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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第四章 『Chapter:Venus』
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第二十二話 『本性』

 それはまるで狂ったように笑い続ける土館さんの姿に、私たちギャラリーと当事者である三人は心底動揺していた。今私たちの目の前では、これまでは仲がよかったはずの友人たちの激しい喧嘩が起きているというのに、どうして土館さんはそれを平然と笑うことができるのか。おそらく、教室の中にいたクラスメイトのうちのほぼ全員がそう思っていたことだろう。


 ただ、それ以上に、そこにいる土館さんは私たちが知っている土館さんの人物像とは大きくかけ離れたもののようにも思えた。つい先日から私は最近の土館さんを『正常な土館さん』『異常な土館さん』そして『愉快な土館さん』の三つの人格に分けて考えていた(実際には多重人格などではないというのは分かっているけど)。


 これまでのパターンからすれば、どの人格の土館さんでも残る他の人格の土館さんが垣間見えることもあった。しかし、今の土館さんはそんなことをまるで感じさせず、ただただ狂ったように笑うばかりだった。『正常』だとか『愉快』だとか、そんな単語が滑稽に見えてしまうほど、今の土館さんは色んな意味で狂気じみていた。


 目の前で起きているどうやっても解決できない争い事の規模が広がり、被害が大きくなっていくのをただただ楽しむ。これまでは、助け合えるほど仲がよかったはずの友人たちの友情、信頼関係が勢いよく瓦解していくのをただただ楽しむ。今の土館さんはまさにそんな状態だった。


 十数秒後、さすがに笑い疲れたのか土館さんが静かになったことで、教室の中にしばらくの沈黙が訪れる。その後、五十センチもないほどの近距離に接近していた水科さんと木全さんがお互いに相手を一瞬だけ睨みつけるそぶりを見せた。


 すると、水科さんは木全さんに振りかざしていた拳を下ろして体の向きを変え、すっかり静かになった土館さんがいるほうに歩いていった。教室の中にいた私を含めたクラスメイトたちは、そんな水科さんの行動を黙って見ていた。


「誓許ちゃん……君は、今自分が言ったことの意味が分かっているのか?」

「……? 私、何か変なこと言ったかな? 私はただ単純に、目の前で三人が喧嘩してて、その光景があまりにも滑稽だったから笑っただけなんだけど? 何か問題でも?」

「違う! 問題だとか問題じゃないとか、僕はそういうことを言っているんじゃない! 確かに、誓許ちゃんが僕たちの争いを見て笑っていることは、当事者である僕としても黙認できないことだ! でも、さっき誓許ちゃんは『わざわざ裏で手を回してみんなの行動を誘導した』と言っていた! この台詞がどういう意味なのか、説明してもらいたいと言っているんだ!」

「あはははははははは!! 何だー、そんなことかー」


 土館さんは一度だけ高笑いをした後、真剣で思い詰めた表情をしている水科さんの顔を見ると、不敵に笑った。そして、普段よりも小さく低い声で、しかし教室の中にいるクラスメイトたち全員に聞こえるように呟いた。


「結局のところ、『私が物語の黒幕だった』ってわけなんだよね」

「誓許ちゃん……?」

「私は水科君が火狭ちゃんに内緒でどこに何をしに行っていたのかを知っていて、その上で火狭ちゃんが寂しい思いをしていたのも知っていた。そこで私は考えた。『このままみんなの行動を誘導すれば、最終的に面白いことが起きるんじゃないか』ってね」

「何を……言っているんだ……?」

「私とあの子は……あー、いや、やっぱり私一人ってことでいいか。説明とか面倒だし。とりあえず、私はまず火狭ちゃんを表面的に慰めるように振る舞いながら、少しずつ確実にその心に傷を入れていくことにした。どうすれば火狭ちゃんが抱いている水科君への不満が増幅するのかは手に取るように分かっていたからね。それで、一昨日に火狭ちゃんには木全君が、木全君には火狭ちゃんが呼んでいるって伝えて、昨日二人を誰もいない場所に集まらせた。そこで何が起きるか、なんてことは……ふふっ……二人の心情を完璧に理解していれば、誰でも分かることだよね」

