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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第四章 『Chapter:Venus』
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第十五話 『買物』

 土曜日になった。


 今日、私は単独で海鉾さんと冥加さんの家へと行き、あることについて調べにいこうと考えている。それは、海鉾さんと冥加さんが殺された日の晩にFSPの人間五人から送られてきたメールに書かれてあった、『二人のご家族を口封じのために処分した』という内容の一文のことだ。


 あれからそのメールを読み返してはいないし、昨日送られてきているはずのメールも読んではいない。もしそうしてしまえば、目眩がして、抑えきれない吐き気に見舞われてしまいそうだと思ったからだ。いや、一昨日にそのメールを読んだときはそうなったので今回も同じ状態になる可能性がある。


 それに、今さらわざわざ確認するまでもなく、私の意思は強固なものに仕上がっていた。あの二人とそのご家族が殺されてしまったのが私のせいなら、せめて私はその真相を調べる義務くらいはある。いや、たとえ私のせいではないとしても、私が事件に少しだけでも関係しているのなら、その義務はある。


 どちらにしても、後々この情報は何かの役に立つことだろう。だから、私は単独で殺された二人の家に向かい、どういう状況になっているのかを調べる。もちろん、殺されていないのならそれでいいし、殺されているのなら新たな情報も得られる。


 なぜ単独で行くのかということだけど、ただ単純に大勢で行くよりも一人で行ったほうが行動しやすいということも理由の一つではある。でも、理由はそれだけでもない。


 今の状況には、私のことを裏切らない保証があって、それに加えて頼りになる人材がいない。さらに、これから私がしようとしていることは危険が伴う可能性が非常に高いものだ。そんなことに、無関係かもしれない友人たちを巻き込むわけにはいかない。


 私はそんなことを考えながら、自分の部屋の中を這い蹲るように移動していた。というのも、もしものことを考えて何かと準備が必要なので、そのために役立ちそうなものを部屋中からかき集めているというわけだ。そして、気がつくと薄着一枚の格好でこんな体勢のまま移動していた。


 とりあえず、PICは左腕に取り付けてあるからいいとして、Overclocking Boosterは必要不可欠だろう。万が一のこともあるし、護身用としてぜひとも持ち歩いておきたい。あと、System Alteration PasswordのデータがPICに入っているかどうかを確認しておく必要もあるし、天王野さんへの対抗策も用意しておいたほうがいいかもしれない。


 別に、これは何も、天王野さんだけに限ったことではない。最近はどこか様子がおかしい土館さんも、対抗策を用意しておく必要がある人物だ。殺された二人の家に行って調べ物をするだけなので、誰かに会うなんてことはないと思うけど、万が一のことも考えて念には念を押しておきたい。


 あとは――、


 他に何か必要なものはないかと考えていたとき。不意に、私の左腕に取り付けられているPICからアラーム音が聞こえてきた。私は床に膝を突いて這い蹲るように移動していた状態をやめて床に腰を下ろし、PICを操作してその立体映像の画面を確認した。


「……土館さんから?」


 こんなときに電話をかけてきたのは土館さんだった。何だかそこはかとなく嫌な予感がするけど、この電話に出なければ永遠と呼び鈴を鳴らしてくるかもしれないので、出ないわけにはいかない。


 少しだけ身構えた後、私は恐る恐るその電話に出た。直後、やけに画面の左側に寄った状態で、土館の顔が立体映像の画面上に映し出された。


「おはようございます。休日の朝早くからどうかされましたか? 土館さん」

『金泉ちゃん、おはよー……といっても、もうとっくに九時を過ぎて十時少し前だけどね』

「確かにそうですわね。ですが、これくらいの時間であれば『こんにちは』よりも『おはよう』という方のほうが多いのではないですか?」

『うーん、どうだろうね』

「まあ、今はこんなどうでもいい議論をするつもりはありませんわ。それで、何かご用なのですか? 休日のこんな時間に土館さんから電話がかかってくるなんてこと、これまでに一度もなかったような気がするのですが」

『そうかな? そうだっけ? それはそうとして、今回は私の用事というよりは火狭ちゃんの用事なんだけど、いいかな?』

「火狭さんの? それはまた珍しい――」


 『それはまた珍しいことですわね』と言いかけたところで、私は思わず口をつぐんだ。そういえば、昨日土館さんは火狭さんと仲直りをして、私たち三人は短時間だけの簡単な女子会をしたのだった。


 あれから半日以上経った今、二人の間に何も問題が起きていないのであれば、現在のこの二人はただの仲の良い友だちでしかない。だから、少なくとも、『珍しい』なんてことはない。ただ単純にこれまではそういうことが少なかっただけで、本質的に二人は仲良くなれたのだから。


『実は火狭ちゃん、今日も一人みたいなの』

「『一人』というのは?」

『ほら、昨日も水科君が先に帰っちゃったせいで、火狭ちゃんが一人ぼっちになってたでしょ? まあ、そのお陰もあって私たちは仲良くなれたんだけど。それで、どうやら今日も水科君は火狭ちゃんに黙って、朝早くからどこかに行ったんだって』

「水科さんがそこまで火狭さんと離れるだなんて、何か変ですわね」

『うん。一応、「夕方には帰るよ」っていうメールが送られてたみたいなんだけど、誰とどこに何をしに行くかは何も書かれていなかったみたいなんだよ。そのこともあって、さっきやけに不機嫌な火狭ちゃんから私に電話がかかってきて、「今日もどこかに行こう」って言われたってわけ』

