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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第一章 『Chapter:Pluto』
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第一話 『不帰』

『そのとき、世界中では数多くの惨劇が起こっていた。俺たちはそれらの惨劇を食い止めるために、そして、二度と繰り返させないために、そのプロジェクトを開始した』


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


 どこからともなく一つのアラーム音がうるさく鳴り響き、それが聞こえてくる。俺は眠っていたのか、それとも気絶していたのか。どうやら俺の意識はいつからなのか、知らないうちに途切れていたらしい。そんな俺はそのアラーム音を聞いたことによって意識を取り戻し、目が冴えてくると同時に今自分がどのような状況にあるのかを周辺のことから順番に一つずつ調べ始めた。


 俺にとって目覚まし時計の代わりとして機能したそのアラーム音の正体は、今や全世界の人々が個別IDやその他の個人情報などの所持と管理のために一機ずつ常備している『PIC(Personal Information Clock)』と呼ばれる、第三次世界大戦終戦以前に存在していた腕時計のような外見の端末が、誰かから俺にメールが届いたことを知らせるためのものだった。


 いったい、誰が俺にメールを送ってきたのか。そして、そのメールの内容はどのようなものなのか。俺は周囲に鳴り響くそのアラーム音を消そうともせずにそれらについて考え、しばらくした後、それとはまったく別の行動に出た。いや、今の俺にとってはメールの内容を確認することよりももっと重要なことがあった。だからからこその、その行動だった。


「……ここは……どこなんだ……?」


 周囲を見回し、辺りの状況を確認する。俺は月の明かりも街にある建物の光もほとんど差し込んでこない、真っ暗で静かな人気のない人工樹林の中にいることが分かった。


 戦争のせいで動物や植物をはじめとして細菌などもその大半が絶滅してしまい、俺が住んでいるこの街に限らず多くの指定区域では一定間隔で、こうした『外見は樹木の空気清浄機』が広範囲に渡って設置されている。今俺がいる人工樹林もその内の一つだ。


 俺が知る限りでは、俺の自宅から一番近い人工樹林は俺が普段日常的に利用している学校までの通学路にあったはずだが、正直いって、そんなところに行く理由も目的もない俺にとってはまったく関係のない場所だ。それなのに、何で俺はこんな時間にそんなところにいるのだろうか。


 何か理由や目的がなければ意図的にこんな場所に来たりはしないし、それ以前に、夜中に寝ぼけて無意識のまま出歩くなんてことがあればPICがそれを感知し、アラームを鳴らすなどして俺のことを起こして異変を教えてくれるはずだ。しかし、それだと今俺がこんなところにいる理由に説明がつかない。


 再度一通り辺りを見回したが、他に誰かが近くにいるわけではなく、人間以外の生命体もいる気配がしなかった。というか、見回す限り真っ暗だったので当然といえば当然だが、辺りはまさに黒一色で何も見えなかった。だが、その事実が俺の不安をより一層駆り立てることになった。


 なぜ、自分はこんな時間にこんな場所にいるのか。その理由を考えてもまるで導き出すことができず、誰かに答えを教えてもらうこともできない。俺は仕方なくPICの表面にあるタッチパネルを操作して、先ほど俺に届いたメールを確認することにした。


 俺がこんな時間にこんな場所にいることの理由をそのメールが教えてくれるとは思わないが、それでも、分かる範囲のことから調べていかないと余計に混乱するからな。


 PICを取り付けている左腕を軽く上げ、俺がタッチパネルを操作したことによってうるさく鳴り響いていたアラーム音が聞こえなくなる。それと同時に、暗くて何も見えなかった空間に明るい立体映像が小さく映し出された。


「何だ、地曳か。珍しいな」


 俺にメールを送ってきたのは、地曳赴稀(じびきふき)という同じクラスの女の子だった。その地曳も含めて俺には同じクラスで仲がいい友だちが八人おり、その八人と俺で一つのグループのようなものを作っている。正直な話、地曳はその中でも少し浮いている感じのやや異質な雰囲気の女の子だ。


 そのため、この俺も他の友だちに比べると地曳とはあまりまともな会話をしたことはない。だからこそ、そんな地曳が俺にメールしてくるなんて珍しいと思ったわけだ。


 俺はさらにPICを操作し、メールの文面が表示される画面を開いた。メールの差出人や件名、受信時刻や文面。一見、何の変哲もないただのメールの情報を表示しているだけのその画面だった。しかし、今回ばかりは俺はそれらを見た直後にはその文面の意味がよく分からなかった。いや、これだけの内容で分かってしまう人がいたら、将来は刑事か探偵にでもなったほうがいいとすら思えるほどだ。


