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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第五章 『Chapter:Saturn』
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第五話 『密会』

「――ちゃん! お姉ちゃん!」

「……ハッ!」


 ふと気がついたとき、どこからともなくディオネの声がしているのが分かった。うっかりボーっとしていた私はそんなディオネの声に驚き、そのままガタッという音を立てながら両膝を机の裏側にぶつけてしまった。寝起き同様の状態になった矢先に突然膝に走った痛みを堪えながら、私はフワフワと宙に浮いているディオネのほうを見上げた。


「もー、やっと反応したー。しっかりしてよねー、お姉ちゃん」

「な、何? どうかしたの? というか、教室では話しかけないでって――」

「そのことなら、ほら教室見てみてよ」

「え?」


 ディオネに指示された通り、周囲を見回す。そこには私がよく知る、一つの教室の光景があった。しかし、そこには私とディオネ以外には数人のクラスメイトしかおらず、そのうち椅子に座ったままなのも私だけだった。


 他のクラスメイトたちは机に膝をぶつけた私のことなど見ておらず、それぞれの友だちと何かを話していたり、帰る仕度を終えたところのように見える。また、そのうちの全員が鞄を肩から提げていたり、今まさに教室から出ようとしているところだったりと、それはまるで放課後のような光景に思えた。


 ……あれ? 放課後……?


「ねぇ、お姉ちゃん。今朝のことが気になるのも分からなくもないけど、そんなにボーっとしてるとみんな帰っちゃうよ? ってか、他の人はほとんど帰っちゃったみたいだけど」

「……もしかして、もう放課後……?」

「もしかしなくても放課後だよ。お姉ちゃんってば今朝からずっとさっきみたいな調子で、誰かから話しかけられたときも授業中もずーっと、心ここにあらずーって感じだったんだよ?」

「はぁ……やっぱり、考え過ぎなのかなぁ……」

「疑問に思ったことを探求し続けることや誰かの悩みを解決しようと努めることに関してはとやかく言うつもりはないけど、何事にも限度ってものがあるからね。妹的存在のボクが言うのも小生意気な話かもしれないけど、一番大事なのは自分自身なんだからね? つまり、この場合はお姉ちゃんの人生が最優先ってこと」

「それは分かっているけど……どうしても、何か引っかかるんだよね……」


 ディオネの言う通り、私は今日一日中他のことを何も考えられなくなるほど、今朝のことを思い返しては何か思い当たることがないかと考えていた。冥加君たち六人には今朝のことはこれ以上詮索しないって言ったけど、忘れるって言ったけど、やっぱり何かがおかしいというその違和感を拭うことができない。


 今朝、六人と話しているときに感じた違和感。何かこう、私と六人の間に絶対に取り払うことのできない見えない壁があるような、そんな感覚。そして、六人が私のことを仲間外れにしてどこかに行ってしまうのではないかという、そんな嫌な予感。


 そう考えているといてもたってもいられなくて、気がつくと放課後になっていた。昨日まではみんながみんないつも通りで、私たち九人は仲良し友だちグループで、平和で平凡な毎日を送っていたはずなのに。それなのに、どうして、いつからこんな風になっちゃったんだろう。


 そういえば、今になって思い返して分かったことがある。


 私にとっての『みんなのいつも通り』って、『仲良し友だちグループ』って、『平和で平凡な毎日』って何だったんだろう。それらはつい昨日のことでまだ二十四時間くらいしか経っていないはずなのに、思い出せない。そういう状況的な感覚は思い出せるのに、細かい部分を思い出そうとしても記憶の奥のほうが真っ暗になっていて思い出せない。


 昨日、私は何をしたんだろう。お風呂に入って、お母さんに声をかけて、ディオネと出会って、それからディオネが他の人に見えないことを知ったり、他にも色々知った。だけど、それ以前の私は何をしていたんだろう。やっぱり、これもみんなのことと同様に、状況的な感覚は思い出せるけどそれ以上は思い出せない。


 私……どうしちゃったんだろう……。


「お姉ちゃん? 大丈夫?」

「……え? あ、ああ、うん……大丈夫だと思う……」

「もしかして、頭の使い過ぎで気分でも悪くなった?」

「ううん、本当に大丈夫だから……あと、『頭の使い過ぎ』とか言われると私が馬鹿みたいだからやめてね」


 ふと顔を上げてみると、逆さ向きで宙に浮いているディオネの姿があった。ディオネは私のことを心配してくれているのか、少し悲しそうな顔をしながら、そんな冗談じみた台詞を言ってくれた。


