第一話 朝の風景
「ふあああ、あ」
欠伸をしながら、俺こと柊真司は学校への道を歩いていた。
西暦2043年のある日、日本の東京のある一角で大規模火災が発生した。
その火災により死傷者は千人は軽く超えると言われ、その地域は未だに復興作業が進んでいなかった。
何故俺がこんな事を話しているのかと言えば、実のところ、俺もあの火災にいたのだ。
その証拠に俺の腹には未だに大きな傷痕が残っている。
あの時、俺は大きな怪我を負った。現代の医療技術でも絶対に助かるはずがない怪我の筈だった。
しかし、現に俺はこうして生き残っている。
しかも、何故か俺の傷跡はいつの間にか塞がっていたのだ。
これは医師にも未だに理由が分からないらしい。
まあ、助かったのだから対して気にはしない。其れよりも俺の心に残っているのは、
あの人が生まれて初めて約束を破ったことだ。
あの時、あの人から貰った鞘はいつの間にか消えていた。あの時俺は意識が朦朧としていたから、変な幻覚でも見ていたのだろうか。
二年も経つのだから、正直心の整理をつけてもいいのだろうが、俺は未だあの人との約束は忘れられない。
……また会おうな。約束だ……
「…っ」
何だよ、約束破るなよ。あんたは約束破ることが一番嫌いだっただろ?
なのに何で約束破っているんだよ。
其処まで考えて、俺はため息をついた。
いかんな、考え方がまたネガティブになっている。
取り敢えず俺は、若干遅刻しそうになっているので、やや足早になった。
「よぉ!真司」
学校に着き、教室に入って席に座ると、声を掛けられた。
後ろを振り返ると、クラスメイトの秋山がこちらに近づいてきた。
「おう、おはよう」
秋山は俺の席の近くに立つと、ニヤニヤしながら言った。
「なあなあ、真司。彼女とはどこ迄いった?」
「は?」
何の事だ?つか、誰だよ彼女って
すると、秋山はさらにニヤニヤしながら、俺に肩を組んできた。
「だから、お隣の麗しのお姫様とだよ」
「はあ?」
何だかよく分からなかったが、ふと周りを見ると何故がクラスにいる全員が聞き耳立てていた……何だよ
全員して。
秋山が言っているのは俺の隣に座っている女生徒の事だろ。
その女生徒はまあどちらかと言えば、異常な方だろう。それでものすごい美人で、あまり付き合いにくい人間なのである。
「で、どうなんだよ?」
そして、俺はその女生徒とまともに話せる男子生徒は俺だけなのである。
それ故、よくその女生徒とも話すので周囲からは仲がいいと思われているのである。けど、
「あほらしい」
秋山を振り払ってそう言った。
「何だよ」
「前々から言っているけど、俺とあいつはそんな関係じゃないからな」
唯、仲が良いだけだ。決してそんな仲じゃない。
「そうかねえ……」
何だその含みを持った呟きは。
再び抗議しようとした瞬間、俺はその抗議を中断せざる終えなかった。何故ならば、
「メール……」
メールが来たからである。仕方なく、携帯を開き、メールを開いた。
「……うっ!」
マジかよ。
「どうしたよ……うわっ」
俺の表情を見て、何事かと思ったらしく、秋山が俺の携帯を覗き込んできて、同じくうめいた。俺と秋山がうめいた理由は、
「すげえ文章の量」
そう、決してメールなんかで送る文章の量では無いのだ。そして差出人は、
「って、やっぱりあいつかよ」
俺には妹的な存在の双子いのだが、メールを送ってきたのはその姉の方だ。
その双子、例によってものすごく変人の部類に値する。
まず妹の方は武道が大好きで、柔道とか空手などをやっている。
そこまでならどこかにいるボーイッシュな少女で済むのであろう。ただこの妹、どうも物事を何でも力で解決しようとする頭であって、俺もその被害に何度も遭っている。
姉の方は、妹よりもさらに変人だ。
この姉は、頭は全国模試トップクラスの領域にあり、妹の力、姉の頭脳といった風に双子で担当を分けている。
そして、この姉、何故か俺にものすごく懐いている。それは会った瞬間、俺の胸元に飛び込んでくるほどだ。
逆に俺が少しでも構わないとものすごく機嫌を悪くする。それはもう見ていてこっちが怖くなるぐらいだ。
そして、昨日普段よりとても疲れた俺は双子と話すことなく寝て、朝も話さず、家を出た。そのとばっちりが今来た。
「うわ……もうこれ、病んでいる領域だろ」
秋山もメールを見てかなり引いている。
まあ、これが普通の反応だろう。
「はあ、帰ったらご機嫌取りだな」
「お前も大変だな」
やめろ変な哀れみの目で見るな
「……秋山君。ちょっとそこ退いてくれないかしら」
澄み切った綺麗な声が響いた。
「はい? えーと」
秋山は後ろを振り向いて、固まった。
「退いてくれる?」
「はっはい!」
秋山は一瞬でその場を退き、その声の主に道を譲った。
