第5話「村の洗礼、ウリ坊マラソン大会」
「王子、走って」
「えっ!?」
朝の納屋前、ナタリアはすでに全身ストレッチを終えて、足を軽く弾ませていた。
「今日はウリ坊マラソンの日。村の伝統行事だから」
「マラソン……村で?」
「うん。魔物のウリ坊(※猪っぽいヤツ)から逃げ切るだけの簡単な行事だよ」
「それは“マラソン”ではなく“サバイバル”なのでは!?」
「違うよ、サバイバルはこの次の月の“イノシ神逃走劇”だから。これは遊び」
「恐ろしい……なんだこの村……」
そのとき、村の広場に村長(93)が現れ、手にしたラッパを吹き鳴らした。
「――ウリ坊マラソン、開始ぃィィ!」
どこからともなく現れた30匹ほどのウリ坊たち。目が赤く光ってる!
「おおおおぉぉい!? なにこれ!? 完全に魔物じゃないか!!」
「大丈夫、牙は折ってあるから!」
「そこだけの安全対策!?」
「はい、逃げてー!」
「いや無理無理無理無理無理!!」
◆
王子、全力ダッシュ。
だが元・インドア貴族の足では追いつかれるのも時間の問題だった。
「ナタリア殿ぉおおおおーーー助けてええええぇぇ!!」
「そのまま畑一周して! ウリ坊が追い切れなかったら成功だよ!」
「そ、それって……!」
「そう、“スローライフ合格”ってこと!!」
「どこがスローなのぉぉおおおお!!???」
王子の絶叫が畑にこだまする中、村の子どもたちは楽しそうに追いかけていた。
もちろんウリ坊の味方としてである。
「捕まえろー!」「トドメはナメクジ砲だー!」
「村の子ども怖い!!!」
◆
そして10分後――
全身泥まみれで帰還した王子。
ウリ坊は満足げに木陰で昼寝している。
「……ぜぇ……はぁ……スローライフって……こんなにも……命がけ……なのか……」
「おめでとう、王子」
ナタリアはにっこりと笑って、タオルを差し出した。
「今日からあなたも、正式な“村民(仮)”だよ」
「かっこカリ!? 正式なの、仮なの!? 矛盾コワイ!!」
「だってまだ村の鍬振りテスト受けてないじゃん」
「鍬振りテストって何ィィィ!!???」
◆
その日、王子は初めて自分の足で“スローライフ”を実感した。
泥だらけの体と、火照った頬。そして隣には、笑う少女の姿。
……スローライフって、案外悪くないのかもしれない。
「……あ、ナタリア殿」
「ん?」
「さっきウリ坊に追われてたとき、なんだか……楽しかった」
「うん?」
「こういうの……“青春”って言うのかな?」
「ただの逃走だよ」
今日も村は平和だった(?)。