第二十七話 『囮罠』
ついに、本日二一二三年十月二十八日水曜日放課後の時点で、天王野さんを除いた友人グループのメンバーのうち、生き残っているのは私と遷杜様の二人だけになってしまった。
先週の火曜日には地曳さん、木曜日には海鉾さんと冥加さん、月曜日には土館さんが殺された。そして、昨日には火狭さん、水科さん、さらには仮暮先生までもが死体として発見された。
水科さんの死体は学校奥のゴミ処理装置の手前部分に放置されており、それはこの一週間で嫌というほど見てきた悲惨な殺人現場によく似ていた。水科さんの頭部は特殊拳銃に撃たれたのか、それとも鈍器で殴りつけられたのか、原型が分からなくなるほど変形しており、脳が直接見えるほど大きく損壊していた。また、それによって辺り一面は血の海のように真っ赤に染まっていた。
また、仮暮先生の死体は水科さんの死体のすぐ近くの体育倉庫の中にあった。しかも、その中の惨状はこれまで私が見てきた殺人現場のうちでおそらく最も悲惨だったことだろう。仮暮先生は数十キロはゆうにあると思われるローラーのようなものに押し潰され、まさに言葉通り轢き殺されていた。だからなのか、体育倉庫の中には、撒き散らされた血と押し潰された内臓の匂いが充満していた。
一方で、そんな二人とは大きく異なり、火狭さんに限っては死体そのものは発見されていない。ただ、バラバラになった手足のパーツや内臓と思われるもののいくつかが発見されていることに加えて、ゴミ処理装置の使用履歴を調べてみたところ、どうやら一人の人間の胴体に近い質量の物体をエネルギーに変換していることが分かった。このことから、火狭さんは天王野さんによって殺されてバラバラにされた後、ゴミ処理装置に放り込まれたのだという推測が立った。
三人がいつ頃天王野さんに殺されたのかは大体想像がつく。おそらく、仮暮先生は登校してきた天王野さんと話をした後、一時間目が始まる前に殺されたのだろう。そして、火狭さんは昼休みに天王野さんと教室を出た先で、水科さんはそんな火狭さんを探しに行った先で殺されたのだろう。
起きてほしくなかったことばかりが起きる。一人、また一人と、私の周りから数少ない友人たちが消えていく。天王野さんがなぜ殺人を繰り返すのか、なぜ私たち友人グループのメンバーばかりを狙うのか。それらのことについては、昨日した推理の段階ですでに分かっていることだ。また、天王野さんは生き残っている私や遷杜様さえも殺そうとしているのであろうということも。
私が天王野さんの立場なら、殺人の対象であり、これから何をしてくるか分からない不穏因子的な存在である私と遷杜様を今すぐにでも殺してしまいたいと考えることだろう。つまり、遅くても今日あたりには、天王野さんは私たちに対して何らかの行動を起こすはずだ。
だから今日、私はようやく天王野さんを本格的に裁くために、罠を仕掛けることにした。
別に、私は今でも僅かながらではあるけど、天王野さんを元の平和な世界に返してあげたいと思っているから、彼女を殺そうだなんて思ってはいない。それに加えて、両親はともかくとしてFSPの力を借りることもしないし、新たに誰かに事情を説明して大勢で襲撃するなんてこともしない。
そもそも、最初からそんな必要はない。私が計画を立て、すでに事情を知っている遷杜様に天王野さんを誘き寄せる囮になってもらえば済むだけのこと。これは、単純明快ながらも最も効果的かつ天王野さんの不意を突ける可能性の高い計画のはずだ。
天王野さんは私が何かをしようとしていることに気がついても、それが具体的に何なのかということは分からないし、ましてや遷杜様が私の計画に組み込まれていることなど知る由もない。だから、私の考えが正しければ、天王野さんはほぼ確実に私の計画を予測することはできず、いとも簡単に罠に落ちていくことだろう。
「――と、いうことなのですが、よろしいでしょうか? 遷杜様」
「あ、ああ……」
計画の概要を一通り説明した私は、非常に落ち込んだ様子で顔を俯けている遷杜様にそう尋ねた。一方の遷杜様は、私の話を聞いているのか聞いていないのかよく分からない調子でテキトウな台詞を返した。まあ、昨晩に一度、今朝にも一度、つまり合計で三度も説明しているのだから、計画が理解できていないなんてことはないと思うけど、今回ばかりは失敗が許されない以上少々心配してしまう。
