第2話「王子、働く」
「――私はここに住みます!」
翌朝、村長の家の前で、オルクス=リゼル王子が土下座していた。
「え、住むの?」
「はい。ナタリア殿の強さ、その本質を見極めるためにも、まずは同じ生活を体験せねばと……!」
「いやいや普通に引く引く」
ナタリアは遠巻きにそれを見て、ため息をついた。
「昨日の夜、さっさと帰ったと思ったのに……どうしてこうなった」
「たぶん恋だよ、姉ちゃん」
「ミーナ、冷静な分析ありがとう」
というわけで――。
オルクス王子、田舎村でホームステイ生活が始まった。
◆
「まずは、朝五時起きで魔物見回りね」
「……は?」
「二度寝禁止。寝ぼけてても◯すから、てか寝込みを魔物に襲われて◯ぬから」
「えっシぬの!? いや、寝起きに死ぬのは嫌なんですが!?」
ナタリアは慣れた手つきで、背中に大太刀を装備。朝焼けの中、シャキシャキ歩き出す。
一方、王子は――
「ふっ……こんなことで引いていては王子の名が廃る……!」
と震える足で続いていく。
しかし五分後。
「ナタリア殿ォォォ! 野生のウリ坊がッ、こっちに全速力でェェ!」
「それは“ウリ坊”じゃなくて“地走猪”! 時速60キロの殺意の塊だよ!」
数分後、王子は茂みに刺さっていた。
「……まさか、あんなにも速いとは……」
「よかったね、さっそく地獄の入り口が見られて」
「テンション低くない!?」
そんなこんなで朝の魔物見回りは終了。帰ってきた王子は、干からびたカエルのような顔をしていた。
◆
「はい、次は畑仕事」
「ぜェ……はぁ……こ、この状態で……?」
「心配しないで。使うのは筋肉と根性だけ」
「一番心配なやつだそれぇぇぇ!!」
鍬を持たされた王子、人生初の農作業に挑む。
が、三分後。
「ひっ……指に……まめが……まめがぁ……!!」
「よかったじゃん、都会育ちにしては成長早いよ。うん、まめ出るのは努力の証だよ」
「ほ、褒めてくれてるのかこれは……?」
「皮剥けてきたら薬塗っとくといいよ。慣れると気持ちいい」
「恐ろしいワードが聞こえたけど!?」
◆
その日の夜。
王子は納屋に作られた簡易ベッドで寝かされていた。
「……まさか、こんなにも“生きる”が重いとは……」
腕と腰が悲鳴を上げている。普段は羽根布団と絹のパジャマなのに、今は藁と毛布とナメクジである。
(だが……彼女は、こんな日々を“当たり前”として暮らしているのか)
その事実が、王子の心に火をつけた。
「ナタリア=ラタトスク……なんと逞しい娘だ……!」
その時、寝床の天井からぽとんとナメクジが落ちてきた。
「ひゃああああああ!!??」
ギャーギャー騒ぎながら、王子の村生活一日目は幕を閉じた――。