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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第四章 『Chapter:Venus』
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第十四話 『他者』

 これから話すのは、今から三年前に起きてしまったある強盗殺人事件についてのことだ。


 当時、私は十三歳の中学二年生だった。その頃の私には気軽に話せる友人などおらず、ただただ無計画に世界中の人たちを欺いている両親を見返すことしか考えていなかった。私がそういう状況にあった一方で、ある女性がどういう状況にあったのか。そして、最終的にどれほど不遇で悲惨な結末を迎えることになったのか。そんな話をしようと思う。


 天王野葵聖。


 身長、体重、顔立ち、考え方。彼女は、内面と外面のどれをとってもとても高校二年生には見えないほど幼く、それはまるで妹でも見ているかのように、可愛らしい。腰くらいまである長くてもこもこした白い髪が特徴的で、前髪の左側に十数センチ程度の赤いリボンを髪飾りとして括り付けている。


 普段、彼女は自分の感情や気持ちを表面に出そうとはしない(出せないだけなのかもしれないが)。また、基本的には無表情であり、寝不足なのか時々眠そうな表情を見せることもある。口数は多いほうではなく、むしろ極端に少ない。というよりはむしろ、ほとんど何も話さないといったほうが正しいのかもしれない。


 以前私が調べたときは、天王野さんの実のご両親がどのような仕事をしていたのかは分からなかった。ただ、天王野家に共通していることなら、その家計図を見ただけですぐに分かった。それは、天王野家の人間には兄弟姉妹が非常に多いということだ。


 現代では、世界中の出生率は最盛期の頃に戻る兆しは見ているものの、基本的には兄弟のいない一人っ子となっている。多くてもせいぜい二人兄弟、ごく稀に三人兄弟がいる程度で、それ以上となるとほぼ未知の領域だ。私に限っては、双子なんて見たこともない。


 また、戦時中は戦争前と同じくらいの出生率だったにも関わらず、終戦直後から急に下がったらしい。おそらく、核爆弾から発せられた放射能が関係しているのだろう。もちろん、戦争の影響で人口が激減したこともその理由の大きな一つではあると思うけど。


 しかし、そんな出生率の低い環境の中で、天王野さんのご家族は数百年前のような家族構成になっている。確か、実の家族は六人兄弟で、義理の家族も五人兄弟だったはずだ。調べてみると、天王野さんのご両親の兄弟も同様に兄弟の多い家計であることが分かる。


 天王野さんは、いわゆるお母さんっ子だったらしい。そのことは、天王野さんが元々住んでいた周辺の住民への情報収集で分かったことだ。でも、それ以上に、天王野さんがそのお母様から貰った最後のプレゼントだというあの赤いリボンを他の何よりも大切にしていたことを見てもよく分かることでもある。


 それに、天王野さんと一緒にいると、何だか母性本能をくすぐられるというか、どうしようもなく守ってあげたいという衝動に駆られることがある。おそらく、天王野さんが根っからのお母さんっ子だったために、常日頃から周囲にいる女性をそんな気持ちにさせてしまう雰囲気を放っているのだろう。結局、私もそのうちの一人だったというわけだ。


 さて、そろそろ話を本題に戻すとしよう。三年前、ある家に強盗が入った、というところから全ては狂い始めてしまった。いや、これこそがまさに始まりだったのかもしれない。


 『強盗』というと、現代では日常的には聞かない言葉であり、あまり現実味がないかもしれない。現に、現代のこの世界では『強盗』と呼ばれる行為はほとんど行われておらず、行われていたとしてもFSPの手によって情報操作をされて表沙汰になることはない。そして世間には、その強盗犯はオーバークロック刑によって罪を償わされたと報告されることになる。


 ここでいう『強盗』とは……つまり、その『ある家』に入った『強盗』というのはどちらかといえば本来の意味である『強盗』ではないのかもしれない。家中を物色し、金目のものを奪い取り、そこにいた家の人たちを殺す。それだけなら、それだけで終わっていたのなら、『強盗殺人犯』と呼べたのかもしれない。


 しかし、その犯人たちは本質的にはそうではなかった。事件の詳細を説明するよりも前に、まずはその犯人たちがどういう思想の持ち主の人間だったのかを説明するとしよう。


 戦争直前や戦時中にも、戦争に反対する『戦争反対派』や戦争に賛成する『戦争賛成派』が存在していた。『戦争反対派』は、いわゆる平和主義者などの争いを好まない人たちのことであり、その大半は世界中のほとんどの人たちを含んでいる。『戦争賛成派』は何かしらの理由はあるにしても、争い事を好む傾向にある人たちのことを指す。


 そして、この世界はそんな二つの派閥に分かれたまま、十五年前に世界各国の資源がほぼ同時に底を尽き、第三次世界大戦は終わりを遂げた。どの国も勝利することなく、敗北することのない形で。戦争で財産的な利益を出そうとしていた人たちにしてみれば大損害かもしれないが、大多数の民衆からしてみれば最善の結果だと思う。


