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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第四章 『Chapter:Venus』
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第十六話 『単独』

「いや~、今日は楽しかったね~。また月曜日にね~。あと、水科君にもよろしく~」

「あ、うん。また……月曜日に……」

「金泉ちゃんもバイバーイ。急に誘ったのに来てくれてありがとねー」

「いえ。それではまた」


 夕方、午後六時頃。今日午後からずっと第六地区のS-4エリアで遊び尽くした私たち三人は、そう言って、それぞれの家の方向へと歩いて行った。


 昨日とは違い長時間遊べたことに満足したのか、土館さんはやけに満足気な表情をして手を振っている。しかし、一方で火狭さんは、私たち二人と分かれなければならないことに名残惜しさを感じているのか、少々悲しそうな表情をしていた。


 そんな中、これからすることに決意を固めていた私はいたって普通に、本来の帰り道とは違う方向を歩き進もうとしていた。そのとき、本来なら一緒の方向に帰るはずの土館さんがそんな私の異変に気がついたらしく、それまで歩いていた道を引き返して、声をかけてきた。


「あれ? 金泉ちゃんってば、どこに行くの? そっちは金泉ちゃんの家がある方向じゃないよね?」

「そうですが、それがどうかされましたか?」

「いや、どうかしたってわけじゃないんだけど……」

「だったら、どこに向かおうと私の勝手でしょう? ただ単純に、用事を思い出して、少々寄り道をしてから帰ろうと思っただけですわ」

「そうなの? どこに何をしに行くのかは知らないけど、それなら私も――」

「それは遠慮させて頂きますわ」


 土館さんの台詞に対して、私は間髪を入れずに答えた。さすがに突き放しすぎたかと思い、十数秒待ったものの、土館さんがいたはずの方向からは声は聞こえてこない。そして、そのまま振り返ってみると、そこにはキョトンとした表情の土館さんの姿があった。


 もしかして、土館さんは私が言った台詞の意味を理解できていない? いや、私に断られたことにがっかりしているというか、唖然としている? 今なら自分のペースで会話を進められるかもしれない。そう確信した私は、強気の姿勢で土館さんに言う。それはまるで、ここ最近の憂さ晴らしをするかのように。


「これは私一人だけの問題ですわ。ですので、ここから先は土館さんが踏み入っていい領域ではないのですわ。もちろん、それは物理的にも言葉的にもという意味で」

「そう……ごめんね……」

「とにかく、もうだいぶ暗くなってきていますし、土館さんも早いうちのお家にお帰りなさい。土館さんのお母様だって、きっと心配なさっていますわ」

「お母さん……そうだね……心配してくれてるよね……」

「……? それでは、私はそろそろ行かないといけないので。また月曜日にお会いしましょう」

「……あ、待って!」

「何でしょうか?」

「気をつけて……ね? 色々と……」

「え? ええ、それはもちろん……気をつけるに越したことはないですが……?」


 土館さんはそう言うと、そそくさとつい先ほどまで歩いていた方向に引き返し、小走りで帰っていった。以前ならここで『正常な土館さん』から『異常な土館さん』になっていたのに、今日はそうならなかったことをはじめとして、土館さんの不自然な台詞、そして、やけに悲しげなあの表情。そのどれもが私の中で引っかかっていた。


 しかし、私は数秒間考えてもその答えを導き出せないことに気がつくと、ひとまずそのことは保留にしておこうと考えた。そして、今日という日の本当の目的を達成するために、まずは比較的近い位置にある冥加さんの家へと向かった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


 誰にも後をつけられていないことに注意しながら、私はこそこそと冥加さんが住んでいるマンションへと侵入した。侵入したとはいっても、あらかじめこのマンションの暗証番号や指紋認証などのセキュリティの解除方法は調べてあるので、何も知らない人が見れば『このマンションに住んでいる人が入ろうとしている』程度にしか思わないはずだ。


