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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第五章 『Chapter:Saturn』
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第十九話 『発掘』

 いつも通りと何ら変わらない時間に登校した私は、八時頃には教室に着いていた。そして、クラスメイトたちが教室に入ってくる光景を眺めるふりをしながら、ディオネがいる方向を眺めている。


 昨日の昼頃に話して以来、ディオネとはろくな会話をしていない。元々、私とディオネは家にいるときに四六時中話していたわけではなかったから、私としてはそこまで気にすることではないと思っている。でも、ディオネとろくな会話をしていないことではなく、ディオネの元気がないことだけが気がかりで仕方がなかった。


 『この世界は昨日から作られた』。『お姉ちゃんたちはあの壊れた世界を修復するためにここに来た』。そう言った後、ディオネはその言葉の説明をすることなく、まだ昼間だったというのに寝てしまった。無理に起こすのも悪いし、ディオネにもディオネなりに苦悩があるんだろうと思い、私はそれ以上ディオネに問い詰めたりはしなかった。


 だけど、やっぱり気になる。『この世界は昨日から作られた』とか『お姉ちゃんたちはあの壊れた世界を修復するためにここに来た』とか、理解しがたい、よく分からないことだけど、ディオネはそんな分かりきった嘘を吐くとは思えない。だからといって、その二つの言葉が真実だとも思えない。


 私に早く気持ちの整理をつけろと言ったのはディオネのほうなのに、そんなディオネにまだ一つ気がかりなことを増やされてしまった。まあ、このことはディオネ本人はもう口にしたくなさそうだし、私もこれ以上問い詰めるつもりはないから、そのうち忘れていくだろうけど。


 そのとき、明るくて元気な女の子の声と、静かで落ち着いた女の子の声が聞こえてきた。


「誓許ちゃん、おっはよー」

「土館さん。おはようございます」


 声がした方向を見てみると、そこには海鉾ちゃんと金泉ちゃんの姿があった。二人とも特に変わった様子はなく、私がよく知る二人のように見えた。


「海鉾ちゃん、金泉ちゃん。おはよう」

「むむー? 誓許ちゃんってば、何か元気ないー?」

「そう、かな? 私はいつも通りだけど」

「どちらかといえば、私には少し寝不足のように見えますわ」

「あー、うん。確かに、昨日はちょっと睡眠時間が短かったかも」


 主に、考え事をしていたせいで。


「そうなのー? 睡眠はちゃんと取らないとダメだよ? 毎日十時間は寝ないと!」

「あはは。さすがにそんなに寝たら宿題とか終わらないよ。それはそうと、海鉾ちゃんはいつも元気そうだね」

「わたしはこれでも、健康には気を遣ってるほうだし、それなりに時間にはうるさいからね」

「へー、そうだったんだ」

「はいはい、海鉾さんは寝不足と病気とは無関係というのは分かりましたから。それで、土館さん。何か悩み事があるのなら、遠慮なく言って下さいね?」

「うん。ありがとね」

「……ん? ちょっと待ってよ、金泉ちゃん? わたしが病気とは無関係ってそれはつまり、わたしがバカだとでも言いたいのかー!」

「あら、海鉾さんはそういうキャラではなかったのですか? これは失礼」

「もー、バカにしてるなー!」


 海鉾ちゃんのハイテンションと金泉ちゃんのローテンションが上手く噛み合っていて、久々に楽しい女子トークができた気がした。一瞬だけ、『海鉾ちゃんと金泉ちゃんは前からこんなに仲がよかったっけ?』なんて疑問も浮かんだけど、楽しいならそれでいいと思えた。


 無邪気にじゃれ合う二人の姿を見ながら、私はふとあることに気づいた。何気なく、私はそのことを二人に聞くことにした。


「あれ? そういえば、逸弛君と火狭さんは?」

「言われてみれば、確かにそうだね。教室にはいないみたいだし、わたしも今日はまだ見てないなー」

「遷杜様と冥加さんならすぐそこにいらっしゃいますけど、二人の姿は見当たりませんね」

「どうしたんだろ」


 普段なら、逸弛君と火狭さんは友だちグループの中でも私の次くらいには登校している。それなのに、もうすぐ一時間目の授業が始まるというのに、あの二人にしては珍しくまだ登校していないらしい。


 海鉾ちゃんと金泉ちゃんの台詞の後、簡単に教室を見回した。冥加君と木全君は私たち三人から少し離れたところで話している姿が見えるけど、やはり逸弛君と火狭さんの姿は見えない。土曜日に会ったときは特に変わった様子はなかったはずだけど、何かあったのかな。


 それから、私は海鉾ちゃんと金泉ちゃんと適当な会話をし、まもなく一時間目開始のチャイムが鳴った。


 結局、それ以降、逸弛君と火狭さんが教室に姿を見せることはなかった。たぶん、逸弛君か火狭さんが怪我をしたとか病気になったとか、そういうことなのだろう。それで、病院に行くほどではないから、片方がその看病をしている、と。


 いつかは私もそんな関係になれる相手がほしいとか思いながら午前中の授業を受けていると、いつの間にか昼休みになっていた。そして、私が昼食を済ませた後、不意にそれまでずっと黙っていたディオネが話しかけてきた。


