プロローグ:"東方戦線"にて…
1943年、そこはかつてポーランドと呼ばれた土地だった。
だが、CETO軍と赤軍が数限りない砲火を交えたそこは、今は【オスト・クリーグス・ライエン】…
【東方戦線】
と呼ばれていた。
そこに一人の男が佇む…
果たして、"彼"にはどんな戦場が見えているのだろう…?
酷い時代というのは、どこの歴史にもある。
いや、むしろ"酷くない時代"という方が人類史としては珍しい。
例えばどこかの極東の島国は、戦後復興の理想が失われた途端に腐りはじめ、20世紀最後の10年で衰退の一途を辿り、ドジョウを名乗る男の手により短期間の間にトドメを刺されたように…
では、どうしてそうなってしまったのだろう?
☆☆☆
(全ての歴史には、必ず分岐点や分水領が存在する…)
重厚な戦車…相棒であるPkw-VI(VI号戦車)、通称【ティーガー】の車長用キューポラから半身を乗り出し双眼鏡を構えながら、そんな事を考えていたのは現代日本人では無かった。
それもその筈で今は1943年1月、場所はかつてポーランドと呼ばれていた土地だ。
しかし今では…
「"東方戦線"か…」
【プロイセン皇国】陸軍大尉の階級章をつけた彼、【キンベル・クナイセン】はそう一人ごちた。
**********
プロイセン、或いはプロシア。
それは我々の歴史では第一次大戦で滅んだ国であり、少なくとも2012年現在においても国名として復活を果たしてない。
しかし、どうやらこの世界では勝手が違うようだ。
おそらくそれは、プロイセン帝国の皇帝であったヴィルヘルム二世がほんの少し現実主義で民思いだったのか、アメリカが当時から世界の警察官たる事を無意識に思っていたのか、あるいはその両方か…
後に"第一次大戦"と呼ばれる戦い…その中期、アメリカが参戦已む無しに傾いていた頃、プロイセンとアメリカの間に秘密協定が結ばれたのだ。
☆☆☆
その内容は驚愕に値する物だった。
アメリカが敵対勢力として参戦し、欧州にその最初の兵団が乗り上げると同時に、プロイセン帝国は【アメリカ単独に"条件付降伏"】を行うというのだ。
その条件は、プロイセン皇帝の象徴皇帝化(統帥権を持たぬ立憲君主化)、同時に国家運営をアメリカに倣った大統領制と民主議会に移行。
本国外の権益/領地の無条件放棄。
海軍保有兵力の厳しい制限(プロイセンの海軍拡張政策が第一次大戦の一因) 。
代わりにアメリカが保証するのは、プロイセンの本国領土と国内の権益だった。
更に戦時賠償の最大限の軽減と戦後復興の非軍事経済支援もである。
言い方を変えるなら本国だけとはいえプロイセンは、1cmも領土を割かれず戦前のまま残るという意味になる。
☆☆☆
普通なら特にプロイセンと強く敵対し、歴史的にも因縁深い英仏露が黙ってる筈ないが、アメリカには特に英仏に対して秘策があった。
そう、第一次大戦の為に用立てた膨大な"戦費の貸付"だ。
簡単に言えば、アメリカはこう脅したのだ。
「こちらの言う条件を飲めば、貸し付けた戦費は100年ローンの無利子で元本のみの返済+無担保で構わない。しかし、従わないなら…」
と…
英仏にとっては頭の痛い問題だったが、二国揃って植民地政策という金食い虫のパワーゲームを世界規模で展開してる(若しくは覇権主義から降りない)以上、アメリカの提案はあまりに魅力的だった。
英仏は経済という現実の前に屈し、妥協まみれのプロイセン降伏を受け入れざるえなかった。
なおタチが悪いのは、極めて危険な隣国が戦後においてはアメリカの経済支配下に置かれる事は、英仏にとり都合の悪い話ばかりではないという現実だった。
また、一番反対していたロシアも戦費増大による更なる重税によりボリシュビキを中心とした国内で反乱が頻発しており、その押さえ込みの為に妥協せざるを得ない状態に陥りだしていた。
☆☆☆
こうしてアメリカは、第一次大戦において一兵の死者も出さず旧態依然とした【悪の帝国】をその威光だけで屈伏させ、"正義の民主主義"に改心させた【世界随一の正義と自由の国】という栄誉を手に入れ、更にはタフト政権の"棍棒政策"の頃より狙っていたプロイセン人達が掌握していた南米のプランテーション(コーヒー園)権益を無条件に入手。
