第十一話 『転送』
私は遷杜に自分で考え出した推理を説明していく。ただ、私がFSPの人間五人を天王野さんのもとに派遣したことや、FSPの存在について説明するとなると、少々ややこしいことになってしまうかもしれない。なので、それらのことはできる限り口に出さないようにしながら、上手に説明していく必要がある。
「それでは、まずは地曳さん殺人事件について話していきますわ」
「ああ……あ、そういえば」
「……? どうかされたのですか?」
「いや、大したことではないんだが……まあ、金泉の話の後に言うことにしよう」
「私の話はそれなりに時間がかかると思われますので、先に遷杜様のお話を聞いてもよろしいですか? 長話をした後ですと忘れてしまうかもしれないですし」
「金泉がそう言うなら、まあいいか……とりあえず、これを見てくれ」
「……これは……!」
遷杜様は何を思い出して、歯切れの悪い返答をしていたのか。私はそんなことを考えながら、遷杜様が十数秒間だけPICを操作しているのを待った。そして、PICの立体映像の画面上に、遷杜様の顔の隣に位置するような形で、つい最近見覚えのある文章が表示された。
そこには、二つのメールの文面が書かれたいた。送り主は、この間の火曜日に殺されたはずの地曳さん。いや、受信時刻がその火曜日の深夜になっているので、地曳さんは殺される前に遷杜様にメールを送ったのだということが分かる。
そのとき、私の中でいくつかの推測や憶測が飛び交い、新たに事件の真相を導き出す推理を構成していくのが分かった。私は頭をフル回転させながら、静かに遷杜様に話しかける。
「これはもしかして、地曳さんが殺された日の晩に送られてきたメール……ですか……?」
「ああ。俺にはこのメールが何を意味しているのか分からないんだが、金泉なら何か分かるかもしれないと思ってな」
「実は……その……地曳さんは私にもメールを送ってきているのですわ。しかも、このメールとまったく同じ文面で、まったく同じ時刻に」
「何?」
私はそう言うと、先ほどの遷杜様のようにPICを操作して、この間の火曜日の晩に地曳さんから届いたメールを遷杜様に送信した。遷杜様は私から送られてきたメールを見ると、少々驚いた表情をし、すぐに話しかけてくる。
「これはいったい、どういうことだ……? 俺と金泉にまったく同じ文面のメールが二通も送られているとは」
「私は最初、一通目のメールは地曳さんが自分を殺した犯人を示すためのダイイングメッセージとして送ったもので、二通目のメールはそれに気がついた犯人が一通目のメールを取り消すために送ったものだと思っていましたわ。もちろん、どちらのメールも地曳さんが送ったものという可能性もありますし、どちらのメールも犯人が捜査をかく乱するために送ったものという可能性もありますわ。ですが、私のこの推理にはいくつか引っかかる点があり、しかも私と遷杜様に送られていたとなると、もしかすると……」
「何か思い当たることでもあるのか?」
「いえ……もしかすると、この二通のメールは私と遷杜様以外にも送られているのかもしれませんわ。『あえて』私たち二人を選んで意味不明なメールを送る意図が分かりませんし、それなら『友人』という共通点のある地曳さんを除いた私たち友人グループ全員に送ったと考えたほうが妥当だと思いますわ」
「なるほど、確かにそれは一理あるな。俺と金泉に目立った共通点はないから、それなら友だちグループ全員に送っていると考えたほうが、ありえそうな話ではあるな」
「ええ……」
「それなら話が早い。今すぐにでも、この二通のメールについて誰かに聞いてみるとしよう」
「遷杜様、今はそれはやめておきませんか?」
「……? 何でだ?」
「私たちが連絡できる友人は、私たち二人と殺された三人を除けば四人。火狭さんと水科さんには電話をかけにくいですし、推理をしている以上天王野さんにも電話をかけにくいですわ。それに……今は土館さんとは話したくないのですわ」
「土館と何かあったのか?」
「大したことではないのですが……とにかく、明日学校で火狭さんや水科さんに話を聞くということでよろしいですか? もちろん、私から天王野さんや土館さんに見つからないように聞くようにしますので」
「ああ。分かった」
私としては、他の誰かをこの話し合いに加えて、遷杜様との二人きりの時間を邪魔されたくなかった、という思いもあった。でも、それ以上に、話し合いに加えても問題のなさそうな人がいないのだから仕方ないだろう。海鉾さんが殺されていなければ、話し合いに参加してもらってもよかったかもしれないけど。
そのとき、不意に、今日の夕方に教室で見た惨状と、満面の笑みで右腕を持ちながらそこに立っている土館さんの姿が脳内にフラッシュバックした。恐怖を駆り立てられるほど狂気じみている絵。私は思わず気分が悪くなり、軽い立ち眩みのような状態になってしまった。
でも、これ以上遷杜様に心配をかけるわけにはいかない。そう考えて、平常を装いながら、遷杜様に話を本筋に戻すように言う。
「ひとまず、地曳さんから送られてきたメールについてはこれくらいにしておきましょう」
「そうだな。俺としても、そろそろ地曳殺人事件についての金泉の推理も聞きたいところだしな」
「はい。私が考えた推理では、地曳さんを殺したのは天王野さんで間違いないでしょう。その主な理由としては、地曳さんが殺された日の晩に天王野さんが私に電話をしてきたこと。そして、海鉾さんと冥加さんを殺した容疑がかかっていることなどが上げられます」
「天王野から電話が……? 続けてくれ」
