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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第五章 『Chapter:Saturn』
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第十一話 『提案』

 何で、こんなことになったんだろう。


 何で、地曳ちゃんと天王野ちゃんは死ななければいけなかったんだろう。


 何で……何で何で何で何で……………………?


 あの後……地曳ちゃんが死んだ後、何が起きたのかはよく覚えていない。目の前で地曳ちゃんが死んだショックで、私は気を失った。次に目を開けたとき、私は自分の部屋の布団の上に寝かされており、そのすぐ傍には海鉾ちゃんと金泉ちゃんがいた。


 海鉾ちゃんと金泉ちゃんが具体的に何を言っていたのかはよく覚えていない。確か、『もう大丈夫だから安心して』とか『今日はゆっくり休んでね』とか言ってくれていたのは覚えているけど、それ以外に何を言っていたのかは忘れた。


「『天王野葵聖。十月二十二日木曜日、午後四時頃、地曳赴稀宅にて致死量を遥かに超える大量のアスピリンを摂取したことで死亡。現場の状況、死亡寸前の地曳赴稀の台詞から、意図的なオーバードーズによる自殺だと思われる』」

「……、」

「『地曳赴稀。同日同時、自宅にて天王野葵聖と共にオーバードーズによる自殺を図る。しかし、意識を失っている間に嘔吐し、その際に摂取したアスピリンの大半が体外へと吐き出され、午後五時頃、意識を失っているところを発見される。その後、薬物の副作用によって精神に異常をきたしていたのか、今度は包丁による自殺を図る。このとき、その場にいた五名にそれを止められ、自宅から出ようとした際に転倒。手に握り締められていたナイフが床に落ち、転倒した自身の首を貫通する。まもなく、大量出血によって死亡を確認。結果的に死亡したものの、おそらく自らの意思とは反する方法で死亡したため、自殺ではなく事故死とする』」

「……、」

「だってよ」

「……何が?」

「だから、昨日死んだ二人の死因とかそういうの」


 布団の上で仰向けになっていた私は、目蓋を開けてディオネの声がした方向を見た。ディオネはいつものように胡坐をかいて宙に浮きながら、手に持っているタブレットを弄っていた。私は半ば呆れたように軽く溜め息を吐くと、右腕で部屋の明かりを遮るようにして、ディオネに返答する。


「……今朝のニュースではそんなことは言われてなかったし、いくら調べてみてもどこにも載ってなかった。それどころか、昨日あの場所にいた私たち以外の人たちは誰一人として地曳ちゃんと天王野ちゃんがいなくなったことに気づいていなかったし、学校側からも特に説明がなかった。それなのに、その情報はどこで手に入れたの?」

「まー、細かいことは気にしなくていいじゃん。今日一日何も情報を得られなかったから、もしかしてお姉ちゃんもこういうのを知りたかったんじゃないかなーって思って調べたんだからさ」

「それは……ディオネの、願い事を叶えられる能力で調べたの?」

「ううん。だって、厳密なことを言っちゃうと、お姉ちゃんは本心からこのことを望んでいなかった。だから、無理やり発動させようにもできない。でも、それでもボク自身どうなったのか知りたかったってこともあって、こうして調べたわけだよ」

「あっそ……」


 何だか、もう、何もかもがどうでもよくなってしまいそうだった。


 やっぱり、私は私自身の考えに従って行動するべきだった。ディオネに何を言われたとしても、自分の意思を曲げるべきではなかった。一昨日からみんなの様子がおかしくて、昨日は私が知るみんなに戻っていた、その時点でおかしいと思ったあの考えを忘れるべきではなかった。


 その中でも、特に地曳ちゃんと天王野ちゃんが危険な状態にあったのはよく分かっていた。何があったのかはよく分からないけど、天王野ちゃんの精神状態と体調が不安定になっていたことは昨日の午前中の様子を見るだけで一目瞭然だった。そして、地曳ちゃんがそんな天王野ちゃんのことを心配するあまり、周りが見えなくなっていたことも。


 分かっていた。それなのに、止められなかった。私がどうこうできたことでもないとは思うけど、少なくとも二人が死んでしまう前にそれを止めるくらいのことはできたはずだ。


 もっと早くに気づいていれば、私からみんなにそのことを言って、天王野ちゃんの自殺を止められた。あのとき、状況を理解できていなくても、自分が怪我するかもしれないことを恐れずに地曳ちゃんから包丁を取り上げようとしていれば、地曳ちゃんが死ぬことはなかった。


 もちろん、あの二人は私だけの友だちじゃない。冥加君、逸弛君、海鉾ちゃん、金泉ちゃん、木全君、火狭さん、そして私の七人の友だちだ。みんな、あの二人が死んでしまったことを悲しんでいるだろうし、こんな思いをしているのが私だけではないことくらい分かっている。


 でも、どれだけあの二人が自殺したがっていたとしても、命はそんなに粗末に扱ってはいけないものだと思う。それに、私がもう少し行動してれば助けられたはずの命だった。だから、私は自分のことを責めずにはいられない。いや、責める必要がある。誰が何と言おうとも。


 地曳ちゃんと天王野ちゃんの遺体があの後どうなったかは知らされていない。それどころか、葬式の日取りすら聞かされていない。確かに、地曳ちゃんは戦争で家族全員を失っていて頼れる親族もいなかったと聞いているし、天王野ちゃんは両親とあまり仲がよくないような噂も耳にしたことがある。


 事件も事故も起きないとされている現代で、まさか高校生が突然死んでしまうなんてことは想定されていないから、葬式の準備に時間がかかるというのは分かる。でも、それならなおさら、何で昨日のことが少しも報道されていないの? 何で、あの場にいた私たち以外の誰も、二人がいなくなったことに気づいていないの?