「まさか、誓許ちゃんがあの二人を誘導して、こうなることも想定していたっていうのか……?」

「だから、最初っからそうだって言ってるでしょ? 本当は木全君にもう少し揺さぶりをかけて、火狭ちゃんに無理やりレイプとかしてくれたらもっと面白いことになったんだろうけど、まあ、結果オーライってことで。最終的に、三人は私の思惑通りに行動して、三人の間にあった友情だとか愛情だとかそういうものは全部崩壊したわけだから。本っ当に、バカだよね。私の一言一言で自分が誘導されているとも知らずに」


 土館さんは自分の目の前にいる水科さんのことを、当事者である火狭さんと木全さんのことをあざ笑うかのような表情をしてそう言った。土館さんが言うには、土館さんは三人の行動を誘導することでその関係を崩壊させて楽しみたかったのだという。そして、全てが崩壊し終わった今、もう何も隠すことはないと考え、こうしてネタバレをすることでさらに楽しもうとしているのだろう。


 土館さんの目の前に立っている水科さんは、今にも土館さんに殴りかかりそうな勢いで全身を小刻みに震わせていた。しかし、ここにきてようやく理性を保てるほどに冷静になったのか、土館さんに殴りかかることはなかった。


 それもそうだ。今ここで水科さんが土館さんに殴りかかってしまえば、少なくとも土館さんは何らかの怪我を負うだろう。そうなれば、土館さんがまだ話していない今回の一件の真相が明かされることは永久になくなってしまうかもしれない。そう考えれば、目先の復讐に任せて行動するよりも、長期的な意味での情報収集に重点を置いたほうがいいに決まっているのは明らかだった。


「誓許ちゃんが何でこんなことをしたのか、どうしてそのことを僕たちに言ったのか、その大体の理由は分かった。でも、全ての真相を知った僕たちが今から再び争いを続けると思うかい? 僕たち三人は誓許ちゃんに誘導されてしまっただけで、誰も何も悪くなかった。だったら、僕たちは――」

「本当にそう思ってんの?」

「え……?」

「水科君は何か大きな勘違いしているみたいだから、ここではっきり教えておいてあげるよ。いい? 私がしたのはあくまで三人の行動を誘導しただけ。実際にそれらの行動をしたのは水科君とそこにいる二人。つまり、あの二人がしたことはなかったことにはできないし、あの二人が水科君に抱いている不満、隔たりは真実を知ったところで消えたりはしない。もちろん、それは水科君にも当てはまることで、水科君があの二人に抱いている怒り、後悔は消えたりはしない」

「……っ」

「そんな中で、本当にあの二人を許すことができるの? 水科君の言う通り、三人の喧嘩はここで一旦は終わるかもしれない。でも、三人は今回の一件を忘れたことにしてこれまで通りの関係をこれからも続けることは絶対にできない。そして、物語の黒幕である私のことを攻めることで、その鬱憤を晴らすことも叶わない。なぜなら、私はあくまで一言二言の言葉を言っただけで、三人が抱いている負の感情は消えないし、あの二人がしたこと、水科君があの二人に暴力を振るった事実はなかったことにはできず、忘れることもできない」

「……僕は――」

「最後にもう一度だけ聞くよ? 『そんな中で、本当にあの二人を許すことができるの?』」


 土館さんが言っていることはもっともらしいことだった。いくら土館さんが裏で三人の行動を誘導していたとしても、実際にそれを自分の意思だと思い込んで行動したのは三人だ。また、火狭さんと木全さんがしたことや、水科さんが二人に暴力を振るった事実はなかったことにはできない。


 もうすでに手遅れだった。全ては土館さんの思惑通りに事が進んでしまい、三人は土館さんを楽しませるためだけの駒として無意識のうちに操られ、取り返しのつかないことをしてしまった。今さら三人の間にあった友情や愛情を真の意味で取り返すことは難しいだろう。いや、不可能といっても過言ではないのかもしれない。