 まるで理解が追いつかないまま、真っ暗な人工樹林の中でただ一人、俺はメールの文面を読み上げた。


「『この世界は昨日から作られた』……?」


 俺が知っている地曳はこんな風におかしな内容のメールを友だちの男子に送ってくるような女の子ではないはずなのだが……もしかして、これは心理テストとかそういう類いのものなのだろうか。『このメールを読んだあなたは何を思い、何を感じましたか』とかいうアレなのだろうか。


 そうだとすると、あと何か一言か二言くらい説明があってもよさそうなものだが……まあ、あとで遷杜にでも聞いてみるか。あいつなら、今みたいにに俺が分からないことだったとしても、一緒に考えてくれるだろうから、そのうち何かわかるだろう。


 ……いや、待てよ? 実は、それこそが地曳の狙いなのではないだろうか? つまり、これは『このメールを読んだあなたは何を思い、何を感じましたか』を判断する心理テストなどではなく、『このメールを読んだあなたはこれをどのように捉え、誰に意見を求めましたか』という心理テスト的な何かなのではないか、ということだ。


 どちらにせよ、明日学校に行ったときに直接本人に聞けば済む話だ。俺は心理テストとかそういう類いのものにはあまり興味がないし、今どきこんな心理テストなんて信じているやつがいたことに正直いって驚きだ。それでも、これをきっかけとして地曳との親交を深められればそれはそれでよしとするか。


 俺は今自分が置かれている状況を解明するという本題から少し脱線してしまったことを思い出し、再びPICを操作して、今度はメールの文面が表示されている立体映像の画面を消した。


 本題についていくら考えようとしても俺が知りうる情報が少ないのなら、それも完全には叶わない。だったら、余計な時間をこれ以上消費しないためにも、一刻も早く家に帰るべきだろう。


 そう考えた俺はわずかに明るさを感じられた後ろを振り返り、すぐさまこの薄気味悪い人工樹林の中から出ようとした。しかしそのとき、不意に俺の右足のつま先に何か硬い物体が当たった感触がした。


「……ん?」


 どうせ根っこに見立てた人工樹木の一部か何かだろうと思っていたが、それにしては妙に形が整っており、思いのほか硬く、足で蹴ってみても移動させることができた。根っこに見立てた人工樹林の一部なら、これらのことはできないはずだ。


 不思議に思った俺は腰を屈めて暗闇のなかで手探りでその『何か』を手に取った。そして、夜空に浮かぶ雲が移動してくれたことによってできた、かすかに月の明かりが差し込んでくる少し離れた位置に手を持っていき、それの正体を確認した。


「……何だよ……これ……!」


 俺が手に取ったその『何か』は、まぎれもなく『大量の血が付着している一本のナイフ』にほかならなかった。映像や模型以外で、擦り傷や鼻血以外で、初めて肉眼で生の血液を見た俺はそのナイフを手に持ったままどうしたらいいのかが分からなくなった。また、恐怖心と不信感によって全身が小刻みに震えていく。


 なぜ、こんな人気のない人工樹林に血まみれのナイフが落ちているんだ? それ以前に、この血は誰のものなんだ?


 次の瞬間、誰でも考えるような俺のそんなありきたりな疑問は、たとえ冷静であったとしてもまず予測できない方法によってすぐに解消された。


 先ほどまではまったく気がつかなかったが、血まみれのナイフを拾って見たことによって少しばかり神経質になったからなのか、俺は背後から何者かの気配を感じ取った。そこは、俺が意識を取り戻したときに正面を向いていて、真っ暗だったために何も見えていなかった場所だった。


 俺は恐る恐る後ろを振り返り、その方向を見る。するとその直後、タイミングよく月の明かりがそこを明るく照らし、先ほどまでは俺に姿を見せることのなかったそれがその全体像を現した。


 そこには、つい先ほど俺に一通のメールを送ってきた友だちの女の子である地曳赴稀の姿があった。しかし、そこにいた地曳の姿は普段の俺や他の友だちが知っている地曳の姿とは大きくかけ離れたものだった。


 彼女はすぐ後ろにあった人工樹木に背を預けて、ぐったりと力なくそこに座っている。そして、彼女の全身には着ている制服越しでも分かるくらいにいくつもの大きな切り傷や刺し傷があり、そこからは大量の赤い液体が溢れ出ている。その赤い液体は人工樹林の地面に染み込みながら彼女の真下に大きくて真っ赤な水溜りを形成し、俺の足元にまでその赤い液体がゆっくりと近づいてきていた。


