第二話 昼の風景
「真司! 昼飯食いにいかねえか?」
昼休み、四時限目の教科書を片付けていると、秋山がそう言ってきた。
(さて、どうするか…)
秋山がいう昼飯は、恐らくここの学食だろう。
俺も、何度か世話になったが、ここの学食はメニューが多く、その上料理の質がかなり高い。そのため、かなり高い人気を誇っている。
(けどなあ…)
実のところ、俺は今日は弁当を持って来ているので学食に行く理由が無い。
おまけに、ここの学食、人気が高いせいで、昼時はかなり混雑しており、弁当を持ってきている俺はあまり行きたく無いのだ。
「柊君、一緒にご飯食べない?」
学食に行くかどうか悩んでいると、後ろから声を掛けられた。
後ろを振り向くと、橘がお弁当を片手に立っていた。
「橘?」
俺はかなり驚いていた。
普段はそこそこ話すが、今迄向こうから誘って来るなんて初めての出来事だ。
もちろん、俺から誘うなんて事もない。
どうしたものかと、悩んでいると、秋山がワナワナと震えながら俺を見ていた。
「秋山?」
「この……裏切り者のおおおぉ‼」
いきなりそう叫ぶと、秋山は泣きながら脱兎のごとく、走り去って行った。
「何なんだよ一体……」
「柊君、ご飯食べよ」
突然の事で呆然としていると、橘は何も無かったふうにまた聞いてきた。
「いやまあ」
まあ、いいか別に。秋山はどっか行っちまったし。
「分かった。良いよ」
そう言うと、橘は嬉しそうになったのは、俺の見間違いだろうか。
「うわあ、真っちのお弁当凄く美味しそう‼」
「そうか?」
所変わって学校の屋上(この学校は昼休みのみ屋上が開放される)。
あの後、橘は山代と他数名の女子を誘った。山代はともかく、他の女子は俺と食事をする事を嫌がらないかと思ったが、これが以外にも、あっさり受け入れられた。
理由はよくわからないのだか、
「柊君ならねえ~」
「ねえ~」
との事らしい。
そんなこんなで橘たちと弁当を食べていると、山代が俺の弁当を見て、目をキラキラさせている。
「うん。ほんとほんと」
「おいしそうだよねえ~」
周りの女子達も俺の弁当を見てそう言った。
俺の弁当は白米に、唐揚げが数個、後は野菜炒めが少々といったメニューだ。至って普通だと思うが。
「ううん。どのおかずもきれいに見えるからとてもおいしそうに見えるよ」
一人の女子がそう言ってきた。
「ねえねえ、このお弁当って誰が作ったの?」
山代が興味津々に聞いてきた。
「俺だけど?」
そう答えると、女子達が固まった。
「ん? どうしたの」
『なっ……』
「なっ?」
『なんですとーーーーーー!?』
「ぐお!?」
女子達が一斉に叫び、俺は思わず耳を塞いでしまった。
唯一橘は自分の弁当を黙々と、食べていた。
「なっ何だよ?」
戸惑いながらも、俺は女子達に質問した。何なんだよ……。
「こんなおいしそうなお弁当を作るなんて……!」
「俺の家が両親がものすごく忙しくて、俺が基本料理担当なんだよ」
俺には色々訳あって両親がいない。その為、母の知り合いの家に引き取られたのだ。
その家に先程言った、双子がいたのだが、まあそれは置いとく。
その両親はものすごくいい人なのだが、何分ものすごく忙しい。何せ中小とはいえ社長をしているのだ。忙しくないわけが無い。
そんな訳で、両親はあまり家にはいない。
基本家事は全て俺がやっている。
「へえ~十六なのに柊君すごいね~」
一人の女子が感心したように呟く。
「そうでもないさ。覚えれば誰でも出来るしね」
「そうであっても、それをやろうとするなんてびっくりだよ」
そうかね。
「そうだよ」
と今まで黙っていた橘がそう言った。
「私も基本家では一人だから家事をしているけど、他に家族がいたら、やらないと思うよ」
「あれ? 橘の家って両親は?」
俺がそう聞くと、橘は若干表情を曇らせた。
「うちの両親……今は何処にいるかどうか分からないんだ」
「そうか……」
場の空気が何となく悪くなり始めてしまった。
「とっ所で、何で姫っちは今日真っちを誘ったの?」
場の空気を変えようとしたのか、山代が話題転換した。