 最近のマンションは縦にも横にも大きく作られていることが多く、それぞれの部屋が狭いわけでもないのに、入居者は非常に多い。もし引越しなどで新たに入居したとしても、何百年か前のように新規入居者の歓迎会(?)なんてないので、入居者全員が他の入居者全員を知り尽くしているわけがない。だから、マンションの中で見覚えのない人がいても何ら不自然ではない。


 当然のことながら、私は両親がFSPの統率をしているということもあり、少なくとも私が住んでいる地域の警備体制や監視体制のほとんどを知り尽くしている。そのため、あらかじめ家で両親が使用しているタブレットから一部のデータを拝借し、適当な解除コードを入力するだけで簡単にそれらを支配できるようになる。いつか役に立つと思い、これまで何度かそういうことに関して勉強していたのがここで役に立った。


 そんな私にとって、この状況で最も危惧すべきことは『知り合いに会ってしまう』ということだけだ。でも、このマンションに住んでいる私の知り合いは冥加さんくらいのもの。冥加さんのお父様とはお会いしたことがないのでお互いに顔は知らないはずだし、そもそも私には知り合いが少ないので、その心配は必要ないのかもしれない。


 さて、今のところ思いのほかスムーズに事は進んでいる。火狭さんと土館さんと第六地区のS-4エリアで分かれてから今まで誰ともすれ違っておらず、このマンションの中に入ってからも誰一人として人を見かけていない。


 いくら世界中の総人口が戦争前と比べて激減したからといっても、もう少し人と会ってもよさそうなものだ。これではまるで、この世界に私一人だけが取り残されたみたいではないか。


 でも、そんな極めて現実味のない、空想の産物でしかないことに意識を呑まれるわけにはいかない。私はそう考えることで自我を維持し、自分の真の目的を達成することに集中した。


 PICで再度セキュリティシステムを解除し、監視カメラを支配しながら、マンションの玄関部分に相当する広いホールを歩き進む。やはり、ここにも誰一人として人はいない。


 私の予定ではもう少し厄介なことになると思っていたので、正直なところ拍子抜けだった。もう少し私の行く手を阻む何かがあったり、妨害工作が敷かれていたりしているものだとばかり思っていた。これでは、せっかく用意してきたものが無駄になってしまうかもしれない。


 これまで六時間以上もこんなに重たい鞄を肩にかけながらあの二人と遊んでいたのに、こんなことなら持ってこなければよかったかもしれない。そんなことを思いながら、私は肩から下げている鞄の口を少しだけ開け、その中身を一瞬だけ見る。中には、特殊拳銃をはじめとした、護身用とは程遠い存在にある、殺傷能力が高くて危険極まりない特殊な凶器たちがいくつも入っている。


 誰もいないホールを抜け、長い通路に突き当たる。その後、すぐ近くにあったエレベーターに乗り、冥加さんが住んでいる階に上がる。十数秒後、エレベーター独特の奇妙な振動がすると、その出入り口のドアが開く。私は念のため周囲を警戒しながら、なるべく足音を立てないように廊下を歩き進んでいった。


 マンションの玄関口に入ってからここまでの所要時間は約三分。時間的にはたったそれだけなのに、周囲に誰一人として人がいなかったからなのか、それとも拍子抜けしてしまったからなのか、ここまでの道のりはやけに長く感じた。


 そしてついに、ようやく冥加さんが住んでいた部屋へと辿り着いた。表札を見て『冥加』と書かれているのを確認し、PICを操作して玄関ドアの施錠を解除するコードを引き出し、PICごと玄関ドアに取り付けられている暗証番号認識装置にかざす。


 すると、それまで硬く閉ざされていた玄関ドアからガチャッという音が聞こえ、それまでは赤く輝いていた暗証番号認識装置の小さなパネルが緑色の光を発し始めた。


 覚悟なんて、もうとっくにできている。私の決意はすでに固まっている。私は、玄関の前で一度深呼吸をした後、物音を立てないようにしながら、冥加さんが住んでいた家へと足を踏み入れた。


