あやかしの屋敷*-*-宴会に招かれる
妖達との同居生活!? どうなってしまうのでしょうか?
よすがは、後ろからそっと覗きこんで、囁く。
「これは、人ではありませんよね? まさか、妖の住みかに来てしまったのでしょうか」
「そのようですな。ですが、心配は要りませんぞ。この九条、命に代えましても、よすが殿をお守りしますゆえ、恐ろしければ目を閉じていなさるが良い」
頼もしい言葉を掛けて、九条様は、よすがを自分の陰に隠し彼らを威嚇するように睨みつける。
これるものなら来い! と言う気迫だった。
さすがのにゃまとも、懲りたのだろうか、いつもの無鉄砲なくらいの強気なところがない。
よすがの後ろに隠れてしがみついている。
ところが、彼らには、まったく殺気が感じられなかった。
それどころか、ものめずらしそうに二人をじろじろ見る。
「おや、これは、都の人気者のお二人だ!」
「そうだ、都一の白拍子の、よすがと、戦の天才九条様だぞ」
「どうして、こんな処に二人がいるんだ」
「解らんが、珍しい客だ! 宴会だ、宴会を開こう!」
「そうだ、宴会だ! 宴会だ!」
彼らは口々に叫んで何やら楽しそうに騒ぎ出した。
「ささ、どうぞ、中にお入りなされ、すぐに、ご馳走を用意しますぞ」
さあ、さあ、と押されて、よすがも、九条様も、あっけに取られながら、屋敷の中に案内された。
どうやら、彼らには、危害を加える気は無いらしい。
二人はお座敷の大きな部屋に連れて行かれ、酒やら、肴やら、次々運び込まれてもてなされた。
あっけにとられて九条様と顔を見合わせるが、九条様は、どこに行っても歓迎されるのには慣れているようで、当たり前のように受け入れている様子だった。
よすがは戸惑いながらも、いいのだろうかと、少しだけ、警戒が薄れるような気がした。
外では、猫又の玉どんがまだ泣いている。
本当に悲しそうでかわいそうになる。
にゃまとも、さすがにかわいそうに思ったのか、子供の姿のまま慰めに側に行って声をかける。
「もう、泣くのはやめるにゃ」
「坊や…、本当にわたしの坊やじゃないのか? やっと見つけたと思ったのに…わおおーん」
「僕は、にゃまとにゃ! よすがの式神にゃんだ」
「そうなのか…、わたしの坊やはどこに行ってしまったのかのう…」
玉どんは、寂しそうにうなだれ、鼻水をすする。
皆、何時もの事だとあまり気にしていない様子だったが、心配するよすがに、座敷わらしだという富さんが、困り顔でこっそり教えてくれた。
猫又は、随分前に子どもとはぐれてしまって、ずっと子どもを捜しているのだそうだ。
「皆も、新月の夜に外に出るたび気に掛けてはいるのだが、なかなか見つからなくてな。気の毒だが、どうにもしてやれない」
「まあ、かわいそうに…、え、新月の夜にしか、外に出られないの?」
「そうじゃ、此処の者は、新月の日没から翌日の日の出前まで外に出られる。その間だけあの岩戸が開くのじゃよ」
よすがは、冷や汗を感じて、九条様を見る。
九条様はその視線を受けてとうた。
「それは、我らにも当てはまる話か?」
「もちろんだよ」
「で、でも、まだ岩戸は閉じていないはずなのに出られなかったわ」
「ちょうど、二人が入ってきたときに岩戸がしまったようじゃの」
「えー! あの瞬間に?」
よすがと、九条様が、あの岩戸に引き込まれた瞬間に日の出が始まったということだろうか…。
少し白んできたかなとは思ったが、まだ暗くて、宵のうちだと思っていたのに、悪霊退治にずいぶんと時間がたっていたらしい。
ここはなんだか薄曇りな気がするが、洞窟を歩いていた時間も考えると、日が昇ってだいぶたっていると思われる。
では、あれから一昼夜悪霊退治に明け暮れて、すでに翌日の昼間になっているということか?
どうりで疲れたと思った。
一睡もしないで戦ったり、歩いたりしていたわけだ。
そう思ったとたんにどっと、疲れが押し寄せてきた。
目眩までする気がした。
ボーとした頭に九条様の声が聞こえた。
「ということはだ、我々は、次の新月まで此処にいるしかないということか?」
え! どゆこと?
