リンゴ丸
みなさんは桃から生まれた桃太郎のお話はご存じでしょう。でも、リンゴから生まれたリンゴ丸のことは知らないでしょう。これからあなたは、その不思議な物語の中に入って行くのです。
昔々、といっても、それほど遠い昔のことでではない昔のこと、北国の小さな村で、リンゴを育てているおじいさんとおばあさんがおりました。
ある日、リンゴの世話をするために、二人がリンゴ園に行きますと、一本のリンゴの木に、今まで見たこともないほど大きい、およそスイカほどもあるリンゴの実がなっているのを見つけました。
おじいさんとおばあさんは、びっくりしました。
すると、そのリンゴがふるえるように動き、その中から、心ぞうが脈打つような音が聞こえて来たのです。
「おお、この中には命が宿っておるぞ」
そう言っておじいさんは、おばあさんと力を合わせて、そのリンゴの実を枝から外すと、大切に家へと運びました。
家に着いて、さて、このリンゴをどうしたものかと思案していると、リンゴがぶるぶるとふるえたかと思うと、赤い皮が、卵のからのようにひび割れて、それを内側から破るようにして、元気な男の赤ちゃんが産まれたのでした。
おじいさんとおばあさんは、その赤ん坊に「リンゴ丸」という名前をつけて、大切に育てることにしました。
リンゴ丸はすくすくと育ち、やがてリンゴのような赤いほっぺたをした美少年になり、おじいさんとおばあさんを手伝って、リンゴの世話をするようになりました。
そんなある日、ゴゼさんと呼ばれる旅芸人の一座が、村へとやって来ました。ゴゼさんたちは、目の見えない女の人たちで、三味線を弾きながら歌を唄い、みんなを楽しませてお金をもらい、暮らしているのでした。
ゴゼさんたちの歌と演奏を聴いたリンゴ丸は、その三味線にとても興味を持ち、自分も弾いてみたいと言いました。
「それなら弾いてみるかい?」と、一人のゴゼさんが、自分の三味線をリンゴ丸に持たせました。
リンゴ丸は見よう見まねで、三味線を弾きはじめました。するとどうでしょう、誰に習ったわけでもないのに、見事に三味線を弾きこなし、思いついた歌詞をつけて、歌まで唄い出したのです。その素晴らしい演奏と歌に、集まったお客さんも、ゴゼさんたちも、拍手かっさいしました。
それを見ていたおじいさんとおばあさんは、この子の生きる道は、これかも知れないと思いました。
そして、リンゴを売ってためたお金で、リンゴ丸に立派な三味線を買い与え、三味線のお師匠さんに、弟子入りすることをすすめてくれたのです。
弟子入りしたリンゴ丸は、めきめきと上達して、あっという間に兄弟子たちを追い越して、師匠に肩を並べるほどの腕前となりました。これには兄弟子たちも、ヤキモチを焼くひまもなく、ある日、お師匠さんがこう言いました。
「リンゴ丸よ、もうおまえに教えることはない。これからは世に出て、自分の音を極めるが良い」
こうしてリンゴ丸は、町へ出て、人通り多い道ばたや、お祭りなど、人の集まるところで、三味線を弾き、歌を唄うようになりました。その音色と歌声は、聴く人の心にじかに響き、生きる喜びを与える素晴らしいものでした。
その評判は、またたく間に広まり、都にも届きました。
リンゴ丸は、乞われるままに、都にのぼり、最初は小さな会場で、やがて大きな会場で、大勢の人たちを相手に、唄い、三味線を奏でるようになりました。
しかし、それを快く思わない人たちもいました。都のお役人や、その上のエラい人たちでした。
というのは、その頃、この国では、となりの国との仲が悪くなる一方で、ひそかに戦争をする準備をしていたのです。
戦争というのはつまり、大ゲンカをして相手の命を奪うことです。そのためには、人を人とも思わない冷たい心が必要でした。
リンゴ丸の音楽は、それとは反対に、人の心を温かくして、みんなが仲良くなれるようなものでした。それは、都の、そして国のえらい人たちには、とっても都合が悪いことだったのです。
リンゴ丸の演奏する場所は、だんだん少なくなって行きました。時には、演奏中に警察の人が大声で割り込んできて、演奏を中止させることもありました。