 入ってみてすぐに分かったのは、家のどこからも明かりが見られないということだ。マンションの玄関口に入る前に、外からこの家の明かりを確かめておいたときも明かりはついていなかったけど、まさか外界に近い部屋の明かりだけでなく他の部屋の明かりもついていないとは。


 私は履いている靴を脱いだりはせず、そのまま土足で真っ暗な廊下を歩き進んでいく。この数日間明かりがついていなかった家に突然明かりがついたら周辺に住む人たちが気がついて不審に思うかもしれない。そう考えた私は、家の中にある電灯をつけずに、代わりにPICを起動させて、その明かりで足元を照らした。


 今のところ、人の気配はないし、何一つとして物音は聞こえてこない。冥加さんは天王野さんに殺されたのだからいなくて当然だし、冥加さんのお父様は夜遅くまで働いていると聞いたことがある。そして、冥加さんのお母様は随分前に亡くなったという話も聞いたことがあるので、この家に住んでいたのはその二人だけということになる。


 何もおかしなところはない。ここに住んでいた二人はそれぞれ理由があってここにいないだけだ。そう思い込み、さらに足を踏み入れようとした、そのときだった。


「……っ!?」


 不意に、私の足元に何か柔らかいものが当たった感触がした。嫌な予感に苛まれながらも、私は恐る恐るPICを足元に向け、そこを明るく照らした。


「……そんな……」


 そこには、見覚えのない男性の死体が一つ転がっていた。その男性は廊下に背を預けるような形でぐったりと力なく静止しており、首元には刃物でかき切られたような痕が残っていた。


 この男性は、私が天王野さんのもとに派遣したFSPの人間五人ではない。また、顔をよく見てみると、どこか冥加さんに似たような雰囲気を感じ取ることができた。そこで私は確信した。この人物こそが、冥加さんのお父様なのだと。


 念のため、さらなる確信を得るために私はPICでその男性の顔を読み取り、データベースに検索をかけた。すると、案の定、冥加さんの実の父親であることが判明した。続けて冥加さんが住んでいた家の中を探索してみたけど、冥加さんのお父様が殺されていたこと以外に有益な情報は得られなかった。


 ただ、冥加さんが住んでいた家は一切荒らされておらず、争った形跡も見られなかった。よって、冥加さんのお父様はどこか別の場所で殺された後、この家に運ばれたのだろうということが推測できた。また、何か薬品でも使っているのか、冥加さんのお父様のご遺体はまったく腐敗しておらず、死臭もしなかった。これでは周辺の住む人たちが気がつくことなんてできないだろう。


 その後、私は海鉾さんが住んでいた家へと向かったものの、結果は冥加さんのときとほとんど同じだった。家の中には、海鉾さんのお父様とお母様が首をかき切られて死亡していた。そして、そのご遺体はまったく腐敗しておらず、死臭もしなかった。


 ただ、冥加さんのときと唯一違う点といえば、家の中が荒らされていて、争った形跡が見られたことだろうか。おそらく、天王野さんのもとに派遣したFSPの人間五人が海鉾さんのご両親と殺す際、お二人が家にいたためにこんなことになったのだろう。つまり、冥加さんのお父様は家にいなかったために外で殺されてから運ばれてきたのだと思われる。


 得られたものは多くあった。しかし、それと同時に、私の心を痛めつけるものも多々あった。私は重苦しい雰囲気を放ちながら、気分が落ち込んだ状態で家に帰ってきた。


 幸いなことにも、海鉾さんと冥加さんの家の探索には一時間もかからなかったので、時刻はまだ午後七時前だ。夕食の時間まではまだもう少しだけ余裕があるし、教育には厳しい私の両親だけどなぜか門限にはそこまでうるさくないので怒られることはないはずだ。


 やけに精神的に疲れた私は、いつものように着ていた服のほとんどを自分の部屋の床に脱ぎ捨て、薄着一枚の格好でベッドの倒れこんだ。

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