計画の主な概要はこうだ。
私はすでに、遷杜様に二つのPIC用のアプリを送信している。そのアプリとは、『天王野葵聖のPICの現在位置が分かるアプリ』と『特殊拳銃の弾道予測線が分かるアプリ』だ。
前者のアプリは、これまでの私と天王野さんとの通信履歴を参照した上で、PICのデータベースにアクセスすることで作成することができた。私としては現在位置を把握できる以外にも、天王野さんのPICをこちらから操作できる機能も付与したかったところだけど、さすがにいち高校生でしかない私にはそこまでの技術はない。
後者のアプリは、Overclocking BoosterやSystem Alteration Passwordなどと一緒に両親から渡されていたものだ。どうやら、本来の使用用途は治安的な意味でOverclocking Boosterを使用するFSPの人間同士の相打ちを防ぐために作成されたものらしい。
通常ならまず気にすることはないけど、Overclocking Boosterの射撃機能は発射寸前に一度、周囲に膨大な量の電気的な信号を発するという特徴がある。このアプリはその信号をキャッチすることで、PICの立体映像の画面上にOverclocking Boosterの弾道予測線を表示するだけでなく、音や振動も活用して使用者に危険を察知させるというものだ。つまり、このアプリを所持しているだけでOverclocking Boosterはほぼ無力化できるということになる。
一応、複数機のOverclocking Boosterの信号をキャッチし、それらの全てを使用者に伝えることもできる。ただ、そうなってしまうと、弾道予測線はともかくとして、音や振動はまったく収集がつかなくなってしまうので、役に立たなくなることが多いらしい。あと、信号をキャッチできる範囲はPICから半径約百メートル圏内のみだけど、Overclocking Boosterの射程圏内はそこまで広くないので通常に使用している限りでは問題はない。
さて、そんな二つのアプリを使って私は何をしようとしているのか。それこそが今回の計画の主軸でありながら、もはや説明不要といっても過言ではないほど単純明快なものだ。
まず、できる限り計画の成功率を高めるために、私よりも遥かに運動神経がいい遷杜様に天王野さんに接近してもらう。そして、天王野さんを人工樹林などの人が少なくて広い適当な場所に誘き出してもらう。
その間、私は二人の後についていき、もしものことに備えておく。このとき、天王野さんは特殊拳銃を使用して私たちを殺そうとするかもしれないけど、こちらには『特殊拳銃の弾道予測線が分かるアプリ』があるので大きな危険が及ぶことはない。また、もし天王野さんも何か計画を企てていたり、途中で逃げられてしまった場合のために『天王野葵聖のPICの現在位置が分かるアプリ』を所持しておけば安心だ。
最後に、天王野さんを周囲に誰もいない場所まで追い込んだところで私もそれに参戦し、私と遷杜様の二人がかりで天王野さんにOverclocking Boosterを向け、脅迫する。できることならそんなことはしたくなかったけど、もうそんなことをしなければならない域に達してしまっている以上仕方がない。
天王野さんがこれまでに犯してきた自らの罪の数々を認め、殺されていった多くの人たちに謝罪をしたのなら、天王野さんから全ての武力を排除した上で、これまで通りの平和な日常に迎え入れる。もし、天王野さんが自らの罪を認めようとしないのなら、認めるまで体で覚えさせるしかない。それでもだめなら――もう様々な面から考えても、手遅れだ。殺すしかない。
私が立てた計画は以上だ。あと、私と遷杜様が天王野さんを追い込んだ時点で天王野さんは命乞いや話し合いでの解放を求めてくるかもしれない。そのときは可能な限り真実は話さず、これまで通りの平和な日常に迎え入れてから改めて真実を話すことにする。