まあ、俺の席は隣に一つしか席が無いから、この声の主が誰だか分かる。
案の定、その声の主は俺の隣の席に座った。
「おはよう。柊君」
席に座ると、その声の主は俺に挨拶した。
鮮やかな黒髪を後ろで束ね、体はスラリとして、顔も綺麗に整っており、総じて美少女といえる風貌だ。
橘姫夜。
秋山が言っていた麗しのお姫様とは彼女の事で、実際に、実家がかなりの金持ちの部類に入るらしく、お姫様という単語もあながち、間違いでは無い。おまけに学問優良、スポーツ万能ときた。
が、このお姫様、先程俺が説明した双子に劣らず、変人だと俺は思う。
何故ならば、
「なあなあ、橘さん。真司とはどこ迄いった?」
「………」
「…お願い。何か喋ってくれない?」
男子に対して一切受け応えしないのだ。
いや、受け応え云々の前に、視線を合わせようともしない。
男の教師とも事務的な会話しかしない。
唯、女子に対しては普通に受け答えするので、クラスの女子が男嫌いなのかと聞いてみると、
「別に男が嫌いというわけじゃないわ。唯、男と話したくないだけ」
それは男嫌いなのではないのかと思うのは俺だけだろうか。
そんな男嫌いなお姫様だが、例外もいる。それは、
「所で柊君。新しい曲出来たから見てくれない?」
俺なのだ。
何故か、俺だけは普通に声を掛けてくるし、俺が声を掛けても、答えてくる。
「ん?ああ」
そう言いながら、俺は橘から新曲の楽譜を見た。
まあその理由も一応は分かっているけど。
橘は、音楽……特にピアノにおいてはコンクールでいくつもの賞を取るほどの実力を持っている。
そんな橘はなんと自分で新しい曲も制作しているのだ。その制作した曲も高い評価を得ている。
実は俺も、音楽は少しかじっていて、まあ普通の人よりは上手いと思う。
そんな訳で、以前橘が偶然落とした楽譜を拾い、ついついアドバイスしたのだ。すると、
「あなた、才能あるわね」
との事らしい。
以来俺は橘の音楽制作に協力している。
といっても、大体は橘ひとりで出来るので、俺はいくつかの細かい部分の音符を直したりしている。
そんな関係を偶にやっている。
「ぐぬぬぬぬ……」
何やら秋山がこちらを睨んでいた。
是は何も秋山だけでは無く、クラスの男子全員が睨んでいた。
さっき説明したように、橘は本当に美少女の部類に値する。本人が男子と一切喋らなくても、未だに高い人気を誇る。
そして、そんな美少女と唯一話す俺は、当然男子の嫉妬に値する男なので、
(((((なんて羨ましい)))))
偶に命を狙われる。
「ん?どうしたの柊君」
が、元々男子の視線を完全に無視している橘はそんな事はつゆ知らず、俺に話掛けてきた。
「いや、何でも無いよ」
ああ、悲しい。橘と仲良くしているせいでか俺、あんまり男子と遊んでいないんだよな。が、その代わり女子とは仲良いけど。
「やあやあやあ。相変わらず仲良いね~」
元気よく、こちらに来た女生徒は山代美保。俺ともそこそこ仲が良いと信じたい。
信じたいというのは正直、橘がいるから一緒に俺にも声を掛けているのでは無いのかと思うのだ。唯、いつの間にかクラスの女子全員とメアドを交換していたが……
「おはよう美保」
「おはよう姫っち」
橘と山代が挨拶を交わす。ていうか、ホント、橘って女子には微笑みながら挨拶するからな。女子は女子でかなり高い人気を誇っている。
「真っちもおはよう~」
「おう」
真っちってのは俺の山代からのあだ名で、山代は気に入った者の下の名前に、っちって付けて呼ぶのだ。
「しっかし、二人は本当に仲が良いね」
「そうかしら?」
挨拶を終えると、山代が再びそう言った。橘は不思議そうに首を傾げた。
……まあ、周りから見れば普通そうだよな。
「そうそう。何せ真っちは姫っちの唯一の男子お気に入りだからね」
「別に…そう言う訳じゃ……」
橘はこちらを見ながら言った……何なんだよ
「唯、柊君に見せると、曲の完成度がもっと高くなるから……」
「う~ん確かに姫っちの曲は姫っちのだけでもかなりの完成度を誇るけど、真っちがそれを修正すると、完璧になるんだよね~」
まあ、俺自体偶に橘の曲を聴くけど、それでもかなり良い。そこに俺の修正を加えると、本当に良いできになるらしい。
らしいと言うのは、俺自体は修正した後の曲を聴いていないからだ。
それでもコンクールで、その曲を弾いたら、毎回入賞していたらしいけど。
「まあいいや……で今回はこれ?」
「うん。今回はテーマを春と桜にしてみたの」
成る程、曲を頭の中で弾いてみると、何となく春と桜って感じがする。
「うーん。取り敢えず、此処はこうしてみない?」
「ああ……でもそうするなら、こうしない?」
「ふむ、そうかそのほうが良いか…じゃあ次はこっちはこうしたら?」
「あっそうか。その方が良いかもね」
そんな会話を橘としながら、朝の時間は過ぎていった