それでもリンゴ丸はくじけることなく、どんな小さな会場でも、どんなに少ない人たちの前でも、演奏を続けました。やがて、屋根のある場所ではどこでも演奏出来なくなってしまいました。とうとうリンゴ丸は、ふるさとにいた頃と同じように、道ばたで演奏するようになってしまいました。
リンゴ丸が唄い、三味線を奏ではじめると、自然と人が集まって来ます。すると、決まったように警察の人がやって来て「ここは道路だ、立ち止まっちゃいかん」と怒鳴りつけて、人々をけちらしてしまうのでした。
とうとうリンゴ丸は、たった一人で道ばたに立って、さびしく演奏するしかなくなってしまいました。
でも、それは表向きのことで、みんなはひっそりと隠れて、リンゴ丸の歌と演奏を聴いていたのです。
そのことに感づいた都のエラい人たちは、とうとうリンゴ丸を捕らえて、三味線を取り上げると、牢屋に入れてしまいました。
くじけることを知らないリンゴ丸は、牢屋の中でも、三味線がなくても、歌を唄いつづけましたが、すぐに口に猿ぐつわをされて、唄えなくさせられてしまいました。
「いいか、今度おまえが歌を唄ったら、その舌を引っこ抜いてやるからな」
怖い顔をして、お役人が言いました。
それから何日かして、牢屋の扉が開いて、リンゴ丸は外に連れ出されました。
やっと自由になれるのかなと思いましたが、そうではありませんでした。
とうとう戦争がはじまり、リンゴ丸は鉄砲を持たされて、船に乗せられて、おとなりのへと行かされて、相手の国の人たちと戦うことを命じられたのでした。
おとなりの国はとても広く、行けども行けども野原と山々が続くばかりで、なかなか敵の兵隊と出会うことが出来ません。
リンゴ丸たちのふるさとの国は、小さな島国だったので、こんなに広い土地があることが想像出来なかったのです。都のエラい人たちも同じでした。
リンゴ丸が敵の兵隊を見つけられないでうろうろとさまよっている間に、相手の国は飛行機でリンゴ丸の国に、たくさんの爆弾を落としました。
町は燃え、建物はこわされて、大勢の人たちが命を落としました。
戦争をはじめたエラい人たちは、どうすることも出来なくなって、責任をなすりつけ合うばかりです。
仕方なく、生き残った町の人たちが、いっせいに白い旗を上げて、降参することにしました。こうして愚かな戦争は終わりました。
ふたたび船に乗って、ふるさとの国に帰ったリンゴ丸が見たものは、焼け野原となった都のひどい有り様でした。
悲しくて、立ちつくしているリンゴ丸を見つけたある人が、声を上げました。
「おお、リンゴ丸! なにか弾いておくれ、なにか唄っておくれ!」
そう言って、奇蹟のように焼け残った三味線をリンゴ丸に手渡しました。
リンゴ丸は、何を歌ったらいいのかわかりませんでした。でも、こうして生き残った人たちのために、なにもしないでいることは出来ませんでした。
久しぶりに三味線を手にすると、力強くかき鳴らしながら、声を上げました。それは言葉にならない言葉、それなのに聴く人の心にしみじみとしたぬくもりを伝えるものとなって、焼け野原のあたり一面に響きわたりました。
あああ ううう あえいおあ
ええい えあう おえいあお
おわあ うわあ ああええお
唄いながらリンゴ丸は、焼け残った建物や、生き延びた人々の間を歩きまわりました。
リンゴ丸の歌声を聴いた人たちは、少しずつ元気を取り戻し、失われた町を、ふたたびもとのにぎやかで楽しい町にするために、働きはじめるのでした。
やがて焼け跡の町には、家が建ち並び、人の数も増えて行きました。そしてそこには、いつもリンゴ丸の歌と三味線の音色が流れていたのです。
都に、昔のようなにぎわいが戻って来た頃、リンゴ丸の姿は、都から消えていました。
年老いたリンゴ丸は、ふるさとの村へと帰っていたのです。
リンゴ丸を育ててくれたおじいさんとおばあさんは、もういませんでしたが、二人が手入れしたリンゴ園は、村の人たちが引き継いで、大きなリンゴ畑が広がっていました。
リンゴ丸は、そのリンゴの木々に向かって、毎日三味線を弾きました。リンゴ丸の演奏を聴いて育ったリンゴは、とても甘く美味しいリンゴになって、多くの人たちに愛されたということです。
これでリンゴ丸のお話はおしまいです。
さあ、美味しいリンゴをいただきましょう。
おしまい
音楽は人の心を和ませ、豊かにするものでありたいですね。
それではまたお逢いしましょう。




