第9話 「外なる影、虚無の王」
黒手の本体――虚無の王が現れた。
王都は崩壊寸前。
そしてリオンは、ついに“黒い王”としての姿を現しはじめる。
虚無の穴から姿を現した影は、形容しがたい“存在”だった。
巨大な核のような中心から、無数の黒い管が伸び、空間を吸い込み、捻じ曲げていく。
叫びではなく、“世界の悲鳴”のような音が響く。
【■■■■■■■■■■――】
その音を浴びた兵士が一人、静かに溶けて消えた。
影に触れたわけでもない。
ただ音を聞いただけで、存在が消失したのだ。
「っ……なにこれ……!」
リズは震える唇を押さえた。
「外側のやつは“概念攻撃”だ。
生き物の形してねぇのは、理由がある」
リオンが片手をポケットに突っ込んだまま呟く。
「普通の魔法じゃ死なねぇ。
“作用”と“意味”から殺してくる」
「意味……?」
「そう。あいつらは“理解できないものを排除する”って概念を持ってる」
リオンは短く欠伸した。
「……だから、俺も理解されない存在で殴るのが手っ取り早い」
黒い風が、地鳴りのように吹き荒れた。
◆◇◆
虚無の王が反応した。
空間を揺らし、数百の影の触手を一気に降らせる。
一撃一撃が、街を地図から消す威力。
王都の兵士が絶叫する。
「リオン!! 下がってっ!!」
だが、リオンは一歩も動かない。
「……寝起きにしては多いな」
彼の背中に浮かぶ“王の紋章”が、さらに輝いた。
黒い翼のような魔力が広がり、影の触手を触れる前に蒸発させていく。
しかし――。
一本だけ、異質な触手がリオンの足元に伸びた。
それは、地面に影を“描く”ように近づき――
リズの足元へ向かった。
「――っ!」
リズが動けない。
見ただけで分かった。
触れた瞬間に、私という存在は消える。
「リオ――」
リズが叫ぶ前に、
「おい」
リオンの声が飛んだ。
とても静かで、冷たかった。
指を鳴らす。
パァン――。
ただそれだけで、影の触手は煙のように消滅した。
だが、同時に虚無の王が震えた。
怒り。
恐怖。
そして“警戒”。
影の化け物が、初めてリオンを“敵”と認識した。
「……リズに触れんな。
お前、外側だろうが内側だろうが関係ねぇ」
その言葉と同時に、世界の色が反転した。
◆◇◆
虚無の王が咆哮した。
【■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!】
空間が波紋のように砕け、視界の全てが黒と白のノイズになる。
王都の上空が“存在しない”空へと変わり、地面がめくれた紙のように折れ曲がる。
リズは呼吸すら困難になった。
(……これが、外側……
私たちの世界を“壊す”存在……!)
虚無の王が核を開き、中心から巨大な光を放とうとする。
リオンだけが平然と見つめていた。
「……やれやれ。
じゃ、外側流に挨拶してやるよ」
リオンは右手をゆっくり上げた。
黒風が渦を巻き、世界が震える。
王都全土の影が持ち上がり、“黒い王の冠”の形を成し始める。
「《黒王の冠》」
虚無の王が発射した光が世界を飲み込む直前――
リオンの一撃が、あらゆる“意味”を断ち切った。
空間が砕け、虚無の光も虚無の王本体も、影の冠に押し潰される。
音もなく、ただ“消えた”。
虚無の穴が閉じていく。
街はボロボロ、王都の半分は崩壊した。
だが――リズは無事だった。
「……はぁ。もう寝ていい?」
リオンが言う。
リズは涙の滲んだ目で笑った。
「ね、寝ていいけど……もう少しだけ、そばにいて」
リオンはぼさっとした髪を掻きながら、
「……ったく。しゃーねぇな」
黒い王なのに、
人類最強なのに、
世界に恐れられる存在なのに――
この男は、どこまでいっても怠惰だった。
第9話はクライマックス級のバトルでした。
“外側の怪物”はまだ序章であり、リオンの力も“半覚醒”レベルです。
リズが危ないときだけ、彼は本気に近づいていきます。
次回、第10話「崩壊王都と、眠る英雄」
――戦いの余韻と、目覚める陰謀。