 戦争によって人類が得たものは僅かではあったものの、とても大きなものだった。それは、『争いをやめ、平和を維持する』という、ごくごく平凡で当たり前の思想だった。これは、一人では人生を生きていけず、他人と支え合わなければならない人間だからこその思想だといえるだろう。


 だから、世界各国は戦時中にあったギスギスした関係を解除し、それぞれが協力して復興に努めた。終戦から十五年経った今では、事件も事故も起きない、完全完璧の理想な世界を実現するに至っている。それは、世界各国の協力があったからこそ、FSPの情報操作・証拠隠滅があったからこそ、オーバークロック刑やPICが導入されたからこそ、実現できたものだった。


 しかし、戦争はそんな思想を我々に思い出させただけではなかった。むしろ、この世界とそこに住む我々人間や動植物たちは多くのものを失った。多くの人たちが、財産を失い、自らの体を失い、大切な人たちを失った。私の友人にも、何人かそういう人たちが存在している。


 つまり、戦争のせいで、戦争が起きてしまったからこそ、父親を失い、母親を失い、兄弟を失い、姉妹を失い、腕を失い、足を失い、何もかも奪われた人が大勢いた。自らの命を奪われた人だって二十億人以上いるのだから、その人たちの死を悲しむ人間はもっと多い。


 だからこそ、戦争に反対して、今後何があっても二度と戦争を繰り返させないようにしようと考えている人は大勢いる。しかし、世の中には、そんな人間としてごく当たり前の平和的な思考ができない人たちもいる。いや、人間としての根本的な部分に眠っている生存本能がそうさせているのかもしれない。


 そういう人たちのことを、『戦争賛成過激派』と呼ぶ。彼らの思想を要約すると、『自分たちは戦争で多くの大切なものを失った。家族、友人、体、財産。戦時中も苦しい生活を強いられたにも関わらず、世界は一向にその決着をつけようとはしない。自分たちは大き過ぎる代償を支払ってまで戦争に協力したにも関わらず、世界は何も成せていない。死んでいった人たちは、失われたものはいったい、何のためにそうならなければならなかったのか。自分たちはこの狂った世界のあり方を変えるため、そして、自分たちが失ったものの意味を見出すために戦争を再開させる』というものだ。


 確かに、じっくり考えてみれば、彼らの言い分には一理ある。だが、それでもやはり、私としてはあまり争いは好ましくないように思える。彼らが自分たちが失ったものの意味を見出したいと考えた理由の根源も理解できるけど……だったら、だからこそ、戦争は二度と繰り返してはならないと思う。ただ、私のそんな理論は彼らに通るわけではない。


 私の意見も絡めて言ったために、『戦争賛成過激派』についての説明が長くなり過ぎてしまった。まあ、この説明である程度は彼らの思想を把握できたとは思う。あと、今では『戦争賛成過激派』の九十九パーセント以上は撲滅されているので日常的に心配する必要はないけど、三年前はまだ僅かに残っていたらしい。


 ここでようやく話が繋がる。


 三年前、ある『戦争賛成過激派』のグループが何の変哲もない『戦争反対派』の家に強盗に入った。とはいっても、世界中の人たちのほとんどは『戦争反対派』なので、その『戦争賛成過激派』のグループがその『戦争反対派』の家に入ったのは単なる偶然でしかない。


 もしかすると、家の外見だけで判断して、金目のものが多く眠っていそうだと考えたのかもしれない。『戦争賛成過激派』といっても、当然のことながらそれは職業などではないので、生活費や過激派としての生活費を集めるためにお金を集める必要があったらしい。だから、数年前までは、度々『戦争賛成過激派』のグループや個人による強盗が多発していた。


 家の中に進入したグループはまず、そこに住んでいた人たちを次々と殺していった。殺し方は一種類に統一されておらず、死体は首から上がなくなっているものや、腹部が引き裂かれて内臓を引きずり出されているものもあったのだという。おそらく、犯人によって犯行の手口が異なっていたためだと思われる。


 このことから分かるのは、そのグループは『戦争賛成』を謳って強盗と虐殺を行いたかっただけだということだ。そもそも、どちらの行為も許しがたいものではあるけど、『戦争賛成』を謳うことで罪が軽くなるとでも考えていたのかもしれない。


 グループが強盗に入った時間帯は深夜夜遅くだったということもあり、そこに住んでいた人たちは一家揃って家の中で寝ていた。その結果、そこに住んでいた七人が、それぞれ悲惨な死に方をすることになってしまった。


 ただし、そこに住んでいた人たちは八人家族だったにも関わらず、死体として発見されたのは七人。つまり、ただ一人だけ、強盗殺人の難を生き延びたということになる。


 そして、その『生き残ったただ一人』というのが、中学二年生で十三歳の天王野葵聖さんだった。その晩、天王野さんは天王野さんのお母様と一緒の布団で寝ていたらしく、家の中の異変に気がついたお母様が天王野さんのことを文字通り『命を賭けて』守ったのだという。


 グループのうちの一人が二人が眠っていた部屋に入る直前、天王野さんは天王野さんのお母様に庇われるような形で近くにあった物置に隠された。そしてその直後、天王野さんのお母様は天王野さんが隠れていた物置の目の前で殺された。天王野さんが隠れていた物置には覗き穴に最適な隙間が空いていたため、天王野さんはその光景を間近で見ることになってしまったことだろう。


