プロローグ
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田舎とは、もっとこう――のどかで、静かで、畑とか耕したり、お茶とかすすったりして、朝は鳥のさえずりで目を覚まし、夜は星を見上げながら寝るものだと思っていた。
だが現実は。
「今日も三匹目ーッ!? このっ、くたばれ魔猪!!」
森の中で暴れる巨大な魔猪に、少女――ナタリア=ラタトスクは木を折る勢いで大太刀を振るった。バキンと音を立てて、魔猪が吹き飛び、森の奥へ消えていく。
「……ふぅ。よし、これで朝の見回り完了っと」
朝の見回り。
そう、ナタリアの一日は早い。そして激しい。
スローライフに憧れてやってきたこの田舎・ミスト村は、地図の端っこにぽつんと存在するのどかな集落――のはずだった。しかし、現実は魔物の通り道。おかげでナタリアは毎日、剣を振るって村を守る日々を送っている。
「……なんか、ちょっと違う気がするんだけどなあ……」
空を見上げるその顔は、うっすら日に焼け、健康的そのもの。かつて街娘だった頃の儚げな白肌はもうない。筋肉も程よくついて、妙に輝いて見えるナタリアの姿は、もはや戦士というより、女神のようだった。
そんなある日。
「ナタリア=ラタトスク殿はおられるか! 大国イシュグリアの王子、オルクス=リゼル様が、貴殿を訪ねて参った!」
村の入り口で、ひときわ目立つ豪奢な馬車が止まった。
これが、スローライフを望む少女と、スローライフの“ス”も知らぬ王子との、騒がしくも恋に満ちた戦いの幕開けだった――。