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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第五章 『Chapter:Saturn』
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第二十一話 『発覚』

 昼休み終了を告げるチャイムが聞こえ、あと数分で午後からの授業が始まろうとしている。ディオネに誘われて図書館で紙の本を読んでいた私は、少し焦りながら図書館を飛び出した。『探し物をしたいなら残ってて』と言ったけど、ディオネもそんな私の後ろについてきている。


 図書館前の廊下を走ってすぐの角を曲がろうとしたとき、私はその角の向こうに人がいるのが分かった。ぶつかるぎりぎりのところで走るのをやめ、足をよろつかせながら、私はその人の顔を見上げて声をかけた。


「す、すみません! もうすぐ午後の授業があって、急いでいたものですから!」

「あら、土館さんではないですか」

「え?」


 見てみると、そこには太陽楼仮暮先生が少し驚いたような表情をしながら立っていた。仮暮先生は一度だけ髪を触ると、なぜ仮暮先生がこんなところにいるのか理解が追いついていない私に言った。


「この辺りは窓や電灯が少なくて薄暗いですし、校内の他の場所に比べるとあまり管理が行き届いていませんから、これからは走らないほうが懸命ですよ? 今みたいに誰かとぶつかってしまっては、余計に時間がかかってしまいますから。ほら、『急がば回れ』ってやつですね」

「は、はぁ……」

「ところで、土館さんはここで何を? 道に迷った……という風には見えませんけれど」

「え、えーっと……校内案内図を見ていたら偶然図書館があるのを知って、それでせっかくの機会ですから来てみようかと……」

「ああ、そうだったんですか。開設以来、自力でここまで来れたのはあなたが始めてですよ。嬉しいですね」

「開設以来、私が始めて……? そういえば、仮暮先生のほうこそ、どうしてこんなところに?」

「私ですか? 実は私はは、この図書館の管理を任されているんですよ」

「え!?」

「まあ、正確には、私が勝手に開設して勝手に開放しているにすぎないんですけどね」


 突然聞かされた真実に、私は驚きを隠せずにはいられなかった。その後も仮暮先生は図書館のことについて何か説明してくれていた気がしたけど、対する私はそんなことに構っていられなかった。


 仮暮先生はこの図書館を『勝手に開設して勝手に開放している』と言った。そして、ここは校舎の最上階の一番奥で人通りのない場所だ。道理で、学校側から説明がないどころか、誰も図書館のことを口に出さないわけだ。


 たぶん、以前研究者で、過去にPICという人類最大の発明品を作った経験がある仮暮先生は、教育者になってからもそういう資料を集め続けているのだろう。もしかすると、研究者になったりPICを作ったりする前から、紙の本が好きだったのかもしれないけど。


 それで、教え子たちにも廃れきった紙の本に触れてもらおうと思い、学校に図書館を作った。『勝手に』とは言っているけど、校長先生の承認、部屋の確保、本の持ち運びなど問題は山ほどあるから誰かの手を借りたのは確かだと思う。でも、そういうことを含めても、この図書館は仮暮先生の趣味の塊みたいなものなのだろう。


 こんな目立たない場所にある以上、仮暮先生が一人でいるための場所のように見えるから、そうなのかもしれないと思える。もちろん、ここにしか作れなかったという可能性もあるけど、本当に生徒たちに紙の本に触れてもらいたいのなら、自分で何らかの方法で宣伝するはずだからね。


 とにかく、今まで何で誰もこの図書館の存在を知らなかったのかが分かってよかった。それに、仮暮先生が研究者時代にPICを作ったということが載っていた本が棚に置かれていたのも、仮暮先生自身がそういう本を好んでいたからなのだろう。それなら、図書館全体を見たときに、やけにマニアックなタイトルの本が多かったのも頷ける。


 仮暮先生の話に耳を傾けることなく、私は勝手に考えて納得してしまった。そのとき、集中が途切れたのか、ようやく仮暮先生の声が聞こえてきた。とはいっても、考えていたのはものの数十秒くらいだと思うけど。


「……あの、土館さん? 大丈夫ですか?」

「あ、はい。大丈夫です」

「何だか、凄く怖い顔……というよりは、思い詰めたような顔をしていましたけれど、何かあったのですか? 先生でよければ、いくらでも相談に乗りますよ?」

「え? 私、そんな顔してましたか?」


 まったく気がつかなかった。これからは、人前で考え事をするのはやめよう。


「ええ。最近は土館さんたちのお友だちが四人も亡くなって、辛いのはよく分かります。ですが、そういうときだからこそ、気を強く持つことが大事なのではないですか?」

「そうですね……って、え? 先生、今何て……?」

「『土館さんたちのお友だちが四人も亡くなった』ということですか?」

「『四人』……? な、何を言ってるんですか? 私の友だちで死んじゃったのは、この前の地曳ちゃんと天王野ちゃんだけのはずですよね? それなのに、何で『四人』なんですか!?」

「ああ、そういえばそうでしたね。土館さんは昼休みに教室にいなかったから、直接伝えられなかったんでした」


 このとき、私は仮暮先生が何を言っているのか理解できなかった。いや、仮暮先生が何を言っていたのかそれ以前の問題で、私自身がその残酷で冷酷な台詞を理解するのを全力で拒んでいた。