「まず、現代において事件も事故も起きないことになっているというのはお分かり頂けていると思いますが、そんな中で今回の二つの事件は起きてしまいましたわ。つまり、犯人は何らかの手段を使用して様々なセキュリティシステムをかいくぐり、殺人を犯したということになりますわ。このことから、犯人は複数人ではなく単独である可能性が高いということが分かりますわ」
「ん? 殺人はともかくとして、犯罪をするなら、一人よりも大勢で行動したほうがいいんじゃないのか? ドラマとかでは秘密結社が絡んでいたり、闇の組織が関係していたりするだろ?」
「まあ、それはあくまでドラマのストーリー上のものでしかないですので、現実とは大きくかけ離れたもののほうが多いですわ」
「そうなのか」
ドラマなどのテレビで放送されている番組には列記とした警察も登場するし、そういう部分から現実とは大きく環境が異なる。それに、ドラマなどのテレビで放送されている番組に登場する警察は非常に優秀であり、その記憶が全世界の人たちの潜在意識に組み込まれ、『この世界に警察がいない』という真実を拒絶しているに過ぎない。
……この話はあまり掘り下げないほうがいいかもしれない。
「ええ。つまり、結論から述べますと、この場合は単独で行動したほうが遥かに安全なのですわ。もちろん、単独で殺人を犯すとなれば効率は悪くなり、膨大な時間がかかると思いますが、それと同時に、離れた場所に仲間が分散するということもないのでセキュリティシステムや第三者の通行人に目撃されにくくなるということになるのですわ。それに、それだけの大事をするとなると、裏切ったときの見返りもそれなりにあるでしょうから、複数人で行動すればするほどリスクは跳ね上がるというわけですわ」
「なるほどな。それで、海鉾と冥加を殺したとされている天王野は単独で地曳を殺したということになるのか」
「その通りですわ。これだけでも充分な結論と言えますが、天王野さんに言ったところで本人が自白するとは思えませんわ。それに、これ以外にもまだ、先ほど言ったような裏づけがありますし」
やはり、できる限りFSPのことを伏せつつ、遷杜様に私が考えた推理を説明するというのは疲れる。本当は思ってもいないことをあえて言ったり、少々嘘を交えながら言うというのも、若干罪悪感に駆られるし。
「地曳さんが殺された日の晩、天王野さんは私に電話をかけてきましたわ。そのときは大したことではないと思い、軽く考えていたのですが、よく思い出してみれば、あれは地曳さんを殺した後のことだったのでしょう」
「どういう意味だ?」
「天王野さんが電話をしてきたのは、地曳さんから二通のメールが届いた後。つまり、一通目のメールをダイイングメッセージ、二通目のメールを偽造メールと仮定するなら、すでに地曳さんは殺された後ということになりますわ。そこで、天王野さんは、私に電話をかけることで、さらに捜査をかく乱しようとしたのだと思いますわ」
「だが、捜査をかく乱するにしても、それはなぜ金泉限定だったんだ? 別に、俺のところには天王野から『は』電話は来ていないぞ? たぶん、俺だけでなく、他のやつらにもな」
「これでも私は天王野さんとそれなりに仲がいいですからね。もしかすると、事件が起きたと知った私がこうして推理すると考えたのではないですか?」
「俺にはよく分からないな」
「と、とにかく、これはあくまで推理でしかないので、確証はないのですわ。ですが、結局のところ、天王野さんの思惑は無駄に終わったということになりますけど。こうして、私と遷杜様は天王野さんが三人を殺した犯人かもしれないというところまで突き止めてしまったのですから」
「まあ、俺は聞いているだけで、ほとんど金泉の推理だがな」
「いえ、遷杜様に聞いていただけるだけで、私としても改めて推理の整理ができましたし、地曳さんから送られてきたメールのこともありますから、遷杜様が推理にまったく貢献していないとは思えませんわ。むしろ、遷杜様がいなければここまでの推理はできなかったでしょう」
「そ、そうか?」
「ええ」
そのとき、遷杜様は普段なら見せないような、妙に驚いた表情をしていた。いや、『驚いた表情』というよりはむしろ、『恥ずかしがっている表情』や『照れている表情』といったほうが正しいかもしれない。
私は何で遷杜様がそんな表情をしているのか分からず、軽く小首を傾げた後、特に気にすることなく、続けて遷杜様に話しかける。
「それでは、これで話せることは一通り話せたことになりますけど、遷杜様からは何かありますか?」
「そういえば、冥加や海鉾をあんな姿にした凶器について、まだ説明がなかったな。さっきの金泉の言い方だと、その凶器の正体すら掴んでいるように思えたのだが」
「あ、そうでしたわ。私としたことが、すっかり忘れていましたわ。申し訳ありません」
「説明してくれるのなら、俺は別に構わないが」
私としては、できれば特殊拳銃の存在を遷杜様に教えたくはなかった。でも、口が滑ってそれが存在していることを言ってしまったのは私の責任だ。それに、これを機会にして、遷杜様にも特殊拳銃を渡しておくというのも手かもしれない。
もし、天王野さんがさらなる犯行に出たときや、土館さんが殺人を犯そうとしたとき、その対象が遷杜様だったら遷杜様に人生最大の命の危険が及んでしまう。そのためにも、護身用として常日頃から持ち歩いてもらったほうが安全に決まっている。
そう考えた私は、遷杜様に3Dプリンターがあるかどうかを確認した後、3Dプリンター用の特殊拳銃のデータを転送する準備をした。そして、私が何をしているのか理解していない様子の遷杜様に言う。
『今から、遷杜様のご自宅にある3Dプリンターに特殊拳銃のデータを転送しますわ。あと、透明な強化ガラスの設定を変更できるパスワードを遷杜様のPICに送りますわ。万が一のことがあった場合、これらをお使い下さい』