第五話 非日常の存在との出会い
「くそ! ここもダメか!」
俺は、オーロラ色の壁を強く叩きながら、毒づく。
あの後、マリスから逃げながら、俺は逃げ道を探していたのだが、延々と壁だけが、続いていた。
「どうなってんだよ!」
俺は訳が分からず、オーロラ色の壁を叩いた。
そんな事しても、壁は依然として、不気味な沈黙を保っている。
「しかも……」
俺はチラッと、ある方向を見た。
その方向では、度々雷が鳴っていた。
「何なんだよ……」
今日は雨って訳でもないし(ていうか、今日の天気はずっと快晴だ)、一体全体何がどうなっているか、全く分からない。
「っ!」
ばっと振り向くと、マリスが静かに俺に迫っていた。
「くそ!」
俺は、疲れがたまり始めている足に鞭打って、再び走り出した。
姫夜は、刀―――雷切を構え、まっすぐマリスに向かっていった。
「はああああ!」
気迫と一緒に、姫夜は雷切をマリス達めがけて、横に一閃した。
すると、マリス達は真っ二つになって消滅した。
すぐさま、別のマリスが姫夜に襲い掛かってきて、腕を槍のように突き刺してくるが、姫夜はそれを難なく、空中にジャンプすることで躱し、そのまま雷切を地面に突き刺し、逆立ちの要領で体重を支えた。
「雷切……雷伝の舞!」
雷切から、雷が発せられ、刀身からそのまま地面に伝っていき、周りに群がっているマリス達に直撃した。
マリスの体に大量の電流が流れ、そのまま霧のように霧散した。
トン、と軽やかに地面に着地し、雷切を地面から抜く姫夜。
姫夜の周りのマリスは消えたが、さらにその周りには、マリスが未だに群がっている。
姫夜は、再び雷切を構えてマリスの群に向かおうとした時、
『姫夜ー、聞こえる?』
耳に付けたままの、無線機から声が聞こえてきた。声の低さから男性と分かる。
ここ数年の技術の発展により、音声による、雑音が殆ど無くなっていて、誰だか直ぐに分かるようになった。
「……何?」
この場に姫夜のクラスメイトがいたら、大層驚いただろう。
何せ男嫌いで有名な、姫夜が男の言葉に反応したからだ。
『実はちょっと頼みたいことがあるんだよねー」
「だから何? 私結構忙しいんだけど」
姫夜はそう言いながら、襲いかかってくるマリスを避け、雷切で斬りつけた。
『いやねー実は、凍結空間内にまだ人が残っていて-』
「なっ!?」
姫夜は驚いた。
凍結空間とは、出現したマリスを逃がさないために発生させる装置から出来る空間で、普通人間がその
範囲に居ない場合のみやるのだが、
「どうして! ちゃんと確認しなかったのっ?」
姫夜はマリスを斬りつけながら通信相手に怒鳴りつけた。
『いやあ、周囲に電波反応がなくてさー。さっきカメラで確認したら、少年らしき子が一体のマリスから逃げているのが分かってさー』
「っ」
凍結空間を発生させる際に、周囲に携帯電波が発生されているかどうか調べ、電波が確認出来ない場合のみ、凍結空間を発生させるのだ。
まさか、今のご時世、携帯を持ち歩かず出歩いている人間が居るとは思わなかったのだろう。
人の命が掛かっているのに、通信相手は飄々としている。そんな性格が嫌で、姫夜はこの者がだいっきらいだ。
『取り敢えずさー、そこにいるマリスを倒して、保護しに行ってくれる?』
「……了解」
『ホント―? お兄ちゃんうれしいぞ―』
「死ね! 莫迦兄!」
そう言って、姫夜は思いっきり雷切を振るった。
「もうー姫夜冷たいなー」
最新鋭の設備が整っている司令室の、司令官のみが座れる椅子に座っている男は、背もたれに背中を預けながら言った。
「こんなに姫夜の事大好きなのにー何がいけないんだろう?」
その性格だよ。と司令室にいるその男以外の全員の思考が一致した。最も誰も言わないが。
「取り敢えずお前は、その性格を直せ」