 とりあえず、みんなの様子がおかしいこと、そして私の何かがおかしくなっていることをディオネには悟らせないようにしないと。私のことを姉として慕ってくれているディオネには、これ以上心配をかけたくない。それに、ただの勘ではあるけど、今回の件には少なからずディオネの出現が関わっている気がするから、ディオネ本人には直接今回の件を持ち出さないようにしたほうがいいと思う。


 そんなことを考えた後、他に誰もいなくなった教室で、私は笑顔を見せながらディオネに話しかけた。その笑顔はそれまでの私の暗い様子を忘れさせるかのように、これ以上ディオネに心配をかけさせないために無理やり作ったものだった。


「あ、そういえば! みんながどこに行ったか分かる?」

「さあ? 他の人と同じように、もう帰っちゃったんじゃないの?」

「いやいや、それくらい分かっているけど。そうじゃなくて」

「厳密で正確な座標位置を特定したいって意味?」

「う……うん? 何か若干意味合いが変わりそうだけど、たぶんそんな感じかな」

「うーん……一応、冥加さんたち六人は終礼が終わるなり早々に教室を飛び出して行ったのを見て、その後火狭さんと水科さんが仲良く教室を出たのを見たよ。ボクが感じ取っている気配からして、火狭さんと水科さんはとっくに学校の敷地内を出たと思うけど、冥加さんたち六人はまだ校舎内にいるみたいだね」

「そうなの? よく分かるね、そんなこと」

「まあ、どちらかといえば気配を察知したよりも、ただの勘だと言ったほうが正しいかもね。ってか、ボクはお姉ちゃんが聞いたから、仕方なく答えただけだからね? ボクは自ら進んでこんな曖昧で確信のないことは言わないよ」

「そう……って、あれ? ふと思ったんだけど、ディオネってみんなの名前、知っていたんだっけ? ほら、今逸弛君や冥加君の苗字を言っていたでしょ? 今日私はずっと考え事をしていたから、教える時間なんてなかったような――」

「へ? あー、えっと、それは……そうだ! 今日お姉ちゃんの魂がどこかに旅をしているときに、教室であの人たちの話を盗み聞きしているときに知ったんだよ! 本当に、マジで、ガチで、お姉ちゃんに誓って、ただそれだけなんだよ!」

「別に疑っているわけじゃないから、そこまで必死にならなくても……というか、私の魂が旅に出ていたって、どこに行っていたっていうのよ。それ以前に、魂なんて存在していないって随分前に証明されたんじゃなかったっけ?」

「あくまで表現の一種だということをお忘れなくー」

「はいはい」


 それはまるで仲が良い一組の姉妹のように、私とディオネは楽しげに他愛もない会話をする。ディオネとはまだ出会ってから一日も経っていないというのに、随分と前からこんな会話をしていたような気がする。ディオネは時々余計なことも言うけど、話しているとそれなりに楽しいからそんな感じがするだけかもしれないけど。


 私は他に誰もいなくなった教室で、肩から鞄を提げて廊下に出た。そして、そのまますぐ近くにあった階段を一段一段降りていく。そんなとき、私はふと思い出したことをディオネに聞いた。


「今ふと思ったんだけど、もう調べ物は済んだの?」

「調べ物? あー、お姉ちゃんから貰ったタブレットでしてたこと?」

「そうそう」

「まあ、ここがどういう状態でどういう状況にあるのかってことは大体分かったよ。そして、ここでは事件も事故も起きなくて何もかもが完全完璧に整備されているということも。もちろん、その背景にある意図もね」

「というか、最近では事件や事故なんて時代遅れって言われるくらいなんだけど、それすらも知らなかったの? 本当に、ディオネは前はどこに――」

「ただ」


 私がもう何度聞いたかも分からない『ディオネがどこから来たのか』という問いを再びしようとしたとき、ディオネは私のそんな台詞を途中で遮った。力強く、そして何かに対して怒っているような、そんな声色で。


 ディオネは続けて言う。


「……ただ、この平和は、この平穏な日常は偽りだという事実には変わらない。どれだけ監視体制を強化したり刑法を一新したところで、事件なんてなくならない。どれだけ多くの物事の全自動化を進めたり偶発的に起こりうる可能性を排除したところで、事故なんてなくならない。どんな怪我や病気もそれほど長い時間をかけることなく完治させることができて、理論上は半永久的に延命できる。人間以外のほとんどの生命体は死滅し、その人間だけが人間が作り出したプログラムでしか死ななくなっている」