「えっああ。そう言えば何で?」
山代の意図を理解し、俺も便乗した。実のところ、俺も何で橘が俺を誘ったのか気になっていたのだ。
「うん…考えて見れば柊君に私のピアノ聞かせたこと無いと思ってさ」
成る程、そう言えば今まで一度も聞いた記憶が無い。
「だから、お昼食べた後、聞いて貰おうと思って」
「……あれ? でもピアノは…」
「大丈夫。先生に言えば音楽室の鍵貸してくれるから」
「……さそうで」
さすが優等生の鏡。教師の信頼も厚いな。
「うわ、見てみて、これ」
女子の一人が携帯をこちらの方に向けながらそう言った。
他の女子達と一緒にそれを覗くと、
「ああ、マリスか」
マリス。
十年ほど前から出現を確認され始めた、世界規模の特別災害個体の総称だ。
俺が巻き込まれた大規模火災もマリスによるものだそうだ。
マリスは未だにどうやって出現するか、どうやって倒せるのかは未だに不明である。
この日本にもマリス専用の特別専門災害対策チームがいるらしいが、成果が挙がっているかどうかは俺には分からない。
女生徒が見せたのはマリスの被害がでたというニュースでアメリカでかなりの被害が出たそうだ。
「マリスか…正直私見たこと無いんだよね~」
山代がタコさんウインナーを食べながらそう言った。
「確かに、マリスってどんな姿をしているのか全然分からないんだよね」
これは本当である。マリスが出現した場合、完全な報道規制が掛かり、マスコミが入れるのは全てが終わった後なのである。だから、マリスがどういう姿をしているのかは普通の人は分からないのである。
俺自身、あの日見たのがマリスなのかは分からないしな。
「けどけど、マリスっていつ何処で出現するかどうか分からないんだよね? それじゃあショッピングも迂闊にできないよね~」
「…そうね。常に油断して駄目よ」
橘がふとそう言った。
その表情は抜き身の刀のように鋭かった。
「こんな所にピアノがあったとはな……」
「此処は音楽選択者の内、ピアノを選択している人しか来ないからね」
そう言って、橘はグランドピアノの蓋を開けた。
あの後、昼飯を食べ終わり、他の女子達とは別れ、俺と橘はピアノがある部屋の鍵を借りに職員室まで行った。
普通、授業以外でこういう所を借りる場合、教師の同伴が必要のはずたが、橘の優等生っぷりを知っているせいか、よく借りているからかは分からないが、教師に手渡しで返す様にとの事で、教師はついて来なかった。
「さてと、早くやろっか」
確かにあと三十分ほどで昼休みは終わってしまう。
「じゃあ、あの曲で良いかな?」
橘が言うのは、朝見せた桜と春をテーマにした曲だろう。
「ああ」
そう言って俺は手頃な場所にあった椅子を引き寄せ座った。
「さてと……」
そう呟くと、橘はピアノの椅子に座り、指をグッパグッパして、構えた。
「…………」
黙り込み、一気に真剣な顔になった。
そんな橘を見て、俺も耳を澄ませた。
「それじゃあ、行きます」
そう言って橘は弾き始めた。
そして、数分後、橘は弾き終わった。
「どう、かな?」
橘はそう言ってこちらに寄ってきた。
「……」
大して俺は何も言えなかった。
「柊君…?」
「えっ?ああ、うん良かったよ」
俺はどもりながら言った。
「柊君……?」
橘が不思議そうに俺の目の前まで近づいて、不思議そうに俺の顔を見た。
先程言ったように橘は美少女だ。当然、俺も至って健康な男子だ。
なので、橘が俺の目の前にいると、俺も何となくどぎまぎしてきた。
「どうして泣いているの?」
「えっ……」
俺は頬に手を当てた。すると、
「あれ、何で……」
確かに俺は泣いていた。正確にいえば、右目だけだが。
「大丈夫?」
橘が心配そうに言った。
「ああ。大丈夫だ」
俺は涙をぬぐいながらそう言った。
何で俺が泣いたのかはいまいち俺にも分からない。唯、唯一気がついた感情は、
(何で橘のピアノを聞いて、懐かしいなんて思ったんだろう)
懐かしさと、悲しみだけだった。
その後、釈然としない感じが拭え無かったが、そのまま俺と橘は教室に戻った。