そう言うのは椅子に座っている男の後ろで立っている、白衣を着た男だった。
「しかし、あの少年……粘るな」
白衣の男は空中に投影されているモニターを見てそう呟いた。
モニターに映っているのは真司で、マリスの攻撃を紙一重で躱している。
「ほんとー。でも、何であんな所に居るんだろ?」
椅子に座っている男が真司を見ながら愉快そうに見ていた。
そんな男に白衣の男はこっそり溜め息をついた。
どうもこの男は人の不幸を見て喜ぶ性質を持っている。だからこそ妹に嫌われているのだが。
「おそらくは避難する場所が見つからず、逃げ遅れたんだろう。あの区域は近くにコンビニぐらいしか避難場所が無いからな」
白衣の男は真司が左手に持っているコンビニの袋を見てそう呟いた。
おそらくコンビニで買い物を終え、少し離れた所で警報を聞いたのだろう。
コンビニはシャッターをしめるのは人一倍早いからな、と白衣の男は呟いた。
「うーん。姫夜が来るまで持つかなー」
「……仕方あるまい。Code01と02は他の場所で戦闘中だ。今あの場で動けるのはCode03だけだ」
「うん……でも、これはある意味チャンスかな?」
「……何を考えている?」
白衣の男はじっと椅子に座っている男を見た。
二人は長い付き合いだが、偶に白衣の男は、男の思考が分からないことがある。
「いやー別にね?」
「おい」
白衣の男がやや険を滲みませながら言った。
そんな白衣の男に、椅子に座っている男は肩をすくめた。
「怒るなよー秋宮副司令」
「うるせ、殺すぞ橘司令」
この二人、本当に親友か? と、この場にいる全員が思った。
「はあはあはあ」
どれくらい走ったのか。もうそれすらも分からない。
唯、未だにマリスは追ってきており、それから俺は延々と逃げ続けていた。
家の家事をするために部活には入っていないのだが、それでも体力は人並みに自信はある。
しかし、その自慢の体力もそろそろ限界に近づいてきた。
(やばいな……)
マリスは各地で出没し、被害が出ているが、被害者が何処に入院したかは聞いた事が無かった。
それから推察するに、恐らく、
マリスに襲われた者で生き残った者は多分、いない。
そう考えると、今更のように背筋がゾッとし始めた。
「なっ!」
足下に違和感を感じ、俺は走るのを中断せざる終えなかった。
足下を見ると、自分の足首に黒い靄みたいなのが纏わり付いており、そこからずっと続いており、その方向を見ると、マリスが腕らしきもの伸ばしているのが分かる。
「うわ!」
足を引っ張られて、思わず俺は転んでしまった。
「くそ!」
慌てて立ち上がろうとするが、マリスはそれよりも先に、ズルズルと俺を引っ張り始めた。
「この!」
俺は何とか、足首に纏わり付いている靄を外そうとするが、何故かその靄は手をすり抜けてしまう。
「何なんだよ!」
足首に纏わり付いて、手では触れない? そんなインチキあってたまるか!
「!」
そうこうしているうちにマリスは目の前に来ていて、大きな口をばっくりと開けている。
口の中は何も見えない闇。唯ひたすらの闇だった。
食べられそうになった次の瞬間、
「はあああああ!!」
突如上空から叫び声が聞こえ、思わず上を向くと、何やら人らしきものが落ちてきた。
そして、そのまま人影はマリスをぶった切った。
「はっ?」
その光景に俺はポカンとした。
だが、考えてもみてくれ。足に纏わり付いて、手では触れられないものをいきなり斬りつけた人が現れた
んだ。思考停止してしまうのはしょうがないと思う。
で、斬られた肝心のマリスはそのまま霧のように霧散していった。
「あの! 大丈……」
俺は自分の命を助けてくれた恩人を見上げると、絶句した。それは相手も同じだった。何故ならば、
「橘……?」
「柊君……?」
クラスの男嫌いの女生徒が侍みたいな格好して手に持っている刀でマリスをぶった切ったからだ。