 もしかすると、土館さんの手の平の上で踊らされていたのは三人だけではなく、私もだったのかもしれない。私は土館さんの行動を助けるような働きをさせられ、昨日土館さんに火狭さんと木全さんがいる場所を教えられ、そこで見てはならない光景を見てしまった。


 その結果、私はこうして朝から一言も声を発することなく、自分とこの世界を分離させて無感情に知恵の輪を手の中で遊ばせていた。土館さんがいつから教室にいたのかは分からないけど、そんな私の落ち込んだ様子も土館さんを喜ばせるものに仕上がっていたのかもしれない。


 何だか、全てが馬鹿らしく思えてきた。


「僕は……僕は……」

「別に、私は三人が絶対に仲直りできないだなんて一言も言ってないんだよ? ただ、そうするにはちょっと気がつくのが遅過ぎたかなーってだけで。それに、もし三人が仲直りできたとしても、またすぐにその関係をぶっ壊してあげるよ。あはははははははは!」


 教室の中に、土館さんの笑い声だけが響き渡る。他のクラスメイトは誰一人として口を開くことなく、ただただそんな土館さんの姿を呆然と眺めているばかりだった。そんなとき、不意に火狭さんがゆっくりと土館さんがいる方向に歩いていき、声をかけ始めた。


「何で……? 誓許は……あたしが落ち込んでいたときに慰めてくれた……今までは仲がいいとはいえなかったけど、それがきっかけで仲良くなれた……それなのに――」

「まだ気がついてないの?」

「え……?」


 火狭さんに話しかけられた土館さんは真顔で火狭さんにそう言った。火狭さんは土館さんが何を言おうとしているのかを理解できていないらしく、土館さんから数メートルの位置で足を止めて聞き返した。すると、土館さんは非常に憎々しそうな表情をして、吐き捨てるように火狭さんに言う。


「そもそも、私はずっっと、あんたのことが『今すぐにでも殺したいくらい大っ嫌い』だから」

「誓……許……? 嘘だ……そんな――」

「嘘じゃないよ、本当だよ。それに、思い出してみて。一年半前、何で私が誘われてもいないのにあんたたち友だちグループのメンバーになったのか。あんただって知っているんでしょ? だから、この一年半の間、しつこくしつこく私に嫌がらせをしてきた」

「……っ」

「私は随分前から自分の想いが伝わらないことなんか分かっていたし、諦めようとも考えていた。でも、あんたはそんな私の気持ちを察することなく、事ある毎に嫌がらせをしてきた。この前話したときにあんたにも多少の罪悪感はあったんだって分かったけど、それだけで私の中に溜まりに溜まった不満が解消されるわけないでしょ? その結果、私はあんなのことを陥れようと考えた」

「それで、あたしに優しくしたり、それ以外にも色々したってこと……?」

「そういうこと。私はあんたを確実に、そして再起不能の状態にしたかった。だから、木全君と虚構の関係を築かせ、水科君との関係に溝を入れることにした。そうすれば、あんたは身も心もズタズタになるって思ったから」

「……う……ぅ……」

「今回の物語は全部全部全部全部全部全部全部全部、あんたの責任なんだよ! あんたの存在が私にこんなことをさせたんだよ! あんたがいたから、木全君があんたをそそのかし、水科君があんたに暴力を振るい、金泉ちゃんの心も傷つけることになった! 私に、みんなに、この世界に害しか与えないあんたなんか、今すぐに死ねばいいんだ! 死ね死ね死ね死ね!!」

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「あはははははははははははははははは!!!!」


 土館さんの笑い声と火狭さんの泣き声が混ざり合いながら、一時間目開始のチャイムが鳴る。チャイムが鳴り始めたとき一時間目の授業の科目担当である仮暮先生が教室の中に入ってきたけど、私たちに何があったのかをあまり理解していなかったように見えた。しかし、ひとまず先生としてその場を落ち着かせて、三十人のクラスメイトをそれぞれ自分の席に座らせた。


 しかし、私たちの地獄はまだこれから始まったばかりだということを、このときの私は知るよしもなかった。

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