特に、私が立てた計画についてはあまり深く話さないほうがいいだろう。ないとは思うけど、計画の端を少し話しただけでその全貌を見抜かれる可能性も少なからずあるわけだから。まあ、私たちが『天王野葵聖のPICの現在位置が分かるアプリ』と『特殊拳銃の弾道予測線が分かるアプリ』を所持していることについては脅迫材料としても使えるので教えてもいいとは思うけど。
「はぁ……」
「遷杜様?」
「何で、こんなことになったんだろうな」
「さあ、それは私にもよく分かりませんわ。ですが、私たち九人とこの世界そのものがおかしくなり始めたのはおそらく先週の火曜日、地曳さんが殺された日からですわ」
「それはまあ、何となくは分かっていたが……まさか、火狭まで死ぬとはな」
「……、」
「それに、今日は俺と金泉と天王野以外は誰も学校に来ていなかっただろ? 生き残っていたはずのクラスの連中は全員欠席だったし、仮暮先生が殺されたのは分かっているが、他の何人かの先生の行方も分かっていないらしく、今日の授業はほとんど自習だったしな」
「ええ、それは私も少々不思議に思っていたことですわ。とはいっても、私たち友人グループ以外のクラスメイト四人や仮暮先生以外の先生たちの一部が行方不明になったことについては、天王野さんは何も関係していないと私は思いますわ。さすがに一晩でそれだけの人数を……もしかすると私たちが把握していないだけでもっと大勢を、殺せるとは思えませんわ」
「だが、水科や仮暮先生、そして火狭を殺したのは天王野で間違いない。それは金泉の推理と、疑いようのない状況的証拠が裏付けてくれている。俺は冥加や火狭を殺した天王野を許すことができない。だから、金泉の計画を遂行する」
「ありがとうございます、遷杜様。計画の概要は先ほどお話した通りにお願い致しますわ」
「ああ。分かった」
そういえば、遷杜様に言われて思い出したけど、今日はやけに人の気配が少ないように感じる。確かに、元々この学校には何千人という数の人はいないし、そんな中で一クラス分の生徒と先生たちの一部が学校に来ていないのだから、人気がなくても何ら不思議ではない。
でも、私がいいたいのはそういうことではない。私がそう感じたのは、何も校舎内だけの話ではない。朝目が覚めたときから、学校に来るまで歩いていた道で、私は誰一人として人に会わなかった。これが天王野さんが引き起こした連続殺人事件や生徒虐殺事件の影響なら何らおかしな点はなく、死を恐れた人たちがどこかに逃げたと解釈すれば済む話だ。
ただ、私はどうしてもそう考えることができなかった。街や学校から人の気配が少なく感じたのは、これまでに起きた幾つもの殺人事件とは何の関係もなく、それとは別の何かが関係しているような気がしてならなかった。しかし、私のこの直感を裏付ける証拠は何一つとして存在していないので、このことをわざわざ遷杜様に言うことはない。
ふと視線を落とすと、遷杜様が何やら独り言を話しているのが分かった。その台詞はもしかしたら私に向けて発せられていたものだったのかもしれないけど、その台詞の意味や意図が分からなかった私はどう返答するべきか分からなかった。
「……俺は火狭のことが好きだった。それは、火狭こそが俺が幼い頃に失ったものを取り戻させてくれるような気がして、二度と失うことがないと思ったからだ。しかし、結局火狭は天王野に殺され、再び俺は誰かにすがることもできずに孤独になった。俺は、俺の人生で二人目の心の支えを奪った天王野のことを許せない。許せる、わけがない……!」
「遷杜……様……?」
そのとき、不意に教室の出入り口のドアが開いた。顔を上げて見てみると、そこには天王野さんの姿があり、天王野さんは私のほうを向いて何やら手招きしているのが伺えた。私は遷杜様に『それでは、あとは計画通りに』と小さく呟いた後、天王野さんがいるほうへと歩いていった。
窓の外では、一ヶ月に二日間に設定されている大雨が降り続いている。校舎内には、私と遷杜様そして天王野さん以外には誰もいない。現在は、そのほとんどが自習ばかりだった本日の授業の全てが終了した放課後。
密室のように完全に外界から閉ざされた世界には、もう数えるほどしか人は残っていない。私が知らないところで予期せぬことが起きようとし、様々な善と悪の思惑が交錯している。
私はそれらを知る由もなく、自らが立てた計画を何の疑いもなく遂行し始めた。