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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第四章 『Chapter:Venus』
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第十七話 『把握』

 気がついたとき、私のPICがうるさいアラーム音を発していた。意識が朦朧としていた私はそのアラーム音を聞き流しながらふとPICの時計を見てみると、現在時刻はすでに午後九時を回っていた。


 一瞬だけ『寝過ごした』と思って少々焦ったけど、実際にはそんな心配をする必要はなかった。実のところ、私は海鉾さんの家と冥加さんの家に行って信じたくない現実を突き付けられ、フラフラになりながら自宅へと帰り、そのままベッドに倒れこんだ後から今まで記憶がない。


 ただ、自分の体をよく見てみると、ベッドに倒れこんだときは薄着一枚だけの格好だったはずなのに、今はそのときに来ていた服とは別の服を着ていた。それに、もし寝過ごしたのなら夕食を食べ逃したということになり、お腹が空いていてもおかしくはない。でも、今の私はまったく空腹感を覚えてはいなかった。


 どうやら、あまりにも疲れていたために、私は無意識のまま夕食を食べ、お風呂に入ったらしい。にわかには信じがたいけど、服装が変わっていることや空腹ではないこと、そして何よりもお父様とお母様が起こしに来られていないことを考えると、そうとしか思えない。


 おそらく、よほど精神的に疲れてしまっていたのだろう。私は自分を慰めるかのようにそう結論づけることにした。その後、ふと我に返ると、不意に先ほどからずっとPICがアラーム音を発していたのを思い出した。私は、少々慌てながらもその電話に出ることにした。


 電話に出てみると、PICの立体映像の画面上に遷杜様の姿が映し出された。


「……せ、遷杜様!? ど、どうされたのですか!? こ、こんな時間に!?」

『……ん? 金泉、何をそんなに慌てているんだ? あと、火曜日や木曜日の晩に電話したときはもっと遅い時間帯だったような気がするが?』

「そ、そうでしたか? あ、いえ、そういうことではなくて……それで、今回はどのようなご用件で?」

『ああ。一つだけ確認しておきたいのだが、今日、金泉は火狭と土館と一緒に遊んできたんだよな?』

「え? ええ。その通りですが……なぜそのことを遷杜様がご存知なのですか?」

『いや、大した理由ではないのだが、ついさっき土館から電話があって、そのときに言われたんだ』

「はぁ……そうですか」


 私と電話しているのは、普段通りの冷静沈着な遷杜様。その表情も話し方も雰囲気も、私が知っている遷杜様と何一つ変わらない。しかし、今PICの立体映像の画面上に映し出されている遷杜様はどこかそれが欠けているように思え、やけにそわそわしているように見えた。


 当然のことながら、私にはその違和感の正体は分からなかった。それもそのはずだ。表面的な情報だけでは、今私と話している遷杜様は普段通りの私がよく知る遷杜様でしかないのだから。でも、どこか違和感があり、おかしい。いつの間にか、私はそんなよく分からない感情を抱いてしまった。


 それにしても、なぜ土館さんは遷杜様にそんなことを言ったのだろう。別に言ってはいけないことでもないけど、わざわざ言うようなことでもないような気もする。それ以前に、なぜ遷杜様は土館さんにそんなどうでもいいことを言われただけで私に電話してきたのだろう。まあ、遷杜様と話せる時間が増えたのだから、これ以上嬉しいことはないわけだけど。


 遷杜様は続けて言う。


『そのときに、ふと土館に言われたんだが……』

「何をですか?」

『……すまん、やっぱり何でもない。俺の考え過ぎだと思う。忘れてくれ』

「……はい? まあ、ええ。遷杜様がそう仰るなら、分かりましたわ」


 遷杜様は二度三度頭を横に振ると、改めて真剣な表情で私の顔を見てきた。そんな遷杜様に見とれて、そのまま雰囲気に流されてしまいそうになった直前、私は思い出した。


 そういえば、この前の火曜日の晩にも同じようなことがあった気がする。確か、そのときも遷杜様は私に何かを言いかけて、結局それを言ってくれなかった。遷杜様は何かを知っていて、もしくは何かを察していてそれを私に伝えようとしたのに、私に変な心配をかけまいとあえて言うのをためらったのだろう。


