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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第四章 『Chapter:Venus』
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第十二話 『同情』

 教室の中は、昨日起きた海鉾さん冥加さん殺人事件がなかったかのように、穏やかな雰囲気に包まれていた。ただ、『穏やかな雰囲気』とはいっても、クラスメイトが三人もいなくなったのだから、同時にそれなりに暗い雰囲気も醸し出されている。


 でも、私としては思いのほか、『平穏な日常』と呼んでも差し支えのない光景が広がっているように思えた。昨日の夕方に見たときは一面真っ赤に染まっていた教室の中は、普段通りの綺麗な状態に掃除されていたということも影響しているのかもしれない。


 昨晩、私は遷杜様に私が考えた推理を説明し、Overclocking Boosterの3Dプリンター用データを転送し、System Alteration Passwordを送信した。そして、その両方をどのような理由があっても常備するように、念入りに言っておいた。遷杜様はそんな私に心底驚いていたみたいだけど、私は遷杜様だけには絶対に死んでほしくない。だから、これくらいは当然のことであり、できる限り最善を尽くせるように努力した。


「さて、そろそろいきますか……」


 あと数分で一時間目の授業が始まろうかというとき。それまで自分の席に座って知恵の輪を解いていた私はそんな独り言を呟き、立ち上がった。


 数十秒前に天王野さんが登校してきた。まさか天王野さんも、自分が犯人だと推理されているだなんて思いもしていないことだろう。でも、私は天王野さんに『今なら引き返せるかもしれない』ということを伝える必要がある。


 そうだ。今回の二つの事件は、私が非力で不幸な立場にある天王野さんに強大な力を与えてしまったから起きてしまったといっても過言ではない。私が悲惨な過去を抱えて不遇な日常を必死に生きている天王野さんに同情してしまい、彼女のことを助けてあげたい、救ってあげたいと思ってしまったから。


 だから、私は私自身の力で……いや、私個人だけの力で今回の事件を解決する必要がある。当然のことながら、もう起きてしまった事件を巻き戻すことはできないし、死者を生き返らせることはできない。でも、せめて、これ以上彼女に罪を犯させることなく、これまで通りの日常に戻すくらいならできるはずだ。


 私はそんな思いとともに、廊下に向かおうとしていた天王野さんの手を掴んだ。突然のことだったからなのか、一瞬だけ天王野さんの体が揺れ、やけに嫌そうな表情で私のことを見上げてきた。


「……カナイズミ、何?」

「まだ一時間目の授業が始まるまでは時間があります。なので、少しばかりお話をしにいきませんか?」

「……いや、手を引っ張られてるから、ワタシはどうにもできないんだけど……」

「い・い・で・す・よ・ね?」

「……別に」


 半ば強引ではあったけど、何にしても、天王野さんと二人きりになって話をすることができそうだ。一時間目が始まるまでは十分もないけど、できる限り簡潔に話をしよう。もし時間が足りなければ、放課後にでももう一回呼び出して話をすればいい。


 私は無防備で無気力な天王野さんのことをずるずると引っ張り、他に誰もいない廊下に連れ出した。廊下に面している教室の壁は全て透明な強化ガラスのため、近くにある教室からは丸見えだけど、はたから見れば私たちは『廊下で話しているだけの人間』にしか見えていないはずだ。


 私がテキトウに周囲の様子を確認していると、心底面倒臭そうな、ムスッとした表情で天王野さんが話しかけてくる。高校二年生とは思えない幼い外見に合わないこの表情もまた、可愛らしい……と普段の私なら思ったのかもしれない。


「……用件は?」

「もうご存知かもしれませんけど、昨日海鉾さんと冥加さんが何者かによって殺されましたわ。それを踏まえまして、単刀直入に申し上げますと、昨日の放課後、海鉾さんや冥加さんと何かありましたか?」

「……何でそんなことをワタシに聞く?」

「いえ、大した理由ではないのですが、昨日の放課後、天王野さんが冥加さんを呼び出していたという情報がありますので。もしかすると、海鉾さんと冥加さんが殺されたことについて何かご存知かと思い――」

「……確かに。……昨日、ワタシはミョウガを呼んで教室に残り、話をした」

「そのときに――」

「……でも、話した内容はジビキが殺害された事件についての情報交換だけで、しかもそんなにお互いに情報を持っていたわけではなかったから、五分もかからずに終わった。……これで満足?」

「え、ええ……別に何も起きていないのならそれで構いませんわ。それでは、海鉾さんと冥加さんが殺されたことについては何も知らないのですね?」

「……二度も同じことを聞かないでほしい。……ワタシは、ミョウガとカイホコが殺害された事件については何も知らない」

「ですが、天王野さんはそう仰いますけど……どうも、周りはそう思っていないのですわ」

「……どういう意味?」


 どうやら、天王野さんは私が聞いた質問の全てに惚けて答えるか嘘を答えるか、そのどちらかに決めているらしい。確かに、どの質問も答えてしまえば『天王野葵聖=犯人』という構図が成り立ってしまう可能性があるものばかりだから、真実を答えられないというのは分かるけど。