 『事件も事故も起きない世界には、いつか限界が来る』。一昨日だっただろうか、もう随分前に聞いたように感じるけど、ディオネが言っていた台詞だ。今になって思えば、まさにその通りだった。


 いや、思い返してみれば、ところどころでディオネはどこかこれから起きることを先読みしているような台詞を言っていた。もしかすると、あの台詞もそのうちの一つで、他にも私が気づいていないだけで同様の台詞があったかもしれないし、これからもそういうことがあるかもしれない。


 これから私は、どうするべきなんだろう。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「……大丈夫だったら、こんな風に学校から帰ってきてすぐに寝てないよ」

「それもそっか。あの二人のことは残念だったけど、お姉ちゃんが悔やんだところで何も変わらないんだよい。まあ、それくらい分かってるとは思うけど、改めてボクから言っておくよ」

「ディオネは、どう思う……?」

「『どう』って?」

「何であの二人は自殺したのか」

「昨日地曳さんが言ってなかった? 天王野さんは何か色々と辛いことがあってそれに耐え切れなくなったからで、地曳さんはそんな天王野さんを一人にさせないため、だとボクは解釈しているけど」

「それ以上のことは分からない?」

「分からないね。あ、それがお姉ちゃんの『願い事』なら、対価を支払ってもらえば今すぐにでも――」

「必要ない」

「ですよねー」

「それで、何であの場にいた私たち以外の人たちは二人が死んだことに気づいてないのか……いや、それ以前に、何で昨日のことがまったく報道されていないのか。そのことについては分かる?」

「前も言ったと思うけど、この世界には警察という存在がないんだよ。まあ、代わりに似たような組織はあるわけだけど、その組織は『警察』という概念をありとあらゆる手段でもはや洗脳と呼べるレベルで信じ込ませている。例えば、PICとかオーバークロック刑とかだね。それで、その洗脳の一環として、昨日の件は報道しないほうが得策だと判断したんだと思うよ」

「……警察がいないとか、冗談を言うにしても信憑性がなさ過ぎる。もし本当にそうだとしたら、誰かが気づいてるでしょ。というか、一般人のディオネがそのことを知ってる時点で矛盾してるじゃない」

「ま、その意見を自分の意思と表現するべきか、それとも洗脳の結果なのかは、お姉ちゃんの判断に任せるよ。どう考えて、どう転んだとしても、それもお姉ちゃんの人生だ」

「何よ……急に人事みたいに……」


 ふとディオネのほうを見てみると、拗ねてしまったのか、ディオネはそっぽを向いていた。ディオネに聞いたのは私のほうだけど、やっぱり信じられないものは信じられない。


 ディオネが私以外の人には見えないことや半永久的に宙に浮いていられることはこの目で確認しているし、願い事を叶えられるというのは新しい展開だったからまだしも、現代社会の治安そのものともいえる警察がいないだなんて、冗談を言うにしてもあまりにも馬鹿げている。


 でも、ディオネと話したことで少し気が楽になった気がする。こういうとき、今までなら私は一人で悩んでいるしかなかったけど、ディオネがいると話し相手になってくれる。だから、そういう意味なら、ディオネの言ったことは私にとって気を楽にできる冗談だったのかもしれない。


 私は布団の上で横になっていた体を起こして、左手首からPICを外した。その後、そのPICを机に置き、ドアの前に立ったところでディオネに話しかけた。


「相談に乗ってくれてありがとね。少し気が楽になったから、お風呂入ってくる」

「まだ四時だけど、もう入るの? ってか、お母さんに私がいることをばれないようにするために、お風呂交代の時間とか決めてなかったっけ?」

「だからこそ、よ。普段から私は一日に二回以上お風呂に入るけど、夜はお風呂に入る時間をディオネと半分にしてるんだから、今のうちのその分入っとかないと」

「どんだけお風呂好きなんだ……」

「ディオネも入りたかったら入っていいんだよ? 少なくとも、六時くらいまではお母さんは仕事で帰ってこないし。それじゃ」

「はーい」


 何気ない会話の後、私はディオネを自室に残してお風呂場へと向かった。やっぱり、こういうときはお風呂に入るのが一番だ。心身ともにリフレッシュできるだろうし、一時的で構わないから嫌なことも忘れられるだろう。そんなことを考えながら、私は自分でも驚くほど清々しい気持ちで歩いていく。


 そのとき、自室からディオネの独り言が聞こえた気がした。でも、ドアを閉めた状態だったということもあり、具体的に何と言ったかまでは分からなかった。


「……ん? 『ディオネも入りたかったら入っていい』ってことはつまり……ボクも『一緒』にお風呂に入っていいってことになるよね?」

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