、仮暮先生から逸弛君と火狭さんの心中自殺を聞かされた後、私は早退して家に帰った。その後のことはよく覚えていないけど、たぶん何事もなく家に帰ることができ、そのまま寝たんだと思う。つい数分前に目を覚ましたとき、PICで現在時刻を確認すると午後六時を少し過ぎており、五時間くらい寝ていたのが分かった。


 制服を着ながら寝てしまっていたため、制服とスカートには無数の皺が寄っていた。また、顔を洗おうと思って洗面所で鏡を見てみると、それはもう酷い有様だった。髪は縛ってまとめていなかったためかぼさぼさで、寝ているときに泣いていたのか目の周りは真っ赤に腫れていた。


 他には、何だか全身がかなり痛い。無理な姿勢で布団の上で横になっていたからかもしれない。あと、物凄く頭が痛い。精神的に不安定になったり、泣いたりするとよくこうなるから困ったものだ。


 とりあえず、全身の痛みと頭痛は放っておいても治るだろう。適当な薬を飲めば数分で治るとは思うとはいえ、あまり無駄遣いはしたくない。そんなことを思いながら、私は制服やスカートを脱いで髪をとかした後、一番最初に目に付いた部屋着に着替えた。


 そういえば、ディオネはどこに行ったのだろうか。早退して家に帰ってくるまでの道では一言も話していないから、昼休みに図書館で話したのが最後かもしれない。まあ、家に帰ってきてから私は死んだように寝ていただろうから、外に出て探索にでも行ったのかもしれない。ディオネは好奇心旺盛だからね。ただ、私以外の人に見えないからといって、全裸でうろうろしていないかどうかが心配だ。


 ……ん? ついさっきPIC時計を見たとき、時刻は午後六時を少し過ぎていたはず。ということは、そろそろお母さんが帰ってきてもおかしくはない時間だと思うけど、そんな気配はない。


 私は自室のドアを開け、出てすぐ近くにある玄関を見た。案の定、お母さんが仕事用で履いていく靴はなかった。やっぱり、お母さんはまだ帰ってきていない。もし、私が寝ている間に仕事を終えて帰ってきて、もう一度出かけたのなら何かメッセージを残していくと思うけど、それもない。


 まあ、前から望んでいた正社員にようやくなれたことで、より一層頑張って働いているのかもしれない。夜からのお仕事に間に合うぎりぎりまで残業をしそうなのが、私のお母さんだ。今日の夜ご飯は自分で作って食べたほうがいいかもしれない。


 玄関から視線を移し、自分の部屋に戻ろうとする。そのとき、ふと私は背後に何者かの気配を感じ取った。大方その『何者か』が誰なのかは分かっていたけど、気がつかないふりをして、私は後ろを振り向いた。


「あ、お姉ちゃん。体調のほうはもう大丈夫なの?」

「うん。ありがとね、心配してくれて」


 案の定、そこにいたのはディオネだった。ディオネは相変わらず床から少し離れたところを浮遊しながら、私の姿を見て安心したような表情を見せた。その後、ニコッと可愛らしい笑顔をしながら、『どういたしまして』と言った。


「あ、そういえば、ディオネ」

「どうかしたの?」

「お母さんって、もう帰ってきた?」

「ううん。ボクはお姉ちゃんが寝ている間はずっと家にいたけど、帰ってきてないはずだよ」

「そう。それならいいんだけど」

「……? 何かあったの?」

「いや、ただ何となく、普段ならそろそろ帰ってきてもいい時間かなーって思ったから」

「残業とかお買い物とかじゃないの?」

「まあ、普通はそう考えるよね」


 お母さんのことだから、何かあればすぐに連絡してくれるはずだ。それによく考えてみれば、一旦家に帰ってご飯を食べたりせずに、そのままもう一度お仕事に行くという可能性もあった。だから、そこまで心配する必要はないだろう。この数日間で四人も自殺したけど、現代では事故も事件も時代遅れなんだから。


 ……うん。自殺はその場に止める人がいなければ防ぎようのないことだから、仕方ないよね。事故も事件も起きないけど、それだけはどうしても止められないし。そういうこと、何だよね……。


 思わず気持ちが落ち込みそうになったとき、ディオネの心配そうな表情に気がついた。私はすぐに気持ちを入れ替え、何事もなかったかのようにディオネに話しかけた。


「ところで、ディオネ。今日の夜ご飯は何がいい? ほら、お母さんの帰りが遅いなら私が作ることになるでしょ? だから、今のうちに聞いておこうと思って」

「うーん、ボクが何かを口にするのはこの前の火曜日が始めてで、極論を言うと、死なない程度の栄養さえ取れれば何でもいいんだけど……そう答えちゃうとお姉ちゃんが困るよね」

「確かに困るけど、それなら私好みのを勝手に作るよ?」

「そうしてくれるとありがたいね。というか、お姉ちゃんを含めて、ここの人たちってずっとあんな物食べてるの?」

「……? どういう意味?」

「いや、何というか、ボクが知ってる『食べ物』とは大きく違う気がするんだよ」

「そうなの? どんな感じに?」


 おっ、それは前からちょっと気になっていた話題だ。私は興味津々といった様子で、ディオネの次の台詞を待った。すると、ディオネは妙に嫌そうに口を開いた。


「ボクが知ってる『食べ物』ってのは、お皿やお椀に肉や魚が盛り付けられて、お米やパンと一緒に食べるものなんだよ。それなのに、ここでの『食べ物』はどちらかといえば非常食や宇宙食に近い気がする。もちろん、全部がそういうわけじゃないけど、固形ブロックだったり、変な色で粘着性のある液体だったり。元々ボクはお腹が減りにくい体質なんだろうけど、正直あんまり食欲をそそらない。むしろ、よく食えるなって思う。っていうか、料理とかメニューとかほぼないじゃん」

