第3話 灰の村の少年
第3話ではリオンの過去、十年前の“灰の村事件”を描きます。
なぜ彼が世界を拒み、すべてに無関心な“怠惰”を選んだのか。
そして、黒翼の竜と初めて対峙した“あの日”の真実が明らかになります。
静かで、残酷で、そして少しだけ優しい物語です。
彼の“始まり”を、見届けてください。
十年前。
まだ世界が少しだけ穏やかだった頃——。
王都から離れた辺境の村。
そこに、ひとりの少年がいた。
リオン・クロード。
魔法の才に恵まれながらも、村ではただの“怠け者”として過ごしていた。
「リオン、薪はもう持ってきたの?」
「……あとで」
「また“あとで”ね。まったくもう」
母の笑い声が心地よかった。
小さな畑、穏やかな風、そして小さな妹・セリアの笑顔。
それが、少年リオンの全てだった。
——その日までは。
空が、黒く染まった。
地平の向こうから、音を立てて迫る影。
山を越え、森を焼き払い、村を覆う“黒い翼”。
誰かが叫んだ。
「竜だ──黒翼の竜だ!!」
一瞬で、世界が崩れた。
家が焼かれ、人が消え、悲鳴が風に溶ける。
リオンは母と妹の手を掴んで走った。
だが、炎の壁が道を塞ぐ。
「リオン、走って……! 逃げなさい!」
母の声が震えていた。
炎の向こうから、巨大な瞳が覗く。
黄金に光るその瞳が、まるで神のように人を見下ろす。
《小さき者よ——なぜ生きる?》
竜が喋った。
その声だけで、空気が震え、地が砕けた。
リオンは、恐怖で動けなかった。
「……俺たちは、生きたいだけだ!」
《生きる理由を問うている》
次の瞬間、炎が爆ぜた。
母がリオンを突き飛ばし、妹を抱きしめた。
「リオン! 逃げなさい!」
「母さんっ——!!」
炎の中で、二人の姿が消えた。
竜の咆哮が空を裂き、村は一瞬で灰に変わる。
気づけば、リオンは焦げた地面に膝をついていた。
世界は音を失い、風だけが泣いていた。
その時、脳の奥に何かが弾けた。
「生きる理由……だと?」
少年の身体から、黒い魔力が溢れ出した。
周囲の空気が震え、灰が舞い上がる。
「俺が、生きる理由は——」
彼の瞳が深い漆黒に染まった。
空に浮かぶ竜の翼を見上げ、言葉を吐き捨てる。
「お前を、殺すためだ」
世界が裂けた。
地面がひび割れ、黒い稲妻が空を貫く。
それが、のちに“災厄の子”と呼ばれるほどの魔導暴走だった。
村も、竜も、空すらも呑み込んで——すべてが、灰になった。
——そして少年は、眠ることを選んだ。
夜の闇の中、ただひとり残った少年は、静かに呟いた。
「……もう、何もしたくない」
それが、怠惰の英雄の始まりだった。
お読みいただきありがとうございました。
第3話では、リオンが「なぜ怠惰を選んだのか」を描きました。
彼にとって“怠ける”ことは逃げではなく、“生きるための鎧”だったんです。
次回、第4話【眠れる英雄、王都へ】では、過去を乗り越えたリオンが
“新たな勢力”との接触を果たします。
そして、「黒翼の竜を裏で操る存在」が少しずつ姿を見せ始めます。
──英雄は、再び眠るのか。それとも、世界を壊すのか。




