第4話「ナメクジと王子と夜の悲鳴」
「――王子、今日から納屋に泊まってください」
ナタリアの言葉に、オルクス王子は頷いた。
「もちろんだ。貴女のそばにいられるなら、納屋だろうと針の山だろうと!」
「……針の山に泊まらせるほど鬼じゃないけどさ」
ナタリアはため息をつき、藁だらけの納屋を指差した。
「まぁ、寝床はここ。藁はふかふかだし、動物の匂いも……そのうち慣れるよ」
「ふむ、香りもまた、田舎の味わいというわけだな……フフ」
妙にポジティブな王子。
(この人、意外と図太いかもしれない)
と、ナタリアは思っていた。このときまでは――。
◆
夜。
「…………ふふ、星がきれいだ」
王子は藁のベッドに寝転がりながら、田舎の夜空に感動していた。
「ふふふ……これが“スローライフ”か。悪くない。むしろ……素晴らしい」
その瞬間だった。
ぬちょっ。
「……ん?」
首筋に冷たいものが這った。
「……い、今のは風……いや……まさか……」
恐る恐る、顔を横に向ける。
そこには――
ギラギラとした目の、巨大なナメクジがいた。
「ヒィィィィイイイイィィィィイイイイ!!!」
夜の静寂を破って、王子の叫び声が村にこだまする。
◆
「……なにごと」
ナタリアが飛び起きて納屋の扉を開けると、王子が天井の梁にしがみついていた。
「出たんだ! ぬるっとしてて、てかってて、冷たくて、目が合って!」
床には……悠々と這う巨大ナメクジ。
「あー……この子ね、『裏のぬるぬる様』よ」
「ぬ、ぬぬぬ、ぬるぬる様!? 信仰対象なの!? 怖っ!!」
「いやただの呼び名。けっこう昔からこの納屋に住んでる常連さん」
「共存しとるんかい!!」
ナタリアはナメクジをひょいと持ち上げ、にっこり笑う。
「ほら、可愛いでしょ?」
「な、ナメクジに対して“ほら、可愛いでしょ”って言われたの初めてだ……」
「うちに来る人は皆ここでナメクジ洗礼を受けるからね。歓迎の儀式みたいなもんだよ」
「まさかの通過儀礼!?」
王子は震えながら藁ベッドに戻り、壁に背を預けた。
「……おそるべし、スローライフ……」
◆
翌朝。
王子は目の下にクマをつくりながら朝の体操に参加していた。
「王子、顔色悪いねぇ。大丈夫?」
「な、ナメクジが……夢にまで出た……」
「夢って……大袈裟ねぇ」
ナタリアは手のひらにちょこんと乗ったナメクジを見つめる。
「よく見て可愛いでしょ? せっかくだし、この子には名前付けてあげてよ。ちょっとは愛着湧くかも?」
ニコッと笑って言った。
「……な、名前?」
「そ、名前」
王子は改めてまじまじとナメクジを見据えた。
そして少し考えーー
「――“なめ郎”って名前、どうかな?」
「なめ郎……」
王子は、震える手でナメクジを見つめた。
ナメクジも、ぬるりとした目で見つめ返した。
「…………ふ、不思議だ。ちょっとだけ……親しみを感じる……!」
「でしょ? 友達になったじゃん」
「なめ郎……よろしくな……!」
こうして、王子は初めての田舎の友達――なめ郎と心を通わせたのだった。