「そうかな? 私は幼い頃からああいうのしか食べたことがないからよく分からないけど、ディオネが前にいたところではそういうのを食べてたんだね。でもさ、魚って海から取れるものでしょ? 海は放射能で汚染されて未知の病原菌や寄生虫がウヨウヨいるから周辺と隔絶されてるって聞いたことがあるけど、そんな中で漁なんてできるの? あと、お皿とかお椀とかに直接食べ物を盛ったら、細菌とか気にならない? いくら大半が絶滅したとはいえ、『残っている僅かな種が……』って考え始めると、今の食生活のほうがいいかなって思う」

「ここではどこでも衛生状態がいいからその心配はないと思うけど……まあ、美味しそうじゃない見た目の割に栄養価はかなり高いみたいで、さすがのボクの科学の進歩を感じられて嬉しかったというのはあるけどね」

「それならよかった」


 私自身、今まで自分がしてきた食生活に不満を抱いたことはなかった。知らず知らずのうちに『これはこういうものなんだ』と理解できていたからなのかもしれないけど、必要な栄養を簡単に摂取できるし、健康障害を起こす可能性も低くなる。味や見た目はともかくとして、そういう面では優れていると思う。


 それに対して、ディオネが前にいたところではそんな食生活を送っていたなんて知らなかった。私としては、味や見た目も大事かもしれないけどそれ以上に自分の体のほうが大事だから、ディオネが前にいたところで今も生活している人たちのことが心配で心配で仕方がない。だからといって、私が何かをできるわけではないけど。


 ……あれ? そういえば、さっきディオネは『ボクが何かを口にするのはこの前の火曜日が始めて』と言っていたような気がする? それって、どういう意味なんだろう?


 そのとき、不意にPICのアラーム音が鳴った。見てみると、どうやら金泉ちゃんから電話がかかってきたらしい。私はディオネとの会話を中断して、すぐにその電話に出た。すると、PICの立体映像上に金泉ちゃんの顔が表示される。


「金泉ちゃん、どうかしたの?」

『それはこちらの台詞ですわ。私たちに何も言わずに早退するなんて、土館さんらしくないではないですか。冥加さんも心配していましたよ』

「あ……うん、ごめんね。ちょっと気分が悪くなって、仮暮先生に言って早退させてもらったんだよ」

『気分が悪くなったとはいっても、薬で治せるのでは? ……いえ、すみません。土館さんはあまり薬を好まない方でしたね。今の台詞は聞かなかったことにして下さい』

「うん、いいけど……話はそれだけ?」

『いえ、本題はこれからですわ。実は――』

「逸弛君と火狭さんが死んじゃったことなら、知ってるよ」

『え? どうしてそれを……」


 金泉ちゃんはまるで予想していなかったとばかりに、驚いた表情をしている。もしかしたらと思ったけど、仮暮先生は『私にあの二人が自殺したことを伝えた』ということをみんなには言っていない。たぶん、私が早退したときの状況も理由もまるで知らされていなかったから、こうしてわざわざ電話してきたのだろう。


「昼休みに仮暮先生と会って、そのときに聞いたんだよ。実は、私が早退したのもそのことがあって辛くなったからなんだけどね」

『そうだったんですか……』

「うん。でも、今はもうだいぶ落ち着いたから大丈夫だよ」

『……何が……大丈夫なものですか……!』

「金泉……ちゃん……?」


 ふと見てみると、金泉ちゃんは怒っているような怖がっているような、そんな表情をしていた。そして、金泉ちゃんにしては珍しく感情的になっているように見えた。何が金泉ちゃんのことをそうしたのか、私には理解できなかった。


『火狭さん、水科さん、そして土館さんは私たち六人とは異なり、失敗した形でこの世界に来ましたわ。そして、火狭さんと水科さんは昨日、何らかのきっかけで私たちの本当の居場所とプロジェクトの概要を思い出しました。その結果、二人は自分たちが私たちに迷惑をかけていたのではないかという罪の意識と、この世界に対する絶望から、心中するという選択をしました』

「ちょ、ちょっと、金泉ちゃん!? 何を――」

『もし! もし、私たちが信じられる信じられない以前の問題で、あなた方三人に全てを話していれば何かが変わったかもしれない。ですが、それももう手遅れですわ。今となっては、自殺によって四人も友人を失った今となっては、この世界に来て随分と時間が経ってしまった今となっては。これから土館さんに全てを話してしまえば、おそらく火狭さんや水科さんのように自ら命を絶つことは間違いないでしょう』

「え……?」

『もう……もう、こんな世界は嫌ですわ……。楽観的に考え過ぎて、成功後のことばかりを考え過ぎて、現実を忘れていましたわ……。今日はこれで失礼致します……』

「金泉ちゃん! 待っ――」


 私がそう言いかけたとき、PICの回線が切断された。金泉ちゃんが見せたあの辛そうな表情、金泉ちゃんが言っていた台詞、それらが何を意味しているのか、私には分からなかった。そして、何があったのかと私の顔を覗き込んでくるディオネと目を合わせながら、私は心にさらなるもどかしさを抱えたのが分かった。


 今日、昨日、昨日までに何があったのかを考えれば、明日、明後日何が起きるのかを少しくらい予想できたのかもしれない。少なくとも、私たち友だちグループがどうなってしまうのかくらいは。

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