第三話 夜の風景
「ただいまー」
放課後、夕飯の買い物のを終え、俺は自分の家に帰宅した。
俺の家はかなりでかい武家屋敷である。
この武家屋敷は、今は亡き祖父母が遺した家で、両親がそのまま使用しているのだ。
最も、中身は両親が受け継いだ時にかなりリフォームされており、最新設備が整っている。
玄関で靴を脱いでいると、ドタドタと廊下を全速力でダッシュしている音が聞こえてきた。
またか、と内心毒づく。
次の瞬間、角から一人の少女が急停止した。
少女はまだ春先だというのに、Tシャツに短パンというものすごくラフな格好をして、長い髪をポニーテール状にしている。
少女は俺の姿を確認すると、ニンマリと笑ってそのままダッシュしてきた。
「兄ちゃんおかえりーー!」
少女はそう言うと、勢いをつけたまま飛び膝蹴りをかましてきた。
「……ふん」
だか、それを予想していた俺は少女が飛び膝蹴りをしてきた瞬間に右に逸れて難なく躱した。
そのまま、玄関である引き戸に当たるかと思ったが、引き戸の寸での所で新体操よろしくトンと、着地した。
少女はクルリと体ごと此方に顔を向けた。
その顔にある表情は罪悪感など皆無で寧ろ何処か悔しそうだった。
「ちぃい‼ 腕を上げたな兄ちゃん‼」
ほら、こんな事言っているし。
「何の腕だよ、つうか、いい加減帰る度に飛び膝蹴りするの辞めてくれない香織里」
「やだ!」
即答かよ。
柊香織里。
認めたくはないが、俺の義両親の娘の一人で中学三年生で俺の一つ下、つまり、俺の義妹だ。
香織里は前に話したとおり、ボーイッシュな性格をしており、色々な格闘技に手を出している。
そして、問題が発生すると、直ぐに暴力に出る(唯、決して女性には手を出さず、男……特に俺……だけを対象にしている)ので正直、将来嫁の貰い手が無くていつまでもこの家に居そうな気がする。
「兄ちゃん、何か変な事考えてない?」
「考えてねえよ」
相変わらず俺の思考だけは直ぐに気がつくよな。
ふと、俺は双子の姉妹の内、妹の方しか来なかったのに気がついた。
「なあ、姉の方は?」
「姉ちゃん? 姉ちゃんなら例のアレやっているよ」
「……マジカヨ」
思わず片言になってしまった。
「姉ちゃん、昨日の夜からずっと兄ちゃんに無視されて機嫌悪かったからな~」
香織里が呑気そうにそう言った。
「別に無視していた訳じゃ無いぞ。唯、時間が無かっただけだ」
「どっちにしろ同じだと思うけどな~ねえねえ、そんな事よりも今晩の晩ご飯は何?」
そんな事とか言うな。俺にとっては死活問題だ。
「てへ」
「お前がてへって言っても大して可愛くないぞ」
「ああ! 言ったな兄ちゃん! 乙女に向かってなんたる言いよう」
お前って乙女か? という単語が頭に浮かんだが、それは言わないでおこう。身のためにもだ。
「悪かった悪かった。お詫びという訳じゃないが、今日はお前の好きなハンバーグだ」
そう言うと、ぶすーとしていた香織里は一瞬でぱあと顔が明るくなった。
「ホント!? やったー!」
そう言って香織里はピョンピョンとはねて、喜びを体いっぱいに表現した。
はあ、全く本当に、
(単純な奴だ…)
そう思わずにはいられなかった。
「…………」
さて俺は現在ものすごい窮地に立っている。
香織里は俺の後ろに立っているが、特に手助けする気はないようだ。
俺は今、ある襖の前に立っている。本来ならば俺はこの部屋にいるであろう主に用があるのだが、
(……入りたく、無い)
何やらものすごい邪な感情がびしばし感じるのだが。
「兄ちゃん~早く入りなよ~」
おのれ香織里め。他人事とはいえ、なんと薄情な。義兄を助けるという選択肢は無いのか。
「無いよ」
さいですか。取り敢えず俺は一息ついて、そして襖をそろりそろりと開けた。
「うわ……小心者」
後ろで香織里が何か言っているがそんな事はどうでも良い。
「志織里?」
薄暗い部屋の中に俺はこっそりと声を掛ける。
ザクリザクリと何か布を切る音が部屋からは聞こえてきた。
