第13話:【前略、プラハにて……プロイセン外交特使】
皆様、こんばんわ~♪
執筆時間の捻出に苦労してる暮灘です(^^;
さてさて、今回のエピソードは……
史実とは少し違う運命を辿る小国と、史実では縛り首という最後を迎えた男の物語です。
実は史実とは似て非なる人生を歩む彼を待っているのは……
可愛らしい奥さん?(汗)
とにもかくにも登場人物が二人しか出てこない渋い類いのエピソードですが、お楽しみ頂ければ幸いッス☆
プロイセンの政治も30年代にはそれなりに波乱があった。
老齢によりヒンデンブルグ大統領の勇退後は、正反対の若い《ハインリヒ・ブリューニング》が大統領となるがその若さ故……経験不足が仇となり、彼の政権は終わった。
またその後は《フランツ・フォン・パーペン》が後釜となるが、内部離反により瓦解。短命政権に終わる。
更に後任で《クルト・フォン・シュライヒャー》が大統領の椅子に座るが、彼もスペイン内乱の後始末を終えると、健康上の理由で一期4年のみでその座を降りた。
そしてプロイセン国民の支持は、十分に下積みで経験を積んだと思われるハインリヒ・ブリューニングへと再び注がれ、38年より【第二次ブリューニング政権】が成立する。
今のところまだその第二次ブリューニング政権であり、この約10年の間に三人四回の大統領交代があった。
決して安定してると言えない政況ではあるが、それでもチェコあるいはチェコスロバキアよりは大分マシだと言える。
長期政権となった《トマーシュ・マサリク》の跡目を1935年は、身から出た錆という部分はあれど38年に【プロイセンへのズデーテン地方割譲】という外交的大敗北により引責辞任。
それを契機にチェコスロバキアでは民族独立運動が激化し、ベネシュの後を継いだ《ルドルフ・ベラン》はそれを治めきれず、チェコスロバキアの建国に携わった国や国境を接する関係各国はチェコスロバキアの混乱を良しとせずに、
【民族自立の原則に伴う独立自治を試行し、情況の鎮静化】
を促し、チェコスロバキアのチェコ/スロバキア/カルパト・ウクライナの三国に分離する事を提案する。
国際社会での孤立化を恐れたベランは、それを受諾する以外の選択肢は無かった。
ベランにしてみれば、国家運営に邪魔なスラブ人を切り捨てて今度こそボヘミアン(チェコ人)だけの国を作れるのだから、それはそれで悪くない……そう考えていた筈だ。
だが、事態はそう甘くは無かった。
39年11月、チェコはポーランドに宣戦布告され、自国領【シレジア】を占領された。
☆☆☆
【太平洋戦争】に掛かりきりだったアメリカも、ソビエトとCETO(欧州十字教条約機構)義勇兵団という形でフィンランドで戦っていた欧州西部各国も、自分達が関わっている戦争以外の面倒ごとを望まず、早期停戦を模索していた。
当然である。
別々の相手と、同時多方面作戦はどれほど戦力があろうと軍事的悪夢だ。
実はチェコ領シレジアを攻めたポーランドも、カルパト・ウクライナを攻め落としたハンガリーもこれは予想していた。
というより、強国が"自分達の戦争"で手一杯で即効性のある介入が出来ないこのタイミングを虎視眈々と狙い、わざわざ宣戦布告したのだ。
何故かれらが予想できたのか?
