第3話「恋する王子と筋肉」
「おっかしいな……これは夢だよな……」
畑に立ち尽くすオルクス=リゼル王子。目の前で、ナタリアが片手でカボチャを軽々と持ち上げ、小石のように籠に放り込んでいた。
「おいしょっと。今日は豊作だねー」
笑顔がまぶしい。腕もまぶしい。細いながらも無駄のない筋肉が……まぶしい。
(あの上腕二頭筋、どうやって育てたんだ……!?)
王子はそっと自分の腕を見る。ぷにっとした貴族ボディ。比較対象にすらならない。
(だがそれがいいッ!!)
心の中で謎の喝采が起こる。
◆
「よし、午後は薪割りね」
そう言って、ナタリアは斧を担いだ。
「す、すまないが……なぜ、村でこんなに薪を……?」
「寒いから」
「今、夏ですよね!?」
「でも山の夜は冷えるし、焚き火って癒しでしょ?」
「癒しで薪を!? そうか、これが田舎の流儀か……!!」
斧を構えるナタリア。次の瞬間――。
ドガァァァァン!!
丸太が一瞬で真っ二つ。地響きとともに、薪が十字に裂けて舞い上がる。
「ふぅ。いいストレス発散になるね」
「……好きです」
「え?」
「いえ、何でも……」
王子、完全にナタリア沼にハマる。
◆
「ねぇナタリア姉ちゃん、王子がずーっと見てるよ」
「……ああ、また?」
見れば、王子が物陰からキラキラした目でこちらを凝視していた。
「美しい肉体美……ああ、神の造形……」
「やばい、私の筋肉に恋してる」
「ナタリア姉ちゃんの背中、彫刻みたいだもんね」
「さすがに言い過ぎ、て言うか、それほめてる……のかな?」
◆
夕方。畑作業が終わり、ナタリアが川で汗を流していると、王子が後ろからやってきた。
「ナタリア殿!」
「あ、王子。今日もお疲れさま」
「いや、むしろ貴女の方こそ……その……」
王子はごくりと唾を飲み込み、赤面しながら言った。
「その肩甲骨のライン、実に……美しい……」
「何言ってんの?」
「ちがっ、いや、つまり……! 貴女の鍛えられた肉体はまさに王国の宝であり、その、ええと」
「翻訳すると、“恋してます”ってこと?」
「……はい」
正直すぎる。
ナタリアはぽりぽりと頭をかいて、困ったように笑った。
「悪いけど、王子。私は恋より畑と鍬のほうが性に合ってるの」
「……やはり、そうか」
王子はしょんぼりと肩を落とした。
しかし次の瞬間、目に炎を宿して言い放つ。
「ならば! 私も、鍬から始めよう!」
「ん?」
「貴女の隣に立つために、まずは筋肉を!」
「……筋トレから!?」
王子、ついに覚悟を決めた。
ナタリアは天を仰いだ。
(――もう、誰かこの王子を止めてくれ)