表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第五章 『Chapter:Saturn』
126/210

第六話 『深刻』

 六人が何の話をしているのかも分からないまま、私とディオネは物陰に隠れて静かにその会話を聞いていた。そのまましばらく六人のことを見ていると、何だか様子がおかしいことに気がついた。しかし、私がそう感じたときも、それを知らない六人は会話を続けていく。


「――とりあえず、今日分かったことはこれだけか。六人で手分けして情報を集めるだけでも一苦労だな。ここの『情報』に対しての管理体制はどうなっているんだ」

「まあ、管理体制はともかくとして。今のところは、どうして誓許ちゃんと沙祈ちゃんと水科くんの三人だけが『失敗』したのかについては何も分かっていないことだけが気がかりなわけだけど」

「まったくその通りだな。先生から聞かされていたプロジェクトではこんな事態は起こりえないはずだっただろう? それなのに、実際にはこんなことになっている。ということは、俺たちが知らないところで何かイレギュラーな事態が起きたということになるな」

「ええ。ですが、今のところはそれすら不明のまま。本人たちが知るわけもありませんし、だからといって私たちが知っているわけでもない。そして、冥加さんの言うとおり、ここではあまりにも情報が漏れにくいシステムを構築されているため、そのことについてもほとんど進展はなし」

「つまり、完全にお手上げってことなんだよねー」


 冥加君と海鉾ちゃんは私とディオネに背を向けるようにして立っている。その正面の位置にある机に木全君と金泉ちゃんが少し離れて腰かけている。そして、そんな四人のすぐ近くにある椅子に地曳ちゃんが座っており、その地曳ちゃんの膝の上に天王野ちゃんがちょこんと乗っかっている。


 六人のうち、会話……というよりは密会に参加しているのは天王野ちゃん以外の五人だけ。その五人はそれぞれ真剣な表情をしながら、今朝のように私が理解できない単語を入り交えて、よく分からない会話をしている。


 一方で、地曳ちゃんの膝の上に乗っかっている天王野ちゃんはというと、五人のそんな会話に興味がないのか、左腕に取り付けられているPICを弄っていた。ただ、そのときのPICを弄っている天王野ちゃんがどこか悲しそうで、つらそうに見えたということだけが少し気になってしまった。


 私が自分の中で五人の会話を分析するまでもなく、それ以前に、そんな時間すら与えられない。とりあえず、私はさらに五人の会話を聞くことにした。


「そういえば、金泉。先生は……仮暮先生はどうだったんだ? 昨日、『明日話を聞きに行くつもり』と言っていただろう?」

「一応、話はしに行ったのですが……まあ、大体はみなさんのご想像の通りですわ」

「つまり、仮暮先生はプロジェクト通りの役割を果たしているってことか……って、それってつまり、何の役にも立たないって意味じゃないか」

「ええ。私が話に行ったとき、プロジェクトのことや私たちのことについて尋ねてみたのですが、私が何を言っているのか理解できていない様子で心底困ったという表情をしていましたわ」

「それはまた、随分と性格を変えているよね。そういえば、授業のときも想像以上に丁寧に教えていたし、いかにも『生徒のことが一番』みたいなタイプの先生に見えたよね」

「確かに。あれはもはや別人みたいな感じに見えたね。私のこともテキトウな理由で委員長に選んだわけじゃなかったみたいだし」

「まあ、別人といえば別人だが……ん? もしかして、地曳も仮暮先生に話をしに行ったのか? 今の言い方だとそのように聞こえたが」

「え、ああ、うん。ほら、午後からきーたんの体調が少し悪くなっちゃって、それで保健室がどこにあるのかを教えてもらおうと思ったときに、ついでにね」

「本来知っているはずの保健室の場所を担任教師に聞くというのは少し危険な気もするが、まあ、そこまで気にする必要もないだろう。たとえその程度で俺たちの違和感に気がつけるのなら、今朝の時点で何か言ってくるはずだからな。それがなかったということは、とりあえず問題はないと仮定できる。つまり、何の問題もないというわけか」