「ディオネ……?」

「ねぇ、お姉ちゃん。これって一見正しいことで、この世界は誰もが望む理想郷のように思えるけど、何かがおかしいと思わない? 本来、生命体という存在はそういうものじゃないはずなんだよ。少なくとも、ボクが知っている限りでは。まあ、それすらもボクの固定観念だといってしまうのならそれまでなんだけど、やっぱりボクはそうとは思えない。もっと、生命体は、人間は、黒くて醜くて他者を傷つけずにはいられない存在のはずなんだよ。それなのに、ここではその行為が許されていないどころか、そんな思考すら許されていないように思える」

「な、何を言っているの……? 事件も事故も起きなくて、誰もが悲しんだりつらくならなくて済む世界なら、それでよくないの……?」

「はぁ……とにかく、ボクが言いたいのは、こんな状態はいつまでも続かなくて、いつかは限界が来るってこと。いや、もしかすると、最初から根本的な部分が破綻していたり、そうでなくても、もう崩壊の兆しが見え始めているのかもしれない。どちらにしても、ボクはボクの願いが続く限りそれで構わないから、極論を言ってしまえば、どっちでもいいといえばどっちでもいいんだけどね」

「ディオネの願いって……?」

「ボクがここにいられること。そして、お姉ちゃんがボクの傍にいてくれること。どっちの願いも今のところは叶っているし、ボクが真の意味で何を言いたいのかを理解できていないのなら、お姉ちゃんはそんなに深く考える必要はないよ。心配かけてごめんね」

「う、うん……」


 私には、ディオネが何を言いたいのかがよく分からなかった。ただ、ディオネがここに来る前にいた場所は治安が悪く、人の汚い部分が公に露見されているようなところだったのだということは何となく分かる。そして、私がいるここが平和に満ちていて、それで色々と思い当たる節があるからそれを私に伝えようとしてくれたんだと思う。


 だけど、私はすっかりこの平穏な日常に慣れてしまっている。幼い頃、戦争が終わる前や刑法が一新される前にお母さんと二人でお腹を空かせながら荒廃した街を歩いていたときには想像もつかなかったけど、現代はおそらく、人類の歴史至上で一番平和な時代だと思う。


 いつまでも続いてくれるように思えるこの平和で平凡な完全完璧の世界。ディオネはここは何かがおかしいし、いつかは限界が来るかもしれないと言っていた。確かに、思い返してみればそうかもしれない。いつの間にか、私はこの平穏な日常こそがこの世界で最初から最後までを繋ぐものだとばかり思っていた。でも、本当はそうじゃない。具体的にどうなのかまでは分からないけど、そんな感覚だけは掴めた。


 ようやく、私はディオネが何を言おうとしていたのかを理解できてきた気がした。


 それからというもの、私とディオネは特に会話を交わすことなく、階段を降り、廊下を歩いていた。私はディオネに話しかけようとしたけど、場が何となく気まずい雰囲気に包まれており、結局話しかけることはできなかった。一方のディオネはタブレットを弄っているそぶりこそ見えたものの、顔を俯けたり私に背中を向けたりして、私とは目を合わせないようにしていた。


「あ」

「……?」


 不意に、私の目にその光景が飛び込んできた……というよりはむしろ、ふとその方向を見たときに偶然視界に入って気がついた、といったほうが正しいかもしれない。


 私はなるべく足音を立てないようにして走り、その教室の入り口の物陰に隠れた。私の突然の奇行を疑問に思ったのか、ディオネも手にタブレットを持ったままついてきた。


「急に隠れたりして、どうしたの? お姉ちゃん」

「しーっ! 静かにして……って、そういえばディオネの声はみんなには聞こえないんだった……」

「まあ、そのはずだけど……何で隠れてるの?」

「ほら、教室の中を見てみて」

「教室の中?」


 私はディオネに教室の中を見るように促すと、そのまま私もその教室の中を見た。


 その教室の中には、今朝から様子がおかしかった冥加君たち六人の姿があった。六人はどこか真剣そうな表情で何かを話していることが分かる。普段から私はこの空き教室の前を通って校舎を出るけど、六人はこんなところで何をしているんだろうか。


 幸いにも、廊下の突き当たりの空き教室ということもあり、教室の壁の全てが透明な強化ガラスにはなっているわけではない。私はその僅かにできているもの影に隠れながら、ディオネと一緒に静かに耳を澄ませた。

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