(ああ、またやっているのか……)
アレをやり終わったと、片付けるの俺なんだよなーと考えながら俺は部屋に入っていった。
薄暗い部屋の中、暗闇に目が慣れてくると、俺は部屋の中央の床に座り込んでいる一人の少女が目に入った。
少女は着物を着て、長い髪を背中に垂らしている。背中をこちらに向けているので表情は伺えない。
「志織里? ただいま」
無反応。
「あのな志織里? 俺も何もお前のことを無視した訳じゃないぞ」
無反応。
「昨日は疲れていて、直ぐに寝て、朝は俺たちの弁当を作るのに時間が掛かって直ぐに家を出ないといけなかっただけなんだよ」
無反応。
「ああもう……志織里ゴメン。お前が好きな物買ってきてあげるから」
ピクッと反応あり。
食いついた。と内心ガッツポーズを決める俺。
「……何でも?」
少しして志織里が初めて声を発した。
「ああ。さすがに俺が手が出せない高級な物は無理だけど、基本何でもオッケーだ」
そこでようやく初めて志織里がこちらに体を向けた。
顔は香織里と全く同じ顔なのだが、その表情はどこか眠そうにしている。
手にはハサミを持っており、もう片手にそのハサミで切り刻んだらしき、ぬいぐるみを持っていた。
ああ、やっぱりやっているし。
柊志織里。
本当に認めたくないが、彼女は香織里の双子の姉で、俺のもう一人の義妹だ。
志織里は、成績優秀な優等生なのだが、性格に少々難がある。いや、少々どころではないかもしれないが。
まず、俺に異常にベタベタだ。俺が家にいるときは殆ど俺と一緒にいる。俺が部屋で学校の宿題をしていてもだ。
そして、機嫌が悪くなると、この子はあることをする。それは、
自分が持っているぬいぐるみを挟みを切り裂くという聞いただけで怖っとおもう所行だ。
おまけに志織里は態々切り刻むぬいぐるみを自分で買うので、基本安物だ。
ただ、その時に出たぬいぐるみの残骸と綿はすべて俺が掃除している。志織里にやれと言うとろくなことにならないからな。
「……駅前のロイヤルパフェの一番高いやつ」
ぐう! 痛いところを突いてくるな! この義妹は!
ちなみにロイヤルパフェとは、我が家の最寄り駅の近くにある喫茶店の名前でパフェが主体のお店で女性には大変人気な場所だ。
安いのは六百円ぐらいなのだが、一番高いのは二千円台だ。
「おっ、オッケーだ」
だが、一度言った手前、いきなり破る訳にはいかない。
「じゃあさじゃあさ! 私も私も!」
「おいこら待て香織里。何でおまえの分までごちそうしないといけない」
何が楽しくて四千円も一気に使わないといけないんだ。
「えー良いじゃん! それとも何、姉ちゃんだけにおごるって訳?」
「うっ!」
こう言われると痛いな。
俺は基本的にこの双子の義妹は平等に扱っている。そのため、どちらか一方に何か上げたら基本的にはもう一方にも何かをあげている。なので、
「……解ったよ」
結局折れた。
「やったー兄ちゃん大好き!」
そういって香織里は俺の背中に飛び込んできた。って、
「ぐお! あっ、危ないだろ!」
いくら女子だからといって、もう中三の女子の体重は無理だ。
「あ-! 香織里何しているの!?」
志織里が大きな声を出してこちらに詰め寄りかかってきた。
「こら! 今すぐお兄ちゃんから離れなさい!」
「え~やだよ~だ」
香織里はさらに俺によじ登ってきた。
「ちょっ、香織里、危ないって」
「大丈夫大丈夫。兄ちゃんはそんな柔じゃ無いって」
いや、おまえに比べれば柔だよ!
「はーなーれーなーさい!」
志織里は志織里で俺の服を掴んでぶんぶんしているし、ああもう。
「お前ら! いい加減しろ!」
俺がそう怒鳴ると、二人はぴたっと止まった。そして、香織里はそろりと俺の背中から降りて、志織里は俺の服を離した。
そして、二人は俺の目の前に並ぶと、
『ごめんなさい!』
二人同時に頭を下げ、謝った。
うむ。ちゃんと謝るのはお兄ちゃん嬉しいぞ。
「さて、俺は着替えたら晩ご飯の用意するから待ってろよ」
『はーい』
うん、本当に仲がいいな。