「はぁ……そういうことですか……」

『だから、別に私としては火狭ちゃんと二人きりでも構わないんだけど、火狭ちゃんとしてはなるべく大勢で行きたいらしくて。というわけで、金泉ちゃんも一緒に行けるかなって思って電話したってこと。あ、そういえば、金泉ちゃんに電話する前に、天王野ちゃんにも電話してみたんだけど繋がらなかったし』

「……まあ、私は別に構いませんが」

『本当!? それじゃあ、あとで火狭ちゃんに電話しておくね!』

「ええ」


 本当はこれから海鉾さんと冥加さんの家に行ってどういう状況になっているかを調べに行くつもりだったけど、これは昼間にしなければいけないことではない。むしろ、夕方から夜にかけて、外が暗くなる時間帯に行ったほうが周辺に住む人たちに怪しまれずに捜査しやすくなるだろう。


 それに、火狭さんに情けをかけるわけではないけど、昨日のこともあるので何だか心配だ。また、土館さんからの申し出を受けたら何をされるか分かったものではないので、ここは『YES』か『はい』の二つの選択肢しかない。拒否権なんてないのだろう。


 すると、PICの画面の向こう側にいる土館さんの雰囲気が豹変し、やけに不機嫌そうな表情で、土館さんが私に言った。


『それじゃあ、十二時に第六地区のS-4エリアの中央噴水前に集合で。お昼ご飯も三人で食べるから。あと、時間厳守で。一秒でも遅れたり、まさかとは思うけど都合よく急用とかが入っても認めないから。よろしく』

「りょ、了解しましたわ」


 最後の最後で『正常な土館さん』から『異常な土館さん』が一瞬だけ見えた気がしたけど、気のせいということにしておこう。私は土館さんからの電話が切れた後、再び部屋の中を這い蹲って必要なものを探すと同時に、これからの予定を再び立て直すことにしたのだった


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


「まったく、逸弛はどこに行っているんだか!」

「まあまあ、水科君にも火狭ちゃんに言えないことの一つや二つあるんだよ」

「それはまあ……確かにそうかもしれないけど……でも、今まであたしたちはずっと二人だけで生きてきたのよ? あたしは、逸弛のことなら逸弛以上に知っているという自信があるほど、逸弛のことを知り尽くしているわ。それなのに、今さら隠し事だなんて!」

「火狭ちゃんと水科君は本当に仲がいいよね」

「まあね。これでも伊達に十年くらい幼馴染みやって、誰の助けも借りずに二人だけで生きてきたわけじゃないからね」


 現在の時刻は十二時五分。つい先ほど、私は土館さんに指示された集合時間の三十分も早くに待ち合わせ場所に来て、その後、二人と合流した。今はこれからどのお店に入って昼食を済ませるかという相談をしていた最中で、私の隣からは開始一分ですでに話題が本筋からずれている二人の会話が聞こえてくる。


 余談ではあるけど、今も言った通り私は集合時間の三十分も早くに待ち合わせ場所に来た。にも関わらず、私が待ち合わせ場所に来たときにはすでに土館さんの姿があった。そういえば、普段の学校生活でも土館さんは他の誰よりも早く登校しているらしいので、もしかすると、物静かなイメージとは裏腹に時間にはうるさいのかもしれない。


「もー、火狭ちゃんったら、羨ましいよー! そんなに長年付き合える幼馴染みがいて、しかもそれが水科君みたいな頼りがいのある男の子でー! 羨ましいからおっぱい揉んでやるー!」

「え――ちょ、ちょっと待って!? それ、あたしの胸を揉んでいい理由にはなってないからね!? いや、理由があれば揉んでいいってわけでもないけど! てか、昨日も思っていたけど、誓許って前からこんな趣味あったの!?」

「うーん、たぶんなかったと思うけど、近々何か変な性癖に目覚めそうだよ。もう、火狭ちゃんのおっぱいなしでは生きられない体になるかも。もしそうなったら、これから一日三回提供よろしくね!」

「ないないないない! むしろ、そんなことになったら困るって! あと、『提供』って何!? 別に胸は揉まれても減るものじゃないけど、あたしのメンタルは削られてるから! って、いつまでも揉んでいる気!?」

「とりあえず、あと三時間くらい」

「いやー!」


 何だか、すっかり土館さんのイメージが崩れてしまっている気がする。今は『異常な土館さん』ではなく『正常な土館さん』だと思っていたのに、やけにテンションが高く、言動が変態のそれになってしまっている。


 これではもはや、『正常』とも『異常』とも違う、『愉快な土館さん』という分類をしなければならないかもしれない。それほどまでに、今の土館さんには『物静か』というかつてのイメージの面影はなかった。


 それからというもの、私たち三人は(主に私が火狭さんと土館さんに連れ回される形で)第六地区のS-4エリアを遊び回った。遊び回ったといっても、三人で昼食を摂った後、様々なお店で買い物をしながら何気ない会話をしていただけだけど。しかし、それらは思いのほか楽しく、とてもいい思い出に残るもののように思った。


 私はこの楽しい時間が永遠に続けばいいのにと思う反面、友人グループの九人でこうしたことをできる機会はもう二度とないのだと思い、悲しくなった。そして、午後六時頃に二人と分かれる直前、これから自分がつらい現実に向き合わなければならないと思い返し、改めて決意を固めるのだった。

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