 そして、その次の日の水曜日、天王野さんから地曳さんが殺されたということを知らされた。そのときは色々推理した結果、遷杜様は地曳さん殺人事件に関係しているのではないかと疑っていた。だけど、さらに次の日に立て続けに海鉾さんと冥加さんが殺され、混乱してしまい、今の今まですっかり忘れていた。


 あのとき、遷杜様にもっと問い詰めていれば何かが変わっていたのかもしれない。今、遷杜様にもっと問い詰めていれば何かが変わったのかもしれない。


 しかし、そのどちらももう手遅れだった。私は会話の流れに逆らうことはできず、そんな考えが浮かんでも次の瞬間には忘れ、遷杜様の次の台詞に耳を傾けているしかなかった。


『あ、そうだ。他にも言っておきたいことがあるんだが、金泉はまだ大丈夫か?』

「え? 何がですか?」

『いや、何がって、時間のことだけど。もしかして、あまり遅い時間まで電話していると親に怒られるんじゃないかって思ってな』

「そんなことないですわ。日が変わるまでに寝ていればお父様やお母様には何も言われないと思いますし、それに、私は遷杜様と話せるのなら怒られようが構いませんわ」

『あはは。大丈夫だ、安心しろ。さすがにそんなに長く話すようなことでもない』

「そ、そうですか……」


 せっかくなのだから、日が変わるまで……いっそのこと明日の朝までずっと話していたかったけど、さすがにそんなわけにはいかない。そんなこと、よく分かっていたけど、直接言われてしまうと少々堪えるものがある。


 でも、いつ以来だろうか。何だか、随分と久し振りのような気がする。私は数年ぶりに遷杜様が一瞬だけ見せた、暖かい笑顔に心底惹かれてしまった。その笑顔はどこか懐かしい感じがして、ほとんど見たことがないはずなのに、よく見知ったもののように感じた。


 ……あれ? 『数年ぶり』? 『懐かしい』? 『よく見知った』? 私と遷杜様はまだ出会ってから一年半くらいしか経っていないのに、遷杜様が私に笑顔を見せたのはせいぜい数回程度なのに、何でそんな感情が出たんだろう。


 私はよく分からないまま、照れ隠しのつもりで遷杜様に尋ねた。


「そういう遷杜様こそ、大丈夫なのですか? ご両親に何か――」

『俺は大丈夫だ』

「え? あ、そうなんですか? それならよかっ――」

『俺は大丈夫だ。俺の親は俺のことなんか見てないからな。金泉が気にするようなことでもない』

「遷杜……様……?」


 その台詞を発したとき、遷杜様の表情はいつかどこかで見たようなもののように思えた。悲しそうな、助けを求めているような。しかし、それを私に悟らせないようにするために必死に感情を押し殺しているような、そんな表情だ。


 私はなぜ遷杜様がそんな表情をしたのか分からなかった。まさか、遷杜様の身に何かよくないことが起きたのではないか。そんな考えさえ浮かんだ。でも、私がそのことについて聞くよりも前に、遷杜様が先に声を発した。


『そういえばそのとき、土館に他にも言われたんだが……』

「他にも、ですか?」

『ああ。俺にもよく分からないんだが、明日火狭から何か話があるらしい』

「火狭さんから? 火狭さんが遷杜様にお話があるとは、それはまた珍しいですわね。どのようなお話をされるのですか?」

『さあな。俺は土館から「明日火狭さんが木全君に話があるらしい」ということしか聞かされていないからな。何を話すのかはまったく検討もつかん。集合場所も明日連絡すると言われたしな』

「そうですか」


 いったい、火狭さんは遷杜様と何を話すというのだろうか。私だって、もう少し勇気を持てれば遷杜様のことを誘って、二人きりでお話ができれば……あれ? いや、少し待ってほしい。これは少々おかしくはないだろうか。


 なぜ、火狭さんは遷杜様と話すということを私には言わずに土館さんには言った? そして、なぜ土館さんは火狭さんが遷杜様にそのことを言うよりも前に、遷杜様にそのことを言った? もしかすると、火狭さんが土館さんに遷杜様に言うように頼んでいたのかもしれないけど、そうなると、その理由は?