答えは単純だった。
事前にソ連から冬戦争に介入しないよう、内々に圧力がかかっていたからだ。
☆☆☆
そして、冬戦争をソ連の敗退&国際連盟からの追放という形で終わらせた欧州各国が、国連を通じて停戦を呼び掛けてきた時、ポーランドとハンガリーに断る理由は無かった。
彼らとしても、冬戦争で実力を示したCETO(特にプロイセン)と事を構える気は更々無かったのだから。
結論を言えば、チェコはシレジアを奪還できないままに停戦に合意する事になる。
不本意なのは当たり前だが、かといって国連の停戦呼び掛けを無視するのは不可能だった。
チェコに継戰する余力はなく、シレジアを単独で奪還する戦力は無かったからだ。
そう、形の上では停戦だが、シレジアをポーランドに削られた以上、勝ち負けで言うなら負け戦だった……
そして……
敗戦の責任を取る形で、国民の支持と求心力を失ったベランもまた辞任に追い込まれた。
☆☆☆
38年、40年とどこぞの島国の首相並みに大統領の辞任が続いたチェコだったが、チェコスロバキアからチェコになって以降、数えて三人目の大統領が《エミル・ハーハ》であった。
彼が国民に期待されてる事はただ一つ、
【ズデーテン地方絡みで拗れたプロイセンとの関係修復/改善】
だ。
元々、親プロイセン派で知られていたハーハならそれが可能と期待されての大統領就任だった。
それは今のところ成功していると評価されていた。
第10話【機甲師団】にもチラリと書いたが、ハーハが就任して1週間もしない内に【武器相互輸出入協定】が締結され、同時に30万丁のMG26軽機関銃(ZB26分隊支援機関銃)の売買契約が結ばれたのだ。
それを皮切りに、僅か2年の間に大量の武器取引が行われていた。
例えばそれは、元々は初期型IV号戦車の主砲だった【75mm43口径長戦車砲】等もそうだ。
☆☆☆
冬戦争で遭遇したT-34やKV-1という"新たな脅威"に対抗する為に、プロイセンは現在の主力である【IV号戦車】に近代化改修を加えていた。
【IV号改型(Pkw-IVスペツァル)】の目的は、
【現状のT-34戦車となら正面から撃ち合える性能の獲得】
だった。
その骨子は、トラック用の直列6気筒を二つ繋ぎ合わせたGM製ディーゼル・エンジン(史実のM4A2用の410馬力)の搭載。
正面装甲を70mmに増厚した上に傾斜を加え、合致式の新型照準機にゲルマニウム・トランジスタ無線機を備え、シュルツェン(増加装甲)貼り付け用のラッチや発煙弾/照明弾発射器を増設した新型砲塔に換装。
更に主砲を同じ75mmだが、より砲身を延ばして威力を増した【75mm48口径長砲】に変更していた。
その為に余剰となった43口径長砲は、第10話に少しだけ出てきた【III号突撃砲】に転用された以外にも大量にチェコへと輸出された。
その戦車砲は、オリジナルのままではT-34にはとても太刀打ち出来そうもないチェコの【LT-38戦車】の発展型と組み合わされ、【新型の駆逐戦車(対戦車自走砲)】の主砲として生まれ変わっている。
その一例だけ見ても分かるように、血腥い匂いの充満する昨今の欧州事情を考えれば、最早チェコの国防はプロイセン抜きには語れなくなっていたのだった……
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「ハーハ大統領……もう一度だけ確認しますが、本当に我が国の"保護国"となる事はチェコ国民の総意と理解してよろしいのですね?」
そうプラハにある大統領官邸でハーハに確認するのは、まだ若く少々鼻に突くエリート臭はするが、ハンサムなゲルマン人だった。
名を《ヨアヒム・フォン・リッベントロップ》。
プロイセン皇国外務大臣の"懐刀"と呼ばれる切れ者で、このような裏取引じみた秘密外交を得意とする外交官だった。
リッベントロップという男は、個性派揃いのプロイセン外務省の中でもユニークな存在だった。
史実の彼は、30年にヒトラーと出会った事で破滅へと歩み始め、A級戦犯として絞首刑により生涯を閉じた。
しかし、このPPG世界では様子も勝手も違うらしい。
☆☆☆
先ずは、リッベントロップの簡単な略歴を記しておこう。
幼少から英才教育を受けて英語とフランス語に堪能、第一次大戦前はカナダでワイン商として成功して地元名士の仲間入り、英国の上流階級へのコネ作りに励む。
更に第一次大戦に参戦、ちゃっかり戦後プロイセン軍の重鎮である《ゼークト》将軍や後の前述のプロイセン首相パーペンとのコネ作りにも成功。
また戦傷による後方任務への配置転換によりコンスタンティンノープルの大使館付き武官なり、ベルサイユ条約(PPGではポツダム条約)の調印を間近で見た。
魑魅魍魎じみた不健全な精神の外交官達が魅せる、権謀術数の数々にリッベントロップが魅せられたのは、この時だと思われる。
戦後は貴族の娘と結婚し、自らもプロイセン貴族の仲間入りを果たし"フォン"を名乗れるようになったリッベントロップは、軍を退役しそのままより自分の才能を生かせる外務省へと入省した。
ちなみに史実のリッベントロップはかなりの恐妻家で、奥方は正確には貴族の血縁者でかなりの高慢な女……しばしば【マクベス婦人的】と評される程だった。
とぉ〜ころがギッチョン!