よすがは疲れて回らない頭で、会話に耳を傾ける。
「そういうことだが、心配は要らんよ、食べるのも、寝るのもこまらん。ゆっくり過ごせば良い。誰も、文句は言わんよ。珍しい客は、皆大歓迎なのじゃ。何しろ皆退屈しておるからの」
富さんは、あっさりと当然のことのように言う。
よすがにしてみれば血の気が引く思いだった。
新月の日没まで、ここから出られないとなると、ほぼ、ひと月ほど此処で暮らさなければならないのである。
妖の屋敷でひと月も暮らすなんてどうしよう…。
生きて帰れるのだろうか…。
よすがの頭に真っ先に浮かんだのは、着替えも何もない。
ひと月もの間、この白拍子の装束で過ごさねばならない。
戻ったら、衣装を新調しなければならないだろう。
ひと月も仕事を休んだ上に衣装の新調なんて、気が重いことだ。
いや、それ以前に、お得意様に不義理をすることになる。突然音沙汰なしとは、なんと不調法者だ。
とんだ礼儀知らずの愚か者だと思われるだろうか…。
朦朧とする頭でそんなことを考えた。
よすがは、途方にくれてしまった。
しかし、九条様は、いたってのんきだった。
「何、私がいなくても何も問題ありませぬよ。だが、よすが殿の舞を楽しみにしていた者達には、気の毒だが、そこは、あきらめてもらうしかないでござるな」
そういいながらも、九条様は、なんだか上機嫌で嬉しそうだ。
「九条様は、どうしてそんなに嬉しそうナンにゃ?」
男の子の姿になった、にゃまとが、不思議そうに聞く。
「そりゃあ、あこがれのよすが殿をひと月もの間独占できるのだぞ、嬉しいに決まっておろう」
「どうして、九条様が、よすがを独占するって、決まったのにゃ?」
にゃまとは、好奇心いっぱいのくりくりした瞳で九条様を見上げて尋ねる。
「そりゃあ、人間は、我ら二人だけではないか、ひと月もの間寝食を共にするのだから、独占できるに決まっている」
「でも、座敷わらしも、玉どんも、他にもいっぱいいいるにゃん?」
にゃまとは、悪気のない純真な瞳で九条様を見上げて不思議そうに首をかしげる。
にゃまとには、九条様の言葉の意味が理解できないようだった。
「…。」
九条様は、にゃまとのなかなか痛い突込みになんと答えたらいいのか困ってしばし固まる。
気づくと、座敷わらしと、首の長い女がよすがを連れて行くところだった。
「よすが殿何処に行かれる?」
九条様は、慌てて声をかける。
よすが殿がどこぞに連れていかれては台無しだと焦った。
「女子には、色々したくというものがあるでな、九条様は、其処でくつろいで待たれるが良いぞ」
そう、富さんは言って、部屋からよすがを連れ出してしまった。
ひとまず、連れ去られるわけではなさそうだと腰を下ろした。
むむ、意外な所にライバルがいたのだと九条様は落胆して、しょんぼりとうなだれる。
「大丈夫にゃ、さっき、よすがが、着物がないと困っていたから、お菊さんが、貸してくれるにゃ」
にゃまとは、解っているのか、わかっていないのか、それでも、九条様を慰める。
ありがたいような気もするが、なんともつかみどころがなくて困惑する。
よすがが途方にくれていると、座敷童の富さんと、首の伸びなくなったという、ろくろく首のお菊さんが、着物を貸してくれると声を掛けてくれた。
助かる。
これで、少なくとも白拍子の衣装は、新調を免れるだろう。
菊さんの貸してくれた着物はとても華やかで、質のいい高価な着物だった。
「本当にこんな高価な着物を良いのですか?」
「良いんだよ、私、着物を集めるのが趣味で、着るのはほんの数枚だから、よすがさんが着てくれるのなら着物も喜ぶってものよ」
「菊さんは、外に行くたび、着物を買ってくるからの、無駄に増えるばかりじゃ」
一緒に着物を選んでくれていた富さんが、あきれ顔で言った。
菊さんは、高価な着物を何着も気前よく貸してくれたのだ。
本当に感謝しかない。
よすがが、着替えて戻ってくると、猫又の玉どんも、機嫌を直して、皆で大賑わいだった。
にゃまとがすぐに気が付いて駆け寄って、よすがにしがみついた。
「よすが、菊さんの着物にゃんか?」
「そうよ、沢山貸していただいたの」
「きれいにゃ!」
「ふふ、ありがとう」
にゃまとは、本当に可愛い。失わなくてすんで本当に良かったと、なんでもない会話のなかに、しみじみ感じた。
九条様も、だいぶ杯を重ねられたようで、すっかり出来上がっている。
「よすが殿、遅かったではないか。此処にきて、一緒に飲みましょうぞ」
ご機嫌で九条様が隣の席をぽんと叩く。
「よすが殿は、私の隣が指定席ですぞ。何しろ私の憧れの方なのですから」
「それなら、わしだってあこがれだぞい!」
向かいでそういった男には、顔がない! のっぺらぼう! …かと思いきや、ひろーい額の下のほう顎の辺りにちまっと、目も、鼻も口ちゃんとある。
ああ、紛らわし…。
「おいらだって側で飲みたい…」
妙に体格の良いその男は、べそをかき始めると、慌ててみなが止める。
「止めろ、泣くな! もし一声でも泣いたら、即刻蔵に閉じ込めてやるぞ」
そういって止めた隣の男は、少し小柄で、目が一つしかない! と思いきや、低い鼻筋の広めのひたいに両目がくっついているだけで、ちゃんと二つある。
何がなんだかどう考えるべきなのか混乱するよすがを他所に、九条様は、彼らの中にすっかりなじんでいる。
人間でないのは確かだろうが、別段警戒する事もないのかな?
九条様の様子を見ると、構えてしまうよすがの方がおかしい気がしてくる。
現に、お菊さんも、富さんも、親切に着物を貸してくれて、部屋も割り振ってくれた。
箪笥に白拍子の衣装をきちんとしまえてよかったし、着替えも幾つか貸してくれてほんとに助かる。
…が、ひと月もこの面子と一緒に過ごすのか…。
いくら、害がなさそうとは言っても、側にでもこられたらギョッとしてしまいそうだ。
親切にしてくれようとしているのに、失礼ではないか。
九条様はどうしてこんなに平然としていられるのか、それとも、私がおかしいのだろうか。
案外気のいい妖達、すっかり馴染んでしまった九条様。これでいいの?