 とりあえず、一つずつ、ゆっくりと天王野さんのことを追い詰めていくとしよう。これはあくまで天王野さんにこれ以上の殺人を犯させないために必要不可欠なことであり、もう一度平和な日常を取り戻すための会話だ。そのためなら、私は鬼にも悪魔にもなる。


「実は昨晩、私と遷杜様で話し合いをしたのですわ。冥加さんと海鉾さんが何者かによって殺害された事件について」

「……そう」

「それで、そのときの話し合いの結論が、天王野さんが犯人なのではないかというものですわ」

「……っ。……カナイズミの言う通り、たとえワタシがミョウガとカイホコを殺害した犯人だとしても、カナイズミはそれを広めることはできない。……ワタシがあの情報を知っている限り、カナイズミはワタシには逆らえない。……それ以前に、警察そのものがないのだから、ワタシを罪に問うこともできない」

「……確かに、それもそうですわね……」

「……?」


 天王野さんは知らない。私がなぜ『この世界に警察がいない』という真実を教えることができたのか。いや、天王野さんはそもそも、私がわざと『この世界に警察がいない』という事実を教えたということすら知らないということになるのか。


 気がつくと、一時間目の授業まで残り数分になってしまっていた。やはり、天王野さんが登校してきてから一時間目が始まるまでの限られた時間だけで話をするのは難しかったか。とりあえず、授業に遅れるわけにもいかないし、そろそろ切り上げるとしよう。


「それでは、これで一応、伝えられることは伝えておきました。私はこれ以降もみなさんと冥加さん海鉾さん殺人事件の推理に参加すると思いますが、天王野さんは犯人ではないということで進めておきます。天王野さんを怒らせてあの情報を世間に公表されでもしたら困りますからね」

「……あっそ」

「ええ」

「……そういえば、聞いておきたいんだけど、ミョウガとカイホコが殺害されたという話を知っているのはワタシたちだけ?」

「私たち六人と担任の仮暮先生、あとはお二人のご家族でしょうか。一応情報規制がされるので、知られていたとしてもその範囲だけでしょう。もっとも、お二人のご家族はまだご存知ないかもしれませんが」

「……分かった。……ありがとう」


 ……ん? 天王野さんは海鉾さんと冥加さんを殺し、口封じのためにFSPの五人にそのご家族を殺させたはず。それなのに、何でそんなことを聞いてくるのだろうか。情報規制も行ったようなことも報告用のメールに書かれていたはずだけど。


 このとき、私は妙な違和感を感じていた。何かがおかしい。それは、そんな簡単な一言には言い表せないような、何とも表現しがたいものだ。私が知っている情報は何かが間違っていて、私の推理は的外れなものなのかもしれない。そんな考えさえ過ぎってしまうほどに。


 私は数秒間だけその違和感の正体を掴むため、考えていた。しかし、結論が出ることはなく、教室に戻ろうとする天王野さんの横顔を眺めていた。そのとき、不意に気がついた。


「……あら?」

「……?」

「天王野さん。このリボン、どうしたのかしら? 継ぎ接ぎだらけではないですか」

「……っ」


 天王野さんはもこもこふわふわとした、腰くらいまである長い白髪が特徴的な、高校生とは思えないほど幼い顔立ちと外見の女性だ。そんな天王野さんは、普段話しているときや一緒にいるときはほとんど気にすることはないけど、髪飾りのように赤いリボンを一つ髪に括り付けている。


 確か、このリボンは天王野さんのお母様が天王野さんにあげたというプレゼントだったはずだ。天王野さんはそのことを誰かに言っているそぶりはなかったけど、天王野さんの過去を調べ上げた私は知っていた。天王野さんはそのリボンを何よりも大事にしており、今も普段通り髪に括り付けている。


 でも、一つだけ、今は普段とは違う点があった。それは、そのリボンが継ぎ接ぎだらけだったということ。元々は一本のリボンとして綺麗なラインを描いていたはずのそれは、近くに寄って見てみると、無数の継ぎ接ぎが存在している。


 何かに引っかけたとか、結んでいるときに千切れただけでは説明できないくらいに、そのリボンは痛んでいた。それはまるで、何度も何度も意図的に千切られたかのように思えた。いや、私にはそうにしか思えなかった。


 あれほどこのリボンを大事にしていた天王野さんが自分で何度も何度も千切るなんて考えられない。ということはつまり、まさか……、


 私はリボンの状態をさらによく確認するために、思わず手を伸ばしていた。私自身も女性とはいえ、やはり女性の髪に手を伸ばすというのはマナー違反ではあるけど、このときの私はそんな思考すらできない状態にあった。


 それほどまでに、ショックなことだった。それはまるで、天王野さんとそのリボンが受けた痛みが、自分のもののように感じられたからだ。


 しかし、一瞬後、私のその手は天王野さんによって払い除けられた。


「……どうでもいいでしょ。……そんなこと」


 天王野さんはやけに不機嫌そうな表情をしながら、私のことを親の仇でも見るような目つきで睨んできた。私は、またしてもそんな天王野さんのことを可哀想だと思ってしまった。


 直後、一時間目開始のチャイムが鳴った。

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