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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第四章 『Chapter:Venus』
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第二十三話 『異変』

 一時間目の授業が始まってから、約五分。一時間目の授業の教科担当である仮暮先生が教壇に立っている教室の中は静まり返っており、どうにも居心地の悪い雰囲気に包まれていた。それは、気を抜けば自分の意識がその雰囲気に呑まれてしまいそうになりそうなほど、今すぐにでも息が詰まってしまいそうになるほどのものだった。


 これから先、私たちはどうなってしまうのだろうか。


 土館さんは火狭さん、水科さん、木全さんの三人の行動を誘導して、その関係を崩壊させた。火狭さんと木全さんは取り返しのつかない過ちをおかし、水科さんに対して不満を抱いている。また、それに対して水科さんも二人に何度も暴言を吐いては暴力を振るい、土館さんから真実を聞かされた後も結局二人の過ちを許すことはできなかった。


 そして、私はもう、誰も信用できない。こんな思いをするくらいなら、最初から友人なんていらなかった。こうなると……些細なすれ違いと不満が一年半もの間良好だった関係を崩壊させると知っていたなら、少なくともこんな思いはせずに済んだはずだ。


 現在、私の友人で生きているのは五人。そういえば朝から天王野さんの姿が見えないけど、つい五分前まで繰り広げられていた人間の負の部分を結集したような口論を見せずに済んだと考えれば、欠席してくれて幸いだったといえるだろう。もっとも、天王野さんは過去にもっと悲惨な光景を見ているし、私の友人を三人も殺した連続殺人犯なのだから、そんな心配はいらないのかもしれないけど。


 教室の中での私の席は全体の前のほうに位置している。だから、その後ろにいるはずの四人の姿は確認できないけど、少なくとも楽しそうな表情はしていないだろう。いや、そんな中で土館さんだけは例外として、今でも必死に笑いを堪えているのかもしれない。


 そのとき、不意に教室前面の壁に取り付けられていて授業で使用されるパネルの上部に存在しているスピーカーから、一人の男性教員の声が聞こえてきた。本来なら校内放送特有のチャイムが鳴るはずだけど、それすらもないままその男性教員は何か台本でも読むかのように言う。


『こ、校内にいる全ての先生方ならびに全ての生徒は今すぐに自分の近くにある教室に入って下さい。ま、また、確認できる全ての教室のドアを閉め、こちらから指示があるまで教室の外には出ないようにして下さい。繰り返します――』


 その校内放送の後、教室の中が少しだけざわついた。今の意味不明な校内放送にはいったい何の意味があるのか。私を含めた生徒たちも教員である仮暮先生もその意味を理解することはできず、わざわざそんなことを放送した意図を見出すことができずにいた。


 今は一時間目が始まってから約五分が経ったというところ。つまり、遅刻してきた生徒や一時間目の授業の担当に当たっていない教員以外の人たちは全員それぞれの教室にいるということになる。体育などの実技教科も屋外ですることは珍しく、大抵は何らかの施設で行うので、それも教室という括りに入れてしまっても問題ないだろう。


 だったら、なおさら今の放送の意味が分からない。いや、あえて分からないようにしているのかもしれない。学校側に何か重大な問題が……例えば可能性としてはほぼゼロだと思うけど、学校テロなどが起きている場合は犯人側から指示されてこんな放送をしたということも考えられる。それでも結局、校内にいる全ての人たちを教室の中に入らせることに何の意味があるのかは分からないままだけど。


「何だったんでしょうか……? まだ始まったばかりですが、少しの間だけ授業は中断することにします。先生は他の教室や職員室に行って何があったのかを聞いてくるので、皆さんはそれまで静かにしていて下さい」


 仮暮先生は生徒たちにそう言うと、そのまま教室の出入り口であるドアのほうへと歩いていった。そのとき、何の前触れもなく、異変は起きた。


「……っ!?」


 突如として、教室の壁としての役割を果たしている透明な強化ガラスが白く濁り、光をほぼ遮断された教室の中が一瞬だけ暗くなった。何事かと思っていると、教室の天井が教室内の暗さを検地し、緊急用の蛍光灯を点灯させた。


 見てみると、つい数秒前まで私がいる教室の中は教室の外から丸見えの状態にあったにも関わらず、今では一面真っ白に染まり、少なくとも中からは外の様子を確認できないようになってしまっていた。


 あまりに突然のことに、仮暮先生も驚きを隠せない様子でいた。でも、自分がするべきことをしようと考え至ったのか、教室の外に出ようとした。しかし、結局教室の出入り口であるドアが開くことはなかった。本来ならドアの手前に人が立つとセンサーが感知してドアが開くはずなのに、今はそのセンサーが切られているのかまったく反応する気配がなく、手の力で無理やり開けようとしても、ドアは微動だにしない。


「え……これは……」


 教室の中にいる生徒たちは、しだいに不安と恐怖に感情を支配されていく。仮暮先生はそんな生徒たちを少しでも不安にさせないようにしようと必死だった。


 しかし、結局教室の中から外に出ることは叶わなかった。出入り口であるドアは無理やり開けようとしてもビクリともせず、四方の壁が透明ではなく白く濁ってしまっているため他の教室にいる人たちと合図を送ることもできず、なぜかPICやタブレットの通信もできないようになっている。