「というか、赴稀ちゃん。向こうで仮暮先生にクラス委員長に選ばれた理由にそこまで深い執着があったの?」

「別にそういうわけじゃないんだけど、ほら、何か嫌じゃん? 『特徴がなくて覚えられないから、とりあえず委員長にしておく』なんて、本人を目の前にして言わないでしょ、普通」

「まあ、確かに、わたしが赴稀ちゃんの立場だったら嫌かも」

「でしょ? やっぱり、くーちゃんは分かってるねー」

「あの、お二人方。少々話が逸れていることについて自覚はお持ちですか? あと、それによって私たちの時間を消費させていることについての罪悪感は抱いておられますか?」

「せんちゃんが自ら進んで委員長になってくれれば、それで全て解決したのにねー。ほら、せんちゃんって、何となく『ザ・委員長』みたいな感じするじゃん? だから――」

「嫌ですよ。誰がそんな面倒なことを自ら進んでするんですか。『委員長』という特徴のみをお持ちの地曳さんだけで頑張って下さい」

「えー、酷いー」

「おーい。金泉も脱線した会話に乗り込んでどうするんだよ。帰ってこーい」


 少しふざけながらも、それなりに仲良く会話しているように見える五人。そんな五人の姿は今朝のときとはまったく違うように見え、少しだけだけど表情も緩んでいるように思えた。もしかすると、私の心配し過ぎだったのかもしれない。そんな風に思えた。


 私はすぐ隣の宙に浮いているはずのディオネのほうを向き、話しかけようとした。しかし、私がその方向を向いたときにはすでにディオネはそこにはおらず、改めてもう一度教室のほうを見てみると、そこには静かに教室の中に入っていくディオネの姿があった。


「ちょ、ちょっと!? 何してるの!?」

「何かねー。隠れてるだけじゃつまんないから、ちょっと悪戯してくるよー」

「いやいや! 私、みんなに見つかる前にもう帰ろうかなとか思ってたんだけど!?」

「少しだけだし、別にいいでしょー? どーせ、ボクの姿はあの人たちには見えないんだしー」

「それはそうだけど……あ、ちょっと……」


 ディオネは私が止めようとしているのにも関わらず、それを無視して教室の中に入っていってしまった。確かに、ディオネの姿はみんなには見えないから教室の中に入っても問題はないけど、だからといって『悪戯してくる』って何をするつもりなんだろう。


 それに、みんなの様子がおかしかったのは私の勘違いだったかもしれないと思えただけで、私は満足だった。だから、これ以上みんなの話を盗み聞きするのも悪いと思い、静かにこの場を去ろうとしていた。そんなときにディオネが教室の中に入っていってしまったために、私はどうすることもできなかった。


 私はみんなには聞こえない小さな声で『ほんの少しだけだからね』とディオネに言うと、ディオネはそれに対して敬礼のように右手を額部分に構えて答えた。そして、ポケットからタブレットを取り出してそれを弄りながら、ふよふよと六人がいるところに近づいていく。


 そのときだった。


「……ひっ!」

「ん? きーたん、どうしたの?」

「……ま、また、来た……何で、こんな……」

「天王野? どうかしたのか?」

「……嫌だ、思い出させないで……もう……ワタシは誰も……」

「き、きーたん!? 大丈夫!?」

「……うぁ……ああぁぁ……ああああ」


 突如として、天王野ちゃんの様子が急変した。天王野ちゃんは言葉にもならない声を上げながら、髪の毛をぐしゃぐしゃにして、力強く自分の頭を抑えつけている。何が天王野ちゃんのことをそうしているのか、その場にいたみんなには分かっていないみたいだった。


 地曳ちゃんは自分の膝に乗せていた天王野ちゃんを膝から下ろすとそのまま天王野ちゃんの手を引いて廊下のほうに歩き始めた。天王野ちゃんは頭を抑えながら非常につらそうな表情をしており、激しい運動をしたわけでもないのにも関わらず息が荒く、大量の汗をかいていることが遠目に見てもよく分かった。