 そして、明かりの加減と角度の関係や髪の毛の乱れ具合などにより彼女の目が開いていたのかは確認できなかったが、口元は確かに確認することができた。


 地曳の死体はその残酷な光景を偶然発見してしまった俺のことを嘲笑うかのように、口が裂けてしまうほど横に大きく開けて笑っていた。人はどうやったら他人にここまで狂気を覚えさせるほど笑えるのか。地曳の死体の表情は俺にそんな疑問をもたせるほど不気味だった。


 しかし、そのときの俺はそれどころではなかった。今、俺の目の前には狂気を感じさせるほどに笑っていて、全身にあるいくつもの切り傷や刺し傷から大量の血液を溢れ出している友だちの女の子が『死んでいる』。さらに、俺の手にはつい先ほど足元から拾った、彼女を死に追いやったとしか思えない凶器のナイフがある。


 俺が驚愕し、恐怖し、発狂するにはただそれだけの情報だけで充分だった。いや、目の前で友だちが悲惨な姿で死んでいたというだけでその域にまで達すことは容易だった、といったほうがより正しいか。


「うああああああああああああああああ!!!!」


 俺は腹の底からこれまでに出したことのないほどの大きな声を出して、死に物狂いでその場から離れた。その拍子に、手に持っていた血まみれのナイフをどこかへと放り投げてしまい、それ以降、そのナイフや地曳の死体がどうなったのかは俺の知るところではない。


 だが、そのときの俺は目の前で見た残酷な光景に吐き気や眩暈さえも覚えるほどに恐怖していた。そのため、普段は移動手段として利用している自動運行バスが定時にバス停へ来るまで待つことができず、俺は無我夢中に全力疾走で自宅へと帰った。


 時間帯が遅かったからなのかその帰り道の最中、あまり多くの人とはすれ違わなかった。それに、これは俺の恐怖の感情が生みだした幻聴なのかそれとも実際に聞こえていたことなのかは分からないが、一人の人物から声をかけられた気もした。だが、あいにく俺はその人物に応対している場合ではなかったので、その人物の声がした方向を見ることなく、無視させてもらった。


 俺は自宅に帰るなり早々に自室へと駆け込んだ。そして、恐怖によって体が震えたり、残酷な光景を見たことによって吐き気がしていた気持ちを必死に抑えつけながら、ベッドの上にあった毛布に包まって考える。


 誰が何のために地曳をあんな状態になるまで切りつけて殺したのか。そして、なぜ俺は意識を失っていて、気がついたらその現場のすぐ目の前にいたのか。


 警察に通報するべきか、それとも誰か友だちに相談するべきか。いや、それだとこんな時間に無意味にあんな場所にいた俺が真っ先に疑われてしまうだろう。


 俺が犯人ではないことはこの俺がよく分かっているが、それでも他人に疑われるのは気分がいいものではないし、余計な罪を被りたくもない。それに、もしかすると今の友人関係を壊してしまうかもしれない。そんな想像をしているとなおさら誰にも言いたくなくなる。


 そもそも今の時代、殺人事件なんて起きるわけがない。もし殺人事件が起きていたとしても、警察がすぐにその犯人を見つけて捕まえてくれるはずだ。俺は犯人などではないのだからそこまで気に病む必要はないし、わざわざ余計な行動を起こす必要もない。


 いや、でも、しかし――、


「何で何で何で何で……」


 自室に篭り始めてから数分間、俺は明確な最善の解答を導き出せずに自問自答を幾度となく繰り返していた。一つ案が浮かんでもそれには何か問題がある。また、それとは別の案が浮かんでもそれには何か矛盾が生じる。そんなことがただただ続くばかりだった。


 そんなとき、突然のできごとによって完全に混乱していた俺のことをさらに驚かすかのように、またしてもアラーム音が聞こえてくる。そのアラーム音の発生源も当然、PICのメール受信機能だった。


 俺は恐怖によって震える手でPICの表面にあるタッチパネルを操作して先ほど同様にメールの文面が表示される画面を開いた。そして、それを見てしまった俺はさらに混乱し、もはや考えることをやめてしまいたくなるほどまでにわけが分からなくなった。


 『さっきのメールに深い意味はないから気にしないで。ごめん』。


 メールの文面はそれよりも一つまえのメールを取り消す、そんな些細なものだった。しかし、このメールは明らかに普通ではない。まさに、言葉通りの異常だった。俺はこれまで自分が見聞きしたことや考えたことの何もかもが信じられなくなった。なぜなら……、


 そのメールの送り主はつい先ほど俺の目の前で死んでいたはずの『地曳赴稀本人だったから』だ。

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