 メールを送ることも、電話をかけることもできない。また、他人と何らかのデータを送受信することなどできるわけもなく、インターネットに接続することもできない。しかも、この影響は仮暮先生だけに限ったことではなく、教室の中にいた全ての生徒のPICとタブレットに共通していることだった。つまり、故障や回線の不具合などではなく、何者かが意図的に通信機器の機能を遮断しているのだと分かった。


「みなさん……落ち着いて聞いて下さい」


 私を含めた生徒たちと仮暮先生は現在の状況を入念に確認した。その後、仮暮先生は教壇に立ち、深刻そうな表情をして私を含めた生徒たちに言った。


「誰がこんなことをしたのかは分かりませんが、どうやら、私たちはこの教室の中に閉じ込められたみたいです。おそらく、これは私たちだけに限ったことではなく、他の教室でも同様の事態が発生していることでしょう。ですが、みなさんは何も心配する必要はありません。いずれ救助が来て、私たちを助けてくれるはずです。それがいつになるかは分かりませんが、私たちはそれまで静かに待っていましょう」


 たぶん、このとき私以外の教室の中にいる人たちが考えていたことはみんな同じだったのだろう。『きっと何かのシステムトラブルに違いない』『そのうち誰がが助けてくれる』。そんな平和ボケし切った思考に基づいて、自分の平静を保っていたのだろう。


 でも、一方で私だけは平静を保っていることなどできなかった。表面的に見てみれば特に変わったところはなくても、実は心拍数が上がり、息は荒くなり、滝のように汗をかき始めていた。


 それもそのはずだ。私には、なぜか妙に嫌な予感がしていた。


 私が経験した中で、いや、私が知っている限りで、教員と生徒が教室に閉じ込められたなんて例は聞いたことがない。つまり、これがたとえシステムトラブルだとしても極めて起こりにくいことなのだということが分かる。いや、今回の場合はもう、何者かによる仕業だと断定してしまっても構わないだろう。


 そして、最近起きた私の三人の友人の殺人事件。まだ登校してきていない天王野さん。これらのことから導き出される結論、それはつまり――、


「……?」


 不意に、私は何か雰囲気というか気配が変わったのを感じた。最初はその正体が分からなかったものの、しばらくあたりを見回してみると、その正体は教室の出入り口であるドアがある壁の上部に小さな空洞ができたことによってもたらされたものなのだということが分かった。


 さっきまであんな空洞なかったはずなのに、いつの間にできていたのだろうか。それに、教室の中は話し声や泣き声で埋め尽くされており、私以外には誰一人としてそれに気がついている様子はない。でも、もしかするとあの空洞を使って外に出られるようになるかもしれない。


 そう考えた矢先のことだった。


「な、何だよこれ!?」

「え、何!?」


 私がその空洞のほうを見ていると、そこから何か小さな容器のようなものが投げ込まれた。それと同時にその空洞は閉じられ、投げ込まれた容器からはシューッという音が聞こえてくる。


 突然何かが起きる気配はないものの、その数秒後、異変は起きた。投げ込まれた容器が何なのかを確認しようと近くに寄っていた生徒の数人が突如としてバタバタと教室の床に倒れ始めた。まさか、この容器の中身は、そしてシューッという音の正体は……ガスなのだろうか。それも、人体に悪影響を及ぼすような。


 あくまで仮説でしかないけど……そうなると、私たちを教室に閉じ込めたのも、壁の上部に一時的に空洞を開けたのも、そこから容器を投げ込んで空洞を閉じたのも、全ては犯人の仕業なのだということが分かる。いや、そうとしか考えられない。


 そして、その犯人というのは――、


 投げ込まれた容器の近くにいる順番に、次々と生徒たちが倒れていく。その光景に恐怖を覚えたのか泣き叫ぶ生徒もいれば、自分の死を悟ったのか狂ったように笑い始める生徒もいた。


 しかし、そのとき不意に白く濁っていた教室の壁が本来の透明色に戻った。私は何が起きたのかを理解できていないまま、辺りを見回す。すると、教室の外にある廊下に一つの人間の影が見えた。混乱して慌しくなっている教室の中で、私はその影の正体を確かめるべき、目を凝らす。


「天王野……さん……!?」


 そこには、何かに対して心底驚いている様子で唖然としている天王野さんの姿があった。天王野さんは私がその姿を確認するとほぼ同時に向かい側にある、廊下と階段を遮る壁に隠れた。


 やはり、私の推理通り、全ては天王野さんの仕業だったんだ。一時間目開始後の校内放送から始まった全ての異常事態の原因は天王野さんが作り出したものであり、全ては私たちをガスで殺そうとしていたんだ。でも、何で白く濁っていた教室の壁は再び透明色に戻ったのだろうか。


 そんなことを考えていると、今度はそれまでは開かずの扉になっていた教室の前方と後方にあるドアが開いた。私を含めた生徒たちは何が起きたのかを理解できていないまま、一瞬だけそのドアのほうを見つめていた。


 すると、仮暮先生が私を含めた生徒たちに普段よりも大きな声で言った。


「みなさん! ようやく、教室を密室状態にしていた電子ロックを解除することができました! ですが、それも長く続くとは思えません! なので、できる限り早く教室の外に出て避難して下さい! これからのことは、その後に決めましょう!」


 仮暮先生のその呼びかけを合図にして、次々と生徒たちが教室の中から廊下へとなだれ込んでいく。

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