第1話「スローライフはどこに消えた?」
ナタリアは、肩にかけていた大太刀を背に戻し、長く息をついた。
「……よし、次は畑の水やりっと」
そう言って森を抜けると、そこは一面の畑だった。ナタリアが開墾した小さな農地。野菜や果物が元気に育っている。毎朝、魔物を倒してから畑仕事というのが、彼女の“スローライフ”だった。
――なお、魔猪三匹撃退してからの水やりは、なかなかに過酷である。
鍬を持つ腕には力強い筋肉が浮かび、Tシャツの袖から覗く二の腕は健康的そのもの。農作業の合間に水を飲み、額の汗をぬぐうその姿は、まるで戦場帰りの農民戦士である。
「ナタリア姉ちゃん、おはよー!」
駆けてきたのは村の少女・ミーナ。麦わら帽子にスカートをなびかせて、元気に手を振ってくる。
「おはよう、ミーナ。朝ごはん食べた?」
「うん! ……って、また魔物倒したの? 血ついてるよ」
「あー……ほんとだ。森の中で魔猪三匹と遊んでた」
「遊んでた……」
呆れるミーナの視線を受けながら、ナタリアは畑仕事を再開する。
静かで平和で、命の危険と隣り合わせな毎日――それがこの村の“日常”だった。
そんな折、村の入り口で一際大きな馬車の音が響いた。
ガタゴト、ガタゴト。
村人たちが顔を出すと、そこにあったのは金と白を基調にした豪奢な馬車。王都でも滅多に見られない、貴族階級のそれだ。
馬車の扉が開き、真っ直ぐに降り立ったのは、金髪の青年だった。
端正な顔立ちに、まっすぐな瞳。王家の紋章が入った上着をまとい、背筋を伸ばして堂々と歩みを進める。
「失礼。この村に“ナタリア=ラタトスク”殿はおられるか?」
「ん?」
水やりをしていたナタリアが顔を上げると、王子と少女の視線が交差した。
「……あなたが、ナタリア殿か」
「そうだけど。誰?」
王子は一礼し、名を告げた。
「私はイシュグリア王国第三王子、オルクス=リゼル。貴女に、一つ頼みがあって参りました」
「……ふぅん。で、なんの用?」
ナタリアは鍬を肩に担いだまま、ずいと近づく。
畑に立つ少女と、王子。まるで絵画のような構図だが――
「貴女を、我が騎士団にスカウトしに来た。……そして、できれば……!」
オルクスは一歩進み、真剣なまなざしで言った。
「我が妻として、王宮にお迎えしたい!」
ナタリアとミーナは、ぽかんと口を開けた。
「……え?」
「……は?」
田舎でのスローライフを夢見てやってきた少女に、突如降りかかる求婚。
だがナタリアは、眉間をピクリと動かしながら、きっぱりと言った。
「お断りします。今、水やりの途中なんで」
「えっ、即答!?」
王子のロマンスは、村の朝露とともに霧散した――。
■主な登場人物
•ナタリア=ラタトスク(17)
スローライフに憧れ田舎へ移住した少女。元は普通の街娘だったが、毎日の魔物退治でムキムキ健康美少女に。筋肉と魔力がやたら成長しており、気づけば村最強、いや国家級。
夢:のどかな田舎暮らしを送ること
苦手:プロポーズ
・オルクス=リゼル(19)
大国イシュグリアの王子。誠実で熱血、少し世間知らず。騎士団スカウトで訪れた村でナタリアに一目惚れ。以来、なんとか彼女を嫁にもらおうと頑張るが、田舎の現実に毎回撃沈される。
趣味:プロポーズの練習
特技:何度でも諦めない心
•ミーナ(14)
村の子ども。ナタリアを尊敬してやまない。彼女の強さに憧れて弟子入りを志願中。いちいち王子に突っかかる毒舌担当。
・村長(??歳)
昔は英雄だったらしい。ナタリアの苦労を見て見ぬふりして、今日も縁側でお茶をすすっている。実はナタリアの戦闘訓練の師匠。