 天王野さんは大好きだったお母様が殺されたことで混乱し、犯人が部屋から出た後、隠れていた物置から出て、ゆっくりと他の家族が寝ている部屋へと向かった。


 しかし、どの部屋を探し回っても生きている家族は誰一人としていない。もうすでに殺されてしまっていたり、丁度部屋に入った瞬間に目の前で殺されたり、そんなことばかりだったようだ。


 その日を境に、それまでは何不自由なく、少し兄弟が多いだけで、他は平和に平凡な日常を送っていたはずの天王野家は崩壊した。家中は断末魔の叫びのような悲鳴で溢れ返り、辺り一面はどこを見回しても赤一色に染まった。そこに、その数時間前まで広がっていたであろう暖かくて微笑ましい光景はなかった。


 次の日、異変を感じ取った周辺の住民が警察(厳密にはFSP)に通報をした。FSPが調査をした結果、その日の深夜遅くに天王野家に十数人分のPICが移動していたことが分かり、それ以降そこに住んでいた住民とその十数人の行動がおかしいことに気がついたFSPはすぐさま天王野家へと向かった。


 玄関ドアのロックを解除し、まず最初に目に飛び込んできたのは赤。どこを見回しても、どれだけ歩き進めても、赤、赤、赤、赤。そして、時折無造作に床に落ちている人間の体のパーツや内臓。気分が悪くなるどころか、気が狂ってしまいそうなその地獄のような光景はしばらくの間続いた。


 そして、天王野家でリビングに相当する部屋に辿り着いたとき、そこには――、


 『天王野家の人間ではない十数人の惨殺死体』と『その中央に立っている一人の少女の姿』があった。天王野の人間で生き残ったのはただ一人、天王野葵聖さん。そして、『その中央に立っている一人の少女の姿』というのも同様に天王野葵聖さん。


 これが、天王野葵聖の過去。


 その後、FSPはその晩に何があったのかを天王野さんに聞いたものの、有力な情報は得られなかった。天王野さんは、PICの移動履歴やシュミレーターを用いて捜査できる程度のことしか話さなかった。いや、話せなかった、記憶からなくなっていた、といったほうが正しいのかもしれない。


 なぜ、強盗に入った『戦争賛成派』のグループの十数人は惨殺されていたのか。そして、どうして天王野さんは家族全員を殺されたにも関わらずただ一人だけ生き残った上に、その惨殺死体の中央に立っていたのか。天王野さんはそのことを一向に話そうとはしない。


 また、そのときの状況はPICの移動履歴やシュミレーターを用いても解明することはできなかった。原因は不明だけど、その部分のデータを入力した途端に画面にノイズが走ったり、プログラムが強制シャットダウンされてしまったらしい。もちろん、バックアップなんて役には立たず、保存なんてできているわけがない。そんな状態では、真相解明どころの話ではない。


 天王野さんは事件の影響で心を固く閉ざしてしまっていたため、数週間だけFSP管轄の精神患者専用の場所で治療を受けていたらしい。最終的に天王野さんの心の病は完治しなかったものの、回復の兆しは見えたということで退院することになった。


 事件から一ヶ月以上が経ち、天王野さんは天王野さんのご両親の兄弟、つまり天王野さんからしてみれば叔父様と叔母様にあたる家族に引き取られることになる。


 ちなみに、天王野さんのご家族は『戦争賛成過激派』によって殺されたとは発表されておらず、無理心中だったと発表された。FSPの判断でこのほうが世界に与える悪影響が小さいと考え、そうしたらしい。もちろん、天王野さんもこの真実を言わないという約束で外に出ることを許された。


 ただ、それがよくなかったのだろう。


 叔父や叔母からしてみれば、自分の親戚が無理心中をしようとしたとなれば当然気持ちが悪いと感じても不思議ではない。しかも、その無理心中の生き残りを引き取るとなるとなおさらだ。


 そこで、天王野さんの叔父と叔母は事件のことを発表された直後、天王野さんが元々住んでいた家を解体して、土地を売り払った。また、家では天王野さんのことを一家全員で蔑み、目の仇にしていた。


 天王野さんはご家族を目の前で殺された。その上、引き取られ先の義理の家族からは虐待を受けている。それに加えて、天王野さんは気が強くなく、明るくないため、学校でもよく虐められていたらしい。


 そして、高校生になる直前、私が天王野さんの過去を知って調べ上げ、高校生になってすぐの頃、天王野さんを例の友人グループに誘った。それから、私は『この世界に警察はいない』という事実を教え、特殊拳銃と透明な強化ガラスの設定を変更できるパスワードをあげた。


 これで、天王野さんは救われたと思っていた。それまでの辛くて悲惨過ぎる過去を上書きできるほどに、楽しい日常を過ごせていると思っていた。しかし、それはあくまで私個人の自己満足に過ぎず、天王野さん本人は何も変われていなかった。


 その結果、地曳さん、冥加さん、海鉾さんは天王野さんに殺されることになってしまった。

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