 地曳ちゃんと天王野ちゃんが教室を出る直前、地曳ちゃんは後ろを振り返り、そこにいた四人のことをキッと睨みつけて吐き捨てるように言った。


「やっぱり、こんなプロジェクトなんてするべきじゃなかったんだ! 三人の記憶は消えるし、ろくな情報は集まらないし、ここは想像していた世界とは全然違うし! それに、きーたんにこんなつらい思いをさせているのも全部、こんなプロジェクトのせいだ! これ以上、きーたんにつらい思いをさせないでよ!」


 その後、地曳ちゃんと天王野ちゃんは私が隠れていた場所とは逆の方向を歩いていった。地曳ちゃんは天王野ちゃんのことに必死で、天王野ちゃんは体調が悪かったらしく、私が隠れていることには気がついていなかったみたいでよかった。


 だけど、そのときの私はそれどころではなかった。教室の中に残された冥加君たち四人も地曳ちゃんと天王野ちゃんのことが心配でそれまで話していた本題を忘れているようにすら思えたけど、それとはまた違う。


 天王野ちゃんの様子が急変したとき、冥加君たち四人のすぐ近くに浮いているディオネが、一瞬だけ『笑っていた』。それはもう楽しそうに、これ以上の喜びはないといった様子で。私は、天王野ちゃんの容態を心配するよりも前に、ディオネが一瞬だけ見せたその表情の意味を考えてしまっていた。


「天王野のやつ、大丈夫なのか? 随分としんどそうだったが……」

「おそらく、ここに対しての不満や慣れていない場所での生活で体調不良を起こしただけだろう。ここでの医療体制は完璧だと聞いているから、明日には治っているはずだ」

「それにしても、まさか赴稀ちゃんがあんなに怒るなんてね。あの二人は仲の良い姉妹というか母子というか……そう。まさに恋人みたいな感じだったけど、あんなこと言わなくてもね」

「というか、あの二人は前からそういう仲だっただろうに」

「ああ。その話は俺も聞いたことがある。何でも、毎晩――」

「だ、大体分かったからもういいよ。というか、何で二人ともそんなに詳しいのよ」

「……あら?」

「どうかしたのか? 金泉」


 不意に、会話が止まった。そして、何かに気がついた様子の金泉ちゃんが周囲を見回して何かを確認している最中、金泉ちゃんのすぐ傍にいた三人も、教室の中にいたディオネも、教室の外にいた私も静かに黙っているしかなかった。


 そして、その沈黙を作り出した金泉ちゃん自身がそれを破った。


「土館さん。そこにいるのなら、隠れている必要はありませんわ。すぐに出てきてください」

「つ、土館だって!? どこに――」


 金泉ちゃんは真っ直ぐに私が隠れている方向……というよりは教室の出入り口のほうを見つめていた。金泉ちゃんのその台詞を聞いた三人は少しだけ動揺し、名指しで隠れていることを言い当てられた私はどうして隠れていることがばれたのかまるで検討がつかなかった。


 数秒間の沈黙がその場を支配する。自分の心臓の鼓動がやけにうるさく聞こえて、これからどうするべきなのかという思考もままならない。素直にみんなの前に姿を現すことは当然として、盗み聞きしていたことを知られてしまうとみんなに軽蔑されるかもしれない。


 ここは、正直に謝って帰ろう。


「み、みんな、ごめん! 私、少しだけみんなの会話を聞いちゃったけど、よく分からなかったから忘れるね! それじゃあ、私はもう帰らないといけないから! また明日!」

「あ、土館……」

「お姉ちゃーん、待ってよー」


 結局、私はみんなの返事を聞くことなく、そのまま教室を後にした。ディオネは私のすぐ後ろについてきてくれたけど、後に残ったのは途方もない罪悪感と、すっきりしないもやもやとした気持ちだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