 だからなのだろうか。そもそも、何で仮暮先生は報道されていないはずの地曳ちゃんと天王野ちゃんの死まで知っていたのか。その上で、新たな事件のことまで知っているのか。仮暮先生が次の言葉を発する前に、私は何としてでもそのことを聞くべきだった。だけど、恐怖で体が震えてしまっていた私は聞けなかった。


 仮暮先生は無表情のまま、さも当然のことのように言った。


「昨日、水科逸弛君と火狭沙祈さんが亡くなりました。自殺です」

「逸弛君と……火狭さんが……自殺……?」

「はい。死体の状況から推測すると、水科君が火狭さんの心臓を包丁で刺した後、自らの心臓に包丁を刺したものと見られます。どちらかといえば自殺というよりは心中かもしれませんけど、まあ、即死でしょうし大差ないですね」

「……あ……ぁ……」

「それと今のところ、このことは学校関係者では私と土館さん、そして金泉さん、木全君、海鉾さん、冥加君の合計六人しか知りません。もっとも、誰かがこの話を盗み聞きしていたのなら、話は別ですけれど。ほら、『壁に耳あり障子に目あり』とも言いますからね。あ、でも、最近は障子なんて見なくなりましたから、知らなくても当然でしょうか」


 そう言って、仮暮先生は私から視線をずらして、斜め右上のほうを見た。そして、何を見つけたのかは分からないけど一瞬だけニヤッと不気味な表情をしたかと思えば、再び無表情に戻って私のほうを見た。その後、仮暮先生は続けて言う。


「私は事件に関する情報を手に入れられる特別な情報網を持っていますが、今回の事件も世間に報道されることはないでしょう。地曳さんの事故死と天王野の自殺も同様です」

「……え……ぁ……その……」

「何ですか?」

「……どうして、私たち五人には言ったんですか……?」

「『どうして』って、あなた方は亡くなった四人のお友だちでしょう? お友だちが亡くなったことを知らないままでいたかったとでも言うつもりですか? それはさすがに私でさえ、今まで一緒にいた者としてどうなのかと思いますけれど?」

「……いや……そういうわけじゃ……」


 私が自分の気持ちをうまく表現できず、心中の全てを口に出すのを躊躇っていても、仮暮先生は次々と追い討ちをかけるように言葉を放つ。仕舞いには、半ば呆れたように溜め息を吐くほどだった。


 何で逸弛君と火狭さんが心中してしまったのか、私には分からない。何で仮暮先生は報道されていないはずの地曳ちゃんと天王野ちゃんが自殺した事件を知っているのか、私には分からない。何で仮暮先生は他の誰も知らない逸弛君と火狭さんが心中したことを知っているのか、私には分からない。仮暮先生が持っているという特別な情報網の正体は、私には分からない。仮暮先生が何を考えて私たち五人にそのことを話したのか、私には分からない。仮暮先生が何を思って私たち五人にそんなことを言えたのか、私には分からない。


 私には、仮暮先生が、分からない。いや、厳密にいえばそうじゃない。私は、何も分かっていないだけなんだ。仮暮先生のことだけじゃなくて、みんなのことも、ディオネのことも、私自身のことも。その、何もかも全てが、理解できていなかったんだ。


 それなのに、私は何をしているんだろう? 私に何かができるわけではないし、何かをしようとも思わないけど、だからといって、何もしないというのはおかしな話だ。友だちが四人も……しかも、全員自殺が関係して死んでしまっている。あの四人の身に何かがあったのは確かだ。そんなことは分かってる。


 逸弛君と火狭さんに最後に会ったのは一昨日の土曜日、冥加君と気分転換代わりに遊びに行ったときだ。あのときは二人とも私がよく知る普段の姿だったように思える。つまり、その後から昨日までの間に二人の身に何かが起き、それで二人は自殺に追い込まれた。これくらいは、誰だって思いつくことだろう。では、二人を自殺に追い込んだ『何か』の正体は? そんなもの、私に分かるわけがない。


「あ……」


 と、そのとき、私の中である一つの後悔が生まれた。それは、私は逸弛君に対する想いを彼に伝えられていないということだった。冥加君絡みでもやもやしていて、ディオネ絡みで忘れかけていたけど、結局、私は自分の心に整理をつける前に、仮にも惹かれていた彼を失ってしまった。


 そう思うと同時に、私の目から涙が溢れてきたのがよく分かった。その涙は一向に止まる気配を見せず、制服の袖で拭い取っても拭い取っても乾くことはなかった。


 ふと、午後からの授業開始のチャイムが聞こえた気がする。


「土館さん。その様子では、今日はもうお家に帰ったほうがよさそうですね。早退手続きは私がしておきますので、ゆっくりお休みなさい。こういうときは、『一人』でいるほうがいいでしょうから」

「……はい」


 仮暮先生にそう言われ、私は涙を拭うのもやめてふらふらになりながら歩き始めた。学校に持ってきているものは少ないから、明日また取りにくればいい。そう考えて、私はそのまま学校を後にした。

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