 火狭さんと土館さん。火狭さんはともかくとして、土館さんは私の中では要注意人物の一人だ。もし、これが土館さんが仕掛けた罠で、遷杜様や火狭さんを陥れようとしているのなら、私は遷杜様のことを引き止めるべきだろう。でも――、


 うん。たぶん、これは私の考え過ぎだ。さすがに、いくら土館さんでもそこまで非道なことはしないだろう。それに、遷杜様と火狭さんを陥れたところで、土館さんには何のメリットもないはずだ。だから、これは私の杞憂に違いない。私は数秒間考えた後、そう結論づけた。


『金泉。最後に一つだけ聞いて起きたいんだが、いいか?』

「はい? 何でしょうか?」


 不意に、遷杜様がやけに思いつめたような表情で私にそんなことを聞いてきた。その瞬間は何事かと思ったけど、遷杜様が抱えている悩み事か何かを打ち明けてくれるのではないかと思い、私は一度だけ聞き返した後、黙ることにした。


『最近、金泉のもとに「おかしなメール」が送られてきてないか?』

「『おかしなメール』というと? 広告などの迷惑メールとか、そういう類いのメールのことですか?」

『いや、違う。そうじゃない』

「それなら、間違いメールやいたずらメールでしょうか? あ、でも、PICの個別IDとその連絡用ロックを解除する暗証番号を知らなければどちらもできないですわ」

『……おそらく、こればっかりは金泉も信じられないことだと思うし、金泉ほどの人物でもこの結論を導き出すことはできないだろう。あまりにも非現実的で、信じられないことだからな。さっきのこととは別で、俺も言おうか迷っていたのだが、これは言っておいたほうがいいかもしれない。もし、金泉にもこれと同じようなメールが送られてくるなんてことがあれば、ここで俺が言っておくことで多少の心構えはできるかもしれないからな』

「せ、遷杜様……?」


 遷杜様が何を言っているのか、私にはよく分からなかった。広告などの迷惑メールはともかくとして、PICのシステムはほぼ百パーセントの性能で間違いメールやいたずらメールを許さない。それは、PIC導入以前と比べてセキュリティシステムが向上したからだ。


 それなのに、遷杜様のもとに届いた『おかしなメール』とはいったい何のことだろうか。広告などの迷惑メールではなく、目違いメールやいたずらメールでもないとすれば、他には何があるというのか。遷杜様の言った通り、私にはまったく検討もつかなかった。


 でも、一応考えるだけは考えてみることにした。非現実的で、信じられないこと……いったい、何があるだろうか。たとえば、少々SFチックな話になるけど、未来や過去から送られてきたメールだったらどうだろうか。いやいや、未来や過去から送られてきたメール以前に、現代ではタイムトラベルが成功したなんて例は聞いたこともない。


 もしかすると、どこかの時代にいる誰かが密かに開発して、そこで何かが起きたかもしれないけど、現代にその技術が受け継がれていない以上、そう簡単に信じるわけにはいかない、そもそも、もしそんなことがあれば、世紀の大発見に他ならないわけだし。


 だとすると、いったい……?


 私はそのまま数分間、無言で遷杜様が言った『おかしなメール』について考えていた。しかし、未来や過去から送られてきたメール以外では、平行世界から送られてきたメールくらいしか思いつかず、どちらも非常に現実味がない上に、メルヘンチックな妄想になってしまっていたため、口に出すのは避けた。


 そして、ついに遷杜様は私に言った。


『今日の夕方頃、殺されたはずの海鉾の名義でメールが送られてきた』

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