PPG世界のリッベントロップ、経済的には没落し、誇れるのは家柄だけとはいえ結婚したのは【ガチな貴族令嬢】だった。
幸い、リッベントロップはワイン商だった時代の貯蓄が大して使うアテもなくあったので、経済支援の見返りに妻にしたのだが……
いずれ詳しく書くかもしれないが……
世間知らずなのに質素な生活に慣れた年下の少女は、あまりに愛らしすぎた(笑)
実際、リッベントロップの愛妻家……というより度とネジが外れた溺愛っぷりはわりかし外務省では有名で、心配のあまり自分が不在の時は運転手と執事と使用人を連れないでの外出を禁じてるほどの箱入り(過保護)っぷりだった。
まるで"篭の小鳥"だが、この小鳥は自分が篭の中にいることに気付かない、あるいは気づいても気にしないタイプらしく、リッベントロップが帰宅して夕食時やベッドの中で優しく聞かせてくれる異国情緒溢れた土産話が何よりも楽しみという女性だった。
お陰でリッベントロップの死因は、PPG世界では縛り首でなく腹上死が断トツ候補と断言できるほど激しい物になり、ついでに子宝に恵まれたが……
それは置いとくにしても、リッベントロップの命運を変えたのは存外、何となくこのCVが某寿さんっぽい愛妻なのかもしれない。
☆☆☆
話をリッベントロップに戻すが、戦後のプロイセン政府はアメリカとの属国としての立ち位置の確立に次いで、イギリスとの関係改善が急務だった。
そのニーズは、まさにリッベントロップの得意分野……彼の才能と人脈が如才なく発揮できる分野だった。
であるからこそ、リッベントロップの軍→外務省入りはすんなり行ったのだ。
対英国の専属担当官はいくらいても困らないし、その上流階級と強いコネがあるなら尚更だった。
なので戦後のリッベントロップは、戦後は貴族のハクをつけて英国やカナダに再び再三に渡り渡航し、旧交のある英国上流階級と関係の復旧と更なる強化を図った。
実はリッベントロップが戦後に貴族の娘を嫁にした(少なくとも最初の)理由は、欧州上流階級との交渉をよりスムーズに行う為の【地位やステータスというカード】なのかもしれない。
☆☆☆
それは功を奏し、特に彼の商売人時代に培われた人脈作りやコネ作りは名人芸の領域であり、外務省対英部門でメキメキと頭角現していたリッベントロップは、当時外務省のナンバー2だったノイラートに見初められたのだ。
そして、彼を自分の直轄部下としてスカウトし多くのミッションを任せ、またリッベントロップは殆どを成功裏におさめた。
それが実績となり、リッベントロップがノイラートの跡目を継ぐ次期外相、【プロイセン最年少の外相】が確実視されていた。
(まあ、せっかくノイラート閣下の好意だ)
史実ではノイラートを引き摺り下ろす事を第一目標にしていたリッベントロップだったが……
どうやらPPG世界ではそこそこ以上に部下/上司の領分を守り、悪くない関係を築いていた。
何より、リッベントロップ自身が癒し系のクラリスの影響か、焦ってはいなかった。
(せいぜい、私のキャリアを更に彩って貰うとしよう。実績は有るに越した事はないからな)
彼は時間が自分の味方だという事をよく理解していたのだから。
(それにクラリスにいい土産話ができそうだ)
"にぱぁ〜"と微笑む愛妻を思い浮かべた途端に緩みそうになる顔を、気づかれないように苦労して抑えるリッベントロップだった。
次回へと続く
皆様、ご愛読ありがとうございましたm(__)m
史実とは無理な出世と引き換えに、割と平穏な生き方をしてるリッベントロップは如何だったでしょうか?(^^;
調べてみると、彼は元々は別にユダヤ人排斥主義者とかではなく、ナチ党有数の実力者ゲッベルスと敵対(というか、一方的に嫌われていた)為と、その持ち前の上昇思考からヒトラーの関心を買おうとして無茶な行動を連発して、最後はニュル裁判での絞首刑に繋がった……みたいな人物だったようです。
そこでPPGの世界観に合わせたらこうなってしまったと(汗)
何やら政治中心の話になってしまいましたが、次回はおそらくチェコ入りするクナイセン達を描けるかと(^^;
それでは、また次回があって皆様にお会いできる事を祈りつつ(__)