【バナナ・リパブリック】をより完全な物にしたのだった。
正直に言えば、このプロイセンから巻き上げた数々の権益は、プロイセンからの戦時賠償や英仏からの戦費取り立てより遥かに巨大な富を後々生む事がわかっていたからこそ、アメリカはあっさりとプロイセンからの申し出を受諾したという背景がある。
アメリカの利益はまだある。
プロイセンが戦後の経済支配を受け入れる…そうなった以上、アメリカはいつでも欧州本土に【安心して乗り上げられる足場】を得た。
つまり、プロイセンは自動的にアメリカが欧州に直接打ち込んだ"楔"として作用する…つまり戦後の欧州各国は、常にアメリカの顔色を見て政策決定せねばならず、これこそが【アメリカ式の覇権主義】だったのだ。
☆☆☆
もうお分かりであろう…
アメリカがプロイセンから本国領土を奪わず、また意図的に陸軍や空軍の軍縮制限を設けなかったのは、ひとえに欧州に【アメリカの出先機関の役割を果たす"親米軍事強国"】を残すためであった。
第一次大戦が終わったのは公式には1918年とされるが、実際には最後の1年半の間にまともな戦闘はなく、戦後世界構築の為の不健全な政治交渉に費やされたと記されている…
また1919年、このプロイセンの戦後処理が決定した場所にちなんで、【ポツダム条約】と総称される事が多い。
**********
1920年代は、まさに【赤色の時代】だった。
戦艦ポチョムキンから始まった反乱は瞬く間にロシア全土を侵食、ボリシュビキの革命運動…"ロシア革命"へと繋がり、1922年に人類初の共産主義国家である"ソ連"、【ソビエト社会主義共和国連邦】を誕生させた。
それは世界に伝播し、例えばユーラシア大陸の東では毛沢東率いる"中国共産党"なる勢力を産み出していた。
また20年代のもう一つのトピックスと言えば、我々の世界では【世界恐慌】が1928年に発生したが…
しかし、これもアメリカのFRB(連邦準備基金)が比較的初期に手を入れたこと、またプロイセンが戦後に順調な復興を遂げており、僅かとはいえ【アメリカ国外の経済外郭団体】として余力があり、欧州へ不況が波及する際のストッパー(悪くてもリミッター)として作用した事により、史実程には酷い事にはならなかったようだ。
それでも世界恐慌とはいかないまでも"世界不況"という単語で止まる程度の世界規模の連鎖不況は起きたようだが、少なくともプロイセン・マルクが天文学的な暴落を起こし、「リュック満杯の札束でパン1斤」なんて事態にはならずに済んだようだ。
その裏側には、アメリカの経済支配が激しい見返りとしてマルクは国際通貨としては金本位ではなくドル立てが基本…という背景あった事は否定出来ない。
そんな状況では、
【戦時賠償に不当に苦しむアーリア人を救う為、我ら勇気持ち団結せん】
と高らかに歌い上げるナチ党の台頭など影形もなく、むしろアメリカとの連携を密にし、欧州でもいち早く不況より立ち直り始めた為、大統領名声がますます高くなるのだった…
**********
続く30年代は新たな動乱の予兆に満ちていた。
先ずは、スペイン内戦…
大規模な軍事衝突としては初めての共産軍との戦闘だったが、全てがうやむやの内に消えた。
ただ、最後にスペインの実権を掌握したのがフランコ将軍だという事実のみが残った。
だが、これに心底肝を冷やした組織がある。
そう、バチカンを総本山とする【十字教】だ。
何しろ目と鼻の先で、"神殺し"の赤色国家が生まれかけたのだから無理もない。
そこで時のローマ法王は内々で各国の王公貴族達に親書を渡し、【反共十字教同盟】を呼び掛けた。
実際、これは護民権政権を打ち立てたムッソリーニがアテにできない(イタリアが攻められても赤色勢力に勝てない)事を見越しての決断…というのが一般の認識だった。
そして、1936年…
日本が国連を脱退したその同じ日の会議で、"CETO"…【クルセイデッド・ユーロ・トラスト・オーガニゼーション(欧州十字教条約機構)】が誕生する。