 今は教室の中にいるということもあり、私は返事をしたりディオネのほうを見ることなく、視線だけ向けることにした。こうすれば、誰かに不審に思われることもないだろう。


「ねぇ、お姉ちゃん」

「……?」

「あ、返事は言葉じゃなくて行動で構わないからね。ボク、ちょっと行きたいところがあるんだけど、連れて行ってくれる?」


 私は軽く頷くと、そのまま廊下に出た。その際、冥加君と海鉾ちゃんが、そして金泉ちゃんと木全君がそれぞれ会話している姿を確認しておいた。


 廊下に出た私は、できる限り人目の少ない場所に移動しようと思い、やや俯き加減で歩き始める。その後、廊下にほとんど人がいないことが分かり、小さな声でディオネに話しかけた。


「……それで、行きたいところってどこ? というか、別に私とディオネは一心同体なわけじゃないから、私が授業を受けている間に行ってくればよかったのに」

「いやいや、それじゃ意味がないんだよ。場所が分からないのは調べれば済むかもしれないけど、ボクはお姉ちゃんと一緒に行きたかったんだから」

「ふーん」

「ああ、言い忘れてたけど、ボクが行きたいところっていうのは図書館のことなんだ」

「『図書館』? そんな場所、この学校にあったかしら」

「え? ないの? 図書館だよ? 紙束がたくさん置いてある場所のことだよ?」

「この学校に図書館があるなんて話、聞いたことないんだけど……」

「えー」


 やけに残念そうな反応を見せるディオネ。何でディオネはわざわざ『図書館』なんてものを探そうとしているのだろうか。『図書館』なんてものがこのご時世に存在しているわけがない。それ以前に、本などの紙媒体は五十年くらい前からほぼ完全に廃止されている。


 というのも、全世界のインターネット通信環境完全整備をはじめとして、電子技術の発展と資源の枯渇から、五十年くらい前から世界中の国々が紙媒体よりも電子データを推奨する傾向になった。そして、最近では第三次世界大戦によるさらなる資源の枯渇、人口激減、PICの普及もその大きな要因となっている。


 だから、私自身も紙の本を見たのは随分前のことになる。暇なときに読む小説や授業のときに使う教科書は、その全てがPICかタブレットに保存されている電子データだから。


 それなのに、ディオネは何でそんなことを……おっと、そうだった。ディオネが前にいた場所は私が住んでいる場所とはまったく違う場所なんだった。PICを持っていなかったディオネのことだ。きっと、そういうことも知らないのだろう。


 せっかくの機会だ。ディオネがネットの情報で得られなかった最近の世間事情を教えるとしよう。そんなことを考えながら、私はディオネに声をかけた。


「この際、私が色々教えてあげよう。まず、ここ五十年くらい前から、紙の本はほとんどが廃止――」

「あったー!」

「え?」

「あったよ、お姉ちゃん! さあ、行こう!」

「え、ちょっ、あったって、図書館が?」

「そう!」


 気がつくと、辺りにあった人影はすっかりなくなっており、私とディオネは人通りのほとんどない一階の空き教室前まで来ていた。ディオネは、そのうちの一つの前に立ってそこにある透明な強化ガラスに触れていた。見てみると、その透明な強化ガラスに内臓されている画面に校内案内図が表示されており、ディオネが勝手に調べたのだということが分かった。


 このように、各教室の出入り口とその付近に相当する強化ガラスには、電灯の点灯や部屋の施錠に加えて、他の部屋と連絡を取れる機能があったり、非常時のために校内案内図が表示できるようになっている。先生たちは生徒たちが知らないパスワードを入力して他のこともできるみたいだけど、普段使う分には説明はいらないほど簡単な操作で済ませることができる。たぶん、ディオネも一人で操作方法を理解できたのだろう。


 私はディオネが表示させた校内案内図を覗き見、ディオネが指差している部分を見た。そこはこの校舎の最上階で、しかもその一番隅の位置する場所だった。その近くには、どのクラスのホームルーム教室もなく、移動授業で利用する特殊教室もなかった。そう、隣接している並びの教室は全て物置とされている、用途不明のものばかりだった。


 まさか、こんな近くに図書館があったなんて知らなかった。いや、それも仕方ないかもしれない。校舎の最上階の一番隅にあって、その周辺の教室を目的として行くこともなく、今の今まで誰も教えてくれなかったのだから。


 私は初めて行く『図書館』というものに少し憧れを抱きながら、ディオネの顔を見た。ディオネもそんな私と同様に目をキラキラと輝かせて、目だけで『行きたい!』という意思が伝わってくるようだった。


 どうせ昼休みにしたいことなんてないし、暇潰し代わりに新しい体験ができるのならそれもいいかもしれない。それに、ディオネの好奇心を満たせられて、ディオネが楽しめるのなら、なおいい。


 私はディオネの目を見て言った。


「それじゃあ、行ってみようか」

「うん!」


 ディオネは元気のいい返事をした後、私の手を引いて、すぐさま図書館へと向かった。

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