最初の加盟国はプロイセン/フィンランド/ノルウェー/スウェーデン/オーストリア/ベルギー/オランダ/デンマーク/フランス/スペイン/ポルトガル、そしてイタリアの12ヶ国だった。
他のソビエトと国境を接した国々が加盟しなかったのは、加盟その物がソ連が攻め込む口実になる事を恐れたからで、英国は【宗派的な問題】と説明した。
☆☆☆
30年代のラストを飾る欧州の動乱と言えば、非公式ながらCETOのデビュー戦ともなった(義勇軍名目で参戦した)1939年のフィンランドvsソビエトの"冬戦争"があげられる。
マンネルハイム・ラインを巡る攻防でCETOの中心的役割を果たしたプロイセン義勇兵団は、1万人に達する戦死者/行方不明者と引き替えに、数々の戦訓とロシア人の野望を半ば挫く事に成功した。
**********
(そして、近代史最大の海洋戦争の…)
1939年8月15日、とある戦争が勃発した。
アメリカの【軍事独裁者とクーデター政権に武力支配されたエンペラーと民衆を救え!】のスローガンの元に開始された米日戦、【太平洋戦争】が始まったのだ。
そう、その日の横須賀は炎に包まれた……
(アメリカから圧倒的な物量攻撃を喰らったあの小さな島国は……)
「あまりに儚い存在だったな…」
クナイセンがそう呟いた途端に、砲手用のキューポラが開き、
「何が儚いの? ご主人様♪」
ぴょこんと擬音が付きそうな感じで首を出した、白銀の短い髪が印象的な年端のいかぬ少年っぽい少女が興味深そうに聞いてきた。
「ん? かくも脆く儚くトージョーの夢と野望は消え去りぬ…ってな。ところで"レニ"…」
「ん? なぁに?」
きょとんとする少女にクナイセンは、
「いい加減、その"ご主人様"というのはやめないか? ここはバイエルンじゃなくて東方戦線で、屋敷じゃなくて厳つい戦車だ」
「ん〜…でも、どこにいてもご主人様はご主人様で、ボクはご主人様の性玩具であることは変わらないしなぁ〜」
クナイセンは軽い頭痛を感じながら、
「あのなぁ〜…お前は今やプロイセン皇国国防軍人で、俺の従兵兼コイツの砲手なの。お分かりかい? "ベルグカッツェ"伍長」
しかし、レニ・ベルグカッツェという名らしい少女は、クスリと無垢で幼い容姿にそぐわない淫靡な瞳でクナイセンを見ながら、
「だ・か・らぁ〜…【アハト・アハト(88ミリ砲の通称。ティーガーの主砲)】もご主人様の"主砲"もボクにお任せだよ♪」
「そりゃまた暇が出来れば任せるかもしれんが…」
「う・ふ・ふ〜♪ だってボク、【エウレカさん】にご主人様が長い軍隊生活で男色に走らないよう監視するミッション受けてるしぃ〜☆」
クナイセンははぁ〜っと長い溜め息を突くと、
「レニといいエウレカといい、なんでお前らはそう馬が合うんだ?」
「ん〜…」
レニは少し考えると、
「二人ともちっこくて平べったいから?」
「いや、流石に言い切られると…」
「でも、ご主人様ってボク達みたいな娘の方が好みでしょ?」
その小悪魔チックな笑みに堪らない魅力と白旗を掲げたくなるような衝動を感じながら、クナイセンはそっぽを向きながら…
「…否定する材料はないわな」
満面の…名字の通り"山猫"を思わせる猫っぽい肉食獣の笑みを浮かべるレニ。
しかし、その表情からやがて笑みは消え、
「ご主人様…空気が変わった。多分、直ぐに来るよ?」
クナイセンは小さく頷き、
「装甲中隊全車に通達。会敵まで僅か。エンジンに火を入れておけ。発砲は先ずは我から。初弾2発は合わせろ。後は各自の判断で撃て」
どうやら、ようやくクナイセンの"本業"が始まるようだ。
それにしても…
何故、彼らはここにいるのか…?
皆様、ご愛読ありがとうございましたm(__)m
いや、本当に読んでくれる人がいればいいなぁ~(汗)
このプロローグは、短篇【PPG プロイセン・パンツァー・グラネディア】を微修正した物になります(^_^;)
既にクナイセンとレニがドンパチやってますが、次話からはここに至るまでの流れをおっていけたらなぁ~と思ってます♪
それでは、また次回お会いできる事を祈りつつ(__)